旅は道連れ


  彼女とはマプトの宿でたまたま同じドミトリールーム(大部屋)に泊っていた。 この宿では同室ながら、簡単な挨拶程度しかしていなかった。 偶然宿を出る日が同じになった。
「よかったあ、バスターミナルまでのタクシー代が折半できるね」
お互いそんな感想だった。そのタクシーでは、私が後部座席に座ると、彼女は助手席に座った。

 早朝のバスターミナルは、たくさんの人でごった返している。だから彼女が2人分の荷物を見張り、その間に私が切符を買いに行くことになった。
「行き先はビランクーロだったよね?」
「いいえ、あなたと同じイニャンバーネにする」
「えっ?」

 車内では、私の隣ではなく、一つ後ろのシートへ彼女は座った。

 イニャンバーネに着いた。バス停には事前情報通り、トーフから宿の車が 無料送迎で待機してる。私が乗り込んだ送迎車に、彼女も当然のように乗り込んで きた。トーフの宿でも、二人とも同じくドミ(ドミトリールーム)を選ぶから またここでも同じ部屋に泊ることになった。

 トーフは美しいビーチで知られており、この宿はその砂浜のすぐ前に建てられている。バックパックを降ろすと、すぐに彼女は、ビール片手に飛び出し、砂浜に腰を下ろした。 「あなたも来てここに座らない?」 そう言うと、自分のカーディガンを砂浜に敷いて自分の隣を指差した。私は隣に座らず、立ったまま話しをした。一人旅をしていると、他の旅行者としばらく一緒に旅をすることがしばしばある。ある人とは気が合い、まるで古くからの親友のように仲良く行動するし、またある人とは、お互い一緒に行動した方がメリットがあるからと、ある意味損得計算だけで同行し、目的を果たし次第簡単な挨拶をかわしただけでバスターミナルで別れるということもある。この彼女とは、特に親しく会話を交わしていたわけではなかった。

 リゾートとはいえ、海辺の小さな田舎町に過ぎないから、満足なレストランもバーもほとんどない。だから夜になると結局宿泊客のほとんどが、宿に併設されているレストラン・バーに集まってくる。彼女は社交的でよくしゃべる子であった。そして整った顔立ちであるにもかかわらず、私が今まであったことのある人の中で最も頻繁に「FUCK」という俗語を使う子でもあった。1分間に数回はこの単語が登場する。まだ22歳だというから、おてんば娘といったところになるのだろうか。また、彼女の方からよく話しかけてくる。
「サーフィンを教えてくれない?」
「地元の人向けの食堂に行ってるの? 私も連れていって!」
また、カナダ人だからか、就寝前には欧米式に頬へのキスを求めてくる。親しげで明るく元気だから、一緒にいてとても楽しかった。

 トーフに来て三日目の朝、今まで同室に泊っていた唯一の人がチェックアウトして 行き、このドミで彼女と二人きりになってしまった。と、思ったら、午前中すぐに 彼女は併設されているキャンプサイトの常設テントに移ってしまった。 「テントも気持ちいいわよぉ」などとは言っているが、実際のところは、部屋で 二人きりになるのを避けたのだろう。確かにその気持ちは分かる。面識のない人と 同じ部屋に眠ることになるドミでは、大人数であること、つまり第三者がいるという ことで初めて安全であると言える。特に男女混合ドミでは、恋人でもなんでもない 異性と二人きりにあることに対して女性が身の危険を感じて当然だ。 その夜、また彼女と話しをした。2ヶ月半のつもりでアフリカ南部を周るつもりで あること。そして、若い女性の一人旅の難しさなどを話してくれた。
「私は女だから誰かに頼らなくては旅が出来ないの」
「いつも一緒に旅してくれる相手を見つけてはその人と旅をしているの」
「その相手の見極めがとても難しい」
などと。一口に一人での自由旅行と言っても、色々なスタイルがある。常に単独で行動する人もいるが、彼女のように自分と同じルートを行く人を見つけては、しばらくその人と一緒に旅をするという"旅は道連れ"式の旅行スタイルを取る人も多い。道連れがいれば不安は半分に、楽しさは倍になることもあるだろう。今、彼女にとって、共に旅をする相手とはこの私ということになる。しかし、異性ということもあり、私との距離を一体どの位取っていいのか決め兼ねているようだった。まだ若く渡世術に長けているような年齢でもない。

 五日目、彼女は明朝のバスでこの街を出ると言ってきた。別の友達と隣国の スワジランドを周るのだという。そういえばこのところ、携帯電話で誰かと 頻繁に連絡を取り合っていた。 彼女との二人旅も今夜で終りになる。彼女が行きたがっていた地元の食堂に 一緒に夕食を食べに行った。 特大のバラクーダを食べながら、 「あなたとは一緒に旅行したかったから残念だ」 そう言ってくれた。社交辞令だとしてもうれしい言葉だった。基本的に アフリカ大陸を北上するつもりの私に対して、彼女は南部アフリカ諸国を周るのが プランだ。これ以上の二人旅は、そもそもありえない。 この夜は宿のバーで、他の人も交え皆でトランプしたり話しをしたりして盛り上がった。 深夜二時、だまって頬にキスをしてくれると彼女はテントに戻っていった。

 早朝五時、送迎の車で彼女は宿を出ていった。
 遠ざかる車の音をベッドの中で聴きながら、何とも言えない気持ちになった。

 二日後、着いたばかりの旅人から折りたたんだ紙を渡された。これはあなたへの 手紙だと。彼女からの手紙だった。前の宿で手渡すように託されたのだという。 その手紙にはこう書かれていた。

 「ごめんなさい。さよならを言えませんでした。 あなたの旅に幸運があるよう祈っています」

 ありがとう。そしてさようなら。同じようにあなたの旅に幸運があるよう祈っています。私もそう彼女に伝えたい。

 旅は道連れ。これからも素晴らしい道連れに出会えることを祈りたい。まだ素直で 世渡り上手とは言い難いこの若い旅人に。そしてこの私にも。



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