(41)2000/11/05



『UNICORN』

 TYRANNOSAURUS REX
 日テイチク◎20CP-10 1989


 1970年代初頭のグラム・ロック旋風、その核となった
 T.REXの前身、ティラノザウルス・レックスの3rdアルバム。
 無国籍的な不思議なサウンドが“今でも虜な”名曲群。



■カット版発売は日本ポリドールの陰謀だったのか?

 このアルバムを初めて手にしたのは中学生だった1973年頃。ところは北九州市は八幡区(現八幡東区)の繁華街・中央区のとあるレコード屋。母に「買ってくれぇ〜〜(T_T)&m(_ _)m」と泣きを入れて、やっとこさ手に入れたものだった。貧乏一家に生まれたが故に、LP1枚買うのも命がけ(苦笑)。当時はレコードはまだまだ贅沢品である。

 四大工業地帯と言われた北九州工業地帯の落日が目前に迫っていたその頃、中央区は最後の賑わいを見せていた。年末か年始で人々が行き交う通りを抜けて転がり込んだ小さな個人商店のレコード屋さんで、この『UNICORN』を見つけた。当時FLYを発売していたのは日本ポリドールだった。

 日本では1972年からブレイクしたT.REX人気だが、その前史ともいうべきティラノザウルス・レックス時代の音源もボラン・ブギー・ブームにあやかって再発されたのである。当時の盤はLP2枚組でもう一枚は4thアルバムの『A BEARD OF STARS』だった。(日テイチク◎20CP-15 1989 写真左)

 さて、この2枚組、その頃のわてにとって最大の愛聴盤となったのだが・・・。

 それから16年後の89年、テイチクからCDの再発企画がスタートして、わては中学生時代の馴染み盤であるこの2枚を再購入したのだが、中味を見て頭ぶち切れとなったのだっ。

 ぬぅあんとCDには、LP2枚組時の『UNICORN』には入ってなかった「'PON A HILL」「THE MISTY COAST OF ALBANY」「ROMANY SOUP」の3曲が含まれていた・・・いや、言い方が正確ではない。LP復刻時には前述の3曲をカットして、節約して製品化していたのである。中学生の頃聴いていた『UNICORN』は不完全盤だった。

 それが復刻元であるイギリスFLY盤の当初からの仕様なのか? それともなにかと宣伝費も少なくジャケットも貧弱で“ケチ”のイメージが強かった(爆)日本ポリドールの陰謀が、日本独自のカット版での発売に踏み切らせたのか?、・・・それは今となっては分明ではない。

 とにかく中学生の頃から慣れ親しんだ曲順が全然違うと分かって、愕然としたのである。さらに『UNICORN』『A BEARD OF STARS』のそれぞれの裏ジャケを目にできたのもこのCDでだった。LP二枚組時には裏ジャケ写はなく、二つ折りのジャケットの内側には木崎義二さんの解説と歌詞が印刷されていた。

 裏ジャケがないのでがっかりした中学生当時のわてだったのだが、その理由が16年後に解った。裏ジャケには曲目が載っていたからである。裏ジャケを再印刷しないはずだよね、曲目削ってるんだもん(-ー;

 ガキの頃から日本ポリドールさんの仕事ぶりにはどうも「?」なわてだが、ほんとよーわからん会社である(苦笑)


■木崎義二さんは、やっぱり偉いですm(_ _)m

 というわけで、わてはボランと言えばボラン・ブギー時代よりも、正直なところ、このティラノザウルス・レックスの頃が最も好きである。

 「CHARIOTS OF SILK」からスタートする1969年発売のこの『UNICORN』は、メランコリックなイメージが貫かれた名曲が並んでいる、わての一押し盤。ボランのなんとも浮遊感漂うフニャフニャ・ボーカルとスカスカなアコースティック・サウンドのマッチングが気持ちいいのである。中学生の頃から何度聴いたことか。

 問題の多いポリドール盤ではあるが、唯一の収穫は内ジャケにあった木崎義二さんのライナーノーツだ。木崎氏はボランの真骨頂はボラン・ブギーにはなく、このティラノ時代にこそあると力説されていたのだった。ボラン・ブギーに浸りきっていたわては、冒頭の「CHARIOTS OF SILK」の美しくも不可思議な響きに引き込まれた後、この木崎氏の解説に完全に首肯する羽目となった。

 確かにティラノ時代のボランはヒット・チャートとは無縁だったが、音楽的な独自性はこの時代にこそあった・・・という木崎氏の趣旨に、坊主頭のわては「うんうん、そうだそうだ\(^0^)/」と呟きながら、盤に繰り返し針を落としておりましたにゃ。

 ブーム全盛時のベスト盤にも収録された「CATBLACK」、幽玄なムード漂うタイトル曲「SHE WAS BORN TO BE MY UNICORN」、妖気あふれるイントロからアップビートのノリが快感の「WARLOAD OF ROYAL CROCODILES」、このCD盤で初めて聴けた「THE MISTY COAST OF ALBANY」などなど、発売当時から31年の時の流れを感じさせない独特な音世界が展開されている。やっぱボランは独特やねぇ・・・。

 当時は中近東風ともインド風とも言われたその音楽性やけんども、今聴くとなんとも無国籍・多国籍風、と書いてはみたが、比較は無意味かにゃ。これはまさしく“ボラン節”としか言いようのない、ボランしか創り得ない音群なのである。


■27年後に聴く、癒しの調べ。

 故郷北九州市はその後、八幡製鉄所の君津移転に伴って急速に衰退していった。七色の煙を吐いていた煙突群は姿を消し、いまそこには『スペースワールド』なるテーマパークが鎮座している。先週、実家に帰ったのだが、母の白髪の面積が増したのに比例して、町はさらに寂れ度を深めていた。

 日曜日だというの中央区の商店街には人影はまばらだった。かつてこの盤を買ったレコード屋は健在だったが、他の商店はシャッターを降ろしたままのところが多い。実家に向かう路線バスの窓には、白髪頭ばかりが目立っていた。年毎に、町から精気が失われていくのが解る。

 丘の上にあるわての実家から八幡を一望にしていたら、ふと「CHARIOTS OF SILK」のメロディーが頭に浮かんできた。

 中学生だったわてにとっての“癒しの調べ”だった、『UNICORN』。たぶん発売当時も、わてが初めて聴いた73年でも、そして現在でも、ボランのティラノ時代の音は常に【古風】に聞こえる。しかし、いつ聴いても古風であるからこそ、今でも新鮮に心に響く音なんだろうと思う。

 人と町、そしてわて自身も老いてしまったけど、『UNICORN』は褪せることもなくいまもわての手元にある。

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