4月に入り桜が咲く頃、毎年有栖は準備を始める。
火村の誕生日は彼の出張や有栖のしめ切りがない限り、一緒に過ごす。
学生時代からずっと続いた行事。誕生日を知ってから、必ず有栖は火村に「おめでとう」と言ってきた。その時からちょっとしたプレゼントを渡したり、飲んだり、食べたりと祝ってきたのだ。
有栖が社会人の時忙しくて逢えなくても電話したし、後で一緒にご飯食をべたりした。
火村の両親が相次いで亡くなって、家族がいなくなって。よけいに親友である自分が家族としても祝ってあげたいと思った。一人ではないんだ、と伝えたくて。
そして、恋人になっった。
自分はいろんな役柄を兼ねている、と思う。親友、家族、恋人。かけがいのない人。唯一無二の存在。だから、この日を祝いたい。
高額のプレゼントなんていらない。あげたい物があったら、それをあげたい。
記念日に関係なく気に入ったものはその都度渡している。
ライター、サスペンダー(007使用)、助教授になった時のお祝いに時計、ハンカチ、シャツ、ネクタイ、お揃いのストラップ、コーヒーセット(ミル、ドリッパーなど)、マグカップ。
記念日以外でもいろんな物を渡してきた。
もちろん、有栖も同じように貰っている。
社会人になった時ネクタイ、ハンカチ。作家になった時は時計。恋人になったら、パジャマ・・・。それ以外 でも火村はやはりお店で見て気に入って、シャツやコートなど買って来たりする。
今年は日曜日なので、土曜日の夜に仕事を済ませて夕陽が丘に来ることになっていた。
有栖は朝から火村好みの甘すぎないケーキを焼く。そのために事前に母親に習ったのだ。
「いちごのタルト」、以前火村と一緒に食べて美味しいといっていた、ケーキ屋みたいに作れるようがんばった。
いちごも美味しい種類を選んで。カスタードクリームにも力を注いだ!
料理は洋食でまとめよう。
トマト味で野菜をたくさん煮込むボルシチ、タコ、イカ、エビが入った海の幸のサラダ、お気に入りのパン屋で買ったクルミブレッド。酒屋さんお勧めのワイン。
そして、プレゼント。
今年の誕生日は何を贈ろう?と有栖は迷っていた。
つい先日ネクタイは贈ったばかりだし・・・。
助教授として活躍するようになって、パーティーにも出席する機会も増えた、火村。
有栖はせっかくだから、と「カフス」を贈ることに決めた。
宝飾店でシンプルだけど上品な火村に似合うものを探した。
何店もまわってやっと気に入るものを見つけのだ。
黄金色の台に小さいけれ火村の星座石だという、宝石を置いてまわりを小さな石が囲んでいる。この宝石は情熱、勇気、自由を司る。なんとも火村らしい。
誕生石というのは知っていたが、星座石は初めて知った。誕生石と同じく宝石を神聖なものととらえていた旧約聖書の頃のユダヤ教がルーツなっていているそうだ。店員の女性が詳しく教えてくれた。とても素敵な話だった。
できるなら、少しでも守護石の力で火村を守ってほしい。フィールドワークという彼の仕事にはいつも危険が付き物だ。きっと火村に言ったら、笑われそうだけど、もし力があるのなら信じたいのだ。
贈り物だというと、小さな箱に入れ、深緑の包装紙に真紅のリボンと綺麗にラッピングしてくれた。
準備は万端整った。
さあ、あとは火村が来るばかり。
火村は4月15日という日に特別な感情はない。
たかが生まれた日だと思っている。
けれど有栖はこの日をとても大切にしてくれる。
火村が忘れていても、「おめでとう」と言って思い出させてくれる。
有栖が祝ってくれるから、この日が嬉しい日なのだろう。
そうでなかったら、どうでもいいのだ。
いろんな記念日に踊らされるのは馬鹿らしい、と思っていた。けれど有栖は記念日とか行事を大切にする。火村も感化されたらしい。学生時代から10年以上一緒に時間を過ごしてきた。有栖と一緒ならそんな馬鹿らしいものまで楽しめるのだから、自分も大概いかれてると思う。そんな自分も好きになった。
「いらっしゃい」
有栖はにっこり笑顔で火村を迎える。
知らずに火村も笑っていた。
有栖の顔を見ると、どうしてこんなに嬉しいのだろう?
有栖は火村をリビングに誘うと、椅子に座らせた。
「いっぱい食べてな!」
テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。
「今日のワインは料理に合わせて赤やで」
そう言って、当然のように火村にタオルとソムリエナイフ、栓抜き、とワインを渡す。
実は有栖はワインを開けるのが苦手だった。
だからいつもこれは火村の仕事。
器用にワインを開ける作業を見ているのが有栖は好きだ。
ポン!といい音を立てて栓が抜ける。
コポコポという音をさせ、グラスに注ぐ。
綺麗な赤。明かりに掲げてみると綺麗に輝く。
「乾杯」とグラスを合わせて、お祝いしよう。
有栖の作った美味しい料理をあらかた食べ終えると、二人はソファに移動する。
有栖は冷蔵庫からケーキを取り出してきて、大きく切り分けて、紅茶と一緒に出した。
いちごがこれでもか!と敷き詰められているタルト。有栖自慢の一品だ。
「どうぞ、火村」
火村は一口サイズに切り分けて食べる。
いちごの甘酸っぱさとカスタードクリームの甘味が絶妙に口中に広がる。
「美味しい!」
「本当に?」
様子を伺っていた有栖は火村の美味しそうな顔を見て喜ぶ。
母親にしごかれた甲斐があったというものだ。
30数本もローソクを立てる気にはならなかったので、代わりにいちごを30個以上使ってある。有栖のひそやかな、自己満足であった。
ピピッツ!12時を告げる音。
有栖は待ちかねたように、顔を上げた。
「火村、誕生日おめでとう!」
心からの祝福。にっこり笑顔を火村に向ける。
そして、手のひらに乗る小さな包みを指し出した。
「ありがとう」
火村も心からお礼を言う。
毎年、毎年お互いの予定が会う限り有栖はこうして一番に「おめでとう」と言ってくれる。
「開けてもいいか?」
「うん」
有栖はうなづく。
リボンを綺麗に解いて、包装紙を剥がす。小さな箱を開けると、深い色のビロードの箱。
中には、中心に赤く輝くルビーをあしらったカフスが現れた。
火村は目を見張る。
赤い、赤い、宝石。
「火村、赤色って苦手やん。わかってるんやけど、とても綺麗で火村に似合いそうやったから・・・」
有栖は段々小声になった。
不安げに、火村を見つめる。
「アリス。苦手って、以前ほどじゃないさ。使わせてもらう。ありがとう」
「本当に?」
有栖は確かめるように火村の瞳を覗き込む。
「ああ」
安心させるように微笑む。
火村は赤が苦手だ。嫌いといってもいい。
血の色・・・。
自分にとっては忌むべき色なのだ。生々しい、感情。記憶。幻覚。
「俺は確かに赤は身に付けない。けどアリスが身に付けているのは好きだ。とても似合うと思う。だから最近ではそれほど苦手でもなくなった」
有栖は赤のチェックシャツやダッフルコートなど着る。小物にもポイントとして使う。苦手な色がないようで、いろんな色を使う。それがまたどれも似合うのだ。
また、30過ぎの男が「赤」などなかなか着ないし、身につけないから火村が「赤」が苦手だと知る人間は少ない。
「そうなんや?」
「ああ。好きな色はいっぱいあるぞ。アリスの瞳の琥珀。髪の茶色。唇の桜色。そして、天使の白だ」
火村の答えに有栖はくすぐったそうに笑う。
「本当にあほなんやから。でも火村が好きでいてくれるのは嬉しい。ところで、天使って何やの??」
有栖は首をかしげる。
有栖は自分が大学時代からどう呼ばれていたか知らない。「天使」「大天使」「眠り姫」「影のミス英都」とたくさんのあだ名があったが、一番有名なものが「天使」である。
火村は有栖の問いは無視をして、先ほど解いたリボンを掴む。そして、ふわりと有栖の首に回すと、蝶結びにする。
真っ赤なリボンを首に結んだ有栖はとても可愛かった。
色が白いので「真紅」がとても映える。火村はご満悦だ。
どんなに可愛くて綺麗で魅力的でも、見えないけれど30過ぎの男に赤いリボンを結ぶ助教授はかなりおかしい。どんなに、人からいい男といわれようともだ。はたから見たら、変態?と言われるかもしれないが、本人には全く自覚はなかった。言われてもきっと露ほどにも気にしないだろうが・・・。この男は女性に冷たいせいで「ストイック」と言われているのかと思うと世の中間違っている。
火村は満足げに、にやりと笑った。
「火村!!」
有栖は頬を染めながら火村を睨む。
睨む瞳にさえそそられる、と腐った助教授は思う。
「こうすると、赤もいいよな。一番好きな赤はここだけど?」
そう言って火村は有栖を抱きしめながら人差し指で唇にふれる。
「あほっ」
火村は楽しそうに微笑みながら、キスをする。深く、柔らかく、しっとりと。
有栖の意識を奪うように。
舌がしびれるほど貪ると、なごり惜しげに離す。
「ほら、こんなに赤い・・・」
口付けで桜色から赤く、艶やかに染まった唇を指でなぞる。
ぼんやり潤んだ瞳で火村を見つめる有栖。
こんな瞳で見たら、誘っているのと一緒だと火村は思った。だから誘われることにする、と有栖が聞いたら怒りそうなことを考えながら、押し倒した。
いきなりの浮遊感に驚いて有栖は瞳を見開く。
その拍子にふわりと茶色の髪が床に広がり、男の征服欲を煽った。
「火村!!!」
有栖の抗議を唇で塞ぐ。
「ちょ・・っ・・んん・・・」
火村の胸を叩く手を易々と掴み、抵抗を封じる。
本気で火村に有栖が拒める訳がない。それを火村もわかっているから、有栖が火村の手に落ちて来るように、誘惑する。
火村は有栖の声が甘くなり、身体から力が抜けるまで、口付けを続ける。
「あ・・んん・・・」
耳たぶを甘噛みして、舌で鼓膜を振るわせるように、有栖の羞恥を煽るようにぴちゃりとわざと音をたてて耳殻を舐める。
「アリス、いいか?」
有栖限定の甘く響くバリトンでささやく。
有栖の心を揺さぶる、大好きな声。
長いまつ毛をふるわせ、有栖はゆっくり閉じていた瞳を火村に向ける。その瞳は情欲に濡れていた。火村は有栖が手の中に落ちてきたことを知る。
有栖は両腕を火村の首にふんわりと回して、火村の耳元に艶めいた声で、
「ここじゃ、嫌や・・・」
とささやいた。
火村は了解とばかりに有栖を抱き上げ、寝室へ向かう。
その後姿は大変嬉しそうだったことを付け加えておこう。
甘い甘い恋人達の夜。
おめでとう!!
END
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