*現代に生きるラテン語(A)−記号,略語*

 

英語の語彙の中に,ラテン語起源の語がかなり多くあることは,皆様もよくご承知のことと思います.その中でも,多忙な現代にあって,極めて頻繁に用いる略語・記号が実はラテン語に由来する(あるいは関わっている)ことは面白い事実ではないでしょうか.古きものが時代を超えて生き続ける,そこには何か時代を超えた知恵が隠されているるはずです.ならば,これをきちんとおさえておかない手はありません(なにか,どこかの番組のテレビ司会者のよく口にする言い回しが伝染してしまいました).そこで,ここでは,よく用いられているものを挙げて,整理して見ましょう.何気なく用いている私達が,いかにラテン語の恩恵に浴しているかが,お分かりいただけたら,幸いです.

[1] (99/4/13 作成)

[2] (’00/11/5 作成)

[1]

andの意味でよく使われる記号であることは言うまでもありませんが,英語でこの記号の名称を何というかご存知ですか.ampersand(アンパサンド)と言います.これは “&(and) per se and” (&(and)はそれ自体andである)の短縮形で,&の字体はラテン語の et(=and)のそれぞれ大文字 EとTの合字から来ています.

この疑問符は,ラテン語で「質問」を意味する語 questioの最初の qu と最後の oを組み合わせた記号とされています.

この感嘆符は,ラテン語(ギリシア語起源)で,感情が高まった時に発せられる語 io(イオー)を組み合わせた記号と言われています.これは,なんとなく面白いと思いませんか.

£

今はもうイギリスの通貨ポンド(pound)の国際市場での地位も低下して,この記号も昔に比べれば,「知名度」を失いつつありますが,ラテン語学習者にとっては,大切な記号の一つです.さて,ポンドは重量単位としても用いられていますが,というよりこちらが元の意味ですが,記号は lbです.この記号を見れば,両者が,重さ1ポンドに相当するラテン語 libra に由来する記号であることは分かりますね.さて,ラテン語 libra のもう一つの大切な意味はご存知ですか.そうです,「はかり,天秤」です.Libraと書くと,占星術に関心のある人なら,即座に「天秤座」と答えが返ってきそうです.最後にイタリアの通貨 リラ lira もこの libraから来ているというのは蛇足でしょうか.

 

さて略語の方に行きましょうか.こちらはかなり有りそうなので,今回は思いついたものを.

etc.

「…など,以下省略」を意味し,英語で「エトセトラ」と読むことは言わなくてもいいですね.ラテン語 et cetera (古典ラテン語では「エトケテラ」と発音します.意味は「およびその他のもの」)の略であることも,昔,高校生の頃,英語の教科書で学んだ記憶があります(その頃は,今のように,ラテン語にはまる(苦しめられる?)とは,思ってもみませんでした).さて,ceteraが形容詞男性単数形 ceterus(その他の)の中性複数形で名詞として用いられていることを再確認しておきたいと思います.類似のラテン語の略語に,et al.(ラテン語 et aliaの略)がありますが,これは,同時に et alii(およびその他の者たち; aliialius「その他の」の男性複数形で名詞的用法)の略でもあり,こちらの方が,参考文献などでよく見ます.たとえば,

M.Jordan et al.(ed.): Lingua Latina.M.ジョーダン他編『リングァ・ラティ−ナ(ラテン語)』

念のため言っておきますが,上記のような書は存在しないはずです(調べたわけではないので,断定は出来ませんが).

cf.

以前,英語の辞書の仕事をしていた時,この便利な記号を頻繁に目にし,使わせていただきました.欧米の語学書や論文では,欠かせない記号ですね.ラテン語の confer (英語で compare の意)の略語だということもご存知の人が多いことと思います.文法的には,confero(不定法 conferre)の命令形(命令法)の2人称単数であるということはどうでしょうか.さて,この conferoは元来,前置詞 cum「〜と一緒に」(英語のwithに当たる)と不規則変化動詞 fero「運ぶ,もたらす」(語源的には英語のbearに当たる)が結びついた合成動詞です.そして,ここで強調しておきたいことは,fero(この語自体,さまざまな意味を持つ重要語ですが)が前置詞と結びついて,多くの合成動詞を生むことです.2,3例を挙げると,

effero exfero 持ち出す
offero obfero 差し出す
suffero subfero 耐える

上の例は元の前置詞が多少姿を変えるものを挙げてみたのですが,こうして出来た合成動詞もよく用いる大事な動詞です(詳しくは『新ラテン文法』§308,309 ご参照下さい).これらの動詞の変化は,元のferoの部分が変化するので,最初のうちは実際に変化形でテクストなどに出てきた時,元の形を見出すのが少し厄介です(例えば,いきなり attulit と出てきた時,元の 見出し語形すぐ分かりますか?).ですから,feroの変化を,きちんとおさえておくことが非常に大切です.特に完了形と完了分詞形が tuli(1人称単数形),latus(男性単数形)であること,気をつけねばなりません.(先の attulit afferoの完了形3人称単数形です).不規則動詞は大体,どの言語でも重要なものが多いので,理屈抜きにひたすら,さっと口をついてでるようにしたいものです(まず,えらそうにこう書いている自分ができないといけませんね,…ああ大変だあ!言わなきゃ良かった).

vs.,v.

これも日常的に用いられ,意味もわかるものの,何の略語であるかは意外と知られていないのではないかと思います.正解は versus で,ラテン語としては,「相対して,対抗して」という副詞です.これも元々はvertere「回す,向ける」の完了分詞形です.英語では -vert,-verse,-vers-とよく連結形で現れます(例: convert,reverse,version,aversion,etc) なお,「詩行,韻文」の意の英語 verse も同語源です.

e.g.,eg.

これは文法書によく見られる略語で,例を挙げるとき使いますが,何の略かわかりますか?.exempli gratia(例えば)の略なのです.このgratia(英語のgraceに当たる)の用法も面白いですね.属格の名詞を従えて,「〜のために」という意味になります.e.g.mea gratia 「私のために」.

No.

これは,ラテン語で「数」を意味するnumerusの単数奪格形numero(「数において」)の最初と最後の文字から出来たものです.これは山下太郎のホームページで懇切丁寧に解説されていますので御覧になって下さい.

i.e.

これは,割と知られているような気がします.そうです.id est の略で,英語では that is (to say),フランス語ではc’est-à-dire,ドイツ語では,das ist の表現に当たり,「すなわち,換言すれば」の意でよく用いられています,idは,指示代名詞(男性形) is(女性形はea)の中性形ですが,ラテン語には本来の人称代名詞の形がないので,この指示代名詞を転用するのでしたね.古典ラテン語では,この意味で,hoc est も用いられます.

CV

これは,意外に難しいのではないでしょうか.僕などは最初見たとき,一瞬,車関係の略語と思ってしまいました.アメリカで求職の経験のある人なら,何でもないのかも知れません.正解は curriculum vitae 「履歴書」です(アメリカでは単に vita,vitaeでも通じるようです,ただし発音は,英語式に).本来の意味は,「人生の進路」です.curriculumは動詞 currere「走る」の名詞形で,英語のcourseに当たります.vitaevita「人生,生命」の属格形でここでは,「人生の」の意でcurriculumを修飾します.

最後に,次に挙げる4文字タイプの略語はご存知ですか.あまり,教室では触れられませんが,ラテン語の学習者としては知っておきたいものだと思います.

SPQR

先日,塩野七生著『ローマ人の物語 1』を読んでいたところ,ローマのあちらこちらに この4文字を刻んだものが見られるとありました.これは,ヒントといえますね.正解は,Senatus Populusque Romanus「元老院ならびにローマ市民」です.Qの所がやや難しいかもしれません(-queの用い方にご注意下さい).これは,ローマが共和制をとっていた頃の理念を示す大事な言葉です.やはり,いくら月日が経過しても,古のローマの栄光は忘れがたいものがあるのかもしれません.senatusが,アメリカやフランスなどの「上院」Senateの語源となっているのはよく知られていますね.

・T.N.R.T.

ラテン語を学んでいる人よりも,むしろ西洋美術に関心がある人の方がよくご存知かもしれません.キリストの磔刑図などでよく見かけられると思います.そうです,正解は,Tesus(=JesusNazarenus Rex Tudaeorum(=Judaeonum)「ユダヤ人の王,ナザレのイエス」です.古代はJの文字はなくT が使われていたことはご承知ですね.もうひとつキリスト教に関わるもの,どうでしょうか.

・A.M.D.G.

イエズス会により設立された上智大学構内にはこの4文字があちこちに見られるのでしょうか? そうです,これは,イエズス会のモットーで,Ad majorem Dei gloriam「神のさらなる栄光のために」の略です.adは, 対格の名詞(ここではgloriam)を従える前置詞で,基本義は,「〜へ」と行く方向を表すのですが,このように,「〜のために」と目的を表すことも出来ます.majoremmajormagnusの比較級で「より大きな」の意)の 対格形で,gloriamにかかります.DeiDeus(神)の属格形で「神の」で,gloriamを修飾します.gloriamgloria(栄光)の 対格形です.gloria mundi (この世の栄光)という言葉もよく見かけます.また,Gloriaは欧米の女性名として人気があるそうです.

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[2]

*なお「読みは」とあるのは古典ラテン語の読み方で,英語の読み方ではありませんのでお気をつけ下さい

q.v.

これも海外の事典などでよくみかけますが,quod vide (その箇所を見よ,読みは「クウォド ウィデー」)の略です.vide は video (見る,見える,読みは「ウィデオー」,不定法は videre)の命令法2人称単数形です.

viz.

これを見て,videlicet(即ち,読みは「ウィデーリケット」)とわかる人は少ないと思います.この z は,et または -et を表す中世ラテン語の短縮記号です.

c.または ca.

これは,例えば,c.1390 という具合に年号の前につけられているので,「約」の意味である circa (読みは「キルカー」)の略とわかりやすいですね.circa は数詞の前におけば,「約,およそ」の意ですが,本来の意味は,「〜の回りに,〜のあたりに」です.なお,「周囲に」「あたりに」と副詞としても用いられます.circum の派生語です.

NB

これも良く見かけますね.nota bene (よく注意せよ,読みは「ノター ベネ」) です.訳からもわかるように,nota は,noto (注意する,読みは「ノトー」,不定法は notare)の命令法2人称単数形です.notoは 英語の動詞 note の語源(さらにさかのぼれば,ラテン語 nota 「しるし」ですが)です.

sc. または scil.

これも,辞書などでよく見かけます.scilicet (即ち,読みは「スキーリケット」)の略です.この scilicet も scire licet (知ることが許される)の縮約形です.英語の文では,the ideal of UNO(sc.United Nations Organization)というように用います.

 

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