「偶 然」


「こんにちは!有栖川さん」
「森下さん?」
「はい。こんな所であうなんて、偶然ですね」

 にっこり。爽やかな微笑みを浮かべる。
 ここは大型の本屋だ。大抵の本が手に入る。

「本当に。こんなお昼間に逢うなんて、今日は非番なんや?」
「そうなんですよ。有栖川さんは本の買いだしですか?」
「うん。知りあいの作家さんの新刊が出たから」
「そうなんですか?有栖川さんの新刊はいつですか?僕これでも全部持ってますよ、ファンなんですから!」
「読んでくれてたん?ありがとう。ファンやなんて、照れるわ・・・」

 頬を染めて森下を見つめる、有栖。
 その可愛さに森下はくらり、と来る。

「新刊は来月なんや。良かったら、進呈させてもらうわ」
「本当にいいんですか?それなら、是非サインしてもらえませんか?」
「ええよ〜。森下さんになんて、緊張するわ」

 嬉しそうに笑う。

「森下さんミステリが好きなん?」
「小さい頃とか江戸川乱歩とか読んで小林少年に憧れましたよ!それ以来ミステリは読んでます。有栖川さんはどうですか?」
「読んだわ。児童文学になってるのと高校になって、しっかり読んだ江戸川乱歩とかルパンとかって当然ながら違って・・・。本当はこうゆう話やったんや、って思った。子供用では割愛されてる部分が多くて!」

 有栖川さんは楽しそうだ。本当に好きなのだな、と感じる。

「この人知ってる?」
 そう言って、新刊に積んである一冊の本を手に取る。
「「朝井小夜子」さんですか?まだ読んだことがないんです。いつも面白そうだとは思っているんですが・・・」
「面白いで。俺の先輩なんやけど、京都に住んでて時々逢うんや!」
「そうでしたか・・・。今回買ってみますよ。朝井さんとは仲がいいんですか?」
「良くしてもらってるんや。さっぱりとしてて、美人やで。今度紹介したろか?森下さん」

 そんな紹介いりません、と森下は思う。有栖についての情報は欲しいが、どことなくひっかかる言い方だ。

「森下さんは俺が紹介しなくても、彼女がおるよな、ごめん。余計なこと言ったわ」
やはり、ものすごい誤解がある。
「彼女なんて、いませんよ。警察官は持てないんです」
「ええ?こんなに、かっこいいのに?女性は見る目がないんやな」

 なんて嬉しいことを言ってくれるんだろうか。そんなこと言うとつけ上がりますよ、有栖川さん!! 森下は勝手に盛り上がっていた。
 せっかくの機会だ、お茶にでも誘おう!と思う。

「有栖川さん、お時間ありますか?良かったら、お茶でもどうですか?」
 森下はこれでもかっと、女性に評判の笑顔を向けた。
「これから京都に行んや・・・。せっかく誘ってもらったのに、残念やけど。ごめんな」
 有栖は本当に申し訳なさそうに謝る。
「火村先生に逢うんですか?」
 わかってはいるが、聞かずにはいられない。
「うん。今日久しぶりに食事でもしようか!て。見たい映画もあるし」

 有栖は照れくれそうに、言う。
 森下は思う。それって、デートですよね・・・。
 映画見て、食事して、家に泊まる・・・。まぎれもない、これでもかっと言うほどの「デートコース」だ。

 これで、二人の関係がばれていないと思っている有栖が、少し憎らしい。
 森下は、はあ、と心の中でため息を付く。
 それを承知で好きになってしまったのは、自分である。今更だ・・・。
 森下は振り切るように明るく、

「今度は一緒にお茶して下さいね!」
 と言った。
「うん。今度誘ってな」
 有栖はにっこりと、笑顔でわかっていない。
「それじゃあ」と言って別れた後姿を森下はしばらく寂しげに見つめていた。


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