旅での感覚


   思い通りになんて進まない。それが外国での旅なんだ。でも、それが面白い。そのことを今、あらためて感じている。

  首都ヤンゴンから、この国の中部にある第2の都市マンダレーへ向かう長距離バスという、主要な路線でさえも、順調には進まない。到着予定時刻は、もう大きく過ぎている。

  数社のバスがこの路線を走っているが、その中でも大きくて程度の良いバスを使っているということで人気がある1社を選んだ。長距離バスターミナルにつくと、そこに待っていたのは、ついこの前まで日本を走っていたような、まだまだ新しい豪華な観光バスだ。ボディーには「富士急行」の文字が消されることもなくそのまま残っている。最後列という条件の悪い席しか予約できなかったのだが、座ってみたら足元も実にゆったりしている。これなら楽な移動になりそうだ。うれしくなる。

  発車時刻の夕方五時はとうに過ぎている。どうしたのか。  五時三十分発の2号車の方が先にバスターミナルを出て行く。

  やっと我が1号車もターミナルを出た。が、すぐに近くの車庫に入ってしまった。故障につき違うバスに乗り換えだそうだ。エアコンが効かないからだという。我々を待っていたのは、一回り車体が小さいバス。中年の白人旅行者が苦笑いしている。この車もやはり中古の日本製バスではある。でも、「降りる方はこのボタンを押して下さい」と書かれた降車ブザーがあちこちにあることから、観光バスではなく、どこかの中長距離路線バスだったらしい。最後列は足を折りたたまないと座れない。長時間だと辛そうだ。

    何度も何度も停車しては、対向車のすれ違いを待っている。ハイウェーだというのに。
  深夜帯に入り、周囲に田畑くらいしかないような地帯を進んでいる。アスファルト舗装した道であるし、本来ならばスピードが出せる区間ではあるのだろうが、しかし、そうはいかない。あちこちで路面の補修中で片側通行となっており、また、そんな個所がものすごく多い。大型トラックなどで交通量は意外に多く、対向車の通過待ち停車を何度もしている。また、補修していないところも路面の荒れ具合はひどく穴だらけでスピードは出せない。これでも名前はハイウェーとなっている。日本ならば市町村道レベル以下といったところだが。

 日付が変わって0時過ぎ、 後ろから来た他社のバスが、追い抜き際にサイドミラーに接触してそのまま走り去る。我が1号車は、すぐにクラクションとヘッドライトのパッシングを連発しながら猛スピードで追跡を開始する。相手のバスは気付かないのか、あるいは悪意で逃げようといるのか、とにかく全くスピードを緩める気配がない。だから大型バスどうしのカーチェイスになってしまった。デコボコに荒れた路面をかまうことなくぶっ飛ばして走るから、車体は何度となく飛び跳ね、乗客はその度くシートから飛び上がる。

  対向車通過待ちのところでやっと相手のバスが止まった。助手がすぐに飛び降りて走り寄る。
  延々と交渉が続いているようだ。そのやりとりの様子を何人もの乗客が通路に立ってじっと見つめている。

  示談はついたらしく、相手は走り去り、やがてミラーの応急修理が始まった。バスには修理道具・部品はずいぶん豊富に準備してあるらしい。きっと、こうした修理が頻繁にあるからなのであろう。

  明け方、うつらうつらしていたが、ふと目が覚めるとバスは再び停車していた。タイヤ交換中のようだ。まだ真っ暗な外では、しきりに指示をする声がし、ガタガタという音と振動が車体を通して身体に伝わってくる。

  時計を見る。このタイヤ交換、もう少なくとも30分以上はかかっている。そんなに時間がかかるものなのだろうか。その間中、右隣のオバちゃんがあぐらをかいて座り、足をぐいぐい押し付けてくる。左肩には、眠りこけた隣のオジさんの頭がずっと乗ったままだ。狭いシートなんでお互い様ではあるが、ミャンマーの人って、他人の身体に触れることを全く気にしないみたいだ。こんな状況、潔癖症の人だったらきっと発狂しているだろうから、そんな人も多い日本の電車やバスではあまりありそうもない光景だろう。

  朝7時。本来の出発時刻から14時間過ぎたから、予定では、そろそろ終点のマンダレーに到着している頃だ。でも、ここは一体どこなんだろう。あいかわらず、どこかの田園風景、畑の中を走り続けている。道には歩く人たちだけでなく、牛車や馬車も多く走っている。ところで、エアコンが効いているはずなのにとても暑い。なぜなら最後部座席はちょうどエンジンの上になるからだ。冷房が効き過ぎの時のために準備しておいた上着はただ邪魔なだけだ。それに、窓を閉じたエアコンバスなのに、何故か時々土ぼこりで車内がかすんで見える。乗客たちはその度に咳き込んでいる。まだまだ新しい車体なのに、これってどういうことなんだろうか?

  昼の12時前。バスはバスターミナルへと入っていく。ついに到着した。出発してから約19時間だ。いやあ、次々と起きる出来事をたっぷり楽しませていただきました。
  頻繁にアクシデントが起きる。結果、時間についてはほとんど当てにならない。でも、それが面白いんじゃないか。様々なハプニングを楽しむ、そういう風に考えられる余裕がないと、バス旅行はただ辛いだけだ。そして、こうした海外での旅では、バスだけではなく、何事でも予定通りには進まないことの連続だ。だから何でも楽しんで見ていられるような心の余裕、感覚が、旅では大事なんだろう。土ぼこりまみれのジーンズをはたきつつ、 そんなことを考え、タラップを降り、マンダレーの土を踏みしめる。荷物室から取り出されたカバンが地面に置かれる度に土埃が舞い上がっている。この街もやはり埃っぽい。
 

写真をクリックすると、大きな画像で見ることが出来ます。
 Click on pictures to get the full size.


長距離バス(ヤンゴン - マンダレー間)
The long-distance bus ( Yangon - Mandalay )
 
 

Myanmer INDEX
Travel 3 INDEX Page


All rights reserved by Yasuto Oishi.  禁無断転載