「冷たいお茶と午後」


「いらっしゃい。暑かったやろ?」
「ああ。5月に入ると、暑いな・・・」

 この間まで、肌寒むかったのが嘘のように暑い日々がやってきた。
 日射しがが強くて、おんぼろベンツの中はサウナだ。

「はい、タオル」
 火村の額に汗を見つけて有栖が渡す。
「座ってて!」

 そう言って有栖はキッチンに向かった。
 火村は自分の定番の場所、ソファに脱いだ上着をひっかけ、どっかり座った。
 全開にした窓からは少し風が入ってきて、気持ちいい。
 有栖がキッチンで、飲み物でも用意しているのか、かちゃかちゃと音がした。
 やがてお盆をもって火村の前に、「どうぞ」と置いた。
 今日は珍しく、お抹茶と和菓子だ。
 しかし、なぜこの暑いのに、抹茶なのだ、アリス?と火村は思う。
 その、わずかに顔をゆがませた表情から、読みとったのだろう。

「冷たいから、飲んでみて」

 といたずらが成功した子供のように微笑んだ。
 ああ、と一口飲む。
 本当に、冷たいのだ。それがまた、美味しかった!!

「旨いな・・・、これ」
「そうやろ?抹茶は冷たくても美味しいんやで。普段は飲む機会ないけど!」
「そうだな、まず出てこない」
「冷たいと抹茶はすっごく点ちにくいから。うまく点たへん。だから、今回は秘密兵器を使ったんや」
 有栖はちょっとした、秘密を打ち明けるように、声を潜める。

「なんと、ミキサーや!!!!」
「ミキサーだと?」
 さすがに火村も驚いた。
 驚いた火村にえへへ、と嬉しそうに笑う。

「そうや。抹茶を湯で少し溶いておいて、氷と一緒にミキサーにかけると出来上がりなんや。一度にやると、上手くいかへんから、少しずつ氷を入れるのがコツやな!」
「そうゆうのって、仮にも茶道をかじったことのある人間が許せるものなのかねえ?」
「作法なんて、関係ないやん」

 有栖はそれがどうして?という顔だ。
 精神が柔軟なんだよな、と火村は思う。

「実はこの間おかんに教えてもらったんや!いい方法があるわよ〜って。お客さんがたくさん来た時でも便利よ、今の季節とっても素敵って!」
 相変わらず、謎に満ちた家だな。しみじみ火村は思う。
 ま、いいだろう。結論づけた。
「じゃあ、礼だ」
 というと唐突に火村は横にいた有栖の腕をひっぱり胸に抱き込むと、唇にキスを落とす。
「火村、冷たい・・・」

 冷えた唇がふれると、ひんやりとする。
 腕の中で有栖は火村を見上げた。

「冷たい、キスはお嫌い?」

 ちょっぴり眉を上げて、すまして聞く。
 なんてセリフを、なんて顔でいうのか!学生に見せてやりたい!と有栖は思う。
 くそ〜、負けんからな、と心の中でつぶやきながら、

「俺が熱くしてやるわ・・・」
 と言って、にっこり完璧な微笑みを浮かべるとついばむようなキスを返した。
 もちろん、火村に異論などあるはずがない。


BACK