「伝説の人」





「俺は森田毅史。森田でいいから!」

 俺は鈴木健二。英都大学2回生だ。
 先日ひょんなことから一目惚れしてしまった「有栖川さん」……アリスを探すための情報を仕入れるため、待ち合わせの食堂で森田に逢った。
 目の前の男は友達に紹介された情報屋だ。
 平均並の身長に人好きのする愛嬌のある顔。ちょっと変った眼鏡が印象的だ。
「で、社会学の火村助教授の友人の情報でいいんだよな」
「ああ、友人かはよくわからない。でも親しいと思う」
「OK。お探しの火村の友人だけど、有名人だぞ、裏では。有栖川有栖。英都大学法学部卒業。職業は推理作家。火村の大親友。ま、簡単なプロフィールだ」
「え?有栖川有栖って?ここの卒業生ってことは年上なのか?推理作家……?」
 俺は一度に情報を聞いたせいで、すぐに頭がついていかなかった。
「本名だよ、有栖って名前。ああ見えて、火村と同級生だぜ、嘘みたいだけど。仕事が推理作家ってのも信じがたいけどな」
 じゃあ、火村が「アリス」って読んでいたのは名前なのか?
 火村と同級生って、30超えてるってことか?絶対信じられない……。
 で、推理作家。あの外見で?外見で仕事する訳じゃないけど、意外すぎる、似あわない。 あの人が人殺しの話を書くのか?
 俺の頭の中はぐるぐるとまわっていた。
「本当に?」
「本当だ。彼だろう?」
 そう言って、一枚の写真をテーブルの上に置く。
 アリスだ!
 写真の中でアリスが微笑んでいる。何で、こんなものをこいつが持っているんだ?
 俺も欲しい!俺は写真をぎゅっと握りしめた。
「おい、丁寧に扱え!!欲しいのなら、やるから。ただし別料金だぞ。それは」
 欲しい……。とっても。もっと種類あるんだろうか?
「はあ。お前、有栖川さんに一目惚れした口だろう。まあ人事だからいいけど。あんまりお勧めしないけどな!」
「それってどうゆうことだよ」
「そう、意気込むなよ。相談に乗ってやるから、さ。これでも将来は探偵だぜ」
 こいつ、やっぱり変ってる。友達にめちゃくちゃ情報に精通しているやつがいるって紹介してもらったんだが。飯おごるくらいで報酬は良くって、良心的だと。何でも、趣味と実益を兼ねているらしい。
「何で、お勧めしない、なんて言うんだ?」
「恋する男には酷だがな。あの人は「高嶺の花」なんてもんじゃない。「伝説の人」だ」
「伝説の人?って何だよ、それ〜〜〜!」
「まあ、聞け。あの人、まあ火村もだが学生時代はそれはもう有名人だったんだ。十年以上前だから、在校生は知らないが、この大学にずっといる教授、助教授、助手や教務課とかここに勤めている人は全員知ってる。有栖川さんは4年連続影のミス英都で、歴代1位だ」
 影のミス英都?ミス英都って毎年学祭に選ぶミスコンだろう。何で有栖川さんが?それくらい超絶美人だけど……?
「どうゆうことだ?」
「通常のミス英都はお前も知っての通り、もちろん女性が毎年選ばれる。けれどそれは表向きだ。所詮お祭り騒ぎの一環だからな。本当のミスなんて選ばなくても皆知っているものだ。わかるだろう?それくらい」
 確かに、そうだ。ミスなんて出なくったって、美人は美人だ。関係ない。
「だから、表だっては言えなかったが皆、有栖川さんが一番だと知っていた。在学中彼より美人はいなかったらしい。ついでに年配の教授に言わせれば、歴代一位だそうだ。お前は嫌だろうが火村もミスター英都?って言われるくらいだったらしいぞ。その時代は人気を二分するくらいのハンサムが他にもいたらしいが」
「……」
「とにかく、在学中もてまくったらしい。でも実際告白するやつは少なかった。なぜなら……」
「火村だろう!」
 俺は森田の言葉を遮る。一気に怒りがこみあげてくる。ああ、もう10年以上もひょっとしてアリスを独占しているのだろうか?あいつは。
「お前、興奮しすぎだ、ばか。鈴木の言う通り火村がガードしていたことは想像に固い。だが、あの人にはおいそれと、告白できないような雰囲気がある。なんていうか、こう空気が清浄で。汚すことがすでに罪悪みたいな所があってなあ」
「おい、見てきたような表現だな、それ」
「もちろん、俺は現物を拝んだことがある。当たり前だろう、俺を誰だと思っている?情報屋、将来は探偵の森田だぜ!」
 こいつ……。
 森田は得意げだ。
「いつ、見たんだよ。教えろ」
「順番に、聞け。仕方がないな。まずだな、有栖川さんは時々大学に顔を出すんだ。彼の寄る場所は言わずと知れた火村の研究室。そして、火村の講義を聞くこともあるから大教室。彼の在学中の恩師、佐伯教授の研究室。最近は英文科のジョージ講師の研究室、あとは図書館だな」
「有栖川さんに逢えるのか?そこに行けば」
「運が良ければな。姿くらいは見られるぜ」
 絶対、張りこもう。俺が行ってもおかしくない場所って、図書館くらいか?ちょっと頻度が少なそうだな。
「俺はこれでも法学部だから、佐伯教授の所で逢ったことが在る。その時にサインもらったんだよ」
 森田は思いだしているのか、遠い目をする。早く、話せ。
「こんにちは、ってあいさつして。小説読んでます、サイン下さいって、お願いして。にっこり微笑んで喜んでサインさせて下さいって反対に言ってくれた。絶品だったな、笑顔が。もちろん、ちょっと、否かなりか?うっとりするくらい美人だったが」
 羨ましい。俺が会話らしい会話をしたことがないっていうのに!
 俺も、サイン欲しい。まず、アリスの本を買って読もう。それからだな。
「外見だけでなく、性格が可愛かったな。少ししか話しはしていないが、30過ぎってわかっていても、同世代としか思えなかった。俺は思ったね。あの人はよく天使って言われていたらしいけど、セイレーンだなと」
「セイレーン??どうしてだよ」
「魅惑的な歌声で船人を惑わす。そして、知らずに溺れていくのさ。有栖川さんは何もしていない、にっこり微笑むだけだ。優しい声で話すだけであらゆる人を魅了してしまう。近づきすぎると、身の破滅ってやつだな」
「……。そんなこと」
「あるだろう?一目で恋に落ちる。……ある逸話を聞いたことが在る。当時勇気を出して告白しようとして、できなくて思わず襲ってしまいそうになったらしい」
「何!」
「落ち着け、だけど当然無事だったらしい。そいつは落ち込んでいた、そしたら食堂でばったり逢った。有栖川さんはにっこり微笑んで、平手でひっぱたいた。そして、これで忘れてやるっ!て言って変らず接したらしい……。まわりにいた連中は言葉がなかった。さすが食堂での事件だったから当時それは有名になったらしい。今でも覚えている人いるしな。まさしく、蟻地獄だ。あきらめるどころか、おいそれと近寄れないくらい、より惚れてしまうという……。どうだ?あきらめる気になったっか?」
「あきらめられない……」
「そうだよな、これであきらめられたら、男じゃない」
 森田はにやり、と笑った。いい性格してやがる。
「そして、敵を知らなければ戦はできない。火村だけど、鈴木はどのくらい知ってる?」
「俺は教育学部だから、ほとんど知らないな。校舎も違うし」
「そうだな、簡単な所からいくか。若干30過ぎで社会学部助教授。在学時代からかなりの秀才として有名だったらしい。見ればわかるが長身、顔良し、声良し、とそろっていて大学内の人気は1、2を誇る。実際ファンクラブがあるってうわさだ。そして、ここからが重要だ。火村は大学で教鞭を取る傍ら、警察にも協力しているらしい。犯罪学を学問としてではなく、現実からも暴こうってことらしい。だから、警察関係に顔が聞く」
「あいつ、そんなことしてたのか?」
 驚きだ。何してるんだよ。警察だあ?
「ああ。そっちの世界で実は有能で有名なんだと。かなり難解な事件を解いたことがあるらしい。それに、有栖川さんも同行することがあるらしい、って情報も最近ある」
「有栖川さんが?そうか、推理作家だもんな。取材とかするんだろうか?」
「さあな。そして、あの二人は大親友って言われているができている、っていうのが本当だろう」
「できてる、って……」
「言葉通りだ。恋人だ」
 簡単に、言うな。そうじゃないかと、疑っていたけど。言われると辛い。
「それも、確実なのか?」
「ああ。そうとしか思えない。いろんな人にリサーチしたし、口を割る人はいないが、話を聞けばわかるだろう。まあ、見ればいっぺんだな。あれは恋人同士の雰囲気だ」
 そういえば、旅行に行こうって、言ってたな。二人で。一緒に電車乗ったり、楽しく話したり、ご飯食べて、温泉入ったり、泊まったりするんだ……。一緒に寝るのか?
 俺は想像して頭がおかしくなりそうだった。嫌だ。考えたくない。
 アリスが、火村の腕の中にいるのだ……。くっそ〜。
「おい。戻ってこい。わかってたことだろう」
「でも、嫌だ」
「落ち込むなよ、これくらいで。有栖川さんに惚れているのはお前だけじゃないんだ。今までもずいぶん聞かれたぞ。そんなことじゃ、火村のライバルにもなれやしない」
「そうだよな。こんなことで負けていたら有栖川さんは手に入らない」
 俺はくじけそうになる心を復活させる。
「お前、結構無謀なやつだな。いいけどさ。一つ教えてやる。有栖川さんの最大にして、唯一の欠点を」
「欠点?有栖川さんに、そんなものあるのか?」
「あるんだよ、これが」
 森田はどこか面白そうだ。
「あの人は究極の鈍感なんだ」
「はあ?」
 俺は身構えていただけに、間抜けな声を出してしまった。
「ものすごく、鈍い。そうじゃないと、暮らせないくらいもてていたし。あれでとぼけられたのなら、ものすごく性格悪いかのどっちかだ」
「……つまり、好きって伝わらない?」
「そう。ストレートに好きって言ってもまず、明るく「ありがとう」って言われる」
「なんて、罪作りな人なんだ……」
「だから、伝説の人なんだ。わかったか?」
「わかった。よく、わかった、思いっきり」
「そりゃあ、良かった」
 俺は、ずっと気になっていたことを口に出した。
「お前、もしかして有栖川さんのファン?」
 俺は聞いた。
「おうよ。今ごろ気づいたのか?」
 森田は軽〜く言った……。
 やっぱり。ずっと誰に対しても、呼び捨てなのにアリスのことだけ「有栖川さん」って呼んでるし。表現はとんでもないが、どことなく好きな子ほどいじめてしまう的だった。そして、詳しすぎる。
 俺ははあ、と内心ため息をつく。
 こんなことだと、思った。
 人生なんて、こんなものだ。
 考え方しだいでは同士じゃないか!
「森田、晩飯おごるよ、お礼に」
 俺は疲れたように言った。


 まず、写真から手にいれようか?



                                                    END


 


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