*ローマ人の名前と現代欧米人名*

 

1 ローマ人の名前

ローマ人の個人名

ラテン語を起源とする現代欧米人名

 

1 ローマ人の名前

人名は,その国ごとに,また現代と古代では,呼称の習慣が異なるようですが,それについて,きちんと学ぶ機会は少ないのではないでしょうか.いろいろ調べると,興味深い点もあるのですが,辞書や参考書を見ても,あまりページを割いてはいないようです(その中では,先に上げた『楽しく学ぶラテン語』の名前についての囲み記事(p68-69)が,割と詳しく良く書けています).自分もあまり知識があるわけではありませんが,類書から得た知識を整理し,現代の名前との関連で,ローマ人の名前について書いて見ます.

ローマ人の名前は,ふつう3つの名前から成っています.古代ローマ人の中で,最も有名な人物の一人,カエサル(英語名 シーザー)のフルネームはというと,

Gaius praenomen Julius nomen (gentile)Caesar cognomen

Gaiusが個人名,Juliusは氏族名,Caesarはその氏族中の一家名を示しています.かみくだいて言えば,上の名は「ユーリウス族のカエサル家の人,ガーイウス」ということになります.他に,2,3 ローマ文学を飾る人物のフルネームを挙げてみましょう.

キケロー Marcus Tullius Cicero

セネカ Lucius Annaeus Seneca

ウェルギリウス Publius Vergilius Maro

上に挙げた例でわかるように,現代では,歴史的人物をcognomenで呼ぶ場合が多いのですが,ウェルギリウスのように,nomen (gentile)で呼ばれる人物もあります(ホラーティウスやオウィディウスもこの例です).

さらに,第4・第5の名前のつく人物もいます.たとえば,ザマの戦い(前202年)で,ローマの宿敵であるカルタゴの英雄ハンニバルを破った(大)スキーピオーの名は

Publius Cornelius Scipio Africanus

最後のAfricanus(「アフリカの」)は,アフリカでの功績をたたえて,尊称として付けられたわけです.ローマ史をあまり良く知らない僕にとっては紛らわしいことですが,このスキーピオーの長男の養子で,ついにカルタゴを滅ぼした(小)スキーピオーの名は,さらに長くなって,

Publius Cornelius Scipio Aemilianus Africanus Numantius

となります.Aemilianusは,彼が Aemilius Paulusの子であったことを表し,Africanusは,カルタゴを滅亡させた功績により,最後のNumantius(「ヌマンティアの」)は,スペインのヌマンティアの戦いに勝利したため,さらに尊称としてつけられたということです.

ところで,今,大スキーピオー,小スキーピオーと区別して書きましたが,この「大」,「小」は,ラテン語で,それぞれMajor,Minor(英語ではそれぞれElder,Younger)で,誕生年の早いほうをMajor,遅いほうをMinorとします.こうした例で,同名の政治家としては,他に,カトー(Marcus Porcius Cato)の例があり,大カトーは,反ヘレニズム,古のローマ精神の復活を主張し,曾孫の小カトーは,共和政を維持しようとして,カエサルと争ったことで知られています.

さて,今までは,男の例で,女性はどうかと言うと,こちらは,個人名はなく,nomen gentile (氏族名)を女性形にして呼ぶだけです(現代からいうと,「ひどい!」と思われるかもしれませんね).たとえば,初代皇帝アウグストゥスの2番目の妻の名リーウィア(Livia)は,「リーウィウス一族の女」の意ですし,皇帝の娘,奔放な行動で知られるユーリア(Julia)の名は,「ユーリウス一族の女」(アウグストゥスはカエサルの養子になったので,ユーリウス一族に属するわけである)の意です.

ローマ人の個人名

個人名 読み 略記号 備考
Appius アッピウス App.  
Aulus アウルス A.  
Decimus デキムス D. 「10番目」の意
Gaius ガーイウス C.  
Gnaeus グナエウス Cn.  
Lucius ルーキウス L. おそらく lux「光」と関係あり; 現代の女性名Lucy,Luciaはこれより
Manius マーニウス M’.  
Marcus マールクス M. おそらく戦争の神 Marsから; 現代名 Mark,Marco,Marcos,Markusはこれより
Numerius ヌメリウス N(um).  
Publius プーブリウス P.  
Quintus クウィーントゥス Q. 「5番目」の意; Quintinはこれより
Rufus ルフス R. ruber「赤い」と関係あり
Servius セルウィウス Ser.  
Sextus セクストゥス S(ex). 「6番目」の意
Spurius スプリウス Sp.  
Tiberius ティベリウス Ti.  
Titus ティトゥス T.  

*上の表,ガーイウスやグナエウスの略記号に注意してください.Cは元来,ギリシア文字Γ(ガンマ)を元にしてできた文字で,[g]音を示していました.C.やCn.と略記するのはその名残りです.それから,Quintus,Sextusなど数に関わる名前は,日本の「五郎」「六郎」と同じ発想でしょう.

 

ラテン語を起源とする現代欧米人名

英語名 フランス語名 イタリア語名 スペイン語名 ラテン語
Anthony(男子名) Antoine Antonio Antonio 氏族名Antoniusより
Beatrice(女子名)       beare「幸せにする」より
Benedict,Bennet(男子名) Benoit Benedetto Benedicto 後期ラテン語名Benedictus(「祝福された」の意)
Cecil(男子名),Cecilia(女子名) Cécile(女子名)     氏族名Caeciliusより; cf.caecus「盲目の」; 女子名Caelilia
Clara(女子名) Claire     clarus(明るい)より
Claud(e)(男子名),Claudia(女子名)       氏族名Claudiusより; cf.claudus「跛行の」の意
Diana,Dian(n)e(女子名) Diane     月の女神ディアーナ(Diana)より
Dominic(k)(男子名) Dominique Domenico Domingo 中世ラテン語名 Domenicus(「主の,日曜の」の意)
Emily,Emilia(女子名) Emilie     氏族名 Aemiliusより
Fabian(男子名)       ラテン語名 Fabianus; 氏族名Fabiusより; おそらくfaba(豆)と関係あり
Felix(男子名),Felicia,Felice(女子名)       felix(幸せな)より
Gloria(女子名)       gloria(栄光)より
Hilary(男子・女子名) Hilaire Tlario Hilario hilarus(またはhilaris)「陽気な」より
James,Jacob(男子名),Jackeline(女子名) Jacques Jacopo,Giacomo Jacobo,Diego 後期ラテン語の人名Jacobusより
Julian(男子・女子名)       氏族名Juliusより
Laura(女子名)       laurus(月桂樹)より
Laurence,Lawrence(男子名)   Lorenzo   ラテン語名Laurentius(「Laurentumの人」の意)
Marina(女子名)       marinus(海の)より
Mark(男子名) Marc Marco Marcos ラテン語名Marcus(上の表参照)より
Martin(男子名),Martina(女子名)       おそらく「戦争の神Marsの,好戦的な」
Maurice,Morris(男子名) Maurice Maurizio Mauricio ラテン語名Mauritius(「ムーア人の」の意)
Natalia,Natalie,Noel(女子名) Noel Natale   natalis(dies)(誕生日,すなわちキリストの降誕祭)より
Olive,Olivia(女子名)       oliva(オリーブ)より
Patrick(男子名),Patricia(女子名)       ラテン語名Patricius(「貴族出身の人」の意)
Paul(男子名) Paul Paolo Pablo paulus(小さな)より
Renata(女子名)   Renata   renatus(再び生まれた)
Rose,Rosa(女子名)       rosa(バラ)
Stella(女子名)       stella(星)
Terence(男子名)       氏族名Terentiusより
Valeria,Valery,Valerie(女子名)       氏族名Valeriusより
Vera(女子名)       verus(真の)より
Vincent(男子名)       vincere(勝つ,,征服する)の現在分詞vincens,-entisより
Viola,Violet(女子名)       viola(スミレ)より
Virginia(女子名)       氏族名Verginius[Virginius]より
Vivian(女子名)       おそらくvivus(生き生きとした,快活な)より

ローマの氏族名が現代名に数多く受け継がれていることに注目してください.

上の表は,Chambers English Dictionaryの巻末付録をもとにして作成しました.まだ,調べが完全に済んでいませんので,抜けている個所もあるはずです(いずれ,手直しいたしますので,しばらくご勘弁を).なお,フランス語名の一部にアクサン記号のついていないものがありますが,今のところ,字体がない(見つからない?)のでご了承ください.それから,本来のラテン語の形を留めているもの(-aで終わるものがほとんど)は,英語以外で用いますが,英語名の欄に一括しておきます.なお,欧米の人名に関心を持たれている方にですが,Oxford 大学出版局より,A Concise Dictionary of First Namesという簡明な事典がPaperbackで出ています(価格は2000円以下).ちょっと調べるのにいいでしょう.また,最近,講談社現代新書より,『世界人名ものがたり』(梅田修著)という,欧米人名についてのエピソードを興味深く記した好著が出ました.著者は,英語の語源に関する事典も出していますので,語源に興味のある人には,面白く読めると思います.

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