(15)1999/09/09



『Doc At The Rader Station』
 Captain Beefheart & His Magic Band
 英VIRGIN◎CDV-2172 1980(Reissued 1986)
 パンク、ニューウェイブに多大な影響を与えた
 米アヴァンギャルド・ロック界の巨匠・ビーフハート。
 1980年に日本でも発売された“乱調美”の名作。



■ライナーノーツも“覚醒”の名作だった、このアルバム。

 レコード(またはCD)のライナーノーツ(解説)を、もうかれこれ30年以上読んできている。しかし、なかなか目の醒めるようなライナーにお目にかかったことはない

 ライナーノーツは悪く言うと“えび天の尻尾”みたいなもんで、無くても食べるには影響ないが、無いとなんつーかひとつの「商品」として完結していない感じがする。まぁ、聴く前の予備知識ということでは、ライナーは多少の効能はあるだろうけど。

 これまで目にしたライナーで網膜と脳味噌が活性化したのは、ブラック・ミュージックでの中村とうよう先生、日本オリジナル・ソングでの大滝詠一師といったところだが、わての音楽に対する今だ変わらぬ価値判断基準を作ってくれたのは、このアルバムの音とライナーノーツだった。

 この『Doc At The Rader Station(邦題『美は乱調にあり』)』(日ビクター●VIP-6966 80年)が当時発売されたとき、ライナーノーツを担当したのは山名昇氏と八木康夫氏。中でもフランク・ザッパの評論でも著名な八木氏のライナーは、キャプテン・ビーフハート(左上画像)の音楽のポジションというものを極めて的確に語っていて感銘を受けたのだった。少し引用してみよう。

「そう、誰がいつ決めたのか、耳の基準をいわゆる無難な在り来たりの部分に置き、そうでない極度にオリジナルな表現は領域外の馴染めない音として“異端”扱いし、“狂気”として無害なものに慣れた耳を近づけないようにする」(八木康夫)

「自ら選択するよりもコマーシャリズムが一般大衆のレベルをコントロールして来たから、単純に“狂気”という言葉の印象づけで本当のオリジナリティの表現に気付かないで通り過ぎてしまう」(同)

 その通り!。・・・とはいえ、“乱調”という言葉に惹かれて、このアルバムに食指が動いたのも確かだ。初めてビーフハートに興味を持ったのは、雑誌『ニュー・ミュージック・マガジン』1979年2月号(と思う)のザッパとの抱き合わせ特集記事だった。その記事もやはり既存の音楽との比較で、どうしても“異端”“狂気”というタームが踊ってしまっていた(と記憶している)のだが、わては好奇心の強い男、“異端”なんぞと言われると余計に聴きたくなった。

 当時輸入盤もほとんど九州では出回っていなかったビーフハート。記事を読んでも聴こうにも聴けない状態でイライラちゃんだったが、翌年晴れてこの新作『Doc At The Rader Station』が日本発売されたのであった。


■入門用として“聞き易い”、ソリッド感覚あふれる音塊群。

 キャプテン・ビーフハートは1965年に最初のアルバムを発表して以来、代表作の『Trout Mask Replica』(69年/左画像)を筆頭にロック・ミュージックにおいて“辺境”を突っ走ってきた人である。辺境と言っても、それは一般的に聴かれている音楽からの視点であって、私自身は辺境どころか“これぞメインストリーム”だと思っている。

 ビーフハートとマジックバンドの音は基本的には、ビーフハートのボーカル、ブルースハープ、ソプラノサックスをメインに、ギター×2、ベース、ドラム、マリンバという構成で、一見普通。ところが飛び出す音は、ぱっと聴くところノイズに近い。それぞれの楽器の音が複雑に絡み合って、何がなんだか?という印象が強い・・・というのが一般的意見だろう。

 “デルタ・ブルースとフリージャズが出逢った様な音”と喩えられたように、ビーフハートの音楽にはハウリン・ウルフを筆頭としたブルースとフリージャズの影響がほのかに香る。ほのか・・・というのは、あまりにもオリジナルを消化して異質な音へと成長を遂げているからである。

 初めて耳にする時の印象からすると、全盛期のマジックバンドにおける『Trout Mask Replica』や『Lick My Decals Off Baby』(70年)では、ギターの音の粒がごちゃごちゃに団子なった感じで、音が読めなかった。まさに音の塊が耳を直撃するという感覚。

 さてこのアルバムは、『Trout Mask Replica』のラフで猥雑なムードはなく、非常に“聴きやすい”ものとなっている。特にジェフ・モリス・テッパーのギターは硬質な音で、フレーズの構成が理解しやすくなっている。なんか全体がすっきりとした感じ。

 曲では1)Hot Head、2)Ashtray Heartに、7)Dirty Blue Geneの三曲が、ハウリン・ウルフを彷彿とさせる牛心隊長の吼えにシャープなギターが絡んで、最高の出来。特に7)の疾走感は凄い

 また10)Flavor Bud Livingで聴けるギターのみによるインストもビーフハートのもう一つの顔。不協和音が微妙に交差する静謐さが、なんとも美しいのである。

 ビーフハートの音楽はまったくノイズにしか聞こえないかも知れないが、これほど素直で直截な音楽はない、とわては思っている。虚飾がない。感情表現が稚気あふれるほどむき出しのまんまである。

 しかし、このアルバムの邦題である「乱調」と言われたその音楽性、変拍子の多用、複雑に聞こえるバンド・アンサンブル・・・それらも、聴けば聴くほど極めて緻密に計算された構造を持っていることが解るのだ。

 というわけで、“Trout Mask Replica命!”的なヘビー・ファンにはこのアルバムは、ちともの足りないかもしれない。しかしその分馴染みやすく、ビーフハートをちょっと囓ってみようという方にはお勧めしたい。

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