彼だ!!!! 「私のモデルになってただけませんか?」 私は駅の出入り口で一人の青年に声をかけた。こんな、ナンパみないなことをするのはもちろん初めて。でも、仕事ね。 「はい?」 その青年は不信そうに、こちらを向いてくれた。 すんごく綺麗な人。こんな美形そうそう拝めないわ・・・。 だって、髪なんて薄茶色でさらさら。瞳は大きく、琥珀っていうのかしら?澄んでいてとっても綺麗。それを縁取る睫毛はバサバサと音がしそうなほど多くて、長い。一度計って見たいわ!そして、小さな顔にはすらりとした鼻、口紅も塗っていないというのに輝いている、桜色の唇!!肌はもちろん抜けるように白くって、美白に勤しむ女性が、羨むだろう程だ。身長は高い方で、これがまた、優美な立ち姿なのよね。ああ、目の保養だわ、眼福だわ、なんて、良い日なんだろう・・・。神様ありがとう!! 私は心の中で、ガッツポーズをキメながら、表面は殊勝に続けた。ここで、逃してなるものか!!!!意気込みが違うのよ〜。 「実は、私、こうゆう者です。」 一枚の名刺を取りだし、彼に差し出す。 「○○○○○化粧品 大阪支店 藤崎春香 さん?」 「そうです」 「えっと、どうして、俺なんでしょう?モデルって?」 「話せば長くなるのですが、どうか話しだけでも、聞いてください。お願いします」 私は深く頭を下げる。いいっていうまで、頭を上げない覚悟だ。 彼のおろおろとして、困ったな〜という雰囲気が伝わってくる、が、 「わかりました。お話は聞きましょう」 と言ってくれた!!!なんていい人なんだろう。 私は化粧品会社に勤めている。 そこではインストラクターにメイク技術を学ばせるため、研修があり、その成果を発表するため、メイクコンテストがあるのだ。 私は最近こちらに転勤になり、モデルを頼める友人もいない。しかたなく上司に相談すると、「駅に行って、勧誘して来い!」というものだった。 どんなに、メイク技術が優れていても人間なんだから、綺麗な人に心は傾く。できるなら若くて、ピチピチしていて、化粧ののりがいい方が得だ。だって、制限時間があるのだから。そう、このメイクコンテストの優勝者には、ささやかだが、メイクブラシのセット(5万円相当)が贈られるのだ。メイクブラシといって、バカにすることなかれ。いい道具を使うだけの価値は現れるのだから。 メイクコンテスト自体は2週間後に行われる。 あるホテルの一室を借り切って、総勢モデル込み100名で10時から行う。 30分でメイク、髪型、アクセサリー、全て整え、その後審査員の前を歩くのだ。 その間、全て審査の対象となる。メイクとはいっても、全身が審査対象なのだから。 当然、衣装やお肌のチャックなど事前に打ち合わせることが必要だ。 私は彼にこれらのことを細かく、説明した。 すると、以外にも彼は「面白そうですね」と言ってくれたのだ。 彼は、「有栖川有栖」というミステリー作家で、これでも、30を過ぎているという。 私は、驚いた。正直、人の年齢に関しては職業柄見ぬく自信があったのだが、全くわからなかった。だって、お肌の木目の細かさ、状態の良さ、20歳くらいじゃないか!侮れない、私は世の中には計り知れない、魔物級の人間がいることを実感する。 私は、明日打ち合わせのため、彼の部屋を訪れる約束をした。 「ここかしら?」 訪れたのは「夕陽丘」のとあるマンション。 702号室って聞いてるけど? 「ピンポーン」 チャイムを鳴らして、玄関先で待つ。 今日は打ち合わせなんだから、失礼のないようにしなくちゃ!これで、印象悪くしちゃったら、話にならないわ!がんばるわよ、私!! 「はい。こんにちは!」 有栖川さんがドアを開けてくれる。 ああ、有栖川さん、今日もとっても、き・れ・い!!!! 「こんにちは、今日はすみません。よろしくお願いします」 私は有栖川さんに、頭を下げる。そして、美味しいと評判のケーキの包みを渡した。 「すみません・・・。」 「いえ、こちらこそ、ご協力ありがとうございます。今日もお時間を作って頂いて」 「そんな、どうぞ。」 私は招き入れられた。玄関では、ちゃんと靴もそろえて置く。当たり前だけど、大切よね! そして、玄関チャック!!う〜ん片付いている。綺麗好きなのかしら?それとも、彼女とかいるのかしら??いても、不思議じゃないけど、どうもこれほどの美人の横に立つ女性って想像できないのよね〜。ああ、靴箱の上にはガラスの花瓶に可愛らしく咲いているピンク色の桃の枝が活けられてる・・・。季節の木の花を活けるなんて、趣味がいいわ〜。 ますます、気に入ったわ! 有栖川さんはソファに座った私に、美味しい紅茶を入れてくれた。 差し出されたティーカップは厚手で綺麗な柄。これはウェッジウッド だわ。私、食器には詳しいの。いいもの使ってるな〜。紅茶も本当に美味しくって、感動だわ!! 「それでは、簡単にお肌のチャックをさせて下さい」 一息ついて、お仕事にかかることにした。 私は彼の横に立ち、失礼して前髪をピンで止める。 やっぱり触り心地のいい髪だわ。枝毛なんて、なさそう。うらやましい。 じっくりと、顔を覗きこむ。ああ、役得!!! そして、再び感動。 だって、何なのこれは!なんだもん。本当に、木目が細かいのよ、半端じゃなくて! お化粧のノリ、むちゃくちゃ良さそうなの。肌の色が白いだけじゃなくて、色むらがないのよ。これって、補正の必要がないんじゃないかしら? ちょっぴり、睡眠不足らしくて、うっすらとクマができているのが、問題といえば、問題だけど。こんなもの、私の技術にかかれば、お茶の子サイサイよ! 伏せたまぶたと長い睫毛、彼には茶色のアイラインとマスカラね!きっと瞳の色と合うと思うの。唇は艶があって良い感じ。色はあまり付けなくて、グロスくらいかな? う〜ん、どんな衣装とあわせようかしら? やっぱり今年の春の新色メイクよね。女装しても、超美人だけど、それじゃあ、いかにもだし・・・。こうなったら、「妖精」でも目指そうかしら?? そうよ、「オーバギエ」よ!フランス語で「オー」が「水」。「バギエ」が「宝石箱」という意味で、水をイメージしたクールな配色なの。 パリコレのメークをする大物と共同製作した「つややかで、上品で、質感がある」カラーでメイクするわ! 「有栖川さん、ありがとうございます。大体、決めました。イメージ的には「妖精」でユニセックスにしたいんです。お手持ちの洋服とかそれに合わせて着ていただきたいんですが、どうでしょう?」 私は「オーバギエ」の色を見せる。スモーキーなラベンダー、ブルー、グレーだ。 有栖川さんは、う〜んと考え込む。 「スーツとかの方がいいんですか?それとも、カジュアルなシャツとか?妖精ってどんなイメージですか?」 「そうですね、あまり、カジュアルにしすぎなくて、シックな感じ。そして、羽根の軽い感じが出ればいいんですが・・・。ソフトスーツとかは?色は綺麗な色合いがいいんですが・・・」 「そうですね。じゃあ、持ってきます。ちょっと待っててください」 有栖川さんはとても、絶妙な色合いのスーツを両手いっぱいに持ってきてくれた。私は何着かある中から、かなり白に近い微妙な光沢が美しい、スーツを見つける。 仕立ての良さそうな、柔らかそうなスーツは彼にとても似合うだろう。白は彼の透明感ある存在をより、際立たせるようである。私は妖精より、天使のイメージの方がいいかしらと考えを改めた。 よし、白を基調にして、ショールだけ、色を付けよう。 「有栖川さん、この白のスーツにします。インナーもこの白のシャツで。白を基調としますが、靴ありますか?」 「えっと、確かあったような・・・」 有栖川さんは、下駄箱に探しに行ってくれた。なんて、協力的なんだろう・・・。 それにしも、どうして、こんなスーツがあるの?靴も白って普通もってないよね。 あ、作家だから、パーティとか出席する時に、着るのかしら??それなら、納得。けど、そんな有栖川さんって、めちゃくちゃ綺麗よね。皆うっとりしてるんだろうなあ。 「ありましたよ、藤崎さん。これでいいですか?」 目の前に、白い革靴がある。デザインはいたって、シンプル。理想的だ。 「はい。十分です。どうも、すいません、無理を言って」 「いえ、面白いですよ。こんな体験できませんよね、普通!」 有栖川さんは楽しそうに、微笑んだ。こちらまで、嬉しくなる微笑だった。 その微笑みに、言わなければいけないことを思い出した。 「ああ、ご本読ませていただきました。なんか、ミステリーなんだけど、優しいんですね。 悲しい事件なのに、何て表現していいか、わからないんです」 「ほんまですか?わざわざ、読んでくれて、ありがとうございます!」 そう言って、せっかくだから、と持って来たケーキも出してくれる。 本当に、外見だけじゃなく、内身まで綺麗な人だ。 しばらく、世間話やお互いの苦労話をして過ごし、失礼することにした。 もちろん、コンテストに向けての注意は忘れていない。 「絶対、睡眠不足には注意して下さい。前日は早く寝てくださいよ、約束ですからね!」 ああ、有栖川さんちゃんとサンプル使ってくれてるかしら? コンテストまで、あと5日。 どんなに元のお肌が良くても、念には念を入れて、化粧品のサンプルをたくさん置いてきたんだけど。洗顔、ローション、栄養クリーム、パック、美容液、日ごろ女性ならお世話になる、けれど、有栖川さんには縁のないもの。懇切丁寧に説明を添えて、わからなかったら電話してくれるよう注意も添えて・・・。ああ、心配だわ! その時、携帯が鳴った。 「はい、藤崎です・・・。え?」 私は待ち合わせのカフェに来ていた。さて、探し人の彼は誰かしら?? カフェに入ってぐるりと室内を見渡す。すると、とんでもなく存在感がある、いい男を発見した。何の変哲もない背広を着崩して、ネクタイもだらしなく緩んでいる。 けれど、顔立ちはシャープで鼻が高い。深い色合いの意思の強そうな目が印象的である。 座っているから断言できないけど、背も高いと思う。手足が長いのね、組んでいる足がテーブルの下で窮屈そうだ。う〜ん、なかなか、お目にかかれない大人のいい男ね。 その、いい男が私を見て頷いている。この人なの? 「こんにちは。初めまして、火村さん?」 伊達にサービス業なんて、やっていなくってよ!にっこり愛想良く笑う事くらい朝飯前よ。 ちょっぴり、見惚れてしまったけど・・・。私は火村氏に、にっこりと愛想笑いを浮かべ軽く会釈して彼の前の席に座った。 「初めまして、藤崎さん。突然お電話して、すみません」 あら、礼儀は心得てるのかしら? 立ちあがって、頭を下げる。 それにしても、声もいいわ。バリトンっていうのよね、確か。こんな声で耳元に囁かれたら、女は一溜まりもないわ。 「いえ、かまいませんわ。有栖川さんのことだそうで・・・。何かありましたかしら?」 「ええ。まず、自己紹介をさせて頂きます。私、有栖川の大学からの友人で英都大学社会学部で助教授をしています、火村英生です。先ほどは、どうも・・・。突然呼び出してしまってすみません」 彼は、名刺を差し出しテーブルの上に置いた。私も鞄から名刺を取り出して、目の前に差し出した。彼の名刺は手元に寄せて、さらりと見る。 「火村さん、助教授でいらっしゃるの?そうですか、有栖川さんとは大学から?随分仲がよろしいのですね」 「ええ、長いつきあいですから・・・」 目の前の彼は、少しも表情を変えない。う〜ん、やはりコンテストのことよね。でも、ただの友人が様子がおかしいからって、ここまで探るかしら?長い付き合いって、牽制してくれるし・・・。これは、ひょっとして???? この手の勘って外れたことないのよね。有栖川さんを公の場に?出そうっていうんだからリスクが伴うとは思っていたけど、まさか、こんな大物が出てくるとは、ね。そりゃ、恋人が化粧品会社の名刺とか持っていたら、気が気じゃないでしょうよ。ま、名刺は絶対見てるはず。だって、私の携帯に電話できるんだから!この勘の良さそうな、行動力のある男はきっといろんな物を発見したに違いない。化粧品のサンプルとかいろいろ置いてきたし。会社が発行している雑誌もお手入れについて載ってるから、読むように指導してきてるし。 「それで、お聞きになりたいことって、何ですの?」 微笑みを浮かべて、聞いてみた。 「藤崎さんのような化粧品会社の方が、有栖川に何の用ですか?」 言葉は丁寧だけど、目はにらんでいる。やっぱり危険な男だわ!! 「有栖川さんから、聞いていらっしゃいませんの?」 「・・・・・・・・・」 ちょっと、意地悪しすぎたかしら??すんごく不味い・・・。目が鋭くなって、殺気がびしびし伝わってくる。綺麗な恋人を持つと、大変ね〜。嫉妬心が渦巻いてるわ!ま、引き際が肝心よね! 「私、有栖川さんにメイクコンテストのモデルをお願いしましたの。とても、申し訳ないんと思っているんですが、快く引き受けていただいて、感謝しています」 「メイクコンテスト?」 さすがに、コンテストとは思わなかったようだ。そうよね、普通男性にはお願いしないけど、有栖川さんだし。火村さんも驚いたようだけれど、どうして?とは思っていないようだ・・・。当然ね! 「ええ!!!とっても綺麗になると思いますの!!!そう、思いません??」 「そうですね」 火村さんも同意してくれたわ。そうよ、邪魔されちゃ、困るのよ。 「そこで、火村さん。見にいらっしゃいませんか?歓迎いたしますわ」 火村さんの目がキラリと輝いた。掴みはOKね。 「是非、行かせていただきますよ」 にやり、と笑って先ほどの不機嫌オーラが消えている。なんて、現金な人なの。ま、取引はしやすいけどね。それにしても有栖川さんみたいな美人の隣って、女性が想像できないとは思っていたけど、こんないい男がその位置にいたとは、ね。よく考えるとお似合いだわ!!!いいもの見せてもらったな〜〜〜。 今度記念に写真撮っておこっと。 私のコレクションに傑作が増えるわ!!!ふふふふふっつ。 ついに、来たわ!!決戦の日、もといメイクコンテスト!! ああ、晴れ舞台よ。だって、モデルがいいもんね。私のモデルが一番綺麗!自慢したくなっちゃうわ。おほほほほっつ〜。 主催者から、「今日はがんばるように」とお約束のあいさつがあって、スタートだ。 大きな広間に丸テーブルがいくつも並んでいる。そして、1テーブルに4組。それぞれ参加者とモデルが交互に並ぶ。モデルは椅子に座り、参加者は立って、準備にかかる。 まず、モデルの衣装が汚れないよう、ケープを巻く。よく、美容院で掛けるあれの、小さいバージョンね!私達も、もちろんしっかりした服装だ。だって、それが売り、仕事なんだから。自分なりの衣装(今日の私はベージュのパンツスーツよ)とその上には黒のエプロン、といってもメイクの道具が入るようにポケットがだくさんついている、機能性とデザインも重視したしろもの。もちろんオリジナル商品だ。(非売品よ)髪も邪魔にならないようにまとめバレッタで止め、爪もヌードカラーで塗られている。全身が完璧!メイクは言うに及ばずよ。 「有栖川さん、リラクックスして下さいね」 緊張を解くため、にっこりと笑いかける。 「はい。思ったより、皆さん楽しそうにしてますね」 「ええ。モデルさんを楽しませるのも、仕事ですから。それに、コンテストっていうと畏まっているようですが、実際は社内行事ですし、この後全て終ると中華料理が待ってまから、それも楽しみみたいですよ!」 「美味しそうですね、楽しみや」 「楽しみにして下さい。美味しいですよ、ここ」 有栖川さんはもう緊張した表情は見られなかった。楽しそうだ。よかった! だって、彼には笑顔が一番似合うから。ね、火村さん! 「それでは、先にネイルを塗っておきます」 本当だったら前日にでも、こうゆうことはやっておくんだけど、何度も押しかけるのは有栖川さんの迷惑だから、当日にしたんだ。ま、しょうがないよね。 私は有栖川さんの手を取って、まず「ネイルエッセンス」を塗る。爪に潤いや栄養を補給させ、ベースコート。乾いたらピンクの薄い色で光沢があるネイルをのせる。本当は2重塗りしたいけど、時間短縮のため、トップコートを塗る。短時間で乾くけど、引っかけると厄介だから、注意しなくちゃ。 さて、次は顔。準備の段階で通常はメイクを落としておくんだけど、有栖川さんには必要ない、が洗顔だけはしておいてもらってる。その上に、角質除去のふき取りローションで表面の角質を取る。これで、メイクのノリも少しはいいはずよ。そして、保湿力抜群のローション。たっぷり取り、丁寧にパッティングすることが大切。そして、ベースクリーム。 その次にコントロールカラーを使うんだけど、ちょっと眼の下のクマがやはりあって、ホワイトカラーをトントンと叩きこむ。それ以外の顔の光が当たるところ、に余った分を叩く。ここまでの、ベース作りがとても大切、だって化粧ののりに響くもの。そして、パウダーをのせる。本当はしわをも隠すうちの最高級品でもいいんだけど、新用品のさらさらパウダーの入った、化粧崩れしにくく透明感のある肌を作るファンデでいいと思う。お肌がとても綺麗だから。 でもって、リクイドは使わない。パウダーでふんわりと仕上げたい。頬の高いところはしっかりと、目の回り額、などはヨレやすいので、薄く伸ばす。首まで顔という意識だから首もにも軽く伸ばす。 フェイスパウダーで抑えるように、仕上げる。 「有栖川さん、ちょっと目を閉じて下さい」 いよいよ、アイメイクよ。ブラシで眉尻の下に、みずみずしいラベンダーをまぶたに向かってぼかす。 眉頭と鼻筋をつなげるように、フェイスカラー(影を入れる時に使うブラウン)をうっすらといれる。スモーキーなブルーで目頭を囲むように、まぶた全体にまつ毛の際から眉下にのばす。最後にキラキラ光るグレーを目尻側1/3にまつ毛の際が一番濃くなるように外側に向かってぼかす。 アイラインは茶色。目尻を強調ぎみにいれる。マスカラは最初は同じ茶色にしようかと思ったけど、ここは変化を付けるために光るブルーのマスカラをいれてみよう。これも目尻側にポイントをつけるように、下まつ毛にもうっすらと。アイブロウは茶色で目尻を長めに描く。心持ちシャープに仕上がる様に。眉頭はブラシでぼかす。 唇はリップライナー(パール感のあるのローズ)で自然な感じの輪郭を描く。色はあまり付けたくないので、リップグロス(バイオレット)でたっぷりと塗る。下唇の中央に軽くつややかなローズ(クリームタイプで、チーク用。その他に使い道が多くて便利)を重ねる。 さて、チークとフェイスね。 フェイスカラーにはしわなどを隠す魔法のカラー(光沢のあるブラウン系だけど、ほぼホワイト)を。これは額、鼻筋を通って、顎の中央、頬と目の下にのせる。有栖川さんにしわはないけど、この色はおすすめなのよ。チークはかわいいピンクで2、3度軽くいれる。 薄いブラウン(クリームタイプのラメ入り)を手で取って頬に軽く置く。 髪は軽くウェーブしてあるので、光でキラキラ反射するようにラメの入ったジェル。(非売品)を付ける。これは手や首にも伸ばす。う〜んいい感じ。 イヤリングとかつけたいけど、それは止めて、ゴールドのクリーム状になったパウダーを耳たぶに付ける。 余分な装飾品はなるべく止めたい。光を意識したメイクがこの春のトレンドだし。 何より、有栖川さんにはその方がいいと思うの。 もともとふんわりした、透明感のある美人なんだけど、それに、ちょっぴり硬質な感じがプラスされて、近づきがたい、でも触れてみたい、「妖精」か「天使」ね、今の所。 我ながらに、傑作だわ!!!!!!!! 最後の仕上げは・・・・・・・・・。 「あら、火村さん。お待ちしてましたわ!」 私達のテーブルから離れた壁に火村氏が立っていた。もちろん、お願いしていたものを持参で!!!私は頭を軽く下げて、あいさつする。 一方、有栖川さんといえば、びっくりして、言葉がないようである。 そりゃ、そうよね。内緒にしてたもの。 やがて、大きな瞳をさらに見開いたまま、 「ひ、むら?」 傍に寄ってきた、火村氏を見上げる。ああ、困ったような表情も可愛いわ。 でも、そこで見詰め合って二人の世界を作ってもらっても、困るんだけど・・・。 二人ともとっても美形だから、目立つのよ!!わかってる?お二人さん。 「火村さん、ありがとうございます」 私は二人の間に入って、火村氏が差し出した紙袋を受け取った。 これで、OKよ。 「何ですか、それ?」 有栖川さんは不信げだ。そうよね、不思議よねやっぱり。でも、すごく大切なものなのよ。ね、火村さん!! 「まず、有栖川さん、立ってください。最後の仕上げをします」 有栖川さんは素直に立ちあがった。 「はい。このショールを持って、そうですねえ、腕に巻く、というか垂らすみたいにして・・・」 ショールは薄いピンク。ライトに照らされてわかる程度で、一見ホワイトに見える。このために、私買ってきたのよ、なかなかイメージにあうのがなくて、苦労したわ。 ショールを腕に引っ掛けてる有栖川さんはちょっと、物憂げな感じ・・・。うん、これだけでも、美しいわ。うっとりね。 火村氏もそう思っているみたい。普段の表情が嘘のように、微笑んでいる。 さて、本番はこれからよ! 「有栖川さん、これを付けて下さいね!」 私は紙袋から、天使の羽根を差し出した・・・。 それは、小さなキューピーの背中についているような、ミニの羽根。でも純白でふんわりしてて触り心地のよさそうなすばらしいできの、羽根だった。 もう、有栖川さんもわかったよね、これは火村氏の作品なのだ。 私は裁縫が苦手で、どうしよう?と思っていたのだ。そして、火村氏と逢った時にその話もしてあった。だって、打ち明けておかないと、後が怖いじゃないの。そしたら、なんと火村氏が自分で作ってくださると、おしゃって!!!!!渡りに船ね、まさしく。あの火村氏がこんなに、器用だとは、驚きだ。しっかし、どうやって作ったの?これ。素材は何?羽っぽいのを縫いこんだの・・・?あの、火村氏がチクチク裁縫している姿を想像して、ちょっぴり、思考が拒否をした。そして、どう考えたって、(常識で考えて)5日で作るか、あの男・・・。ああ、有栖川さんに対する愛の深さを見せつけてくれるわ。 「君、何してんねん!」 有栖川さんは火村氏に向かって文句を言っている。 ああ、怒った顔もいいなあ。火村氏いつもこの顔見ているのね!うらやましい。 「有栖川さん、黙ってて、ごめんなさいね。でも、間に合うかどうかわからなくて、それに有栖川さんも驚かせてあげようと、思って・・・」 私は頭を深く下げた。 これに弱いってわかってるのよん。それに、私が殊勝な態度に出ておかないと、火村氏がどう出るか、恐ろしいわ。 「・・・わかりました。俺も、引き受けたんやから、きっちりとやらせてもらいます」 有栖川さんは微笑んでくれた。 さあ、白いスーツの背中に羽根を取り付けて、全身チェックを行って。「天使」ができ上がったわ!!!!完璧ね。ああ、うっとりしてしまうわ。火村氏ついでに、この天使をエスコートしてくれないかしら??だって、今日の火村氏は黒い背広なの。よく見ると、細いストライプが入っているんだけど、一見は黒。有栖川さんと並ぶと、「白と黒」「天使と悪魔」のようなのよ。あ、悪魔なんていうと、まずいかしら?でも、誰もが振り向くと思うの!!ああ、そんな姿を写真におさめたい、と思うのは私だけじゃないわよね、きっと。 「ジリリリリー!!」 私が「有栖川天使」と「火村氏悪魔」の妄想に溺れていると、制限時間を継げるベルが鳴った。 「さあ、有栖川さん、いよいよですよ。この、ステージを歩くだけでいいんですから、がんばって下さいね!」 有栖川さんは頷いてくれた。 「アリス、行ってこいよ、見てるから」 火村氏はからかうように、でもとても優しそうに有栖川さんを見ている。 火村氏って、有栖川さんのこと「アリス」って呼ぶんだ。いいよなあ、「アリス」。一度でいいから呼んでみたいものだわ。 「あほっ」 有栖川さんは照れたように、でもすごく可愛く微笑んだ。う〜ん絶品。さすが火村さんよね!こんな表情をさせるなんて。 「それでは、これから、ステージにおいて、ウォーキングを始めます。モデルの方は舞台においで下さい」 会場内にアナウンスが入る。 私は有栖川さんに「ナンバーカード」を渡した。 「行ってらっしゃい!!!!!」 「うわ〜〜〜」 「綺麗ねえ!!!!」 「美人だよね!本当に、男の人?????」 有栖川さんが舞台の上を歩くと、会場中から、感嘆のため息、歓声、が起こった。 当然よね!!!!私は心の中で呟いた。 照明に照らされた有栖川さんはきらきらと輝いていた。本当に、その場に天使が現れたような幻想的な世界だ。真っ白な衣装、小さいが本物のような羽根、本人はやわらかな、茶色の髪に、琥珀の瞳。ふんわりと、透明感があり、でもどこか硬質で人間ではありえないような雰囲気がある。彼が微笑んでくれると、まわりの空気までも輝いて見える。 私は自慢の一眼レフ(Nicon F50)で有栖川さんをたくさん写真に収める。このカメラはシャープな写真が撮れるため、私のお気に入りだ。アップ、ロングあらゆる角度でシャッターを押す。隣に立つ火村氏を見上げると、目があった。私は瞳で、「いりますよね?」と聞いた。すると、火村氏は軽く頷いた。そうだよね、やっぱり。だったら、より上手に撮らないと、怒られちゃうわ!!!! 他のモデルはいろんな衣装を着ていた。 奇抜さで軍を抜いていたのが、「ウェディングドレス」「水着」であろうか。中には母親に連れてこられ、女装して登場した少年までいた。まったくお祭りだよね、これ。 でも、有栖川さんが一番だけどね!!!! さて、コンテストが終ると、審査の間に昼食がある。今日は中華料理である。有栖川さんも楽しみにしていた、おいしい中華!!!和やかにみんな過ごすんだけど、実は私一人なんだよね・・・。 舞台から降りてきた有栖川さんを火村氏が連れて行ってしまったのだ。無事戻ってくるかしら????食事が終ると表彰式があるんだけど・・・。 だって、自慢じゃないけど、絶対優勝よ!!しないわけ、ないじゃないの。できなかったら、有栖川さんに失礼よ。ま、私の技術が足りないって言われると困るけど、でも完璧だったし!!!!! そして、私は一人で表彰台にあがることとなった。火村氏のばか〜〜〜!!!! ま、わかってたけどね。しかたないから、写真も送るわよ、名刺もらってるし。 有栖川さんには後であいさつにでも行こう。きっと優しい彼のことだから、「ごめんなさい!」ってあやまってくれるんだろうなあ。それはそれで可愛いから、堪能しよう。それくらい、許されるわよね!火村さん!! そして、結果は、もちろん優勝だ!!!!!!!! END |
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