昨夜は遅くにやって来た。 アリスは〆切明けでも「待っている」と言っていたが、さすがに睡魔には負けたようで、テーブルの上にはメモがある。 『絶対に起こせ!』と。 でも火村は起こさなかった。 〆切明けのアリスはかなり睡眠不足がたたりいつも顔色は悪いし、体重は減る。 心配して、暇を見つけては飯を作りに来るが、火村にも限界はある。今回はそんな中、わずかの時間を作ってやって来たが、予定がかなり狂ってしまった。 今日は抗議が1コマ目からある。 これ以上休講もできないだろう……。 火村はため息を漏らし、仕方なく寝顔でも見て出かけるかと考えながら、使った珈琲カップをシンクで洗い、寝室に向かった。 アリスが起きないように、そっと静かにドアを開ける。そして、するりと身体を部屋に滑り込ませた。 ベッドには、すやすやと天使の寝顔のアリスがいる。 茶色の髪が枕の上に広がって、くるくると動く大きな茶色の瞳が今は閉ざされている。 火村はベッドの縁に腰掛けると、寝顔をのぞき込んだ。 気持ち良さそうに寝入っていて、起きるそぶりはない。 顔の横にちょこんと指が出ていて、やれやれと思いつつ布団の中に入れてやる。そのついでに、さらさらの髪に指を絡ませて感触を楽しみながら額にかかった前髪を掻きあげた。 すると、白い形のいい額が露になる。思わず、火村は誘われるように、その額に口付けた。 そして、そっと頬や顎、首筋、最後に唇に触れる。 優しく、優しく、思いを込めて。 愛してると素直に言えない言葉を唇に乗せて、伝える。 「う……、ん」 睫が震える。けれど、瞳が開くことはなかった。 不意に、アリスが、にこり、と微笑んだ。 火村はその笑顔に心を奪われる。 本当に、寝ていても天使だ……。 火村はその天使の笑顔に、普段めったにお目にかかれない程の優しい微笑を見せた。 アリスがもし起きてその顔を見たら、とてもとても喜ぶのだけれど。 残念ながら、夢の中。 でもきっと、幸せな夢の中。 きっと起きたら、アリスは怒るだろう……。 けれど、朝ご飯とメモを見付けるはず。 そして、一つ、苦笑い。 はあ、とため息をついて許してくれる。 だから、待っていて欲しい。 ここに、帰って来るから。 お前の傍に……。 『しばらく、居る。今日の晩飯は何がいい?』 これも、愛すべき日常。 END |