(20)1999/11/13



『NO NEW YORK』
 Various Artists
 日 OFF NOTE/CUT OUT◎ONCO-002 1997
(Original issued in 1979)
 70年代末。ニューヨークの過激4バンドを
 ブライアン・イーノがプロデュースした名作。
 脱音楽・非音楽の境界線を疾走する、感動の作品群



■こいつら、なんとも“DADA”なのだ。

 このアルバムを初めて聴いた時、なんとも「DADA」な奴らやなぁ、と思った。DADA=ダダ(ダダイズム)とは、第一次世界大戦後にチューリッヒで誕生した前衛的な芸術運動で、それまでの西欧的な美意識や価値観を根底からひっくり返そうというなんとも破天荒なムーブメントのこと・・・ま、なんとも簡単すぎる説明だが(^^;;。

 わては大学の頃にこのダダに凝って、図書館に通って関係書籍を読みあさっていたけど、ちょうど同じ時期に聴き狂っていたのが、この『NO NEW YORK』や『Y』、『Soldier Talk』といったアルバム。特にこのアルバムは過激度や騒音度では抜群の破壊力なのだっ。

 このアルバムには4つのバンドが参加している。James Chance & The Contortions、Teenage Jesus And The Jerks、Mars、D.N.A・・・それぞれがまったくと言っていいほど楽器が弾けない連中。そんな彼等が“思いつくままの騒音”を遠慮なく繰り広げている。

 もともとプロデュースしたブライアン・イーノ自身もThe Portsmouth Sinfonia の『HALLELUJHA』(米Antilles●AN-7002 1974)で前衛芸術家や音楽家による“ど素人オーケストラ”の演奏を残している。

 『HALLELUJHA』では、既成概念の権化とも言うべきクラシックを木っ端微塵に破壊して、なんとも抱腹絶倒の快感盤。で、その方法論をロックに応用、というか・・・ニューヨークの若いバンドにそれを見いだしたのが、この『NO NEW YORK』だったと言えるんじゃないかにゃ。


■James Chanceの疾走感は、今でもスゴイ。

 このアルバムは、冒頭を飾るJames Chanceとトリを取るD.N.A、この二つのバンドがすべてだとわては思っている。

 Teenage Jesus And The JerksはもともとJames Chanceが組織したバンドでその初期作品集『Pre Teenage Jesus』(ZE)も持っているけど、そう聞き込まなかった。Marsもいまひとつ。疾走感というか、スピード感というか、音の激突スピードがこの二つのバンドは弱い。

 引き替えJames Chanceによるアルバム一曲目の「Dish It Out」。これはスライドギターのへしゃげた金属音、アルトサックスの軋み吹き、オルガンの乱高下スケール、そしてJames Chanceの喚きボーカルが怒濤の突っ張りで押し寄せてくる傑作。 お互いが猛スピードでノイズの雪合戦をしているような“名演”である。

 現在大変なプレミアムが付いているというオリジナルのLPを聴いてから20年にな るけど、いまでもこの疾走感はスゴイというしかない。その当時のメイン・ストリームとは隔絶した姿勢を堅持していたからこそ、20年経っても色あせることを知らない記録となっている。

 James Chanceのアイドルはジェームズ・ブラウンで、彼の音楽はファンクとフリー・ジャズの融合を目指したということだが、その融合の果てに“極上の騒音”が生まれたという感じ。


■工場騒音もまっ青のD.N.Aは、ギター奏法の極地である。

 さて、アルバム最後を締めるのはD.N.A。ギター+オルガン+ドラムという妙な編成の3人組だが、このグループの目玉はArto Lindsayでピカ一のノイズ・ギターを聴かせてくれる。

 弾き方はおろかチューニングさえも知らないというArto Lindsayが奏でるのは、まさに工場騒音。騒音性ということからいけば、James ChanceよりもD.N.Aの方がより度合いが高い。曲も、“曲とは言えない”ようなフリーキーな出来。

 14曲目の「Lionel」では、無調のコードストロークが「ガガガガガガガガガガ・・・」と、まるで製材所でノコギリが唸っているような機械音。最後の曲「Size」でもチューニングめちゃくちゃの開放弦をかき鳴らして「ガラガラガラガラガラガラ・・・」と、ドラム缶の中で石ころが高速回転するが如き騒音。もう、ギター小僧もぶっ飛びの無手勝奏法が展開されている。

 これは当時も、そして今でも衝撃的な音だ。“ギターの弾き方はかくあるべし”というシバリから自由になって、思うがままに演奏を楽しんでいる感じがする。ある意味、ギターの弾き方、演奏の楽しみ方の極地だと思う。

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 “トーシロ”の音楽衝動が生み出したこれらの音は、演奏に対する妙な下心がない分、むき出しの無垢なエモーションが溢れている。既成概念から離れた、というよりもともと既成概念など持ち合わせていなかった連中の音楽体験記録として、貴重な歴史的作品集と言いたいなぁ。


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