「Let's Spring Mack! after」火村編



「こんにちは、火村さん!」

 私はにっこり営業用と思わせる笑顔で微笑んだ。
 火村氏は彼にしては珍しく、一瞬どうしたことか?という表情を浮かべていた。
 私は自分のささやかな意趣返しができて、心の中でやったわ〜、と叫んでいた。


 時は逆上る事数分前。
 私は英都大学の門をくぐっていた。
 キャンパスに続く道の両脇には桜並木が、薄いピンクの屋根を作っている。
 ちょうど学生のいない時期らしくて、あまり人通りがない。
 空を見上げ、青い雲とピンクの花弁のコントラストが美しい、と思う。
 彼もこの空を見上げていたのだろうか?きっとそうに違いない。
 だって、母校だって言ってたし、時々来てるって言ってたんですもの。ここにいない綺麗な横顔をを思い浮かべ、ついつい顔が緩んでしまう。

 いけないわ、こんな顔人に見られたら、恥ずかしい・・・。

 私は気を取りなおして、目的地まで、行かなければいかないことを思いだす。
 誰か捕まえて聞いてみようか、それとも教務課とかに行ってみるべきか悩む。
 う〜ん、どうしよう??
 そう思っていると、隣を追い越していく、女生徒を発見。
 今時の洋服に身を包み、流行りのメイクをしている、女子大生。

「あの、すみません。ちょっとお聞きしたことがあるんですが?」
 振り向いた彼女に私はにっこりと微笑んだ。こうゆうことは、任せてよ!
「はい?」
「実は、社会学部の火村助教授の研究室に行きたいのですが、ご存知ですか?」
「え〜、火村先生なら、もちろん知ってますよ!!!」

 彼女は興奮気味に、教えてくれる。内心「もちろん」って、どおゆうこと?と思う。
 あの男、とてつもなく有名人なのか?やっぱりそうなのか!
 確かにいい男だから、もてるだろうとは思ったし、目立つこともわかっていた。
 さぞかし、生徒にも人気があるだとうと想像していた。けどなあ・・・。

「ええっと、社会学部の校舎はこの先を右に曲がって、2番目にあるのです。研究室は3階ですよ。312号室にあたるんですけど、研究室って書いてあると思います」
「312号室ですか?間違えないかしら?」
「わかりますよ〜。部屋の前に収まりきらない本が置いてありますから!」
「それは、わかりやすいですね。」
「書庫に入れるって出しっぱなしで、片付いてないんですよ〜。いつも助手の人が困ってるもん」
「ずいぶん、詳しいですね。ゼミの方?」
「まだです。でも、来期には入る予定ですけど!!」
彼女は意気込んで言う。

「本当に、ありがとうございます。助かりました」
 私は感謝を述べる。一人目でわかるなんて、当たりがいいわ。
「あの、火村先生にどんなご用ですか?」
 彼女は好奇心向き出しで、聞いてくる。わかりやすいなあ。

 そんなに、どんな関係か気になるの?

 今日の私はちょっと営業モードって感じだ。ベージュのスーツにパンプス。メイクは有栖川さんにもした「オーバギエ」でさりげなく春らしく決めている。髪はさらりと流し大人な女を演出していた。 だから、彼女が気になるのも当然よ〜!!
「ちょっと、お届けものがあるんですよ」
にっこりと、それ以上つけこめないように笑う。こんな、小娘に負けないわよ。おほほほっ。
「それでは、本当にありがとう、助かりましたわ」
 私は軽く会釈するとその場を後にした。


「なぜ、貴方がここに?」
「おわかりになりません?」
 にっこり。これでもか、ってほど微笑んでみた。
「わかりませんが?何かまた、ありましたか?」
 また、と来たか・・・。目が笑ってないことから、どうも用心されているらしい。
「先日は、ご協力ありがとうございました。お礼をしたかったんですけど、火村さんいなくなってしまうんですもの。おほほ」
 そう、有栖川さんを連れて、よ。これくらいの嫌味許されるわよね!!
「それは、失礼」

 ちっとも、失礼なんて思っていないのは見え見えだ。
 わかっちゃいるけど、なんだかなあ・・・。

「おかけ下さい」
 簡素に言いきりソファを指す。

 私はこの男、と思いつつソファに座る。部屋を見まわすと文献なのか、本があふれていた。らしいと言えば、らしい部屋かもしれない。小綺麗な部屋に住む火村氏というのは想像できそうにない。彼の机の上には、先ほどまで目を通していたらしい論文なのか、乱雑に放ってある。忙しい最中にきてしまったのかしら?ちょっと心配になった。

「ひょっとして、お忙しいところでした?」
「それほどでも、ありませんよ」
 一応は、そう言ってくれた。

 結構、いい人なのかしら??

「インスタントですが、どうぞ」
 目の前にはコーヒーの入ったカップが置かれた。
 ああ、客扱いしてくれるんだ。悪かったなあ。ま、これで許してもらいましょうか。私はかばんから写真の入った紙袋を取り出し、テーブルの上に置く。

「どうそ、火村さん」
「私にですか?」
「ええ、見てください。是非、お渡ししようと思いまして!」
 くすり、と忍び笑いがもれる。ああ、楽しみ。

 火村氏は紙袋から、写真を取り出した。彼は予想通り、嬉しそうな楽しそうな表情をした。
もちろん、この写真というのは「メイクコンテスト」の有栖川さんを撮ったものだ。自慢のカメラ(NICON F50)は有栖川さんの美しさ可憐さ、そして「天使」っぷりを余すことなく写し撮った。いや、それでも実物には到底及ばないが、できうる限りは撮れていると、自負している。このカメラはシャープに写し撮ることができるのだ。その瞬間を切り取る性能は私の父親の折り紙付きだ。

「どうですか??」
「ありがとうございます」
 火村氏はにやり、と笑った。どうも、気に入ってもらえたようだ。当然だけどね!
「もし、希望があれば、引き伸ばしますよ」
 言外にあるでしょう、と言ってるも同然だが。
「ええ、特にこれなんかいいですね」

 火村氏の指し示した写真は有栖川さんがふんわりと微笑んでいて、私の作品の中でも1、2を争うだろうと思った写真だった。やっぱり、こうゆう所は気があうなあ。

 美意識っていうか、好みが似通っているらしい。きっと認めたくんまいだろうけど、しょうがないよね。あきらめてもらおう。そのかわりいい思い?をしたんだから、ね!!

「わかりましたわ。どのくらいの大きさにしましょうね?四つぎりくらいですか?それとも特大??おほほほっつ」

 私はすでに引き伸ばした写真を持ってるけど。それは内緒にしときましょう。
 せっかく入れてもらったのだから、とコーヒーに手を伸ばす。

 インスタントのコーヒーは冷めるとまずくなるから、早く飲もう。うん。
 目の前で火村氏は引き伸ばす写真を選んでいるようだ。すでに分けられた写真は何枚もある。 あなたって、そうゆう人よね・・・。欲望に忠実というか欲求に素直というか。

「そういえば、火村さん。ここに来る時女生徒に研究室の場所を聞いたんですの。その時思ったんですけど、ずいぶん人気がありますのね」
 火村氏はちらり、目線を向けてキャメルの箱とジッポーをポケットから取り出す。一本抜き取ったキャメルに火を付け一口吸う。吐き出した白い煙がふわりと、部屋に消える。
「教職っていうのは、人気商売なんですよ。ですから、嬉しいですね」

 嘘つけ、そんなことかけらも思ってないでしょうが!あなたが、人気を気にするタイプか!!私には本心をみせないことは承知しているけど、どうしてこうなるかな。
 ああ、有栖川さんに見せてやりたい!
 にやりと意地悪そうにしているその顔を思いっきり、ひっぱってやりたい!!

「その女生徒に火村さんとどんな関係か疑われましてよ。とっても気になるみたい」
 これでどう??ちょっとした、お返しよ。
「藤崎さんとですか?光栄ですね!」

 ・・・。あなたの口は二枚舌なの?

「私の方こそ。火村さんとだなんて、光栄の極みですわ。ちゃんと否定しておきましたけど、根も葉もないうわさでも立ったら申し訳ないですわ〜。有栖川さんにもおもしろいから、報告しておきましょうか??」

 にっこり、最強の営業スマイル!!これでどうよ!!!!
 火村氏はキャメル片手に、無表情である。
 う〜ん、言いすぎかなあ。後々まずいわね。フォローしとこう。
「変なうわさが耳に入るより、おもしろい話として話題にしておいたほうがいいと思ったんですけど、どうですか??今度、「メイクコンテスト」のお礼に行こうと思っているんですの!」
「そうですね。藤崎さんを信用しましょう」
「信用して下さって、かまいませんわ」
 二人して、にやりと笑っている姿は端から見たら恐ろしいだろうなあ。


 引き伸ばしの写真の確認をして、そうそうに失礼した。
 本当は忙しいだろうから、あんまりお邪魔したら悪いわよね。
 ちょうど、学生さんが来たからいい機会だと思ったの。
 けどね、その生徒さんの視線がちょっと興味しんしん!って感じだったの。
 曲がり間違ってうわさになったら、どうしよかな〜。それはそれでおもしろい展開だけど。
 ああ、でも有栖川さんの悲しそうな顔は見たくないわ。的確にフォローしておかなくちゃ。
 今度は有栖川さんに逢いに行くんだ、すっごく楽しみ。
 さっそく電話してみましょう。


                                END




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