雨降る夜、暗闇の歩道








   夜8時。急に落ちてきた雨は、予想以上に強く降り注ぐ。ザアッという音が、どす黒い空の下に鳴り続く。私はあわててアーケードの下にもぐり込む。冷えた風に吹き付けられた濡れたシャツが、肌に冷たく貼り付く。多くの商店が営業していない日曜の、しかも夜に、このダウンタウンを出歩こうなどという人は稀だ。歩く人がとても少ない。いや、見渡す限り、誰一人歩いていない。ナイロビの治安は大幅に改善されたとはいえ、人通りの少ない通りでは、強盗などの犯罪に遭う可能性がぐっと高くなる。それがアフリカの大都市での常識だ。この雨では、さらに人がいなくなるからなおさらだ。雨に濡れた背中を、緊張感がピリッと走る。まるで競歩の走者のように、自然と歩みは速くなる。と、突然、眼の前の歩道に黒いかたまりが動いた。私は、一瞬、びくっとする。暗闇に眼を凝らすと、しかしそれは、毛布に包まり、路上に座り込むホームレスの人だった。商店のシャッターと柱のくぼみに背中をもたれかけ、じっとして動かない小さなかたまりとなっている。暗闇の中に見ても明らかに薄汚れている毛布の、その隙間から見える顔の輪郭は、とても細く痩せている。真っ暗の中、ぎょろりとした目玉だけが鈍く白く光って見えた。そのやせ細った姿は、古いボクシング漫画の「あしたのジョー」で、主人公の矢吹丈との試合前の極端な減量で、異様なほどに痩せこけている力石徹の姿のようにも見えた。オレは顔を上げて、注意して周囲を見渡す。すると、誰もいないと思っていた歩道には、ぽつりぽつりと、小さくなって座り込む人の姿があるのだった。同じようなホームレス。あるいは、日中には、手押し車で荷物を運ぶ苦力たち。家なき彼らの誰もが雨を避け、アーケード下、息をひそめるかのように、静かにじっと、建物に身を寄せるように座り込んでいる。近くの辻のビル2階にあるバーから聴こえてくる大音量のケニア・ポップスが、場違いな陽気さでアーケードを響き渡る。

  この国の推定平均寿命は、資料によって異なるものの、40才代とも50才代ともされている。そういえば、街を行く人に、老人をあまり多くは見かけない。老人だらけの日本とは対照的だ。そして、この路上で暮らす人たちが、「推定」の資料の中に、どのように含まれているのか分からないが、こんなにも身体に堪えるであろう路上生活をしていては、その短い平均寿命すら、とても全う出来ないだろう。このストリートの、見渡す限りでもこの人数なのだから、この街全体、あるいは、この国全体では、一体何人の路上生活者がいることになるのだろう。
 七年前と比べ、真新しいビルや、建設途中の建物を多く見かけるようになったナイロビ市。アフリカらしく、ゆっくりではあるが、間違いなく発展し始めているということだ。だが、世界のどこでもそうであるように、この国でもまた、全ての人が発展の恩恵を被るわけではないということだ。強く太陽降り注ぐケニアの経済伸長の影で、陽に当たることなく取り残されている人たちに、今夜このようにして、冷たい雨の降る通りの暗がりで出会ったのだった。
 
 
 
 

rainy downtown
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