(42)2000/11/12



『THE TROJAN STORY』

 Various Artists
 英Trojan◎CDTAL-100 1988


 1960年代の草創期から1970年代初頭のレゲエ確立まで、
 ジャマイカ大衆音楽の歴史を集大成した名盤CD2枚組。
 巨匠連の名演が連続する、一家に一組の必携盤。



■レゲエ音痴の、レゲエ愛聴盤。

 正直言って、レゲエについてはほとんど詳しくないっす。レコードも集めてはなかったですにゃ。高校生くらいの頃にボブ・マーリーを少々、大学生の頃にブラック・ウフルやダブの音盤を少々囓ったくらい。なんか“極めよう”って気が起きないジャンルでしたですにゃ、わてにとっては。

 まぁ、少ないコレクションの中でいまでも愛聴しているのは、1980年にトリオ・レコードからLP3枚組ボックス・セットで発売された『THE TROJAN STORY』でありんす。1988年にイギリスからCD再発された時に買い直し、現在に至っております。

 1961年のローレル・エイトキン「BARTENDER」から始まって、1971年のザ・チャーマーズ「RASTA NEVER FAILS」で幕を閉じる、CD2枚・全48曲。これはジャマイカの大衆音楽の10年史を圧縮した名盤であります。

 内容は、アメリカR&Bの影響下から「REGGAY」として自立し世界に影響を与えるに至る直前までの流れを追ったもので、まさに“一家に一組”と言えるものですばいね。

 さて本盤の序盤、60年代初頭の特徴は、デリック・モーガン「FAT MAN」(1961)、ジャッキー・エドワーズ「TELL ME DARLING」(1963)など、当時のアメリカンR&Bからの影響を示す作品が多いこと。とはいえ、エリック・モリス「HUMPTY DUMPTY」(1961)では、後のレゲエに繋がるあの特徴的なアフタービートの萌芽も見られるんですにゃ。

 こういうルーツ的な作品を聴くと、やっぱり“民族の血”ってのを感じるってもんです。

 ま、もともとR&B好きのわてなので、この序盤の流れはとても気に入ってるっす。というわけで、初期での一押しはジミー・クリフの最初期録音である「MISS JAMAICA」(1962)。若々しいジミーの声がなんともはつらつとしている。

■永遠の名作「CONFUCIUS」。もうノルしかない。

 しかしR&Bの影響を踏まえながらも、ジャマイカのリズムは「スカ」「ロックステディ」と、ぐんぐん深化を遂げていくのが、この盤を連続して聴くと、よーわかります。

 この「スカ」の時代の名演といえば、わてにとってはザ・スカタライツ、そしてそのトロンボーン奏者だったドン・ドラモンドに尽きますにゃ。「CONFUCIUS」(1966)がそれ。

 いや、もぉ〜この「CONFUCIUS」は非の打ち所がない、絶対の曲と演奏である。素晴らしすぎる。イントロからエンディングまで、一分のスキもない傑作なのら。

 ギター、ベース、ドラムの緊密なイントロから、ホーンセクションの急速度で屈折して重なるリフ・・・その熱気、カッコよさ! いや、「カッコよさ」とはなんとも卑俗な言葉だが、そう表現するしかないのら。音楽を言葉で綴る虚しさは承知、この曲はただただお聴きいただく他ない。

 ライナーにある「ピアニストのジョージ・シアリングによって世界トップ・トロンボーン奏者の5本の指に数えられており、その評価はこの曲<コンフューシャス>での熱演から生まれたものだ」という言葉が納得できる、永遠の名作。もう聴けば、ノリノリですにゃ。わてもこれを書きながら、20回リピート、ひとりで踊っておりました(自爆)

 1980年に、この「CONFUCIUS」、そして同じくこの盤に収録された「MAN IN THE STREET(1965)」の二大名作で脳天唐竹割りを食らったわては、ドン・ドラモンドのファンになったんでありんすが・・・。ドンおよびオリジナル・スカタライツの録音は、なかなか筑前では入手が困難やったったいね。

 レコード屋の餌箱には新生・スカタライツや“東京スカなんたらかんたら”など、わてにとっては意味のない盤が並んでいた約18年近い歳月。まさに枕を濡らす日々が続いたのであるん(T_T)。

 しかし1997年、あのライノ・レコードが発売したドン在籍時のスカタライツの集成盤『THE SKATALITES featuring DON DRUMMOND』(写真左上 米◎RHINO RN7046)が出回るに及んで、やっと枕を高くして眠ることができたのであった^^;


■リー・ペリーの感覚はやっぱり、並ではない。

 1968年、ザ・メイタルズの「DO THE REGGAY」が登場して、あのリズムに“レゲエ”という名前が冠されるようになったわけですが。これは「DO THE TWIST」などと同様に「DO THE 〜」とは、〜の振りで踊ろうよ!という意味ですにゃ。だから「レゲエ」が最初ダンス・ステップの名前だったとこの時知って、びっくらしたとです。

 というのは、アメリカのあの偉大なブギウギ・ピアニスト、PINE TOP SMITHの歴史的録音「PINE TOP'S BOOGIE WOOGIE」(1928)もそうですけんども、もともとダンスの振りの名前がその曲のリズムの代名詞になる例がここでも見られるわけで。おもろいもんですばい。

 思えば、1971〜73年頃の日本ではレゲエそのものを「レガ」、レゲエに影響受けたロックを「レガ・ロック」なんて言っておりましたにゃ〜(苦笑)。今は昔ですばい、ほんと^^;

 さて、レゲエ黎明期。確かオーティス・レディングのファンだったメイタルズが「DO THE REGGAY」で聴かせる熱唱・熱演も凄いとですけど(ほんといい曲です)、わてがぞっこんなのは、なんと言ってもリー・ペリーの「PEOPLE FUNNY BOY」(1968)。

 奇才とも、天才とも、変人とも言われるリー・ペリーざんすが、この曲は彼の音づくりの異才ぶりがはっきりと納得できる名作。やっぱリー先生は偉大、並みの人ではありまっしぇん。

 赤ん坊の「オギャ!オギャ〜!」という泣き声を、今で言うならサンプリング。これをレゲエのリズムにピタリと組み込むという神業をやり遂げられております。そのシンクロナイズド感が、なんとも傑作な出来映え。わても20年前に聴いてそのセンスに驚いたけんども、いま聴いてもまったく古びていないですにゃ。

 ・・・というわけで、なんと言っても48曲、全部書くには知識と紙幅が足らないわけでありまして。ポイントだけを殴り書きしましたが、このアルバム、どのページも外せないほどの、貴重な歴史書の様なコンピュレーション。ぜひコレクションに加えていただきたい作品ですにゃ。

 

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