(8)1999/08/14



「Just What I Always Wanted」
 b/w 1)Are You there 2)Baby It's True
 Mari Wilson
 英Compact Organization 12inch●PINK X4 1982
 80年代初頭に注目されたコンパクト・レーベル。
 その中でも人気を誇ったマリ・ウィルソンの
 最大のヒットで最高傑作がこれ。
 名手トニー・マンスフィールドの手腕が光る一曲。


■ジャケットに、一目惚れ・・・(#^_^#)

 なんとも美しいジャケットだぁ。わてはレコード屋で手にしたこのジャケ写全体の美しさに惹かれて、この盤を買ったのだった。雑誌『ニュー・ミュージック・マガジン』(当時)のコンパクト・オーガニゼーション特集で見かけていたとは言え、モノクロの小さい画像では印象がいまいちだった。が、間近に見る12inchシングル・カバーは極めて迫力があったのだ。

 ご覧の通り、シチューエーションは60年代調でコーディネートした部屋の中でテレビをつけようとするマリ・ウィルソンのお姿、という単純なもん。マリの商品としてポジショニングを明確に語る写真である。だけども、なんちゅーか写真とデザインが醸し出す全体の空気に惚れてしまったんであります。“ビビッ”と来てしまったわけ。

 ・・・とはいえ、マリ自体はブスなんでマリ自体には興味がなかった(爆)。ま、ジャケ写に惚れて買うという買い方は、同じ道を歩む方ならご周知の通りで、ジャケ写買いでの当たり外れなんてのもコレクトの醍醐味なんだけど。この場合は“大当たりぃ!!(カラン!カラン!)”だった。これは中味も大傑作・名曲だったのである。

(*なお、この12inchはExtendedヴァージョンでLP収録曲よりも数コーラス分長い)


■名プロデューサー、“トニマン”の魔力。

 この「Just What I Always Wanted」、まず曲がいい。ポップスとして極めて上質な出来。デビュー以来のシングルの中で最もヒットしたのがよく解る。イントロのキーボードのきらきらっと輝きのある音からマリの「Let's Go!」というかけ声まで、ドラムがフィルインする冒頭でまず「ぐいぃ」とリスナーは掴まれる。

 イントロの盛り上げから、コーラス、そしてサビへと流れるメロディーラインもケチのつけようが無いくらいに美しい。ただし、マリのボーカルは極めて弱いのが難点。結構ねぶか節(=節がない)で、アルバムでは実際に高音域が苦しすぎる曲もある。

 しかし、この「Just What I Always Wanted」に限っては、マリの非力ボーカルがマッチして傑作になり得たと言える。作詞作曲はCompactの総帥、トット・テイラー。(やっぱ歌手の個性を把握していたのね)

 そして、名曲化最大の要因はプロデューサーとして起用されたトニー・マンスフィールド(通称「トニマン」)だろう。それは日本のWAVEの肝いりで作られたベスト盤『Marigold』(日WAVE◎EVA2018 1990:上左画像)を聴くと明瞭にわかる。ほんと「ポップス制作の見本はこれだ!」といわんばかりの名人芸を披露してくれている。

 トットがプロデュースしたデビュー以来の曲の数々は、やはりどっか「どん臭い」。あか抜けていないんだなぁ、音づくりが・・・。ところが、トニマンが手がけた「Just What I Always Wanted」と1stアルバムの曲になると、音の一つ一つが俄然輝き出すのだ!やはりmagicなのである。シンセまたはストリングスの使い方とエコーの効かせ方、空間の広がりを感じさせる演出が断然上手なのである。

 トニマンはポップス界の“あげまん”であった、なんて・・・(失笑)

 さて、当時YMOのメンバーだった高橋幸宏がこの曲に凝りまくって、ラジオ番組で連日かけていたというエピソードが懐かしい。またムーンライダースも注目していたと記憶している。サウンドのプロダクトが、いかにもプロ好みのものだった、つまり職人技だったということなんだろうね。

 それにしても、この曲の邦題がなぜ「マリのピンクのラブソング」だったかについては、今でも謎だぁ。どこでそげな言葉を引っ張ってきたのか・・・( ̄▽ ̄;; このシングルのレコード番号からかな?(安易すぎるじぇ)


■ニューウェイブに咲いた徒花か?

 マリの名は、ご存じの方はピンと来るように、シュープリームスの“マリー・ウィルソン”のパロディ。しかもコンサートも、バックにウィルゼイションズを従えての60年代のソウル・レビューの雰囲気を漂わすものだった。先のベスト盤ではマービン・ゲイの「Ain't That Peculiar」なども取り上げられている。(原曲も名演だけど、マリのバージョンもとってもキュート)

 でも、アッという間にマリは水平線の向こうに没してしまう。歌手として才能があったという人ではないし、曲とプロデュースという彼女を支える側の良さが光るタイプだった。息の長い活動が出来る歌手ではなかったのだ。

 その後90年前後に復活した記憶があるけど、ニューアルバムを買うことは無かったなぁ。やっぱこの曲があまりにも良すぎたから。イメージを壊したくなかったしね。

 なんかグラムが1970年代初頭に甦った50年代ロックの徒花なら、マリは1980年代初頭に甦った60年代ポップスの徒花だったのだろうか?とわてはふと思ってしまう。70年代のグラムがハード・ロックやプログレッシブ・ロックに対する反作用だとすると、80年代のマリはニューウェーブやオルタナティブへのアンチだったのではないか?、ということなんだけど・・・。

・・・ま、固いことは抜きにして、もう一回聴こうっと(#^_^#)

「uu................uu...............uu..............Let's Go!

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