「少年探偵団と私」1



 6月といえば……。

 梅雨。
 就職戦線真っ只中。
 ワールドカップ。

 けれど、世の中にはもう一つ全国一斉に行われものがある。
 それは教育実習。
 教師になるためには絶対必要な単位。
 幼稚園なら2週間、小学校なら4週間。
 受け入れる学校も大変なら行く学生も緊張と失敗の連続が待っている地獄の4週間。
 それを乗り越えないと、教師にはなれない。
 たとえならなくても、教職の単位はもらえない。
 それは教職を取っている人間にとって死活問題だった。
 教職というのは、小学校教育なら教科数全ての授業があるのだ。それに当てる時間は限りなく多く、教職を取らないと他の資格などないに等しいんだから、絶対に落とせない代物である。

 それは6月いっぴから始まるが、その日が休日なら終わってから。
 よって今年の教育実習は、6月3日から始まった。


6月3日(月)


 実習生は全校生徒の前で挨拶。それが大概の決まりである。
 事前に担当のベテランな先生と校長、教頭先生の顔あわせは済ませてあるけれど朝一番の全校集会だから他の先生には挨拶もしていない。
 それは後でちゃんとしなくちゃ……と思っていたのに……。

 「え?プールの竣工式ですか?」
 「そうですよ。先日完成したので今日が記念すべき竣工式なんです。だから、式典をプールで行いますから、そちらに行きましょう」

 初めての緊張すべき挨拶はどうやら流れそうである。
 学校としても竣工式なんて滅多にない晴れの日である。実習生なんて構っていられないのは、しかたがないだろう……。
 ふう、とため息を付いて、担当に付く先生の後を追った。

 それが、記念すべき彼女の実習日最初の日であった。
 帝丹小学校2年B組。
 それが配属されるクラスである。

 (できたばかりのプールって、ピカピカだなあ……)

 どこにも汚れなんてなくて、清潔で太陽の光に反射して輝いている様は大層美しい。
 25メートル、水深1メートル30くらいと低学年用の浅めと2つあるが、どちらも透明な水が青くて底が透けてみえる。
 校長がマイクをもって竣工式の挨拶を述べている。
 それを彼女は離れた場所で見つめていた。

 彼女の名前は薬師寺
 某大学4年、まだ誕生日を向かえていないから、21歳。
 教育実習のため、この帝丹小学校にやって来た。

 この日ばかりはしっかり決めようとスーツ姿で現れたのだけれど……明日からの毎日は動きやすく、汚れても構わないTシャツとジャージと決まっていた……その意味はどこかに吹き飛んだようだ。全校生徒の前で挨拶が流れたのは、幸先がいいんだか、悪いんだかなあ……などと思いつつ、少々気が抜けていた。

 「それでは、今日は聖ガブリエル学園高等部、水泳部から佐々木加奈さんと佐々木麻奈さんに泳いで頂きます」

 校長の紹介により二人の水着姿の女の子が歩いてきて、飛込み台の上に立つ。そして、見事なフォームで水しぶきを綺麗に上げて青い水中にダイブした。
 すいすいと泳ぐ様は魚のように軽やかで滑らかだった。
 子供達もその姿に見入っている。
 きっと、こんな風に泳げたらいいなあと思っているのだろう。
 が、は滑らかなフォームに見惚れるより、さっき聞いた名前が気になっていた。
 佐々木加奈・麻奈姉妹。
 彼女はこの姉妹を知っていた。水泳に小さき頃から青春を捧げて、泳いでいる彼女たち。だから、水泳の名門校に入学したのだ。

 (最近逢っていなかったが、こんなところで再会するなんてなあ……)

 25メートルを2度往復して彼女たちは陸に上がって来た。
 は思わず、小さく手をふった。

 「あれ?ちゃん?」
 「ちゃんだ」

 加奈と麻奈も驚いた顔でに近づいてきた。

 「久しぶりだね、加奈ちゃん、麻奈ちゃん」
 「うわあ、どうしてこんなとこにいるの?何で?」
 「今日から、教育実習なの」

 はクスクス笑いながら、答えた。

 「すごい、偶然だね」
 「私たちは、竣工式だから頼まれたの。地元だしね」

 加奈と麻奈が顔を見合わせる。

 「そうだね、本当に偶然!……二人とも水泳で名が通ってるから、お呼びがかかったんだね〜」

 地元出身の名スイマーに声をかける校長もなかなかやるなあと思う。
 高校生だから、お金もかからないだろうし。ボランティアだろうし。
 もだが、姉妹ももちろん帝丹小学校が母校である。
 だから、教育実習にも来るし、何か行事があると名の知れた卒業生に白羽の矢が当たるのだ。

 「うん、まあいいんだけどね」
 「泳げばいいだけだし」

 二人とも苦笑する。

 「お疲れ様。これから着替えるだよね?ごめん呼び止めて……」
 「いいよ、久しぶりだし。嬉しかった」
 「またね、ちゃん」
 「うん、またね」

 更衣室に向かう姉妹に手をふって別れた。

 少し離れた場所にいた担当の教師の清水がちらりとを見て聞いてきた。

 「知り合いなの?」
 「はい。すっごく久しぶりなんですけど、親同士が仲いいんですよ」

 彼女たちの両親との両親は仲がいい。その関係で小学生からのお付き合いだ。

 「そう。……もうすぐ式典も終わるから、教室に戻ったら自己紹介をしてね」
 「はい。わかりました」

 清水が告げた言葉には大きく頷いた。
 そう、これが終われば教室で子供達と顔あわせが待っている。は気を引きしめなければと自分に言い聞かせた。


 「それでは、今日から4週間このクラスに実習にみえた、薬師寺先生です。そうね、薬師寺はいいにくいし、この学校には道明寺先生もみえるから、先生でいいかしら?」

 壇上で清水はを横に立たせ、子供達に説明した。

 「……はい。今日からこのクラスで4週間一緒に過ごす薬師寺です。よろしくおねがいしますね」

 はにこりと微笑みながら、小さく頭を下げた。

 「「「「「よろしく、お願いします!!!」」」」
 途端、子供達は元気な声で返した。
 その声を聞きながら、がんばろうとは心に誓った。


6月4日(火)


 実習生が、まず最初にしなくてはならないこと。
 それは、クラスの全ての生徒の名前と顔を覚えることである。
 子供達は胸に名札をつけているが、ぱっと見てわからなければ子供とコミュニュケーションなどとれないし、授業などできない。

 は教室の一番後ろの席に子供達と同じような机と椅子に座り授業の進め方と子供達の反応を見つめていた。
 毎日、日誌を書く。
 そこには子供の観察、授業内容、気付いたことや後に受け持った授業なと細かく記述し大学に提出するのだ。


 「先生……!」

 一人の女の子が休み時間を待っていたように、に寄ってきた。

 「何かな?」

 は女の子にかがんで目線をあわせる。名札を見ると「よしだ あゆみ」と書いてある。

 「あのね、これ、先生だよね?」
 「?」

 女の子ははポケットから一枚の写真を取り出してに差し出した。それを受け取り見た瞬間、彼女は硬直した。

 「昨日、お父さんとお母さんに先生のことを話したら、知ってるって……。小さい頃、遊んでもらったんだよって」
 「あゆみちゃんて、吉田さん家の歩美ちゃんなの……?」
 「うん」

 の驚愕を他所に、歩美はにっこりと頷いた。
 写真に映っているのは、中学生のと赤ちゃんだ。が抱かえている赤ちゃんが歩美である……。

 (赤ちゃんの頃しか知らないから、全くわからなかったよ……歩美ちゃん)

 世間って狭い。
 まさか、このようなことがあろうとは……。

 「大きくなったよね、歩美ちゃん。お父さんとお母さんは元気?」
 「元気だよ。先生にも会いたがっていたよ」
 「そう。そのうち顔を出すね」

 は写真を歩美に返しながら微笑む。
 
 (歩美ちゃん、本当に可愛くなってるね。さすがあのお母さんの子供だよ。お母さんも可愛い人だもんねえ)

 はしみじみと歩美を見つめて実感する。

 「あれ、それ何だよ?、見せろよ」

 大柄な男の子が歩美の横に寄ってきて彼女から写真を取ると、しげしげと見つめてを見上げる。

 「これって、先生?すげー若いじゃん……」
 「……そうだね。先生この時、中学生だから」

 は問題発言に引きつりそうになりながら、答えた。

 (そりゃ、若いよ中学生なんだから。小学生からしたら大学生はもう、年なの?……そうかもしれないけど、でも、禁句だぞ、女性に……)

 「元太君……!」

 歩美が元太を咎めるように呼ぶ。さすが、小さくても女である。女性に年齢に関することをを言ってはいけないのだ。
 は名札を見て「こじま げんた」という名前を覚えた。きっと忘れないだろう。

 「どうしたんですか?歩美ちゃん、元太君」
 「あ、光彦君……」
 「あのな、先生の若い頃の写真だぜ」

 元太は光彦に写真を渡す。歩美が咎めるように呼んだ意味など彼には理解できないのだ。

 「へえ……。この赤ちゃんは誰ですか?」

 光彦は写真を見つめ、指を指した。

 「歩美だよ」
 「歩美ちゃんですか。とても可愛いですね」

 光彦は歩美に微笑みかけた。

 「ありがとう、光彦君」

 (この細長い顔の男の子が光彦君……。そして、歩美ちゃんが好きなのね?)

 大人からは見ただけでわかってしまう、淡い恋心である。

 「どうしたんだ?」
 「何か、あったの?吉田さん」

 写真を巡る会話に二人加わった。
 小柄な眼鏡の可愛らしい男の子と、将来有望そうな茶色の髪の女の子である。

 「コナン君、灰原さん」

 歩美が振り向き、ホッとしたように二人を呼んだ。そしてを見上げて、嬉しそうに笑った。

 「先生、あのね、歩美のお友達を紹介するね?」
 「うん。お願い歩美ちゃん」

 はこれ幸いとお願いした。子供に紹介してもらった方がわかりやすいし、友好的になれるだろう。

 「まず、小嶋元太君」
 「オス!」

 (大柄なわんぱくガキ大将風が、小嶋元太くんね)

 「そして、円谷光彦君」
 「よろしくお願いします、先生」

 (細長くてそばかす顔、歩美ちゃんが好き、言葉が丁寧が円谷光彦君ね)

 「それで、江戸川コナン君」

 歩美はにこにこしながらコナンの腕を捕まえる。
 「どうも」

 (……コナン?それは変わった名前だなあ。小柄で大きな眼鏡をしているのが江戸川コナン君。……それにしても可愛いなあ。しかし、歩美ちゃんひょっとしてこの子が好きなの?嬉しそうだよ。彼はぶっきらぼうだから、わかんないけど)

 「最後は灰原哀さん」
 「灰原です」

 (とっても冷静な瞳だなあ。子供とも思えない……。でも、将来美人間違いないだね、灰原哀ちゃん)

 「この5人で少年探偵団なの!」
 歩美はにそれはそれは自慢げに告げた……。

 「少年、探偵団……?」
 はこれまた固まった。

 (……少年探偵団……それは、何……?)

 は心の中で首を傾げる。

 「少年探偵団って何をしているの?歩美ちゃん」

 素朴に歩美に聞いてみた。

 「あのね、依頼を受けたり、悪い人を捕まえたり、暗号を解いたり、事件を解決したりするんだよ!」
 「そうだぜ、表彰されたこともあるんだから!」
 「本当ですよ。これでも僕たち、この学校では有名なんです」

 歩美と元太と光彦は誇らしげに胸を張った。しかし、コナンと哀は何も言わずに傍観している。

 「……それはすごいね。でも、危なくないの?」

 はどのようなことを子供達が行ったのかわからないが、危険なこともあったのではないかと心配する。
 好奇心だけで行動してはいつか怪我をする。とんでもない事に巻き込まれるかもしれない。

 「大丈夫だよ?ちゃんと連絡取り合うし。ほら」

 歩美は微笑みながらポケットから小さなバッチのようなものを取り出しに見せた。
 はそれをじっくりと観察した。
 「DETECTIVE BOYS」と書かれ、ホームズのシルエットがポイントになっているバッジである。

 「これは探偵バッジなの。トランシーバーになってるし発信機にもなるんだよ?」
 「すごいね〜」

 (トランシーバーならおもちゃでも売ってておかしくないけど、発信機なんて機能付ける?普通はやらないし、そんなものあったら高額だよ。真面目に私立探偵グッズじゃないの?何でそんなものをもってるの、歩美ちゃん……)

 「ここにいる5人とももってるの。それで、コナン君がしてる眼鏡に場所が映るの」

 歩美はコナンの腕を引っ張りこれ、と眼鏡を指差した。

 (嘘を言ってるとは思えないけれど、なぜそんなものをもってるの?)

 の疑問は膨れ上がる。
 そのの不思議そうな顔をコナンは見つめ、ふうと吐息を付くと説明をした。

 「近所に、発明家の博士がいるんだ。その人、子供好きだからいろいろ便利な発明品を作って俺たちにくれるんだよ」
 「……研究にのめり込んで運動もせず甘いものを取るから、糖尿病になりそうだけど、とてもいい人よ?お人よしだし」
 「……お人よしって、灰原」

 哀は博士の説明を付け足すが、辛らつな言葉にコナンがげんなりと哀を呼ぶ。

 「あら、褒めてるのよ?」

 哀は目を細める。

 「わかってるけどな、お前はそういう奴だって」
 「それは良かったわね、相互理解ができて」
 「……素直じゃねえ」
 「江戸川君、何か言った?」
 「何でもねえよ、幻聴だろ」
 「私この年で難聴になった覚えはなくてよ?」
 「……この年って、いくつだよ」
 「見たままの小学生ね。それともいくつに見えるのかしら?江戸川君」
 「嫌味かよ。小学生以外なんだって言うんだ?」

 コナンは苦々しげに言い返した。哀は呆れたように肩をすくめる。

 「貴方、墓穴を掘るタイプね……」
 「……」

 (……君たちは小学生ですか?)

 は目の前で繰り広げられる小学低学年とも思えない会話のやり取りに目を丸くする。

 「……先生?」
 「ああ、何、歩美ちゃん!」
 「それが阿笠博士なの。いつも歩美たちと遊んでくれるんだよ?よくキャンプとか行くの」

 よほどその阿笠博士が好きなのか、にこにこしながら話す姿は楽しそうだった。子供にこれほど好かれる阿笠なる人物はよほど良い人なのだろうとにも推測された。

 「良かったね。そんな博士がいるんだ……」
 「うん!」
 「またキャンプに行くんだぜ〜」
 「ゲームとかも作ってくれるんです」
 「へえ……」

 は感心する。
 何でも作れる人なのだろうか?
 一度逢ってみたいとは思った。

 「放課後、学校の中案内するからね、先生まだわからないでしょう?」
 「ありがとう、歩美ちゃん」

 2日目のはまだ校内に何があるのか知らなかった。昔通っていた場所であっても変わっていて当然である。だから、素直に歩美にお礼を言った。

 「俺たち探偵団に任せてくれよ」
 「探偵団は何でもやりますよ」

 元太も光彦も名乗りを上げた。はそれに微笑んで「ありがとう、よろしくね」と返した。



 放課後のことである。
 5人で案内してくれるはずだったらしいが、哀は博士が風邪を引いているから帰るわとチャイムと同時に去っていた。残ったのは、歩美、元太、光彦、コナンの4人である。3人はとても意気揚々としているが、コナンだけは仕方がないな、という顔でしぶしぶ付き合わされている感がある。

 (悪いことしちゃったかな?)

 としては、無理にお願いしたい訳ではない。
 子供の放課後を奪う気はなかった。

 「えっと、コナン君、良かったかな?嫌じゃない?」

 は思わず、聞いた。

 「ああ、いいよ。こいつらだけだと何しでかすかわからねえから」
 「そう」

 その保護者的発言に、なんとも不思議な感じがする。とても低学年の子の言葉ではない。すごくしっかりしているように見えるけれど………。

 「先生、こっちだよ」

 歩美がの手を引いて、廊下を歩く。

 「ここが理科室。隣が、準備室」
 「へえ。実験の道具とかたくさんあるね」
 「そうでしょう?骸骨の標本とかあるんですよ」
 「夜中に踊り出すんだって噂があるんだぜ?」
 「いつでもそういう噂ってあるんだね?先生の時もあったよ?」
 「見たことありますか?」
 「残念ながら、ないよ」

 は笑う。どれだけ時間が経っても変わらないのかもしれない………。
 そして、廊下をまた歩く。

 「ここが家庭科室。まだ歩美達は使えないけど」
 「家庭科はまだだもんね。でも、そのうち使うようになるよ」
 「うん。歩美料理上手になりたいんだ〜」
 「がんばってね」

 歩美はの励ましに微笑む。
 歩美なら可愛らしい女の子に成長するだろう。将来、楽しみだ。きっとバレンタインや誕生日など好きな子に手作りを渡すに違いない。

 「ここが視聴覚室」
 「ああ、設備が新しくなってるね」
 「先生がいた頃より、いいのか?」
 「いいよ。すっごく良くなった。見ればわかるね」
 「へえ………」

 特別教室は一カ所に固まっているから次々に隣の教室に進んで案内してくれる。
 しかし、最後の場所は少し離れたところにあった。

 「ここが図書館」
 「あ、変わってないね」

 中に入る。本を読んでいる子や選んでいる子がいる。

 (懐かしい………)

 は本棚を見て回る。
 小さい頃から本が大好きでこの図書館にも通ったもんだ。それは学校を進んでも同じで中学、高校、大学といつも図書館は自分の行きつけだった。大学はさすがにレポートを仕上げるために専門書を借りることが多いが………。
 
 が見て回っていると、歩美や元太、光彦も児童書、絵本等々を見に行った。
 ふと、目に付いた棚に手を伸ばす。

 「まだ、あるんだ………」
 「先生、それ読んだの?」

 コナンが興味深げに、を見上げていた。

 「うん。全部読んだよ。子供用だったけど、ルパンシリーズと江戸川乱歩の怪人20面相シリーズ、小学校の時に制覇したの」

 は手に持ったモーリス・ルブランの「813」を懐かしげにめくった。

 「先生、ひょっとして、ミステリーとか好きだったりする?」
 「好きだよ〜。それだけじゃないけど、かなり読む」
 「僕も好きだよ」
 「コナン君も?何を読むの?」

 この少年が何を読むのか気になった。

 「僕のお薦めはホームズだよ。あれが最高だと思う」
 「ホームズかあ。1冊ちらっとしか、読んでないんだよね………」
 「絶対、いいよ。ルパンなんかより、遙かにいい!あんな泥棒の話より名探偵の話の方が有意義だと思うよ」
 「………そう?そっか。今度、読んでみるよ」

 は、意気込みに押されながらそういった。
 そういえば、大学の友人にホームズファンがいて、やはり同じようにルパンシリーズを毛嫌いしていたっけ。シリーズ中にホームズが登場するのだが、あんなの本当のホームズではない!と叫んでいた。ルブランが勝手にホームズを出したんだと、とも聞いた。ホームズファンには逆らってはいけないとは経験上知っていた。

 「うん、お勧めだよ。最初はやっぱり『緋色の研究』がいいよ」

 機嫌が治ったのかコナンはにっこり微笑んだ。

 (でも、こんな低学年の子供用のホームズ本ってあったけ?児童書にあったかな?ないよね?………じゃあ、コナン君は何を読んだのかな?普通の大人用?)

 は内心すごく聞いてみたい気になったが、ぐっと我慢した。

 「それ以外にあるのかな?」
 「………そうだなあ。先生は?」
 「私?えっと、いろいろあるんだけど、言ってもわかるかな?」
 「わかるよ。僕の知り合いのお兄ちゃんが大のミステリ好きで僕たくさんお話聞いたもん。詳しいよ?」

 コナンは大丈夫だよと胸を張った。

 「そうなんだ………。えっとね、まあメジャーなとこだと有栖川有栖。作家編好きなの。でもでも、長編だったら学生編。『双頭の悪魔』読んだ時、鳥肌立ったわ〜。それでね、森博嗣の『犀川先生シリーズ』や篠田真由美の『建築家桜井京介シリーズ』、工藤優作の『ナイトバロンシリーズ』や京極夏彦もいいし、小野不由美もいいわね」

 は遠慮なく好きな作家を羅列する。

 「島田荘司や清涼院流水は?」
 「ああ、島田荘司はいいよね?でも、清涼院流水は読みにくくてわかんないから、ちょっと苦手かも………」
 「綾辻行人や内田康夫は?」
 「………綾辻行人は、トリックが身震いしたよ。内田康夫は普通?」
 「海外物は?」
 「海外はあんまり。クリスティを少しかな?」
 「海外物もいいものあるよ。ヴァン・ダイン、エラリー・クイーン、ロス・マクドナルド、マーガレット・ミラー、アイザック・アシモフとかね。まだまだたくさんあるけど……でも先生結構読んでるね。いい趣味だと思うよ」
 「そう?」
 「うん」
 「コナン君もやっぱり知ってるんだよね?」

 そうでなければ、誰は読んだ?などと聞けない。というか作家名など出てこないと思う。特に海外物というだけで羅列される作家名は自分が読まないと出てこないだろう。

 「そうだね、まあまあってとこかな?」
 「十分だと思うよ。じゃあさあ、理系の頭ってすごいって思ったことない?森博嗣先生って締め切り破ったことないでしょ?いつも巻末に次の次のタイトルまで乗ってるのは全て書き終えているんだってね?私それ聞いた時、工学部の助教授の頭ってどうなってるんだろう、いつか見てみたいと思ったよ」
 「ああ、確かに、そうだよね。どこかの誰かに見習わせたいくらいだねよ」
 「………どこかの誰か?」
 「一般論だよ。締め切り破りの作家って多いらしいから。特に、大作家なんて祭上げられてると、駄目だよ」

 コナンはにっこりと邪気のない瞳で笑った。

 「そっか。それは駄目だよね、確かに。締め切りは守らないと編集者さん困るもんね?」
 「そうだよ。いくつも締め切り抱えて缶詰状態なのに逃げだすってのは作家として失格だし、迷惑だね」

 きっぱりと言い切るコナンに誰か知り合いに作家でもいるのだろうか?とは思う。
 しかし、その瞳はそれ以上聞くな、と強く訴えていた。はそれを読みとると何も口にしなかった。懸命な判断だった。

 それ以来、不思議な少年であるコナンとミステリ談義だけは普通にできるようになったである。




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