ポジターノ

翌日、佐藤夫妻はナポリターナの友達を訪ねるためにこのカオティックな街に残り、我々はアマルフィ半島に向かった。 まずはこの街を抜け出さねばならない。 ホテルを出て、ヴォメロの丘を更に登る。 タンジェンツィアーレ(バイパス)は丘の向こう側なのだ。 くねくねと曲がる上り坂には路上駐車の車が無秩序に点在し、その陰から対向車がこちらの車線に飛び出し、更にその目の前に迫る対向車の陰からヴェスパに乗った若者が蠅のように飛び出して来るというめくるめく混乱が待ち受けているのだった。 そこをテレビゲームのようにクリアして丘の上のヴォメロの街を抜け、くたくたになってバイパスに突っ込んだ。 これで、このとんでもない街ともおさらばだ。

バイパスから高速に乗り、ヴェスヴィオの麓を走り抜ける。 ポンペイを過ぎ、ソレントを目指して高速を降りた。 途中の街で、その晩のホテルを探す。 ミシュランを見て、ポジターノというリゾート地にあるアガヴィというホテルが良さそうだと判断し、電話をかける。 当日というのに部屋は問題なく確保できた。 泊まるところが決まれば心に余裕もできて、ソレント半島を海沿いに一周することにした。 窓を閉めた車の中なのをを良いことに、オー・ソレ・ミオだ、帰れソレントへだとがなり立てながら、小さなSAXOを転がしてソレント半島を先に進む。 ナポリ、ソレント、と言えばカプリ島なのだが、今回行ってしまうと日程的に南進するのが難しくなる。 妻はどうしても行きたかったようだが、半島の先の展望台でたわわになるレモンの畑の向こうに見えるカプリの全容を目に焼き付けて諦めてもらった。

半島を巡る道はおおむね切り立った崖の中程のわずかな隙間をなぞるように続いていた。 全線が長細い展望台といった感じの、ぐねぐねとした曲がり道を辿り、ポジターノに近づく。 ホテル・アガヴィは町の大分手前の道の途中にあった。 ポジターノの町はずっと海岸まで下ったところが中心で、眺望はアガヴィのような町から離れた高い場所のほうが良いのだ。 立派なリゾート・ホテルで、二部屋か三部屋が半分独立した格好のコンドミニアムの集合体のような構成だった。 当然、どの部屋からも光に溢れたアマルフィ海岸の海原が見渡せる。 海辺はホテルからははるか下の方にあるのだった。 しかしそこはリゾート・ホテルだけあって、専用のビーチに下っていくためのケーブル・カーが設置されていた。 プライヴェート・ビーチと言っても長さ30メートルほどの入り江で、波も高く、水際から3メートル程で急激に深くなっているというナポリの町の交通を思わせるめちゃくちゃな所。 適当に肌を焼いて部屋に戻った。

食事はそのようなホテルでとると割高なだけなので、町に下りていくことにした。 ホテルの前にバス停があり、時間を確認していたので予定通り現れたバスに乗る。 どのように料金を払うのか分からず、結局ただ乗りしてしまうことになる。 後で知ったことには、乗る前に切符を買っておく由で、検札に引っかかると結構罰金を取られるらしい。 まあ、普通は規則もへったくれもないが、たまに外すとペナルティが大変というラテン状況の一種であった。 町の手前の、まだ高い所でバスを降りたので、しばらく坂道を歩いて下りる。 町に入ると細い路地に土産物屋がひしめき、観光地の様相。 様々な形のレモンチェッロの瓶がならび、色とりどりのガジェットが目に心地よい刺激を与えてくれる。 小さな港には、両側にレストランがあり、そのひとつに入った。 海の家のように、ほとんどがテラス席だ。 海の幸リングィーネやら魚料理を頼む。 海へ吹き下りる真夏の夜の風が、日焼けとワインに熱くなった頬を冷やしていった。








>> NEXT >>