初めて普通の人たちと、ボツワナの人と話しをした気がした。こんなヒッチハイクならば、またあればいい、そう思う。
ナタという街で乗り換えたバスが故障した。目的地のカサネまで、もう一時間もないだろう、そんな所まで来ているのにだ。ガタン! 大きな音と共に車体が傾く。車内に一瞬どよめきが起き、バスは止る。しばらくすると、ドヤドヤと乗客が降りはじめた。
車掌から運賃の一部を返してもらうと、全員でのヒッチハイク競争が始まった。通りがかった車に手を振り、それが止る毎に皆でその車に殺到し、先を争って乗り込む。他の誰よりも大きな荷物を持っている私は走ることが出来ないから、とてもじゃないけど勝ち目などありはしない。すぐに競争はあきらめた。
次々と人は減っていき、結局最後は私一人だけになってしまった。何台もの車が通過していく。手を振るが止ってくれない。1時間半は過ぎただろう。もう夕方近い。本日中の国境越えは無理だろう。と、しばらくすると一台の大型トレーラー30メートルほど先に止ってくれる。バスの車掌が運転席に走り寄り、交渉してくれる。すぐに大きな手振りで手招きしてする。OKってことだ。
高い位置にある運転台によじ登ると、中には男が二人座っていた。車はすぐに走り始める。ダッシュボードに置いてあったキャンディーを2つ取り、一つを自分の口にほうり込むと、もう一つを、あげるよ、と渡してくれた。やがて取り留めのない会話が始まる。彼らの名前は、初老に近いベベンとまだ若者のロナルド。
「ボツワナは何日目なの?」
「旅とは結局人との出会いに尽きる」
こういう言葉を何度も耳にする。もしこの言葉の通りだとすれば、観光ポイントを周るだけでは、重要な事が欠落したままということになる。
この地域には野生動物が、特に象が多く生息しており、こんな幹線道路脇のしげみにも、あちこちに大きなゾウが、当たり前のようにたたずんでいたりする。ベベンとロナルドは親切だった。象がいる度にトラックを止めてくれ、時にはわざわざ車をバックさせ、車を降りて写真を撮ってきなよ、そう勧めてくれる。だから、2−3メートル後ろに下がらないとカメラのフレームに収まりきらないくらい近くで象を撮ることが出来た。また、
日も暮れかかった頃、カサネ到着。彼らの目的地である集配センターは街のかなり手前であったが、わざわざ街の中心まで行ってから降ろしてくれた。会話は最後まで止まらなかった。話好きで、人懐っこくって、やさしい人たちだった。最後は3人で記念撮影して、握手で別れた。
「何が起きたの?」
「ここまでで終わりだ。もう走れない」
そう答えが返ってきた。どれどれ? と故障したという個所を見に行く。左後ろのドライブシャフト(車軸)が車輪の付け根部分から見事に折れていた。これでは走行不能だ。こんなひどい故障は、日本ではまず有り得ない。しかし、ここはアフリカ。何が起きても不思議ではない。
「ニッポン人なの?ニッポンでの生活はどうだい?」 「ニッポンでは犬を食うんだって?」
「ほとんどの人は食べないよ」
「うそだろ? 本で読んだぞ」 「サルの頭も食べるって言うじゃないか?」
「食べないよ」
よくある半分は冗談交じりの誤解の話から始まって、色々なことを話した。この車は配送の車で、彼らは親子だという。首都ガボロネとカサネの間を丸一日かけてつないでいるのだという。今日も早朝にガボロネ出、運転を交代しながら走って来たのだという。
私が、ボツワナは宿泊費が驚くほど高くて参っているよ、と話すと、我々は運転席の中で眠るよ。明朝には、またガボロネに向かうのさ、と答えが返ってきた。大変な仕事だね。家族のために頑張っているよ。そんなやり取りになった。
「3日目。でも、明日にはジンバブエへと出国するよ。あらゆる物価が高いから、長くは居られなくてね」
「そうか。それは残念だ。また今度来て、もっとじっくりとこの国を見ていって欲しい」
確かに何も見ていないと思う。南部アフリカ諸国の中では物価が高く、特にサファリなどの観光関係費用は、日本と比べても、はるかに高く思える。だから野生保護区の小さなツアーで、ざっと動物だけ見てこの国は通り抜けるつもりだった。実際、そうするしかない。でも、そうすることによって、"観光資源"を見ることが出来てもそれ以外のことは何一つ見ないで終わることになる。街のことも、生活のことも、何一つ知らないままとなる。そもそも、ボツワナの人とゆっくり話したのはこれが初めてだ。
「あの象は母子だから気が荒い。危険だ。あまり近づくな」
などとアドバイスをくれたりする。お金を払ってサファリツアーで動物を観るよりも、ずっと近しく象を見ることが出来た。
トレーラーを見送りながら、これでやっとボツワナという国に少しだけでも触れられたような気分になった。