(38)2000/08/20



『美空ひばり・魅力のすべて』
 Vol.5映画主題歌篇

 美空ひばり
 日コロムビア●AZ-7144 1982


 天才・美空ひばりの最初期のナンバーを集めた
 オリジナル録音によるベスト盤第5集。
 小学生とは思えない圧倒的歌唱力が凄い。



■ひばりの天才に圧倒された映画『悲しき口笛』

 美空ひばりは天才である。・・・と紋切り型で書いてしまったが、天才は天才なのだから、しょうがないんである。

 わてが物心ついたのは1960年代に入ってからのことであるからして、“演歌の女王”としてのひばりしか知らなかった。“演歌の女王”というレッテル、それがいけなかったのだ。ガキにとっては演歌の湿っぽい調子など解るわけもなく、エラク奉られるおばさん歌手位の認識しか生まれようがないのである。

 ところがである。大学生の頃にひばりの第2弾シングルにして映画ともなった『悲しき口笛』の、あの有名なシルクハットと燕尾服のシーンを見て、ぶっ飛ばされてしまったんでありんす。この曲が出た昭和24年(1949)と言えば、ひばり12才、まだ小学生である。

 復員した音楽好きの兄、そして離ればなれとなったひばり扮する妹。闇ブローカーの密輸に巻き込まれて、大活劇の末にめでたく御対面・・・という最後のダンスホールの場面で、シルクハットに燕尾服、ステッキ持って歌い踊るは、兄が作曲した「悲しき口笛」・・・

 ♪〜丘のホテルの 赤い灯も 胸のあかりも 消えるころ・・・

 なんという存在感だ。歌だけ聴いても子供とは思えない歌唱力に驚いたのだが、歌い踊るひばりが放つ圧倒的オーラ。当時の、そして現在の芸能人・歌手などと比較しても、発散する光量がウン億倍も違う。

 ひばりの登場はまさに衝撃的だったし、また必然でもあったと思う。大人の唄を大人以上に情感をあふれさせて表現する“異形”のちびっ子歌手の出現、それも価値観・倫理・生活、すべての既成概念が転覆した「敗戦国日本」というステージの上だったのだから。

 ひばりの有名なエピソードにNHKののど自慢の一件がある。アマだったひばりが登場したが、なぜか鐘が鳴らなかった。その理由は「子供が歌う唄ではない」。戦前の価値観では推し量れない幼き天才を前に、頭の固い審査員たちが思考停止したのは間違いない。  


■やっぱ聴くなら、オリジナル録音に限る。

 さて、このアルバム。ひばりの最初期のヒットが、しかもオリジナル録音で納められている。「悲しき口笛」「東京キッド」「越後獅子の唄」「私は街の子」「あの丘越えて」「リンゴ園の少女」「伊豆の踊り子」・・・、怒濤の名唱、名曲の数々。

 ここで大事なのは、すべてが当時発売されたままのSP復刻、オリジナル録音である、ということなのら。

 ひばりが“演歌の女王”として封印されてしまうことの大きな理由のひとつに、70〜80年代にかけてコロムビアのカタログでは最初期の盤がオリジナル録音で手に入れられなかったことがある、と考えている。

 なぜなら、ステレオ&LP時代を向かえた60年代以降、SP時代の旧作がステレオに対応した再録音モノに置き換えられてしまったからだ。これでは、ひばり最初期の凄さが伝わるわけはない。12才のひばりとウン10才のひばり、両者とも凄いことに代わりはないが、オリジナル録音が持つ“時代の空気”だけは再現は出来ないのだ。

 洋楽・邦楽を問わず、わてはどんな音楽だろうと絶対にオリジナル録音を聴くことにしている。でないと、楽曲が背負ったその時代の空気を感じ取ることができないからである。

 というわけで、コロムビアが1982年4月に発売したこのベスト盤は、その不満を一挙に解決してくれた名盤なのら。オリジナル原盤による、最初期のひばりの素晴らしさがビンビンに伝わってくる。この歌唱力、これを天才と言わずして、何を天才と言うちゅーねん。

 この盤に収録されている曲は、歌謡曲ではあっても、我々が普段思い浮かべる“演歌”ではない。いや、むしろASIAN POPという視点でこそ聴くべきものだと思うっちゃけどねぇ・・・。


■スカイラーク死して、ガストばかり也。

 ひばりが鬼籍に入って、もう何年経つのだろう。ひばり評論の最高峰とも言うべき『美空ひばり』(朝日文庫)の著者・竹中労も没して幾年月。

 とは言え、ひばりを百年に一度出るかでないかの天才だと信じているわては、ひばりの音源がある限り、ひばりは永遠だと信じておる。もちろんその音源はオリジナル録音でないと困るが・・・。

 ひばり亡き後、ひばりの様なオーラを背負った歌手に出会ったことがない。特に日本ではそうだ。音を銭に変えるガストロノミーな錬金術師ばかり。さぞ財布が満腹になったことであろうて。確かにひばりも御殿は建てた。しかし歌謡の天才であったところが大違いなのら。

 だいたい、二世○○、三世○○などと政治や歌謡の世界で“世襲制”が蔓延しているが、それ自体がダメな証拠。それは敗戦後55年で身分制度が再度固定化されてきたということなのだ(爆)。“新たな美空ひばり”が生まれてくる土壌では、もともと無くなったのである。

 いまこの文章をSAM COOKEを聴きながら書いておりやす。神が美声を与えた女性が美空ひばりなら、太平洋の向こう岸・アメリカには彼SAM COOKEがいる。数多くのシンガー、ミュージシャンに多大な影響を与えたゴスペル・ソウル・シンガーである。どちらも天才だ。

 美空ひばりの足元には荒廃した戦後日本があり、SAM COOKEには黒人差別、公民権運動、ベトナム戦争で燃えるHOTなアメリカがあった・・・ふと、そんなことを想った、蒸し暑い夏の夜長であった。

 ♪〜A Change Is Gonna Come


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