「こんにちは。雛子先生!」 「いらっしゃい。有栖川くん」 とってもお天気のいい午後。有栖は研究室を訪ねていた。 学生時代にお世話になった、茶飲み友達としていた、棚橋雛子先生。 今も時々逢いに来る。 品がいいおばあさん先生であり、児童文学を専門としていた。 有栖は直接関係ないが、ひょんなことから知り合って以来のおつきあいだ。 「はい、先生」 有栖は持参した包みを渡す。 先生にお土産の和菓子だ。 「ありがとう!」 雛子はにっこりと微笑む。 「お茶を入れるわね。座ってて、有栖川くん」 有栖はお言葉に甘えて、腰掛けた。 テーブルの上には絵本がたくさん広げてあった。 何冊か見覚えのある本がある。 名作といわれるもの、最近発売されたもの。 研究のためか、講義のためかわからないが・・・。 有栖はその中から、名作と言われる絵本を取った。 「白いうさぎと黒いうさぎ」 パラパラとめくる。 可愛い絵で繰り広げられる、追いかけっこ。 「はい。どうぞ」 そこへ雛子がお茶とお菓子を乗せた皿をもって現れた。 「あら、懐かしい?」 穏やかな微笑みを湛えた顔で有栖に聞いた。 「はい・・・。優しい話ですよね。絵もぴったりで」 「そうね。いい本だと思うわ。概ね良好の評価のある本だけど、それでも賛否はあるわね。これなんて、面白いこと書いてるわ」 そう言って、本棚から1冊の専門書を取り出した。 「ここよ」とページを開き有栖に見せる。 「文章など不要なぐらい絵が全てを物語っている。高倉健が背中で演技をするなら、この2匹のウサギは目を耳で演技をしている。私のような中年の痴漢タイプは、文章を関係なく、絵だけで十分以上に楽しめる。惚れた弱みをもつ黒いうさぎの純情で朴訥さに共鳴し、高慢で相手を見下したいけ好かない美人白うさぎに真剣に憤りを感じてしまう。黒うさぎに無理矢理愛を告白させていうて、驚いた振りをする白いうさぎの仕草は、まさに元祖「うっそー」である。なんとも白々しい。これに引き替え黒いうさぎの驚いた眼はあわれにも、これ以上開けられないぐらい開けて精一杯感激している。持てた経験のない男としては「いつの世でも男はつらいよね」となぜか納得できてしまうところが悲しい。」 「確かに、面白いこと考えますね。俺はそこまで考えなかったなあ」 「それでいいのよ。本なんて読者の受け取り方次第、自由ですもの。有栖川くんの小説でもそうでしょう?」 「そうですね・・・」 雛子は優しく有栖を見守るように、声をかける。 「私はこの本好きよ。白いうさぎが言ってごらんなさいよ!って言うと黒いうさぎも告白するでしょう?うさぎに例えて人間のこと言っているのよね」 「俺もそう思います。言ってみれば、叶うのにって。言わないと始まらないって・・・」 「そうよねえ」 二人はくすりと笑いあう。 一緒に居たいという気持ちを無理だとあきらめてしまわないで。 声に出して言ってみて。 言ってみれば、叶うことってあるのだから。 実は相手も望んでいるかもしれないのだから。 願いは叶うこともある。 だから、言って。 素直に告白して。 世の片思いの人々に贈りたい絵本である。 有栖は実は昔からこの絵本を知っていた。 遠い記憶。 母親が大切に持っていた。なんと父親にプレゼントされたらしい。 実はロマンチストなのか?と疑う父親である・・・。 しかも、父親が母親に贈った本は英語版、つまり輸入された、本物である。 この絵本は日本語訳に直し出版されているが、一つだけ本物と違う所がある。 最後のページの余白。 真っ白なページに、 「And the little black rabbit never looked sad again.」 「黒いうさぎは二度と悲しそうな顔をしませんでした」 という文だけが本来ならあるはずなのだが、日本語訳にはないのだ。 翻訳された時点で前のページに一緒に収録されたらしい。 つまり、父親はその点も踏まえて母親に贈ったという訳だ。 これがロマンチストでなくて、何だというのだろうか? 有栖は思う。 けれど、そんなエピソードを楽しそうに話す母親がとても可愛いらしくて、有栖は両親が大好きだった。 いつか自分も好きな人に贈りたいと思っていた。 そう、いつかあの助教授に贈ってみようか? その意味にあの恐ろしく頭の切れる助教授は気付くだろうか? 有栖はその時を考えるだけで楽しくなった。 でも、今は、 「お茶、頂ますね!雛子先生」 穏やかに、大好きな先生と午後の一時。 END 参考文献 「絵本・えほん・ご本・ゴホンーー絵本と楽しくつきあう法」 京都法政出版 舟橋斉著 「白いうさぎと黒いうさぎ」ガース・ウイリアムズ作、福音館書店出版 「The Rabbits’ Wedding」GARTH WILLIAMS 洋書絵本輸入元 〜おまけ〜 「白いうさぎと黒いうさぎ」を考える。 この絵本を読んだことがない人もいると思う。 幼い頃読んだ記憶がある人も少しはいるのではないか、と期待するが。 どちらにしても、それなりの大きさの書店に行って、立ち読みする事をお勧めする。 日本語訳は大抵見つけることができるだろう。 輸入版は丸善とかの輸入絵本コーナーに行けばあるだろうか? 私が思ったことは、白いうさぎ=アリス、黒いうさぎ=火村の配役で読むと楽しいのではないかということだ。 願っていても、叶わないのではないか、と思っていて言えない。 でも、実際は叶う願い事だった、と。 全てがそうではないだろうが、そうゆう幸せなこともある。 だから、告白してみよう! 勇気のもてる絵本であると思う。 優しい、暖かい気持ちになれる、絵本。 近年、「大人の絵本」が売れている。 けれど、大人用に絵本を作らなくても、そこから選ばなくても素敵な、素晴らしい絵本はたくさんあると思う。 名作、と言われるものもあるし。 無名のものもあるが・・・。 お勧めとしては、 「はるにれ」文字なしの写真絵本。一本のはるにれの木を1年間撮った物。 「ぼくを探しに」講談社 「ビック・オーとの出会い」講談社「ぼくを探しに」の続編。 「ぼちぼちいこか」偕成社 まだまだ、たくさんあるが、今回はこれくらにしておこう。 さあ、本屋にレッツゴー! |
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