天田麗文、工藤めぐみ vs 里 美和、森松由紀
(FMW: 1990年5月19日 後楽園ホール大会)
今となっては貴重な試合である。この4人を当時観ていて、誰が今の状況を考えられたか。今日現在でマットに残っているのは森松ひとりなのである(現リング・ネーム=ドレイク森松=J'd)。しかし、この試合の見所は残念ながら森松以外の3人なのである。全女の引退組3人が「観客として観戦中にあまりのレベルの低さにリングに飛び込んでしまった」結果、そのままFMWに参戦する事になった、それが天田麗文、工藤めぐみ、豊田記代、「アウトブレイカーズ」であった。
彼女たちが完全にFMWの正規軍として参戦した頃には人気の工藤、実力の豊田、といったイメージが定着したが、この試合のような最初の頃は完全に天田がトップの扱いだった。全女時代にそれなりの実績を残していた事がそういう位置付けを与えたのだろう。そして、全女時代の彼女の評判は「カッとなったら見境の無くなる中国人選手」。日本語のヘタな、即ち日本語のプロレスのヘタな選手、だった。これは考えようによってはFMWのマットには一番向いていたように思われたのかもしれない。こには技術より直線的で分かり易い自分勝手なプロレスが重視されていたのだから。
この日も、全女時代とは豹変して華麗な衣装で一番目立つ天田、可愛さを強調する工藤のアイドル路線水着、対する森松は新人らしい水着、里はいつものようにしみったれたなんとも形容しがたい水着。スカートのようなヒラヒラが全然役目を果たしていないその中途半端さ。顔も髪型もいつもの通りもっさりしていて、常に「相手レスラーを引き立てるために可愛くない格好しとけ」と厳命を受けているかのような外観。暗い表情。これもひとつの個性だよなぁ。
さて、この試合は敗者髪切られマッチとして行われた。FMWのマットに乱入してきた外敵を迎え撃つFMW正規軍の里と森松に応援が集中するのが当然のようだった。もちろんそれら客層はFMWのファンだから図太いオッサンたちの歓声。ところがアウトブレイカーズにも応援団がいたのである。なんと、全女時代からのファンであろう黄色い声の一団が会場にいるのである。「レイブーン!」という歓声、これは異質だ。このマットでは。
果たして、試合開始からヒールに徹して残酷攻撃を続けるアウトブレイカーズ。特に声無く無表情に攻めつづける天田の攻撃の冷たい感じが会場に染み渡る。里たちにつきやってやる部分が非常に少ない。目つきの鋭いその表情も良い。ワン・レガーの豹柄の水着で長身と手足の長さがまた強調される。均整も取れた実にいいレスラーであったと思う。相手の里、森松のキャリアの無さが余計に引き立てたのだろうが、その孤高の攻めだけが強調される異様な試合になってきた。特に天田には複雑とか華麗な攻めは無い。ゴツゴツとした蹴り・殴り・頭突きが基本なのだから。これまたヒールらしく攻めたてるがどこか明るさの付きまとう工藤とは基本的なバックグラウンドが違うのである。ここまでコミュニケーションの無いプロレス。これは滅多に観られるもんじゃない。
もともと圧倒的技術不足の相手方の里たちだけでなく味方の工藤との連携もうまくいかない。ダブルのブレーンバスターは息が合わない上にまず何をやろうとしているかがお互いに掴めないでそのままリング上に尻餅してしまう失策まで。場内、異様な雰囲気が次第に客の声援にも殺伐さを与えてくる。熱い声援だったのが相手側への罵声へと変わって行く頃に試合はあっさり単調に天田が森松を高角度肩車からフォールしてしまう。表情ひとつ変えないで勝ち名乗りを受ける。ここまでプロレスを楽しんでいる事を体感させないレスラーも珍しい。天田がプロレスについて浅からぬ考えを持っているのは明らかだ。この人が一中国人=スン・リーウェンとしてプロレスをやる背景は只事ではないのである(伝説の本『プロレス少女伝説』(井田真木子著)に詳しい)。このFMWマットへの復帰を考えると思わず応援してあげたくなるではないか。
試合後にはリング上で森松の髪を切る鋏を受け取ろうとしない工藤に対して天田は張り手を何発も食らわす。髪切りまでやりたくないのよ、ってアピールの工藤はついに盟友天田に対して蹴りを入れてアウトブレイカーズ脱退、手薄だった正規軍へとベビー・フェイス転身の兆しを見せる........そこから先、工藤はFMW女子部の代名詞となり伝説となる。天田はこれから長続きせずに再び唐突に引退する(湿っぽさの無いハードな退場であった)。
これはFMW女子のターニング・ポイントとなった意義深い試合であった。
工藤めぐみのサイン