「初めまして、宮野志保さん」 「初めまして、黒羽快斗さん」 それが二人の出会いであった。 にっこり微笑んでいるが、目が探るように見つめているのが、胡散臭い。 美男美女のはずなのに、どうしてこんなに空気が冷たいのだろう?不思議である。 ここは工藤邸のリビング。 大きな窓からは午後の暖かな光が射し込み大きな部屋に明かりと暖かさをもたらす。 部屋の隅には大きめのソファがL字型に配置され、中央には1枚板でできた飴色のテーブルに揃いの椅子。 リビングの横には広めのキッチンがあって、そこでは現在この家の住人工藤新一がお茶を入れていた。お湯を沸かして、彼好みの珈琲を用意する。母の有希子の趣味であるウェッジウッドのカップに注いで、砂糖とミルクを盆に乗せて準備万端とテーブルに持って行く。 「おい、いつまで見つめ合ってるんだ?」 新一は呆れたように快斗と志保に声をかけた。 「あら?見つめてなんていないわよ」 志保はにっこりと新一に微笑んだ。 「失礼、あまりの美しさに見惚れてしまったようです」 快斗は紳士の心得とばかりに誉める。 「お上手ね。でも、貴方の見惚れる相手は私ではないでしょう?」 「手厳しいですね。もちろん私の心はただ一人のものですが、美しい方を誉めるのは当然のマナーですよ」 「さすがに若手実力派マジシャンね。詐欺師にでもなれそうな口だわ」 「お褒めに預かり光栄至極」 快斗はふわりと優雅に礼を取る。 「どうせなら、奇術師とお呼び下さい、お嬢さん」 「奇術師………?冠に『月下の』と付けてあげましょうか?」 志保は冷笑した。 「………お前ら、いい加減止めろ」 新一は低い声で唸った。 こいつら、逢った途端何だっていうんだ? 気があってるんだか、ないんだかさっぱりわからない。 「珈琲が冷めるだろう、折角入れたんだから飲め」 「じゃあ、頂こうかしら?」 「新一の珈琲、楽しみだな」 さっきまで凍てついた会話をしていた二人は新一に向き直るとテーブルに付いた。 「ほら、俺の好みで濃いから文句言うなよ」 新一はそれぞれの前にカップを置いた。中央に砂糖壷とミルクを置く。 「いい香りね」 志保はカップから立ち上げる香りを楽しみ、こくりと飲む。 「美味しいわ、工藤くん」 ありがとう、と志保は新一に笑む。 それに新一はああ、と頷いた。 一方快斗は砂糖を何杯か入れ、ミルクをたっぷり注ぎスプーンでくるくるとかき回す。白く染まったすでに珈琲の色ではない代物をこくり、と飲むと、 「美味しいよ、新一」 と宣った。 「………そうか、良かったな」 少々疲れた声が出てもそれはしょうがないだろう。なぜなら、新一の入れた珈琲はどこにも存在しなかったのだから。飲み手の好みで砂糖もミルクも加えていいのだが、こんなにも違う飲み物は新一には飲めなかった。彼は完璧にブラック派である。 「何も足さない、何も加えない」と、どこかのCMではないが、それが彼のモットーである。本当に美味しければ、何もいらない。ちなみに、アイスで美味しいものは本物である。ホットだと誤魔化しが利くから、それが理由だ。 新一は自分の分のカップを手に取ると口を付ける。 口中に広がる苦みが美味しい。 ふう、と小さく吐息が漏れる。 快斗がアメリカから帰国して先ほど再会したのであるが、志保が顔を見に来たわ、と工藤邸に訪れたのだ。二人が再会の感動?を分かち合った30分後のことである。 この微妙さは何だろう?と思うが、これが志保なのだろう。 志保から言わせれば、30分の間に感激でも、愛情でも確かめあっておいてちょうだいといったところだろう。 「それで、志保。本当に顔を見に来ただけなのか?」 「そうよ、顔を見たかったの。どんな人かね………興味があったから」 志保は、うふふと笑うと「だって工藤くんの恋人でしょう?」続けた。 「………」 志保には全てばれている。誤魔化すことなどできない。そんな恐ろしいことできるはずがないのだ。 だいたい、今回風邪を引いてそれを完治させるための努力を志保は見ている。 恋人は正しいかもしれないが、できあがったばかりの二人は志保から見ればまだまだであった。あの、新一が遠距離恋愛をしているという事実自体が、奇跡みたいな事である。 それは歓迎すべきことかもしれないが、新一の幸せが第一である志保は黒羽快斗が新一に相応しいのか、任せられるのか見極める必要があったのだ。 だから、ここに来た。 志保の冷静で怜悧な視線は快斗の本質を見極める。 見かけばかりの、マジシャンではない。 多少(志保視点)顔が良かろうが、多少(志保視点)長身でスタイルが良くて、見栄えがしようが、多少(志保視点)頭脳が優れていようが・・・、それは問題ではなかった。ただ一つの条件は新一にとって有益かどうか、これに尽きる。 もしもの時に、何ができるか? 彼を傷つけないか? 彼の敵にならないか? 彼を己以上に大切にできるか? 彼が、最優先、最重要にできる人間か? そうでなけでば、新一が例え惚れていても邪魔してやろうと志保は内心企んでいた。 恋に頬を染める新一は可愛らしく、微笑ましい。そんな情緒も必要だし、本来なら大歓迎であるが、だがしかし、そうは簡単に問屋は卸ろさない、卸ろさせないと志保は決意していた。 そして、志保の厳しい条件は、ある1点に置いてクリアされた。 なぜなら、彼は怪盗KIDであったのだから。 おいおい、というのが、志保の率直な意見である。 志保は「灰原哀」の時に1度だけKIDに逢っている。もちろん正体は知らないし、知ろうとも思わなかった。彼は組織を潰すために協力してくれていたのだ。そうと、はっきりと言わないが重要書類やら、何やら裏で手を回してくれていた。逢うことはなくとも、その存在は確かに自分たちを後方支援していた。 どこの誰かは知らないが、信頼できた。 それっきり、逢うこともなく、思い出しもしない人物であったはず。 なのに、目の前に居るのだ。 工藤くんも、なぜ最初に教えてくれないのかしら?と志保は思う。 わざわざ正体を明かす必要はないと判断していたのだろうが、逢えばわかるではないか。 この人物は気配を消そうともしないのだから。 自分が少々嫌味を言っても罰は当たらないと思う。 「志保さん、それで私は合格ですか?」 快斗が涼しい顔で志保に聞いた。 「そうね、まあ今のところ合格を上げてもいいかしら?」 志保は綺麗に微笑んだ。 その微笑みの裏を快斗は読みとる。 最初にここで逢ったときに自分を探るように見てきた志保に、快斗は志保の思惑を気付いた。彼女は快斗を新一に相応しいか見極めようとしていた。 快斗にしても、志保に気に入られないからといって、変わることなどないが彼女は新一の運命共同体であると知っていたし、新一が大切にしていたのも知っていた。また、頭が上がらないのも理解していたため、自分の本質で彼女が気に入ってくれれば万々歳であったのだ。偽りの姿では満足もしないであろうし、してもらっても困るだけだ。 彼女には本質を知っておいて欲しかった。 これから将来新一の側にいれば、否が応でも彼女は必要なのだから。 「それは、ありがとうございます」 「お礼を言われる必要はないわ。私の望みは一つよ」 「承知しておりますよ、ドクター」 「確かに、聞いたわよ?マジシャン」 そこにある空気は凍てつくほど厳しい重みと、誓約に似た清浄さを持っていた。 ただ一人のための、密約だ。 「じゃ、私帰るわ」 「え?もう」 快斗と会話したかと思うと、志保は立ち上がった。 驚いた新一に志保は和らいだ瞳で、「お邪魔しちゃ悪いから」と言う。先ほどまでとは随分な変わりようだ。 「折角だから、もっと居ればいいのに………」 新一は残念そうに目を細めた。 「馬鹿ね。私が居なくても、彼が居るでしょう?」 「志保」 困った顔の新一にくすりと笑いかけて、快斗を見上げた。 「ところで、いつまでいるの?」 「1週間ほどです」 「そう、ご苦労様」 きっと、その休みを取るために死にものぐるいで働いてきたのだろう。 「じゃ、くれぐれも体調だけは注意してよ。もし、これで風邪でも引いたら私、面会謝絶も辞さないから」 「………志保」 「じゃあ、私も仕事があるから。またね、工藤くん。黒羽くんも、また、ね」 また、に微妙にこもる意図があったが、素知らぬ振りで快斗は微笑んだ。 ひらひらと手を振って去っていく志保に新一も「またな」と声をかける。 「何だったんだ?快斗」 新一は快斗を振り返った。 「何だったんでしょう?」 新一の疑惑の眼差しに快斗は肩をすくめて見せた。 「本当に、顔を見に来たんでしょう?志保さんは。大事な新一にどんな虫が付いたかって」 「何が虫だ!第一『大事な』って、何だ!」 「だって、ドクター新一を大切にしてるでしょう?」 「そりゃ、世話かけてるし、主治医だけど………」 「でしょう?ドクターは新一の体調をとても気にしている。大切にしてる。ね、嘘じゃないでしょう?」 「ああ………。それで、どうなんだ?お前は」 「………ま、認めてもらったから良かったんじゃない?」 安心させるように笑う快斗に新一はしょうがないな、と思う。 騙されてやるさと思う。 漂う空気は表面の穏やかさを裏切った深刻なものだった。 けれど、大切な二人が納得したようなので、ひとまず良しとしておこう。 決して悪い雰囲気ではなかったから。 偽りのTea Time。 今度は、本当のTea Timeを過ごそう? END |