有栖川家の秘密 ハイティー編


 目の前に広がるのは、

 テーブルにはピンクの地に花柄模様とクリーム色の無地のしっかりしたクロスが重ねられ、
 三段に積み上げられらた皿。
 一段目には野菜をふんだんに使ったサンドウィッチ、
 二段目にはスコーンとクリーム&ジャム、
 三段目にはチョコレートとチーズのケーキ、
 一目で有名な外国製とわかる大きなポット、
 同じメーカーのティカップとソーサー、
 小ぶりなシュガーポットとミルクピッチャー、
 ガラス製の花瓶には白薔薇。

 そう、どこから見ても、完璧なる英国式ハイティーだった…。

 空から花でも降ってきそうな午後。
 きらきらと光が部屋に満ちている。
 おりしも、時間は2時過ぎ…。

「いつまで、つっ立ってるんや?」
「………。」
 アリスは片手を腰に当てて、火村を促す。
 しかし火村はまだ現実世界に戻って来れなかった。

 数日前の電話でのこと。
 世間話をしていたら、どうゆう訳か、会話が心のこもった、「おもてなし」になったのだ。
 篠宮のばあちゃんの暖かいもてなし、郷土の習慣、話ははずんだ。
 その時に、「おもてなし」したあげるわ、とアリスが言ったのだ。
 いつもの軽口を叩いて、「それは、楽しみだな、アリスのおもてなしだ?」と笑った
 のだ、火村は。それが、間違いだったのかもしれない。

 アリスは火村に「有栖川家のおもてなし」を体験してもらおう、と準備した。
 けれど、それは火村の想像を越えるものだった。というか、誰が思うか??そんなこと?である。火村も自分の認識の甘さを痛感し始めていた。
 恐るべし「有栖川家の習慣」である。
 あの一族は一般常識が通用しないのだろうか?
 否、そんなことはあるまい…。
 常識ではなく、習慣が家庭によって違うように、有栖川家も少し、かなり?異なるだ
 けなのだろう。決して、決して、「変人」などど口が裂けても言えない…。

「どうや?」

 自分の前に並べられたカップに香り高い紅茶が注がれる。
 どこの?とはあえて聞くのは止めよう。火村は思った。
 白地にいちごの実と葉と小花があしらってあり、縁取りは金色。持った感じがしっかりとしていることから、きっと高額が予想されるカップを通常より丁寧に持ち上げて、一口すする。

「ああ、美味いよ」

 火村の答えにアリスは注意深く表情を観察しようと、首をかしげてのぞき込む。
 右手には大きなティポットをもったまま…。
 火村は「それ、置けよ」と内心思っていた。
 先ほどから、どうも反応のよろしくない火村にアリスは表情が曇りがちだ。

「ほんまに、美味しい?」
 心配そうに、聞く。

「ああ。専門店で飲むくらい美味い。」
 やっと笑顔をみせるアリスに火村は少し反省した。
 これだけ用意するのに時間もかかったことだろう。

「サンドウィッチもスコーンもケーキもあるで。好きなの食べてな。」
「じゃあ、サンドウィッチをもらうか。」
 アリスは嬉しそうに小皿にサンドウィッチを取り分ける。
 火村は遠慮なく、分厚いサンドウィッチを口に運んだ。

「美味い………。」
 お世辞ではなく、本当に美味しかった。
「これって、中身、人参??」
「そうや。細かく千切りになってるやろ?あらかじめドレッシングに付けて置いて、レタスやきゅうりと一緒にたくさん挟むんや。厚手のパンとすんごく合って、うまいやろ?」
 ふふっつ、とアリスは笑う。

「本場の英国はもっと薄っぺらいハムやきゅうりだけなんやけど、喫茶店で食べたこれが忘れられなくて、自分で挑戦してみたんや。火村に食べさせたろ、思って」
 火村は結構ボリュームのあるサンドウィッチを食べ、紅茶を飲む。
 それに、アリスがお代わりを入れた。
 そのしぐさが大変慣れていた。習慣化されている、と言っていいだろう。

「スコーンも美味しいで、さっき焼きあがったばっかりや!」
「これも、お前が作ったのか?」
「そうやで。さすがにケーキはおかんの作品やけど…。」
 アリスはあっさりと言う。
 それだけできれば、十分ではないのか?火村は思う。
「本当はクロッテッドクリームなんやけど、今日は生クリームや。ジャムは木苺やで。」
 アリスの説明に、聞こうか、迷っていた火村はやはり、口を開いた。
「この、英国式習慣はやはり母親の趣味なのか?」
「うん。」
 簡素な答えだ。

「おかんは英国大好き人間なんや。おばちゃんは、どっちかっていうと日本の伝統に固執してるんやけど、その反動なんかな?うちの「お茶」言うたら、紅茶のことや。茶葉もすんごい種類があるけど、食器類もそろってるで…。日本の「ナルミ」「ノリタケ」は当たり前やし、本場物「WEDGWOOD」もた〜くさんあるで。何と言ってもすごいのは、丸テーブルやけどな。絶対にこれだけは、はずせへん、言うて普通やったら、そんなサイズやデザインないのに、オーダーメイドで直径1メートル以上の一本脚の作りおったわ。そんで、テーブルクロスや果ては、洋服も買うてたで。なんて、名前やったかな…。そうそう、「LAULA  ASHLER」やったわ。おかんの好きな少女趣味の花柄でひらひらの。ま、おかんの英国趣味も俺の「アリス」って名前で極まれりやけどな」

 アリスはけらけら笑う。

「でも、紅茶は好きやで、美味しいやん。だから、かなり美味しく入れられるようになったわな。おかんの趣味も役にたつもんやな、火村に披露できたわ」
 火村は頭痛のしてきた頭を支えながら、人差し指でこめかみを押さえる。
「お前、いつもコーヒー飲んでるよな、どうしてだ?」
「そんなん、決まってるやん。君がコーヒー好きやでや。ま、俺も好きやけど」

「………、それは、」
「愛されてる、って実感したん?」

 アリスがにっこり笑って言う。
 さすがに、火村は絶句した。
「いっぱいあるで、食べてや」
 アリスは火村の反応に、花のように微笑んだ。
 まさしく、花散る午後にふさわしい、微笑みだった。

 そして、今日も、火村はアリスに負けた…。
 ま、愛があるから、いいよね!(笑)


                                END




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