府警のアイドル


「今日はわざわざ、ありがとうございました。」
 森下は目の前の二人にぺこり、と頭を下げる。
「こちらこそ、いつも呼んで頂いて、すみません。」
 火村が軽く頭を下げ、その隣ででアリスも並んで深々と頭を下げた。
 森下はもう一度頭を下げながら、そっと二人を見た。


 ここは説明するまでもなく、大阪府警察署である。今日の訪問は事件ではなく、調書を取りに来ていた。そのため、1時間ほどで終り、この後アリスのマンションに火村は寄るつもりでいるため、早く失礼しようと思っていた。
 この3人、1階の玄関側の片隅であいさつをしていたのだが、彼らをちらちらと回りの人間は伺い見ていた。もともと、3人とも目立つ容姿をしている。森下は背も高く、若くハンサムであり、アリスに「ハリキリボーイ」と言われてしまうが、それだけ仕事熱心であるため、署内の女性に人気があった。そのため、署内で知られていて当然である
 が、残りの二人、火村とアリスも署内では有名であったのだ。時々やってくる、見目麗しい二人。職業が刑事であろうと所詮人間であるので、好きな人を見たいという、欲求には逆らえなかった。
 さて、ちらちらとこちらを伺うような視線は「有栖川有栖ファンクラブ」通称、「アリスFC」と「火村助教授親衛隊」通称「HJS」と、「二人を見守る会」などなどの面々であり、森下は優越感と、チクチク突き刺さる、嫉妬心が渦を巻く執念が入り混じる、なかなか恐ろしい感覚を味わっていた。もちろん、森下は「アリスFC」の会員である。
 ああ、今日も有栖川さんに逢えて、綺麗な顔を眺められて、良かった、と森下は思っていた。もちろん、表情は平静を装っている。なぜなら、隣に立つ、助教授が恐ろしいからだ。
「森下さん、先日はどうもありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。」
 アリスは微笑みながら、首を軽くかしげ森下を見上げる。
 そんな可憐なしぐさに、可愛いなあ…。森下はうっとりする。
 細くて、手触りの良さそうな茶色の髪に、大きくて、表情をくるくると変える琥珀の瞳。
 小さな顔には形のいい鼻と桜色の唇が絶妙なバランスで配置されている。背は決して低くないが全体の印象が優美で柔らかい。彼の容姿は他の人間に好意を抱かせるが、それよりも内面のふんわりとした人間性が回りの人間を和ませ、幸せな気分にさせてくれる。
 そのアリスの横に、寄りそうように立つ助教授は、背が高く掘りの深い顔立ち。印象的な暗く鋭い瞳。髪には白髪が混じり、身にまとっている背広やネクタイを着崩しているが、そんなことは少しも彼の魅力を損なうことはない。些細なことも見逃さない観察力、難解なパズルを解く、怜悧な頭脳、決して愛想がいいわけでもないのに、聞き惚れるほど魅力的なバリトン。
 彼ら二人はとても対照的であった。けれど一対のようでもある。
 今日も仲良さそうに府警を訪れ、あいも変わらず、夫婦漫才を繰り広げてくれた。二人の間に割って入ろうなんて、無謀なことは考えないけれどちょっぴり悔しい、ついでにもう少しガードが緩んで有栖川さんとお話できたらいいと森下は思う。
「先日って何かあったのか?」
 助教授は途端に、冷たい声で聞く。
「うん。大阪の街で偶然逢ったんや。暇やったでお茶してもろたん。」
 アリスはにっこり笑いながら、言う。それはとても可愛いけれど、助教授の前でばらされると、この後の報復が怖い。すでに、ぴりぴりとした冷気を感じる。なのに、そんなことにはついぞ、気付いていないような無邪気なアリス。
 森下は、はあ〜と心の中でため息一つ。
「本当に偶然か?」という顔で火村が見ている。もちろん、偶然ではなかったのだ。さて、どう誤魔化そうか??? 森下は焦った。
 そこへ、森下にとっては救いの神、鮫山がやってきた。
「火村先生。すいません、ちょっとよろしいですか?」
 火村は軽く頷くと「後で覚えてろよ!」という顔を森下に向け、睨みを利かせて、鮫山の後をついて姿を消した。
森下はほっとして、肩の力を抜いた。良かった…、これで有栖川さんと少しでも長く話ができる!!
「まだしばらくかかりそうですね。ここで、お待ちになりますか?」
「そうですね。すぐ戻って来るかもしれへんし、ちょっと待ってみます。時間かかるようなら、移動します。森下さんにご迷惑かけてばかりでは、いかんから。」
「そんな、迷惑なんて事ないですよ。有栖川さんなら大歓迎です!」
「森下さんっていい人やなあ。」
 アリスは感心したように、言う。
 いい人って誉め言葉じゃないですよ、有栖川さん。顔で笑って、心で泣いて?、
「そんなことないですよ。本当に。有栖川さんが現場にいらっしゃると和みます。ぴりぴりした空気が柔らかくなるんです。ありがたいんですよ、とても。」
 それに、火村先生の機嫌も良くて、皆話しやすくなります。と、心でつけ加える。同時にとても邪魔な存在でもあるけれど。それは内緒の話だ。
「そうですか?良かった。俺、なんも役にたたないし。正直心苦しくて…。」
 そんなこと、思っていたのか?何とか誤解を解いておかなければ!森下は意気込んだ。
「有栖川さんが迷惑だったことなんて、ありません。信じて下さいね。本当に、もっと来て頂きたいくらいです。でも、お仕事が忙しいでしょうから、これ以上は望みませんが。」
「ありがとうな、森下君。」
 有栖川さんは優しそうな表情で森下を見た。僕を見てこんなに優しく笑ってくれた!!
 それだけでも、今日はいい日だなあ、と思う。
 その時、玄関から大掛かりな一団が入ってきた。皆がざわめいている。
 署長だ!!どこか外出先から戻っていたらしい。署長だからといって、威張り散らしたりしないし、とても明るく朗らかで、自分たち現場の人間にも受けのいい人だ。だが、時々我侭なところがたまに傷だ…。
 森下はそちらに向かって、頭を下げる。
 一方アリスは、誰?という顔で森下を見た。そうか、署長の顔までは知らないんだな、逢う機会もないし。森下は小声で「大阪府警察署長ですよ。」と呟いた。アリスは、そうなんだ!という驚きの表情で、ただでさえ大きい瞳をさらに見開く。そんなしぐさも、可愛らしい、と森下は馬鹿なことを思う。
 署長は二人の横を通りすぎて、行く、はずだったのだ。ところが、
「君だ〜〜〜!!!!!」
 その声は目の前のどう見ても署長から発せられた大声だった。
 森下も、状況が読み取れない。
 アリスにいたっては硬直している。
 署長はアリスの肩に両手を置いてがっしり掴み、顔を近づけている。森下は、混乱した頭だが、なんてことを!と思う。署長と言えど、不可侵条約を破るとは。もっとも、署長がそんなことを知っているとは思えないが。
「君、名前は?どうしてここに?うちの(警察の)人間じゃないよね、どう考えても!」
 署長は次々に質問して、答える暇を与えない。アリスはどうしよう?と困ったように、森下を見上げた。森下は有栖川さんが助けを求めている、と心が高ぶる。
「署長。自分は、捜査一課の森下刑事です。突然のことで、こちらの方が困っておられます。民間の方ですので…。」
「そうだった。すまん、すまん。つい、興奮してしまって。なんと言っても、理想が歩いてれば、私も取り乱すさ!」
 そう言って、署長はさらりと問題発言をする。「理想」って何の?疑問が湧き上がる。
「あの?」
 アリスは肩に置かれた手をさりげなく退けようと、片方の腕に手をかけた。
 署長は気にした風もなく、より力を込めて、話を続ける。
「君、うちのモデルになってくれないかい?」
 爆弾発言である。周りの様子をうかがっていた人々は一様に、げっつという顔をした。 
 アリスは途方にくれる。どうしよう?仮にも署長だし…。
「アリス!!!」
 そこへ、さっそうと火村が現れた。まさしく、風のように!!(笑)
 火村はアリスの肩に両手を置き、ナンパ?している署長を睨みつけるように、それでも言葉は丁寧に、言う。
「こちらの者が、どうかしましたか?」
 署長はぽかん、と火村を見上げた。


 さて、ここは署長室である。
 部屋の中の人口密度は高かった。
 まず、部屋の主、柏木署長。火村とアリス、その場にいた勢いで、森下、なぜか鮫山まで、通常ではこの部屋には縁のないメンバーがいた。
「さっきは突然すまないねえ。あんまり嬉しかったものだから!」
 上機嫌である。そして、コーヒーを運んできた女性に「ありがとう」と手を上げて、退室を促し、どうぞ、と目の前に置かれているコーヒーを勧める。
「いえ。私もびっくりしてしまって。」
 アリスはそれでもにこやかに笑いかける。火村は内心そんな失礼な奴に笑いかけなくてもいいんだよ!と思っていた。そう、火村にとっては署長であろうが所詮、「そんな奴」なのだ。
「それで?先ほどのモデルとは、何なんですか?」
 先に問い掛けたのは火村だった。丁寧に聞いているが決して目は笑っていない。不機嫌なオーラが伝わってくる。森下はひぇーと身体を振るわせる。
 署長は一旦火村とアリスを交互に見ると、話し出した。
「実は、全国で毎年ポスターコンクールがあるんだ。各県工夫をこらして、いろんなポスターを作るんだ。けれど、我が大阪府警は一度も入賞さえもしたことがないんだ。審査員はもちろん上層部なんだが…。去年は兵庫県警が優勝した。今年こそ、勝ちたいんだ、兵庫県警に!その、モデルになってほしいんだ!」
 署長はかなり、興奮しているようだ。
 そこにいる署長を除いたメンバー全員が、何だそれは!!!!と思ったことは言うまでもない。代表として、口をつぐんでいた(成り行きを見守ろうとしていた)鮫山が、眼鏡のフレームを押し上げながら、
「それは、我々も知りませんでした。ポスターは確かに毎年この時期に作成はしておりますが。」
 と疑問を言う。
「それは、上層部の言ってはなんだが、娯楽だからだよ。決して公のものではないんだ。君達が知らなくとも無理はない。」
「ということは、署長の個人的?問題なんですね。大阪府警の問題ではないですね。」
 鮫山は詰め寄る。
「しかし、例え娯楽とは言ってもずっと我が大阪府警は最下位をさ迷っているんだぞ。これが、我慢できるか?企画・広報の方針がとても真面目なのはいいんだが、そうすると、パンチに欠けるんだよなあ。」
 なあ、ってあんた!!と叫びたい、メンバーである。
「今年のテーマは「青少年に向けてのメッセージ」なんだよ。」
「それでしたら、有栖川は不向きです。彼はこれでも、推理作家なんです。殺しをフィクションとはいえ、扱うのに「青少年に向けて」って、おかしいでしょう。そして、これでも彼は青少年ではありません。私と同じで、30を越えています!!」
 火村は言い募る。
 さすがに、30を越えている、には驚いたようだ。どう見ても20歳くらいに見える。
 アリスは今でも、学生に見られるのだ。本人にとっては密かな悩みであった。
 しかし、署長はそれで引くような人間ではなかった。
「いいんだよ、そんなこと。去年で私はわかったんだ。兵庫県警は去年ツテを利用して、割と有名な女性モデルを使ったんだ。それまではうちと同じように最下位をさ迷っていたっていうのに!!結局はビジュアルなんだよ。娘にも言われた。顔がいい方が、絶対にいい、と。だから、有栖川君お願いだ。モデルになってはもらえまいか?」
 さっきから、沈黙していたアリスである。何でも好奇心旺盛で、楽しむことが大好き、いろんな経験も作家の糧となると常々思っている。けれどいくらなんでも、警察署が発行するポスターというのは気が引けた。火村も大分怒っているし。
「申し訳ないんですが、困ります。」
「どうして?何がそんなに嫌かね?」
 アリスは、困ったなという表情で、火村を見る。
 その様子に、署長はピンと来た。目の前のアリスは火村の機嫌を伺っているし、頼っている。かなり仲も良いようだ…。うん。内心署長は頭(悪知恵)をめぐらせていた。
「もし、公にポスターが張られるのが困るのなら、張らないし。希望を聞くよ!!!」
 張らなくてもいいって?そんなポスター作るのは税金の無駄だ!と皆思った。当然だ。
「本当に、そんなことできません。」
 アリスは自分の気持ちを何としても伝えようと、署長の目を真剣な顔でじっと見つめる。そんな、アリスの澄んだ琥珀の瞳に見つめられ、より引き受けて欲しいと思ってしまう署長であった。アリスの行動は自分の魅力を惜しげもなく見せつけてしまい、逆効果になってしまったのだ。アリスを責めることはできないが・・。
「ふむ。ところで、君があの有名な火村助教授なんだよね。」
 突然話を変える、署長。
「はい。確かに私は英都大学の火村ですが…。」
 火村はいきなりの話題転換に、少し眉をしかめながら答える。
「話に聞いているよ。すばらしい活躍らしいじゃないか!なあ、そうなんだろう、鮫山警部補?」
「そうですが…。署長のお耳にまで、入っていましたか?」
「ああ。いろんな事を教えてもらっているよ。何でも観察力や推理力で警察も形無しだそうじゃないか。中には民間人に助力を借りていることに、反発している者もいる、と聞いているが、それはどうなのかな?」
「そんなことは、一切ありません。火村先生にはこちらからお願いして来て頂いているんです。」
 鮫山も何を考えているのか、不気味な署長にはっきりと断言する。
「火村先生はどうですか?うちの者が失礼をしていませんか?」
「とても、よくして頂いています。民間人だということでも、扱いにくいでしょうが…。私は大学で犯罪学を教えておりますので、その研究として、フィールドワークとして参加させて頂いてます。その中で、捜査に微力ながら協力させてもらっています。本当に、私の方こそ、皆さんにお世話になっております。」
「そうですか。これからも研究を続けるおつもりですか?」
「ええ。もちろん希望しておりますが…。」
 これは、ひょっとして、「これからも続けたいだろう?」って脅しであろうか??
 表面の和やかな会話の下には「取引」が隠されていたのだ。
 さすが署長である。そう簡単になれるポストではない。どんなに見かけが人当たりの良さそうなおじさんであろうと、古だぬきである。森下は思った。
 そして、アリスも気付いていた。突然話を変えたあたりから、おかしい、と。つまり、火村が今後もフィールドワークに参加するには、モデルを受けろ、という圧力である。アリスはとっとと決心していた。火村のことだから自分のことは後回しにする。そして、アリスのことを守ろうとする。けれど、アリスは彼の足手まといにはなりたくないし、弱みにもなりたくはないのだ。
「わかりました。お引き受けします。」
 アリスははっきりと、返事を返した。
「アリス!!」
「いいんや、火村。」
 アリスは隣にいる火村の腕を掴んで、言いきる。
「ありがとう、有栖川君!!!」
 署長のご機嫌な声だけが部屋に響いた。


 話に参加できる立場になかった森下だが、情報はしっかりと耳で聞き、把握していた。
 有栖川さんのポスター!!!絶対欲しい、と思う。きっとすばらしいに違いない。
 そして、彼はおもむろにデスクにあるパソコンの電源を入れ、あるHPを呼び出す。そして、パスワードの入力。
 「有栖川有栖ファンクラブ」というタイトルの可愛らしい画面が現れる。慣れたしぐさで、掲示板を開き「今日の有栖川さん」をできる限り書きこむ。大阪府警に来たこと。今日の服装。そして、最新の情報である「ポスターのモデル」に決まったこと。柏木署長が有栖川さんの肩に両手を回して、ナンパ?したこと。事細かく書くことが有栖川さんに逢ったものの使命である。それに対して、会員がレスを返すのだ。
 このHPは会員制のHPであり、開けるには「パスワード」が必要である。有栖川さんのファンが集まって秘密裏に運営されている。そこには、彼の詳しいプロフィール。作品紹介と雑誌掲載情報。掲示板。スナップ写真(検察が撮った隠し撮り写真が載っている)生写真販売について(人気のある写真が取り揃えられ、販売されている)などのページがある。
 中でも、一番活発なのが掲示板であり、そこの書きこみで情報交換がされるからだ。今日どこで見た。警察署に来た。その日の服装。話した内容。ちなみに、会員は男性のみ。
 また、「火村助教授親衛隊」でも同じような内容で運営されているが、こちらは女性ばかり。たまに、有栖川さんの情報も欲しくて、男性も参加しているらしい。こちらは、「二人を見守る会」も兼ねている。
 そして、「有栖川さんモデル」事件は簡単には収拾がつかなかったのだ。
 翌日のレスには、よくもまあ、ここまで書きに書いたなというほど連なっていた。ほとんどの会員がチャックして意見を述べてきている。
 簡単に要約すると、署長の不可侵条約に対する不満。そして、モデルになった有栖川さんが見たい、せめてポスターをゲットしたい、というささやかな思い。ポスターを手に入れるには、署長を会員に引きづり込んではどうか、という意見があった。会員に引き込んでおけば、不可侵条約も守らせることができるし。署長がすでに有栖川さんのファンになっていることは確実であった。なぜなら、署内でナンパ?するほど気に入り、(人目惚れともいう)頼み込んでモデルになってもらうのだから、わかりやすすぎる。また、有栖川さんを気に入らない人は見たことがないのである。当然の結果だろう。
 そして、署長との交渉が持たれることとなった。


 帰りの車の中は重い沈黙が続いていた。決まってしまったことであるが、火村は自分に責任を感じているし、アリスはアリスでかってに申し出てしまった、という思いが交錯して、それぞれが話しかけられなかったのだ。
 しかし、先に火村が口を開いた。
「すまんな、俺の所為だ。」
「そんなこと、あらへん。火村の所為やない。」
 アリスは隣に座る火村を見る。
「だが、お前は俺にフィールドワークを続けさせるために、引き受けたんじゃないか!」
 火村は腹立たしげに、自分の頭をがしがしと掻き回す。
「本当に、いいんや。確かにフィールドワークができんようになったら困る、と思ったよ。けど、それは当たり前や。俺は火村の弱点にはなりたないし足手まといにもなる気はないんや!!」
 はっきりと、力強く言いきる。
 そんなアリスに火村は、切なげな何とも言えない表情を浮かべて、見つめる。
「アリス…。」
「あほやな、火村は。いいんや、気にすることあらへん。面白ろそうやん。せっかくだから、楽しも!!」
 アリスの瞳はキラキラ輝いている。そんな姿を見られたくない、と思う嫉妬深い助教授であった。あの、古だぬき、覚えてやがれ!である。
 ただでさえ、府警には何かありそうだ、と感じている火村である。アリスは現場に行こうが、府警に行こうが、皆に好かれている。ほとんど関係のない民間人でありながら、大歓迎されているのだ。森下なんかが、アリスを見付けると嬉しそうに近寄ってくるのを見ると叩き倒したくなる。ちらちら見ている奴らに、アリスは俺のものだと言ってしまいたい。かなり態度で表しているが、往生際が悪く諦めない。まったくもって、むかつく。つくづく、火村の苦労は耐えない。


 目の前では、「有栖川有栖ファンクラブ会員入会届」にサインをしている。
 代表として、ここ署長室に内密に訪問している森下はほくそえんだ。これでHP責任者としての責務を果たすことができた。
「私はねえ、会長になりたいなあ。そして有栖川君と逢う機会を増やすんだ!!」
 またもや、署長は問題発言である。かなり無謀な野望を燃やしているらしい…。
「署長、不可侵条約の規定をしっかり読んでくださいよ!抜け駆けは許されません。」
「固い事言うな、森下刑事。私が会長になれば、活動しやすくなるだろう?ちゃんとあったことは、報告するし、ね!利点がいっぱいあるじゃないか。」
 確かに署長が会長になれば、怖いもんなしだ。危険はついて回るが………。
「わかりました。さっそく掲示板で皆に聞いてみましょう。」
 うんうん、と頷く署長。とっても、ご機嫌だ。
「それでは、会員の規定の確認をしましょう!まず、HPのパスワードですが、有栖川さんの処女作の「月光ゲーム」から取って、「Moon Light Game」です。忘れないで下さいね。そして、皆がやらなくてはならない事ですが、有栖川さんに逢った日は必ず掲示板に書きこみをして下さい。何時、何処で、誰といたのか。その日の装いや話した内容を細かく書くのです。見かけただけでもいいんです。元気そうだった、とか風邪を引いているようだ、とかでも。メンバーはそれに対してレスをつけます。もっと知りたいこと、自分も見たとかです。写真が載っていますが、それは壁紙にできるようにしてあるので、ご自分でインストールして下さい。生写真はこのHPのみで販売を受け付けます。欲しいものを記入して、写真係りにメールをして下さい。不可侵条約で絶対なのは、むやみに触れない、「有栖川さん」「有栖川君」以外で呼ばない、ですから。質問はありますか?」
 森下はてきぱきと説明する。
「こんなHPの存在っていうか、ファンクラブ知らなかったな。いつの間にできたの?」
 椅子に座ってる署長はデスクの前に立つ森下を見上げた。
「署長がご存知ないのも無理はありません。有栖川さんに逢う機会がないのですから。ファンと認識すると、会員が勧誘・斡旋します。同士は一人でも多いほうがいいですから。これができたのは正確にはわかりません。最初はただの情報交換していただけのようです。遠巻きに見て、満足していて、皆が同じ気持ちだとわからなかったんですね。」


 待ちに待った、撮影当日がやって来た。
 スタジオを借りて、スタッフもそろっている。それ以外といえば、企画・広報担当者と柏木所長、主役のアリスと当然いる火村、そして、彼らと親しいと認識されている森下を加えたメンバーであった。
 アリスは今までも雑誌の撮影など一応は経験しているようで、緊張は見られない。顔合わせを済ませると、すぐに、メイク・衣装担当者のなすがままに連れられて、行ってしまった。と、なぜか火村もそれについて行く。普段の 火村であったら、そこまではしないのに…。どうしたことだろう?と森下は疑問に思う。
 その間森下は署長の相手をしなければならなかった。もっとも、同士であるため気兼ねなくしゃべっていたが。もちろん、内容はアリスのことであった。きっと、綺麗で可愛いんでしょうね〜、楽しみですね〜、というのが二人の意見である。
 全く、ばかな二人だ…。
 しばらくすると、スタジオにアリスが現れた。
 その姿は、「純白」である。衣装が全て白いのである。シャツもジャケットもパンツも全身が…。ただでさえ、透明感のある美貌がより高貴な雰囲気を漂わせている。「侵しがたい、存在。」それが、その場にいた者の感想であろう。
 そして、その後ろになんと火村が「漆黒」の衣装を身にまとい現れる。こちらも全て黒なのだ。ぞくりとするような、存在感である。認めたくないが、いい男であった。並んだ火村にアリスは、顔を寄せて、何か話した。そして、見合わせたように、くすり、と笑うとアリスの柔らかな雰囲気がその場に満ちる。張り詰めた、糸が途端に緩む。
 ああ、やはり有栖川さんってすごい!森下は再び感心した。
 今回のポスターは「青少年に対するメッセージ」であるので、大阪府警のコンセプトとしては、「人間の光と影」であった。簡単に言うと、人間には良い面も悪い面もある。気をつけよう!!ってところだろうか?
 そして、アリスだけではなく、火村も白羽の矢があたったのだ。もちろん助教授は引き受けた。アリスを誰かわからない人間(自分以外の人間)と絡ませるなんて、もっての外である。助教授は今回の意趣返しとして、自分が参加することは口止めしたのだ。さぞかし、驚いたことだろう。そう、助教授はかなり、ご立腹であったのだ。
 そして、人間の本質を表す二人というより、「天使と悪魔」に見えてしかたなかったが、撮影はスタートしたのだ。カシャリ、カシャリとシャッターが切られる。音楽はなかったが、二人が立って寄り添っているのを見ると、そこだけ空間が違うような気がしてきて、「天上の音楽」が聞こえてきそうであった。まさに、似合いの、一対である。

 それは、「光と影」で人間の本質をイメージしたポスターになるのだ。

「お疲れ様!!」カメラマンの声がかかる。
 その言葉が、終了の合図なのだ。スタッフが一斉に「お疲れ様」と言い合う。
 やっと、今日の撮影は終ったのだ。
 スタジオにいたスタッフがわらわらと動き回り出した。これから、片付けに入るようだ。
「やあ、お疲れ、有栖川君。すごく良かったよ〜。」
 署長はすぐにアリスに近づき声をかける。
「いいえ。な、火村?」
 アリスは隣の火村ににこり、と微笑む。火村はアリスにはわずかに口角を上げて答え、署長に対しては無表情であった。
 純白の衣装をまとったアリスをまじかで見て、署長は鼻の下を思いっきり伸ばしている。
「これから、打ち上げに行こう。美味しいお店を予約してあるんだよ。」
 うきうきとした声で、誘う。
 おいおい、それも税金から出るわけ?とつっこみを入れたい。(天の声)
「えっと、ですねえ。」
 どうしよう?アリスは困った顔で火村を見上げる。火村が何か言いかけた時。
 そこへ、鮫山が申し訳なさそうにスタジオに入り、二人を見つけると駆け寄ってきた。
「火村先生。申し訳ありませんが、事件です!!」
「わかりました。」
 火村はすぐに、鮫山に向かってうなづく。
「私も、助手として、参加していいですか?」
 隣にいたアリスもすぐに反応して、聞いた。
「もちろんですよ、有栖川さん」
 鮫山はちょっぴり優しげに笑いかけた。いつも真面目な表情の鮫山には珍しい顔である。
「ええ〜、そんなあ!!」
 柏木署長だけが、講義の声を上げた。
「そおゆうことなので、申し訳ありませんが、これで失礼します。行こう、火村!」
 アリスははっきりと断ると、火村と鮫山と一緒に出口に向かう。その後を当然森下も追いかける。
「有栖川く〜〜〜ん!!!」
 署長の絶叫だけが響き渡っていた………。


 せっかく、打ち上げで有栖川くんと食事ができると思ったのに…。いっぱい綺麗な顔を見れると思ったのに…。署長は大変残念だった。今度こそ食事に誘おう!!めげない、署長である。

 ちなみに、そのポスターはぶっちぎりで、優勝。とても高い評価を受けた。そして、この「モデル」は誰か、という問い合わせが殺到したらしい。それに、署長がどう答えたかは謎である。もし、上層部にまで広まったら、「有栖川有栖ファンクラブ」の会員数はとんでもないことになってしまう。
 そして、そのポスターであるが、ちまたには流れなかった。
 なぜなら、署内で全て売り切れてしまったからである。
 「有栖川有栖ファンクラブ」だけでなく、「火村助教授親衛隊」からも注文が来て、それぞれ配られたそうだ。
 しかし、そこで問題発生!!ポスター撮りのポラを全て署長が持っていってしまったのだ!!当然、皆からブーイングである。しかたがないので、HP内に写真が公開された!!今度食事を、と思っている署長はその結果もファンクラブに報告する予定である。だって、ファンクラブ会長に就任してしまったのだから!!

 「純白の天使」と題された写真は、今でもHP内の一番人気を誇っている…。



             END




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