「ひとくち」




 バレンタインともなるとデパートなどに特設会場ができ、普段お目にかかれないような地方の名店や美味しいと評判のパティシエの店が出展される。そして、バレンタイン用の期間限定で特別な商品が並ぶ。甘い物が大好きな人間にとっては、正に絶好の機会。別に誰かにあげなくてもいい。もちろん本命や義理を購入することもあるが、自分用に試食品をもらいまくり食べまくり慎重に吟味するし、見かけやディテールに心惹かれた商品も購入する。本命は昨年より高額に、義理はもっと安く………それとも職場で共同購入………という傾向の中、「自分チョコ」はかなり高額になるそうだ。

 自分用に、日頃のご褒美に。
 美味しいチョコレートは誰でも食べたい!
 上げるだけなんて、勿体ない。
 それは、正当な意見だろう。


 「でさあ、買ってきたんだ」

 と新一にはあまり納得いかない理由で………なぜなら快斗に義理チョコなんて存在しないからだ………たくさんのチョコを快斗はかかえて工藤邸を訪れた。テーブルの上には小さくて綺麗にラッピングされた箱が並んでいる。

 「………自分でか?」
 「もちろん」
 「あの、売場に行って?」

 新一がそう聞いてしまって仕方がないだろう。
 女性の戦場のような混雑を頭に思い浮かべて新一は顔をしかめる。あそこに入って買ってくる勇気があるなんて、すごいとしかいいようがない。それも男性がだ………。

 「そうだけど?何で?」
 「………すごい人だったろ?」
 「まあ、そうだけど。美味しいものを買うにはある程度の努力は必用だしねえ」

 快斗は別に大したことないと、のほほんとしている。

 「………」

 たかがチョコレートだが、天晴れな心意気だ。
 新一には絶対に真似できないけれど。真似したいとも思わないけど。
 快斗はにこにこしながら箱にかかるリボンをほどく。白地にロゴだけが入った小箱。リボンも茶色と至ってシンプルだ。

 「これはね、メリーズのガナッシュチョコレート。ミルクとビターとあったんだけど、ミルク買ってみたんだ………」

 箱の中には小さな円柱型した焦げ茶色のチョコがいくつも入っていた。生クリームと洋酒を贅沢に使用したチョコレートをパウダーで包み込んだ一品だ。

 「本当は、オレンジピールチョコを買ってみたかったんだけど、なかったんだ。友達に聞いたらすっごく美味しいって言ってた」

 チョコレートに関する限り、甘い物が重点的だが、快斗の口調は滑らさを極める。
 友達といってもきっとその友達は女性に違いない。
 誰がオレンジピールがいいなんていうんだ、と内心新一は思う。
 快斗は嬉しそうにそのチョコを摘んだ。それを新一は見守る。嬉しそうな快斗を見ることは好きだった。新一まで幸せになるからだ。内緒だから、大きな声では言わないけれど。

 「はい」
 「………へ?」

 しかし、快斗は摘んだチョコを自分で食べずに新一の前に差し出した。俗に言う「あーん」である。新一は、目の前のチョコを見つめ、おずおずと口を開く。快斗ははい、と新一の口にチョコを入れる。
 そして、今度は自分の口に放り込む。
 口中に広がる苦みと甘みを味わう。結構濃厚な味で後味が残る。

 「どう?」

 快斗がにこにこしながら新一に微笑みながら聞いてくるので、新一もうんと頷く。

 「それほどめちゃくちゃ甘くはないな。でも、すっごい濃厚。1個食べるのに時間かかるし、そんなに何個も食べられない」
 「そう?でも、あと少しくらいなら食べられるよね?」
 「ああ………」
 「はい」

 新一がイエスの返事をすると快斗はまたもやチョコを新一の口元にもってくる。新一は一瞬動きが止まるが、また口を開いてチョコを食べる。

 「美味しい?」
 「うん」

 新一はチョコを味わいながら、冷めた珈琲を飲む。
 苦い珈琲と共に食べれば美味しいなと新一は思った。
 そして、再び快斗が新一にチョコを食べさせようとするので新一が今度は反論する。

 「自分で食べれるぞ?」
 「駄目なの?」
 「そうじゃなくて………」
 「いいじゃない。新一が困る訳じゃないし。手も汚れないでしょ?」
 「………」

 (それは、その通りだけれど。なんか恥ずかしいんだって!)

 と言いたいが言えない新一である。しかたがなく快斗が差し出すままにチョコを食べる。快斗は満足そうにそれを見つめて笑っている。結局その顔を見ると何も言えなくなる。

 「次、これ食べようか?」

 快斗はいそいそと次の箱を開けようとリボンを取る。今度はシンプルで薄い正方形の箱。

 「ロイズの生チョコで、ヘネシーVSOP。限定品だよ〜」
 「それはいいけど、それまで食べさせるとか言わないよな?」
 「俺としては食べさせたいけど、駄目な訳?」
 「………できるなら、自分で食べたいんだけど、っていうか自分で食べるし」
 「えー」
 「えーじゃない。何でそんなに食べさせたいんだ?」
 「だって、楽しいんだよ。新一にチョコ食べさせるなんて、俺しかできないんだよ。堪能しなきゃ。そっと口を開く新一がこれまた、可愛いし………」

 それはそれは、見られたものじゃないくらいにやけた顔を快斗はする。
 
 (………すっげー恥ずかしい奴。人が食べる顔なんて見るな!ついでに顔がなんかいやらしい)

 新一はむっつりと黙る。

 「絶対、嫌だ」

 きっぱりと言い切る新一に快斗が不満そうな顔をするが、次いで思いついたように目を楽しそうに細める。

 「だったら、俺に食べさせて。それならいいだろ?」
 「俺がお前に食べさせる?」
 「そう。そうすれば、俺の気持ちもわかるって」

 自信満々に言うので新一は仕方なくわかった、と承諾した。そして、箱から正方形の生チョコを摘んでほら、と快斗の口まで持っていく。快斗は口を開けて嬉しそうに食べた。

 (親鳥が餌付けしてる気分だな………)

 新一はそんなことを思う。
 口を開けるということは、とても無防備だ。相手を信頼していないと決してできない。まして、「あーん」なのだから、恋人でなければ、恥ずかしくて憤死するだろう。
 少しだけ快斗の気持ちが新一にもわかる。
 
 (なんか、してやられたみたいで嫌だな)

 そんなことを思ってみても、次から次へと快斗の口へチョコを運ぶ。楽しいと思ってしまう自分が新一はおかしかった。でも、嫌ではない。結局、快斗には甘いということだろう。快斗自身も新一に甘いが新一も何を言っても最後には甘いのだ。人のことは言えない。
 ちなみにそんな姿を見る度に、隣の科学者はバカップルという。
 
 「どう?わかった?」

 すでに結果などわかっているだろうに、快斗がそう新一に聞いてくるので、正直に答えるのが癪だった。だから、新一は快斗の目の前でにっこりと艶っぽく微笑んで唇を軽く落とす。ほんとうに、わずかに触れただけの唇。柔らかな感触を味わう間もない。
 快斗がもっとしたいな、と思っても新一はすでに立ち上がっていた。顔には、お終いと書いてあった。

 「甘いものは食べたから、苦い珈琲入れる」

 そして、キッチンへと歩く。

 「お前も飲むか?」

 振り返って快斗に聞いてくるので、快斗も頷いた。
 苦い珈琲でいいけれど、その分新一からキスをもらおうと。そうしたら、甘い。
 やっぱり甘い方がいいよなあ、なんて快斗が思っているなんて新一は知らない。
 


                                               END



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