「花とタキシード」



「綺麗な花嫁さんやったな?幸せそうやった」
 にっこりと微笑みながら有栖はなあ、と隣に座る火村に同意を求めた。
「否定はしないが、アリスの方が綺麗だな」
「………あほか?」
「あほってことはないだろ?ああ?」
「そうじゃなければ、欲目や。その目は節穴や」
 有栖は呆れたようにきっぱりと言い切った。
「随分可愛くないこと言うじゃねえか?アリス。俺は事実を言ったまでだぜ?」
「そんなこと言うのは君くらいなもんや!」
「そんなことないと思うがね。じいさんだってきっと大きく同意するぞ?アリスは綺麗で可愛いって。………違うか?」

「………」

 有栖の祖父、十条統一は孫の有栖を溺愛していた。
 今まで逢えなかった、愛情を注げなかった分を取り戻すかのように有栖を可愛がっている。その統一の口癖が、とっても可愛くて、誰より綺麗。雛にも稀な美人さん、なのだ。
 その孫の性別を間違えているかのような言動は、火村に向かって婿にこんか?と極まっている。火村はもちろん相手にしていないが、統一は諦めていないらしい。
「反論、できねえだろ?」
「じいちゃんは特別や。だって孫バカなんやもん」
「孫バカねえ。言い得て妙だな。でも、アリスが綺麗で可愛いのは本当だ。お前は自覚がないだけで、大抵の人間はそう思っている。今日会場にいた人間だって花嫁よりお前をうっとりと見つめていたぞ?」

「はあ………?そんなことある訳ないやろ?君の目腐ってるで?」

 火村が昔からどれだけ言っても有栖は信じない。
 無防備に微笑むとどれだけ危険であるのか、誰彼も惹き付けてしまうのか、常々言い続けても効果があった試しがない。おかげで火村の苦労は減らなかった。
 学生時代から比べて唯一の救いは、自分のものだと主張ができることだろう。
 今日は学生時代の友人の披露宴に呼ばれて二人で出席したのだ。
 新郎の横に並んだウェディングドレスの花嫁は、十分美人の域で美しかった。人生の幸せを噛みしめて輝くばかりの笑顔だった。しかし、友人の席に座る有栖に視線は集まっていた。女性だけでなく男性も見つめたいのだが、あからさまには見られずにちらちらと伺うように視線を向けていた。もちろん火村がその度に睨みを効かせていたのだが、有栖は幸か不幸か、全く気付かなかった。

「これでも、目はいいはずだけどな。それに、花嫁よりアリスの方がよっぽどウェディングドレスが似合うと思うぞ」
「………君の脳味噌腐ってるで?」
 げっそりと有栖は肩を落とした。何を言い出すのか、この男は!
「学生時代、確かお前ウェディング着たよな?」
「げ………。そんなこと覚えてるなや」
 思い出したくない過去を持ち出されて有栖は眉をひそめた。
「代理だったけど、ファッションショーのトリを飾ってたな。こう、プリンセスラインとかいうレースがたっぷり使ってあるドレスだった………」
 その時の姿を思い出したのか、どこか遠い目をして火村はうっとりと語った。

 (何が、プリンセスラインやねん!)
 
 どうして火村がウェディングドレスのデザインに詳しいのかさっぱり有栖には理解できなかった。その顔で「プリンセスライン」!
 まさか、そういう雑誌を見たのか?
 案外勉強好きで、知識を増やすことに努力を惜しまない助教授だ。
 結婚する女性をターゲットにした雑誌を見て、へえとかいいながらにやけていても不思議ではなかった。
 しかし、そんな火村をあまり見たくはない。
 
「そんな記憶、抹殺しろ」
「嫌だね。………それとも、今度着るか?うん?俺としてはマーメードラインもいいと思うんだけどな?アリス」
 
 (こいつが助教授って時々疑いたくなるわ。その発想は、どうやねん)
 
 有栖は額に手を当てて、こいつに何を言っても無駄だと諦めの境地に入った。
 しかし、火村はそんなことを歯牙にもかけずもらってきた花束から一輪薔薇を折り摘むと、有栖の上着のポケットに刺した。
「火村?」
 首を傾げて火村を見上げる有栖の瞳ににやりと口角を上げて微笑む。

「予約だ」
「………」
 そして、呆然と見つめる有栖の唇に軽く口付けを落した。
 
 その日の助教授は稀にみる最強だった………。
 
 



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