「ティ・クオリティ」


 表通りから一本奧に入った少しだけ細い通りの角に「ティ・クオリティ」はある。
 全国に店舗を展開中の紅茶専門店としてその世界では有名で紅茶の普及、美味しい紅茶をリーズナブルに、を趣旨に掲げている。落ち着いた佇まいのお店を目指すためと立地分の経費節約のため表通りにはない。

 だから、そこには知っている人間しか訪れない。
 そして、密やかなファンが地図を片手にやってくる。
 なぜなら、いつでもどこでも手に入るように、通販を日本全国で行っているからだ。
 紅茶が大好きで、欲しくても近隣に店舗があるとは限らない。そんな客のために夜遅くまで通販を受けている。電話一本でほんの少しから注文を受け付けてくれる。最近では、ホームページで受注もできるようになったため、より便利になった。


 そんな「ティ・クオリティ」のとある店舗。
 今日は晴天。
 暖かくなった春の午後。


 「さあ、今日は午後から混むと思うからがんばろうね、さん」
 「はい、店長」

 が少し遅い昼食を取って休憩を終え戻ってくると店長の宮部が声をかけて来たので元気に返事を返した。
 菅野24歳。大学を卒業後、紅茶好きが高じてこの会社に入社した。研修を経て、この店舗に配属されちょうど2年が過ぎた。仕事も手慣れて経験も増えやりがいを見いだした時期である。

 いいお天気だと人も街に出る。買い物をしたくなる、お茶でも飲んで休憩したくなるものだ。だから大概午後から忙しくなることが多いことをすでに経験上知っていた。
 はガラスケースに入ったケーキの数を数えながら宮部に言った。

 「店長、ケーキのストックこれで足りますね?」
 「うう〜ん、多分いけるんじゃないかな。でも、ショートケーキが少ないか?」

 今の時期はいちごが美味しい。
 豊富な水分と少々の酸味、純粋な甘みがあって、生クリームとの相性は抜群である。これが時期を過ぎてくると酸味が目立ってきて、美味しさが半減する。
 店が用意しているショートケーキは人気がある。年齢を問わず誰でも多べられるせいか、どんなケーキ屋でもショートケーキはポピュラーなのだ。

 「そうですね、なんとかなるんじゃないですか?今日はそれ以外が、洋なしのムースとモンブラン、ショコラ、いちごのタルト、ベイクドチーズケーキがありますから………」
 「そうだね、どうしても駄目だったら近くの店舗に緊急で譲ってもらおう。その時はさん、お願いね」
 「は〜い!了解しました」

 どうしても在庫がなくなると、生物はヘルプをかけることがある。もっとも簡単に行ける近くに店舗がある場合のみに使える手であるから互いの店舗は恵まれていた。だから、もしもの時はが店舗に取りに行くことになるのが常だった。

 「さて、お仕事しましょうか」

 は店オリジナルのエプロンをする。それが制服みたいなものなのだ。
 真っ黒の紐を首に掛けるタイプで、腰は後ろを回って前で結ぶ。左右にポケットが付いていて、ペンや注文表などが入っている。
 白いシャツとタイトなスカートはレンガ色。シックで上品だとなかなか評判が良いものだ。

 紅茶の売場とイートーンできる場所は併設されていてその真ん中にレジがあり、どちらも同じレジを使う。そこがの持ち場であり、客の相談に乗って紅茶を選ぶ手助けをしたり、イートインでの注文を聞いたりするのが仕事である。紅茶の売場はそんなに広くはないが見本が並び手に取れるようになっている。がいる背後には番号で並べれられた紅茶が入った大きな箱が並べられていた。

 「いらしゃいませ!!」

 はふと、落ちた影に気付いて営業用の声をかけた。身に付いた職業病みたいなものだろうか?
 が、一瞬仕事を忘れそうになった。

 なんて目立つ二人連れだろうか………。
 この店には芸能人も時々やってくるけど、こんな強烈な人間は見たことがないとは思う。

 一人は長身で端正な顔、切れ長の瞳に柔らかそうな少々癖毛の髪。なんと表現していいか、格好いい人物だった。グレーのスーツにアイボリーのトレンチコートを羽織った姿は、うっとりするほどだ。長身で細身だから似合うのだろう。
彼の隣にいる人物は、これまた驚愕の代物だった。

 天使がいる………。

 は、心の底からそう思った。

 こんな美人見たことないわ。

 さらさら手触りの良さそうな真っ黒の髪に透明な蒼、今日の青空みたいな綺麗な瞳が印象的だ。雪のような白い肌に薄紅色の唇が映えて、思わず目を奪われる。華奢で滑らかな身体が真っ白のAラインのスプリングコートに包まれていて、抱きしめたくなるほど可憐だ。
 その、真っ白のコートが天使かと思った要因の一つ。もう一つは、ちょうど太陽の光線が彼の髪に天使の輪を作ったから。
 彼を守るように立つ隣の格好いい人物がドアを開けて彼を促していたから余計にそう思ったのかも知れなかった。

 「へえ、すごいな」
 「そうでしょう?好きなお店なんだ。いつか新一を連れてきたかったんだよ」

天使がきょろきょろと店内を見回すと、騎士の如くエスコートする格好いいハンサムは慣れたように説明した。
 騎士は、この店に訪れたことがるのだろうか?否、一目でも見たことがあれば自分が忘れる訳がないと、は思う。自分が休日の時か、それとも他の店舗や通販での上客だろうか?

 が予測した通り、天使を守る騎士のように見えた快斗はこの店の本店の常連である。多忙な時は通販も利用しているから、が知らないのは当然だった。
今日は天使、とが思った新一を連れ立って買い物がてらにお茶を飲もうと訪れたのだ。

 「買い物は後にして、まずは紅茶を飲もうよ」
 「そうだな」

 快斗は新一を誘う。
 二人はのいる方に近付いて来た。

 「お二人様ですね?どうぞこちらへ」

 は先に立って席まで案内する。
 今はちょうど誰もいない店内だから奧にある4人席に促してメニューを渡した。
 そしてお水とおしぼりを持って再び二人の前に訪れる。

 「ご注文はいかが致しましょう?」
 「たくさんありすぎて迷う………」

 新一はメニューを見て眉を潜めた。

 店の茶葉の種類は紅茶の産地や農園、種類別に、それ以外のにもフレーバーティやハーブティなと多種多様を極め、200種類程ある。初めての客が迷うのは当たり前だった。

 「好きなものでいいんじゃない?あ、俺はアッサムにしようかな………、ディクサム・フルリーフをお願いします」

 快斗は迷うことなく決めて注文した。

 「畏まりました。そちらのお客様はどのようなタイプがお好みでしょうか?雰囲気をおっしゃって頂ければ、お選びしますが?」

 は優しげに微笑みながらそう申し出た。

 「あ、あんまり甘いのは好きじゃないし………普段は珈琲が多いから」
 「そうでございますか。それではストレートが美味しいものがよろしいですね?珈琲を飲まれるのであれば紅茶の渋みなど大したものではありませんから、ダージリンでいかがですか?フレーバーもいいですが、甘い香りのものが多いですから」
 「じゃあダージリンをお願いします」
 「はい。ダージリンも種類が豊富にありますが、オレンジバレー農園のものはいかがですか?軽やかで、今日のような春に相応しい清々しい香りがします」
 「それでいいです」

 新一は頷いた。もう、お任せしようという気が見え見えである。

 「畏まりました。ケーキなどはいかがします?今でしたら季節のいちごを使ったものをお勧めしますわ。ショートケーキにタルトがあります」
 「じゃ、タルトを。新一はどうする?」

 快斗はにそう言うと、向かいの新一を伺う。

 「甘いのはなあ………」
 「それでは、ベイクドチーズケーキになさいますか?」
 「チーズケーキなら食べれると思う」
 「それではチーズケーキをお持ちしますね」

 は新一ににっこりと微笑んだ。

 「ご注文はディクサム・フルリーフとオレンジバレー、いちごのタルトにベイクドチーズケーキでよろしいですね?」

 「はい」
 「はい」

 二人はそれぞれに頷いた。

 「少々お待ち下さいませ」

 は一礼してその場を去った。
 カウンターに来るとは中にいる宮部に声をかけた。

 「店長、注文お願いします」
 「は〜い。それにしてもさんって相変わらずだよね………。邪気のない笑顔で押しが強い」
 「店長、誉めてますか?」
 「もちろんだよ。商売繁盛大歓迎だ」

 にやりと宮部は笑う。

 「そうですか。じゃいいですけど」

 は腑に落ちないわ、という顔でそれでも得意の微笑みを見せた。そして、お盆に注文の品を乗せて再び二人の前に現れた。

 「お待たせしました。こちらの砂時計が落ちましたらお茶を注いで下さいませ」

 真っ白の茶器はお店のロゴが入ったシンプルなものだ。それにティコージーが被せてあり、3杯分くらい入る。いちごのタルトには生クリームがたっぷりと、チーズケーキにはアイスクリームが添えられている。

 「それではごゆっくりどうぞ」

 にっこりと必殺の営業スマイルである。
 もちろん、見目麗しい美形を見れた本音も入っている。
 心の中はラッキーとしかいいようがない嬉々とした感情が渦巻いていた。人はそれを煩悩と呼ぶ。



 「美味しい」
 「そう、それは良かった」

 紅茶を飲み、チーズケーキを美味しそうに食べる新一に快斗は微笑む。
 折角のお出かけだから、新一と楽しい時間を過ごしたいと思う快斗である。自分も好みのお茶を飲んで、いちごのタルトを味わう。
 思ったよりずっと甘くなくてこれなら新一も食べられるかもしれないと思う。

 「新一、これ食べてみなよ。甘くないよ」

 そう言ってフォークで一口の大きさに切り分けて、ほらと新一の口に運んだ。
 それを躊躇せず、新一はぱくりと口にして租借する。

 「本当だ、美味しい………」
 「でしょう?」
 「うん。じゃ、これも食べてみるか?」

 新一は自分のチーズケーキを切り分けて、快斗に差し出す。快斗は新一の腕ごと掴んでフォークに刺さった欠片を口にした。

 「うん、美味しい。ありがとう新一」

 にっこりと微笑んでお礼を述べる。
 新一はうん、と頷いた。



 そんなラブラブな雰囲気を醸し出している二人をはカウンターからそっと伺い見ていた。

 これは、ラブラブバカップルなの?
 そうが思っても不思議ではなかった。なぜなら、事実であったから………。

 しかし、に偏見はなかった。どちらかというと歓迎している。
 こんなに麗しい二人連れなど今後お目にかかれるかどうか、怪しいのだ。
 存分に見ておきたい。もっといちゃついてくれて構わないと思う。
 幸い他の客は今の所いないのだ。
 もう一度間近で見る機会が欲しいものである。会計の時かしらんとは思う。





 そんなの願いを聞き届けたのか、帰りがけに買い物をしていってくれた。

 「オレンジバレーを100グラムとディクサム・ブロークン100グラムとアールグレイ100グラムね」

 快斗は新一が美味しそうに飲んだオレンジバレーを彼のためにと、自分用の常用のお茶を注文した。

 「はい。少々お待ち下さいませ」

 はそういうと、背後にある箱からそれぞれの茶葉を計り、袋に入れて真空パックする。
 この店はグラム売りなのだ。
 50グラムから計り売りをしていて、多く買う上客には割引がある。

 そんな作業をしている間に新一は店内を見て回り、それを快斗は優しげに見守っていた。
 お茶だけでなく、お茶を入れる道具や店オリジナルのカップ、ティポットなど様々なものが陳列されているのだ。中には珍しいものも置いてある。進物用に箱詰めされたものやウェディング用の可愛らしい缶など。
 手に取ると快斗にこれは?と聞いている新一の姿が微笑ましくては知らずに笑みを浮かべる。

 「お客様、どうぞ」

 は快斗に袋を渡した。

 「ありがとう」

 そうお礼を言ってくれるのが嬉しくて、営業用でない笑顔で二人を送り出す。

 「ありがとうございます。またお待ちしております」

 深く腰を折りお辞儀をする。
 そしてとても印象的で麗しいカップルの後ろ姿を見送った。



 またのお越し、心からお待ちしております。
 「ティ・クオリティ」は何時もお客様を歓迎致します。



                                               END



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