快斗は買い物に行くと新商品を買う傾向にある。 それはどんな味なのか、美味しいのか不味いのか試してみないことには納まらない。その探求心が現在の彼を作っていることは言うまでもない。興味あることはとことん調べる。知らないままにはしておかない。おかげで雑学は豊富でそれが食材のことであろうが、数式のことであろうが博識だと彼を知る人間は思っていた。 しかし、食べ物の場合当たり外れがある。 一人なら、いい。 責任は自分だけ。 だが、二人の場合貧乏くじを引く人間が存在する。 「新一、これこれ!」 「何だ、それ?」 快斗が買ってきた見慣れない代物。新一は胡乱げにそれを見つめた。 「新一珈琲好きだから、こんなのもいいかと思って………」 細長い小振りなガラス瓶に入った黒い液体。 珈琲好きだからと言うからにはそれは珈琲なのだろう。 「輸入品なんだってさ。最近流行ってるって聞いたから、試してみてもいいかと思ったんだけど、どう?」 新一はその瓶を持ち上げて、しげしげと見つめた。 「チーノカフェ」 スパークリング エスプレッソコーヒー。 原産国はオーストラリア。 「………」 「………どう?」 無言の新一に快斗は伺うように聞いてみた。 折角新一のために買ってきたのだけれど、彼は気に入らなかったのだろうか。 「エスプレッソのスパークリング?………つまり炭酸の珈琲?なんか、それって美味しいのか?」 ものすごく味が想像しにくいと新一は思う。 それも、あまりにミスマッチ。到底美味しいとは思えない。 「あー、カクエルとかにも使うんじゃないかな?」 「カクテル?」 フォローを入れる快斗に新一は眉を寄せる。 「気に入らない?」 「………折角買って来たんだから飲むけど」 快斗が買ってきたものを新一が、無下にすることはない。それは快斗も同様だった。快斗は新一が買ってきたものを拒否したことなどない。もちろん、快斗の苦手なものを新一が渡すことがないのが、前提だが。これで魚など出されたら快斗は卒倒するだろう。 「冷やして飲むといいって。後で飲んでみようよ」 「ああ」 新一は頷いた。 綺麗なグラスに注がれた液体はエスプレッソらしく琥珀ではなく黒色である。氷が浮かんで中から泡が浮き上がる様は見ている分には美しい。 「「………」」 二人はグラスに手を付け口を付ける。 しかし、反応は微妙で何も言わずに互いを見つめる。そして、いささか首を傾げる。 「なんていうか難しい味?」 「すっごく不味いって訳じゃないけど、美味しいって訳でもない。でも、微妙に不味い?」 新一はどう表現していいか迷う。 ただ、舌に感じる味が、自分の好みでないことは確かだった。 珈琲の味はする。けれど口内に炭酸が広がるのだ。そして、一番厄介なのは甘みだった。後味が甘すぎる。もっと珈琲の苦みがあればいいのだが………どこがエスプレッソ?と新一は内心首をひねる。 「珈琲とコーラを混ぜたような味!」 快斗は答えを出した。 表現の難しい味。自分の味覚、舌には自信があるからどう評価していいか悩んでいたのだ。 「………そんな感じだな。つまり、人工甘味料の味ってことだな?」 「………そういうと味も素っ気もないけど、そうだろうね」 快斗は同意する。 新一は一口、二口飲んでテーブルに置いたグラスを見つめて、はあと吐息を付いた。 「快斗、これ俺無理かも………」 「いいよ、無理して飲む必用ないから」 新一が申し訳なさそうに言うので快斗は安心させるように微笑んだ。 これが快斗の作ったものなら新一もがんばるのだが、そうでない市販品。自分の味覚がおかしくなりそうな新一はギブアップした。 「じゃあ、新一に口直しの珈琲入れるよ」 快斗は新一が大好きな苦みのある珈琲を入れようと立ち上がった。すると新一は来い来いと快斗を手招いた。快斗はどうしたの?と新一を覗き込む。 新一は徐に快斗の手を引いて首に腕を巻き付ける。驚いて目を丸くしている快斗の顔へ己の顔を近付けて、唇を重ねた。軽く触れるだけの口付け。 快斗は瞳を見開きながら新一を見つめる。 するりと快斗から離れて新一はにっこりと微笑んだ。 「口直し」 唇に人差し指を当てて艶やかに笑う新一は、強烈に妖艶だった。 快斗が口直しには足りない、と再び口付けたのは言うまでもない。 END |