国境線を越える 3(中国 → ミャンマー)
  Border Crossing 3 ( China - Myanmar )
 

  「行ってみれば?」
そう、少年兵は言っている。どうしようか。 黙って顔を見合わせる。ビザは取っていない。ここから先に進めば完全な違法入国になる。様々なリスクが頭の中をよぎる。
国境ゲートのすぐ近く、ハニ族の村があるのだという。聞こえてくる子供たちの声はその村からだった。
2人の少年兵の顔をのぞき込んでみる。両親を亡くし、天涯孤独だという20才の兵の、どきりとする位の暗い眼が気になったが、10才だという少年兵のあどけない表情の中に、悪意や謀略はなかった。行ってみよう。意見が一致した。
子供たちがはしゃぐ声はあいかわらず続いている。
 
 
 

  強い日差しを浴びながら国境近くの村に降り立った。目前のトラクターの荷台には山積みのスイカ。珍客にすぐ人だかりが出来る。ただ畑があるだけの山間の村落だ。
バスなんて通っていないからトラックをヒッチハイク、たどりついた。ミャンマーとの国境を見に行こうとしていた。
「外国人は滅多に来ない。米国人は初めてだ」
村長は言う。

  延々と続く山あいの畑を眺めつつ歩く。時おり、畑帰りらしき地元の人とすれ違っていたが、農道はやがて山道に変わり誰ともすれ違わなくなった。この地域は北回帰線よりも南、熱帯にあるのだが、先の畑といい、古い日本の風景にどこか似ていた。だから時々どこにいるのか分からなくなる。 しかし、ここは中国の辺境、雲南省最南部・西双版納タイ族自治州。間違いなく日本からは遠い地なのだ。
 
  気が付くと太陽は大きく傾いていた。山の中で日没を迎えることは間違いなかった。村長の家に長居し過ぎていた。出発が遅すぎた。春陽は思いのほか急速に沈んでいく。4人でいる安心感から、特に何も感じていなかったが、アメリカ人の"貿易王"君は、
「警備兵は銃を持っているから危険だ、止めよう」
と不安がるようになっていた。一番元気で、村でもらった大きなスイカをかついでいた"八百屋"君は、急な上り坂が連続するようになってからは、姿が見え隠れするくらい遅れるようになっていた。"ギターマン"君は、ひたすら前へと進んで行く。
 
  太陽は、稜線の後ろに姿を隠そうとしていた。1時間くらいと聞いていたが、もう1時間半は歩いている。本当に、この先に国境ゲートがあるの? 寂しい山道に疑問が湧いてくる。ただ、木々の間を果てしなく続く鉄条網が待っているだけなのかもしれない。
  やがて、ゆるやかなカーブを曲がり坂を上り切ると、やや平坦な場所に出た。数十メートル前方を見る。夕暮れの中ぽつんと竹竿一本、道をさえぎっていた。少し離れ、やはり竹で作った掘っ立て小屋が建っている。山の中の寂しい国境だった。
  「どうやらこいつが国境ゲートらしい」
そう言っていると、いつの間にか少年兵らしき2人が小屋から出てきていた。
 
  「ニーハオ」
唯一中国語堪能なギターマンが笑顔で声をかける。彼らはミャンマー兵だったが、ここでも中国語(北京語)は共通語のようだった。ギターマンにはずっと通訳・交渉をまかせっきりだ。我々が持っていたスイカを一緒に食べよう、ということになり、小屋の外の竹製テーブルにつく。今朝、青空市場で買ったばかりのナタでスイカを切りながら、和やかな雰囲気にしようと話し掛ける。聞けばこの国境、ほとんど誰も通らないのだという。だからだろう、中国は一人の警備兵も派遣していない。話しながら、どうやら緊迫した空気ではないらしいと判断できた。
  ゲート上で記念撮影、小屋を覗かせてもらう。室内は薄暗い。それほど物がない。土のままの床に、干からびたご飯がこびりつく中華鍋が転がっている。男だけの荒んだ生活が見えた気がした。一番奥には極めて旧式のようだが、とても銃身の長いライフルが立てかけてある。やはりここは国と国との最前線だ。やがて、子供たちの声が聞こえてくるのに気が付く。こんな山奥に何故?と聞くと、すぐ近くにハニ族の村があると言う。
そしてギターマンは、こう付け加える。
「行ってみれば? とも言っているよ」
 

 

  空に残るかすかな陽光を頼りにミャンマー領内へと入っていく。疑われぬよう、カメラや貴重品以外の荷物は国境の小屋に置いたまま。2,3百メートルほど歩き、緩やかなカーブを曲がったところで思わず息を呑んだ。夕闇の濃い青色の中、わらぶき屋根の家々が斜面に広がっている。たき火の炎がチロチロと赤い光を放ち、黒灰色の煙を上げている。昔話の中から抜け出てきたような集落。ハニ族の村だ。電気は無いようだ。走り回っていた子供たちが、我々に気づく。声が止んだ。村人たちは一つに固まったまま動かず我々の方をじっと見ている。明らかに警戒している。外国人どころか、外部の人間が訪れることにも慣れていないような反応だ。我々も動けない。どうしていいのかわからない。斜面の上と下での対峙が続く。
  しばらくして、ギターマンが静かに言う。
「一人で話をしてくる」
「一人で?」
「一人の方がいいんだ」
彼は、敵意がないことを示すために、と全ての荷物を置くと、不安の視線を背中に集めながら斜面を下っていく。そして村人の輪の中に飲み込まれた。
 
 
 

(Full Size 26KB)
国境線 (中国 - ミャンマー)
The border line (China - Myanmar)
 

(Full Size 45KB)
国境ゲート上 (中国 - ミャンマー)
On the crossing gate (China - Myanmar)
 

(Full Size 16KB)
夕闇の中  (ハニ族の村  ミャンマー)
At dusk  (A village of the Hani people, Myanmar)
 

(Full Size 26KB)
村長の家  (ハニ族の村  ミャンマー)
At the cottage of  the village mayor  (A village of the Hani people, Myanmar)
 
 

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