*現代に生きるラテン語(B)-語句- *

 

1 agenda

2 flagrante delicto

3 vice versa

4 Alma Materalma mater

5 Pater Nosterpater noster

6 veto

7 gratis

8 status

9 status quo

10 inter nos

11 ex libris

12 sub rosa

13 ad libitum

14 alias

15 ad hoc

16 alibi

17 alter ego

18 A.D.

19 de facto

20 ウイルス(virus

21 ペルソナ(persona)

22 consulate(領事館)

23 スタミナ(stamina

24 Re

25 トリビア(trivia

 

1 agenda

これは,英語ニュースなどでもよく目にする言葉です.というより,外来語として「アジェンダ」(古典ラテン語の発音では「アゲンダ」)で国語辞典にも載っています.手元の辞典を見ると「予定表,議題」とあります.さて,本来のラテン語の意味はわかりますか.答えは「なされるべき(複数の)事柄」です.文法的に言うと,ゲルンディーウムGerundivum(「動詞状形容詞,受動形容詞」などと訳されています)の中性・複数形です.ここで大切なことは,Gerundiumが受動の意味をもつ形容詞の働きをするということですね.他に,この形のものに,corrigenda (「正されるべき事柄」,大きな事典などでよく見かける正誤表のことです),addenda (「付け加えられるべき事柄」,これも,大きな事典などの巻末によくある「補遺」のことです),解剖用語に pudenda(「恥ずかしがられるべき(=恥じる)べきところ」,意味は体のどこを指すか,見当がつくと思います,ついでながら,ある大英和辞典の語源欄では,動名詞の中性形の特殊用法とありましたが,誤りでしょう),また,単数形-dumで用いられているものに,メモ memo の略さない本来の形 memorandum memorareの動詞状形容詞中性単数で「思い出されるべきもの」の意から来ています.

 

2 flagrante delicto

 

本来のラテン語の意味は,「罪が燃えている時に(=行われている真っ最中に)」と,ラテン語で頻繁に用いられる絶対奪格(独立奪格)の形ですね.先に,少し単語の解説をすると

flagrante flaglare(燃える)の現在分詞 flagrans の中性単数奪格形

delicto 中性名詞 delictum (犯罪,過ち)の単数奪格形

ところで,今使われている意味は何でしょうか.僕は,教育学部の出身なので,知りませんが,法学部卒の学生は,皆ご存知なのでしょうか.正解は,「現行犯で」です.法律用語には,ラテン語がそのまま使われているものが多いのですが,なかでも,このラテン語特有の絶対奪格を用いたこの言い回しは頭の隅にでも残しておきたいものです.もうひとつ,この分詞用法のものを.こちらのほうがよく使います.

 

3 vice versa

 

この意味はご存知ですね.「逆に,あべこべに」で,省略文でand[or] vice versa 「そして[また]逆の場合も同じ」のフレーズもよく用いられます.例文をひとつ挙げておきましょう.

He doesn't trust herand vice versa

悲しい間柄ですね.ところで,本来のラテン語の方はどうでしょうか.今度は,先に単語の説明をしておきましょう.

vice vicis(属格形です.この単語は主格形では用いません)「交代,位置」の女性単数奪格形

versa vertere(「回転させる,ひっくり返す」)の完了分詞 versus の女性単数奪格形

従って意味は「位置がひっくり返って[逆になって]」となり,英語でも,先の例文のように使われるわけです.さて,ラテン語の奪格形 vice は「交代して,代わって」の意味から,「代理,副」を表す英語の接頭辞としてもよく用いられています,例えば vice-President[副大統領」),vice-chairman(「副議長,副会長」)などがそうですね.また,vertereのほうも,「回転,逆」を表す連結辞 -vert-verse として,多くの英単語を作っています.

 

4 Alma Materalma mater

 

これも割とよく見かける言葉ではないでしょうか.「母校,出身大学」,「校歌」のことですね.原義は「実り多き母」で,元来は,ローマ人がケレース(Ceres)やキュベレー(Cybele)のような豊穣の女神に与えた呼び名でした.それが,英語では,大学や学校を「育ての母」とみなして,意味を転化させたわけです.almaの男性形(辞書の見出し形)almusは,動詞 alere(栄養[食物]を与える,養う)の派生形です.ところで,おもに米語用法ですが,「(特に大学の)卒業生,」をラテン語を用いた言葉はご存知ですか.そう,卒業生総体を指す言葉は,alumni (男性複数形) ,男性単数形 alumnusを使えば一人の男子卒業生[元学生]alumnaと女性単数形を使えば,一人の女子卒業生[,元学生]を指すことはラテン語の初歩を学ばれた方ならすぐ分かりますね.この alumnusalumana もラテン語本来の意味はそれぞれ「男の養子」,「養女」で,やはり 動詞 alereから派生した言葉です.最後にもうひとつ(今,思いついたのですが,)大学に関わるラテン語の英語化した表現は,emeritus(名誉の)で,emeritus professorprofessor emeritus(名誉教授)のように用いられます.

 

5 Pater Nosterpater noster

 

[母,お母さん」が出てきたのに,「父,お父さん」を忘れては,かわいそうですね.上のようにちゃんとありました.意味は,キリスト教信者,関心のある方なら,即座に答えが期待できます.本来の意味は「私達の父」ですが,ここでは「主の祈り」のことです.これは,本来,ラテン語訳聖書(the Vulgate )のマタイの福音書6:9-13から採られたもののようですが,門外漢なので,詳しいことは,わかりません,どなたかご存知の方がいましたらご教示ください.そこで,今,手元にあるラテン語聖書から,該当部分を引用します.

Pater noster qui es in caelissanctificetur nomen tuum adveniat regnum tuum fiat voluntas tua sicut in caelo et in terraPanem nostrum supersubstantialem[quotidianum] da nobis hodie et dimitte nobis debita nostra sicut et nos dimittimus debitoribus nostris et ne inducas nos [nos indicas] in temtationem[tentationem(=temptationem)] sed libera nos a malo(Amen)

孫引きですが,この日本語を「公教会祈祷文」より,

天にましますわれらの父よ,願わくは御名(みな)の尊まれんことを,御国(みくに)の来たらんことを,御旨(みむね)の天に行わるる如く地にも行われんことを.われらの日用の糧を,今日(こんにち)われらに与え給え.われらが人に赦す如く,われらの罪を赦し給え.われらを試みに引き給わざれ,われらを悪より救い給え.(アーメン).

実際のお祈りでは,最後に「アーメン」と添えるようです(「アーメン」は,元来はヘブライ語で「確かに」の意だそうです).ラテン語文の冒頭2語をとって,この名称ができたわけですね.同様な例が,キリスト教関連の語に見られるので,2,3挙げておきましょう.

Requiemrequiem:(ミサの)レクイエム, 鎮魂歌(requiem requies 「休息」の対格).

credo 使徒[ニカイア]信条,(ミサの)クレド,(一般に)信条; 使徒信条またはニカイア信条の最初の語から; 本来の意味は「私は信じる」(credereの1人称単数現在).

Stabat Mater スターバット・マーテル; キリストが十字架につけられた時の聖母マリアの悲しみを歌うラテン語の歌[];13世紀に作られた;以前はよく「聖母哀傷」といった訳を見かけたことがありますが,これも,直訳は「母は立っていた」(stabat stareの未完了3人称単数)ということ.近代では,ペルゴレージの名曲がありますね.

 

6 veto

(古典ラテン語の発音では「ウェトー」)

現代国際政治の分野で,この語は重要な一語でしょう.アメリカの大統領に絶大な権限があることはよく知られていますが,その一つが,議会が可決した法案に対して,このvetoを有していることです.また国連の安全保証理事会の常任理事国が,このvetoを持つことも有名です.そうです,「拒否権」のことです.ラテン語を少しでも学ばれた方なら,この語が,ラテン語動詞の1人称単数形現在ではないか,とまず気づかれることと思います.まさしく,その通りで,本来は「私は禁じる」という意味です.実は,この言葉は,共和制の古代ローマでも,極めて重みのある言葉でした.というのは,平民の権利を守る護民官(tribunus plebis)が,この語を発することによって,元老院の決議や,執政官などの行政官の行動に反対・対抗したのでした.護民官にとって,伝家の宝刀とでも言うべきものでしょうか.グラックス兄弟の改革など護民官の活躍が目覚しい時期もありましたが,帝政期には,護民官も名ばかりの存在と化してしまったようです.しかしローマ共和制が生んだ,このvetoという権限は現代政治でも重要な役割を担っているといって間違いありません.なお,この語は,英語だけでなく,フランス語,イタリア語,ドイツ語(ただしVetoと大文字で)などでもそのままの形で用いられる「国際語」です.

 

7 gratis

 (古典ラテン語の発音では「グラーティース」)

上の語から急に日常的な言葉にうつりますが,分かりますか.知っておくとトクする言葉です.あまり連発すると,卑しい奴だ,と嫌われるかもしれませんが.答えは「ただで,無料で」です.ある仏和辞典では,話し言葉としていました.これも,西欧語として,定着しているようで,独仏伊西などの辞典に大抵のっています.英語では,free gratisと言うことも多いようです.さて,この語は古典ラテン語でも同じ意味で用いました.gratisgratiis(gratiaの複数奪格)の短縮形で,本来の意味は「好意により」で,それが「無報酬で,無償で,ただで」と使われたわけです.元の形gratiaも英語のgraceに当たる大切な言葉ですので,ぜひともついでに覚えて欲しいと思います.

 

8 status

 (古典ラテン語の発音では「スタトゥス」)

これも「ステータス」(英語の読みに由来)として,もう外来語として定着した言葉で,ほとんどの人が,「社会的地位・身分」を意味する言葉とご存知でしょう(ステータス・シンボルというもの,僕には全く縁がありませんが).さて,ラテン語の初級を学んだ方は,この形が,stare(「立っている」の完了分詞に由来することもすぐ思い起こされるはずです.さらに,英語の state も同語源と気づかれるかもしれません.stateの方は,多義語として,大活躍ですが,statusの方は「地位,身分」「情勢」と意味が限られます.しかし,ラテン語としてのstatusという男性名詞は,動詞 stare の名詞として,重要語に数えられます.さらに,このstareの「立っている」という意味から,英語のstandも形が似ているから同語源と考えがちですが,そう物事は単純で甘くはありません.こちらは,ゲルマン語系に由来しますので,御注意ください.でも,stand status も,印欧語レベルにさかのぼれば,おたがいに同根の言葉であることには違いありません.なお,英語 stand の語源を深く極めたい方,または語源学そのものに関心ある方は,一度OEDstandの語源欄ご参照下さい.非常に詳細で,学問的な記述が「楽しめます」.

 

9 status quo

(古典ラテン語の発音では「スタトゥス・クゥオー」)

statusを取り上げた以上,こちらもよく目にしますから,触れるべきでしょうか.「現状」という意味で,時事ニュースによく用います.日本語にしにくいので,英語の逐語訳を挙げると‘state in which’となります.この quo は,関係代名詞 qui(英語のwho)の中性 quod(英語のwhich)の単数奪格です.英語では通例 theをつけて用います(例: be content with the status quo「現状に甘んじる」).

 

10 inter nos

(古典ラテン語の発音では「インテル・ノース」)

覚えやすい言葉じゃないでしょうか.interは前置詞(対格支配)で「〜の間」,nosは人称代名詞1人称複数の対格形(主格形も同形)で,逐語訳は「自分達の間で」で,つまり「内緒で,ここだけの話しだが」といった意味になります.これに当たる表現として,英語は‘between ourselves’,フランス語は‘entre nous’,イタリア語は‘fra noi’,スペイン語‘entre nosotros’,ドイツ語は‘unter uns’があります.ラテン語を通して,このように,各国語を学ぶのも面白いかも知れません.

 

11 ex libris

 (古典ラテン語の発音では「エクス・リブリース」)

蔵書家,愛書家と呼ばれる人にはなじみのあるものでしょう.蔵書の持ち主の名を記入する「書票」のことです.exは意味上,英語のfromofに当たる前置詞で奪格の名詞を従えます.librisliber-bri「本,書物」の複数奪格形です.ついでながら,liberの本来の意味は「内側の樹皮」で,そこに,文字を記したことから,「書物」の意となったわけです.liberから,英語のlibraryを思い起こされますね.ラテン語には「本」を表す語は,ギリシア語起源の biblia-aeもあります.Sacra Biblia とすれば「聖書」のことです.その連結形 biblio-は現代語でも用います.図書館は,フランス語では,bibliothèque,イタリア語では,bibliotecaとなります.

 

12 sub rosa

 (古典ラテン語の発音では「スブ・ロサー」)

今回の最後は,僕の好きな句で,締めさせていただきます.元の意味はラテン語で,「バラの下で」ですが,「秘密に,内密に」と言う意味で,英語,ドイツ語などで用います.西洋文化で,バラが特に美や愛の象徴であることは,皆様もよくご存知だと思いますが,この句のように,「秘密」のシンボルにもなっています.この句の生まれた背景は,どうも正確には知りません.ただ以前,古代ローマでは秘密の会談をする際,それが行われる部屋の天井にバラの花束をつるした,という記述に接した記憶があります.また,あるイメージ・シンボル事典には,バラが,沈黙の神ハルポクラテスHarpocratesと同一視されるエジプトの太陽神ホルスHorusのシンボルであったとありました.研究社の英和大辞典にも,これらと似た説が,紹介されていますので,ご参照下さい.いづれにしても,バラには深い神秘性が感じられます.なお,英語訳 under he rose’,ドイツ語訳 ‘unter der Rose’でもこの意味を表わします.

 

13 ad libitum

 (古典ラテン語の発音では「アドゥ・リビトゥム」)

この形は知らなくとも,ad lib と短縮形にすれば,ああ「アドリブ」とおわかりになると思います.ad は対格をとる前置詞で,「〜に」の意,libitum libet (非人称の動詞で,「気に入る」の意)の完了分詞形が名詞化したもので,ad libitum は本来「任意に,随意に」という副詞句です.音楽用語にもなっており,その場合は obligato(オブリガート,〈伴奏・声部などが〉絶対必要な)と対語を成しています.OEDによると,短縮形にして,「即興(の)」と形容詞や名詞として用いられたのは,米国からのようです.現代の英語では ad-lib とハイフンを入れて,動詞にしたり,さらに ad-libber「即興(演奏・演説)などをする人」なる語も生まれています.

 

14 alias

 ( 英語音では「エイリアス」,古典ラテン語の発音では「アリア−ス」)

alias はラテン語では副詞で「他の時に」「他の場所で」「他の方法で」の意ですが,英語では,副詞としては「またの名は,別名は」,例えば

Simpsonalias Smith シンプソン,またの名はスミス; スミスこと本名シンプソン

名詞としては「偽名,別名,通称」の意で,例えば

under an alias 偽名で

He goes by the alias of Johnson ジョンソンという名で通っている.

このように,英語としては,本来のラテン語の品詞・用法と異なる場合が多々あります.英語として用いる場合は発音に気をつけましょう.

 

15 ad hoc

(古典ラテン語の発音では「アド ホーク」)

ad はこの場合,目的を示す前置詞「〜のために」で対格をとります.hoc は指示代名詞(男性形) hic 「これ,このこと」 の単数対格で,合わせて本来の意味は「これのために」です.今日の英語の時事ニュースなどでもよく用いられ,その時は形容詞や副詞として「この問題に限って(の),特別な[]」の意味です.例えば

an ad hoc committee[election] 特別委員会[選挙]

というような句がよく目につきます.OEDによると,動詞として「(この問題に限っての)特別な方策を用いる」という意味にもなり,さらに派生語として,nonce-words で,ad hocery, ad hocism[adhocism], ad-hoc-ness 「その場しのぎ」というような語も生まれています. もうこうなるともとはラテン語の意識はありませんね.

 

16 alibi 

(英語発音では「アリバイ」,古典ラテン語の発音としては「アリビー」)

殺人事件が日常化している今日,アリバイという言葉を知らない人はいませんね.でもこれが,ラテン語(発音は英語風ですが)とはラテン語を始めたばかりの人では気がつかないのではないでしょうか.古典ラテン語の意味としては「他のところで」でalius「別の」の古い地格です.ランダムハウス英語大辞典によると,18世紀に初めて法律文書に「別の場所にいたという申し立て」という名詞として用いられたそうです.これも今日では,口語で「言い訳をする」「〈人の〉アリバイを証言する」「〜のために弁解する」といった意味の動詞としても用いられています.

 

17 alter ego

(英語発音ではオー[] ルターイーゴウ[エゴウ],古典ラテン語の発音としては「アルテル エゴ」)

英語では「もう一人の自分」「自分の分身」「無二の親友」「自分の別の面」を意味しますが,ラテン語として本来は「別の私[自分]」を意味するというのは説明不要ですね.ただ alter を「オールター」と英語風に読むと,これがラテン語の言葉と気づきづらいかもしれません.ユニークな英語学習辞典である Cambridge International Dictionary of English にこの alter ego の面白い用例が2つが載っていましたので掲げましょう.

Clark Kent is Superman's alter ego.

Barbara Vine is the alter ego of the crime writer Ruth Rendell.

この辞典では後者の alter ego の意味をわかりやすく =the other less familiar name としています.英国の現代屈指の犯罪小説作家として知られるルース・レンデルの本名なのでしょうか?  

 

18 A.D.

= anno Domino 古典ラテン語の発音としては「アンノー ドミノー」)

A.D.(西暦紀元)が,anno Domini(主キリストの年に)の略であることは,僕は確か高校の英文法の時に習った記憶があります.その時,その英語の先生がどういう説明がしたかは憶えていませんが.当時は勿論,ラテン語を学んでいませんでしたから,annoannus(【男】年))の単数奪格で「年に」の意,Dominidominus(【男】「主人」,なお大文字で書かれているのは,キリスト教用語で「主」(lord)の意味をもつから)の単数属格「主の」であることなど知るわけがありませんでした.ここでは,anno が時間的位置,時点を表す奪格の用法の例であることに気をつけましょう.類例を2,3挙げておきます.(例) hoc anno 「(副詞的に)今年」,prima luce「夜明けに」(逐語訳では「最初の光の時に」)aetate「夏に」.

 

19 de facto

 

最近よく見かける元来ラテン語の成句です.「デファクトスタンダード」という言いまわしをきかれたことがありませんか.「事実上」「事実上の」という意味の副詞・形容詞として用います.英語では in factin realityas a matter of fact などと訳されます.しばしば de jure (「法律上(の)」)と対の意味で使われます.ランゲンシャイト羅独大辞典によると,この成句は中世ラテン語に由来するようです.de は「〜から」の意味の奪格をとる前置詞で,facto factum(「行い,事実」)の単数奪格ですから,逐語的には「事実から」と訳せます.factumが英語factの語源であることは語形からも容易に気がつきますね.肝心な英語としての例を2つほど挙げておきましょう.

English is de facto the common language of much of the world today.

He' s her de facto husband, though they aren' t actually married.

 

 20 ウイルス(virus

 

簡単な形態ながら、恐るべき病原体として、また現代社会では、コンピューターのシステムに被害を及ぼし、「伝染」するコンピュータープログラムとして、この言葉を知らない人は、いないように思われますが、ラテン語に由来する言葉で、最も知られたものの一つでしょう。古典ラテン語としての読み方は「ウィールス」で、最初の音節の母音を長く読みます。かつての日本では、「ビールス」とも表記されていました。ラテン語本来の意味は、「蛇などの生物が分泌する毒性のある粘液」を指し、それが転じて「毒素、害毒」という意味になりました。そしてこの言葉を、19世紀の研究者が、伝染病の病原体を指す言葉として用いるようになり、さらに後には、「ろ過性の病原体」を意味する言葉となりました(今でも辞書を引くとこの訳語が載っています)。ちなみに、英語の発音は「ヴァイ(ア)ラス」で、注意を要します。ついでながら、「毒」をさす最も一般的なラテン語は、venenum(ウェネーヌム)です。

 

21 ペルソナ(persona

 

 あるモデル出身の女優に取材した番組のビデオを見ていたところ、その女優が「誰でも多面性はあるわけでしょう...みんなペルソナを持っているのだから」というようなことを述べていました。このペルソナという言葉も、最近、トラウマ(これが携帯電話での辞書検索数でダントツNO.1とある番組で報じていました)同様、よく目にし、聞かれます。元々、ペルソナ persona は、ラテン語で、劇を演じる俳優がつける仮面を意味する言葉ですが、現代では、日常生活での状況に応じて、人が使い分ける「仮面」という比喩的な意味で用いられます。ペルソナを今日的な意味に広めたのは、スイスの心理学者ユングで、内的・無意識的人格を指すアニマ(anima)と対比して、外的・社会的人格を表す用語として用いました。蛇足ですが、ラテン語 persona は、皆さんもよくご存知のように、英語 person, personal, personality の語源です。

 

22 consulate(領事館)

 

今月中国、瀋陽で起こった北朝鮮の亡命(英語ではasylum)希望者を中国武装警官が連行した事件は、ニュースのトップに報道される大きな事件でした。事件は日本の外交姿勢を問い、多くの議論を呼びましたが、勿論ここでの関心は、領事館をさす英語consulateです。この言葉は、consul(領事)に任務、役職、また、任務が関わる場所を表す接尾辞-ateがついてできたものです。さて、consulとくれば、ラテン語を学ぶ人なら、すぐさま「執政官」と思いつくでしょう。勿論、「領事」を表す英語consulは、「執政官」を表すラテン語consulと語源的には関連があります。ただし、OEDを参照すると、ラテン語consulから直接引き継いだのではなく、ラテン語consulのおそらく語源であるconsulere(相談する、協議する)に基づいて、「領事」の意味の英語consulが生まれたようです。ところでそのそもそも「領事」というのはどういう職務をする人かといえば、三省堂の国語大辞典『大辞林』によると、「外国に駐在し、自国の通商の促進と在留自国民の保護にあたる者。通常、階級として総領事・領事・副領事などの別がある。」とあります。今回のように、英語の時事ニュースから、ラテン語系の言葉に注目することも、ラテン語に対する関心を高められるのではないでしょうか。(平成14年5月25日)。 (*今回の見出し語は英単語です。ご注意ください)

 

23 スタミナ(stamina

 

「夏になるとスタミナ不足になる」「最後はスタミナの勝負でしょう」などと、この「スタミナ」という言葉は頻繁に使われますが、ラテン語と知る人は少ないのではないでしょうか。実は、僕も、早朝の番組で言葉の由来を紹介するコーナーでこの言葉が取り上げられるのを見て、「現代に生きるラテン語」でもとりあげるのにぴったりだな、と初めて思ったわけです。さて、stamina は 中性名詞で「縦糸」を意味するstamen(「スターメン」と読みます、なお属格形はstaminis)の複数形(古典ラテン語の発音では「スターミナ」)です。この言葉は、「運命の三女神 Parcae が紡ぐ生命の糸」の意でもよく用いられました。それが英語では複数形で、古くは「自然や生命体、ありとあらゆるものの根源的・本来的な要素」の意で用いられ、その後、今日的な意味である「精力、耐久力」を表す言葉として定着したのでした。なお、単数形 stamen は植物学用語として「おしべ」の意味があります。それから、運命の三女神の名を挙げておくと、クロートー(Clotho)、ラケシ[スィ]ス(Lachesis)、アト(ゥ)ロポス(Atropos)です。

 

24 Re

 電子メールを利用している人にとっては、返信メールの件名の始めにつくものとして、おなじみですが、この語が2文字からなるため、英語の略語と勘違いしている人が結構いるのではないでしょうか。実をいえば、自分も、これが「返答」の意であるreplyか、responseの略語かな、としばらく誤って考えていました。がたまたま書店でインターネット用語集のような本を見ていたとき、このReが「〜の件で、〜関して」を意味する前置詞であり、元々はラテン語であることを知り、自分のうかつさを思い知りました。そうです、英語の前置詞となっているこのreは、元々はラテン語で「こと、事」を意味する名詞resの単数奪格形です。そしてこの語が英語でも、ビジネスレターなどで返信の際、件名の先頭につける習慣があり、それが電子メールでも受け継がれたものと思われます。なお、ラテン語resは、第5変化名詞に属する重要な多義語であること(*)を付け加えておきます。

(*)小林標著『独習者のための楽しく学ぶラテン語』(大学書林)195〜196頁に「resについて」という、要点をよくまとめたコラムがあります。

 

トリビア(trivia

 最近、この言葉を、割と頻繁に目にし、耳に入ります。水曜夜、某チャンネルが放送している番組『トリビアの泉』が20パーセントを超える高視聴率を上げ、面白いと話題になっているためでしょうが、残念ながら、まだ僕は一度もみたことがありません。トリビアという言葉は、「ささいなこと、瑣事」という元々の意味から、「無用な知識、雑学」という意味をもつ英語ですが、語源としては、ラテン語のtriviumに行きつきます。ラテン語triviumは、本来は、三本の道が出会う場所、三叉路」の意味(語源的に分析するとtri-「3」+via「道」+-ium)で、「公共の憩いの場」「街角、辻」「卑俗なところ」という意味合いで用いられます。この意味の形容詞形が、trivialis(「普通の、ありふれた;卑俗な」)で、これが英語trivial(*)となり、元々はラテン語と同じ意味だったのですが、時代を経て、「取るに足らない、ささいな」という今日でも用いられる意味となりました。英語triviaは、逆にこの形容詞の名詞形と意識されたわけです。何か拙い説明で、それこそ、trivialな、と言われそうですね。ともかく、ラテン語学習者としては、このtrivia(*2)なる語が、即、「取るに足らないこと、無用な知識」を意味するラテン語ではないことにご注意ください。巷で行われている言葉の説明は、往々にして要注意です。

 

(*)なお、trivialは、数学用語で、「(解・定理・証明などが〉自明の」、trivial nameは生物学用語で

「種名」、化学用語で「慣用名、通称」という意味にもなります。

 

(*2)今回の調べで、このtriviaという語形が、古典ラテン語では、女性単数形として、女神DianaHecateの添え名(英語epithet)として用いられることを知りました。よく調べると、思わぬ収穫があるものですね。

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