黒人「体臭」芸能談義4

以下の会話は、「お堅いジャズ研究家(47歳・男性)」と、
「お柔らかいゲテ物音楽ファン」(39歳・男性)の
某焼鳥屋で交わされた密やかな音楽談義を、再構成したものである。

第4回
「巨泉か?虚泉か?“おジャズ主義”の陥穽」


(SE:ガラガラガラ・・・)

 〜お!お久しぶりですぅ〜。いやいや、どーも(#^_^#)。

「ほんと久しぶり!どう、筑前は?3月に転勤して以来だからねえ・・・。ま、一杯」(トクトクトク.......)

 〜(ゴクッ)ぷはぁ〜〜〜、ごっつあんです!・・・やっぱ豊後はよかですばい。・・・ところで、最近はなんか面白いのありました?

「ん?そうねぇ・・・そういえばこの前テレビであった『大橋巨泉のジャズスタジオ』って番組見た?」

 〜見ました、見ました。途中からだったけど。ウェス・モンゴメリーの所ぐらいからかな〜。残業で間に合いませんでぇ〜

「・・・甘いねぇ。ちゃんと見なきゃ・・・。ま、巨泉はフリージャズ以降は“メロディーがない!”ってんでジャズ評論から足洗ったけど、さすがは『ビリーホリデー自伝』の翻訳者。なかなか渋い映像コレクションだったよ」(ゴクッ)

 〜どこが、渋いんすかねぇ・・・(-ー;(親っさん、豚足いっちょぉ)

「・・・また、喧嘩売る気ぃ?Sちゃんの好きそうなダイナ・うぉシントンだって出てたじゃない。うぉシントン・・・ねぇ」

 〜そりゃ、ダイナ・ワシントンはいいっすよ。あの日放送されたエラやサラももちいいんですけど、ちょっと精緻過ぎる。もっと体臭が感じられるボーカリストですよ、ダイナは。♪だいなぁ〜〜、わたしぃのこぉいびぃーーとぉ〜・・・
でもその後がねぇ〜〜〜(バリッ!・・・むしゃむしゃ)

「なに下手な歌うたってるのぉ。その後がってなんなのよ」

 〜いや、巨泉がダイナのフィルムを紹介したときに、レーガンの話したでしょ?。

「ああ」(ごくっ!)

 〜あ、その前に、巨泉は知らなかったみたいだけど、あれは1960年のフィルムです(ニヤリ)。

「うん、わかったよ。・・・で?」(トクトクトク.......)

 〜ま、テレビ番組だから、大根役者協会の会長やってた時分のレーガンが出てるってところで視聴者の関心を引こう、ってのはわかる。でも、その後がいけない。だってそのレーガンがアポロ劇場の舞台の袖で声をかけた人物がいたでしょぉ?

「ああ、なんか居たなぁ〜、ルイ?っとか声をかけてた、黒人のおやぢ。ダイナのバックでフルオーケストラの指揮をしてた・・・」

 〜おやぢ・・・(-ー;。ま、おジャズ主義の巨泉だから、その“おやぢ”の事に触れないのは、しょうがねぇ〜なぁ〜とは思いながらも・・・(親っさん、黒伊佐錦のお湯割り、ひとつ)

「お、おジャズ主義?!なにそれ?」(ぐびぃ!)

 〜いや、まぁ〜。わてが勝手に言ってることですけどね。いうなればジャズ至上主義ちゅーか。ジャズ純血主義ってか・・・、ジャズを独立、いや孤立した御芸術として捉えすぎて、逆に大衆音楽や芸能とのダイナミックなリンクを見落としてしまっている御仁というか・・・

「なんで、それがそのおやぢと関係あるわけ?たかがバックバンドの指揮者でしょ?」

 〜(困った人だ・・・(一一;)いやはや。巨泉がルイの事に触れないのは想像ついてたので良しとしても、そのダイナのフィルムの次に出てきたルー・ロウルズの紹介がなんともはやですわ・・・(ぷっはぁ〜〜〜〜〜〜!)

「ん?R&Bやソウル、ロックの先駆者!ルー・ロウルズ・・・だったけ?別に問題ないっしょ!」(げっぷぅ〜)

 〜(・・・ったく(-ー;)その尊称こそ、あの“おやぢ”=Jumpミュージックの巨匠「ルイ・ジョーダン(Louis Jordan)」にふさわしいものなんっすよ。黙ってるだけならまだしも、ルー・ロウルズごときにR&Bの先駆者だのというから、わてが怒るわけですばい!
50年代以降のR&Bの源流でもあり、またチャック・ベリーはじめ多くのミュージシャンに影響を与えた事でロックの開拓者ともなったのは、それこそルイの方なんですばい。

「ほんで?」

 〜ルイの"Blue Light Boogie(ビル・ジェニングス/gtr)"がチャックのギタースタイルに与えた影響は、そりゃ有名ばってんくさ。さらに加えるなら、ルイの口語によるボーカルスタイル、つまり当時の若者の言葉や気持ちで歌を歌ったこと、これがチャックへの一番の影響ですばい。・・・ある意味、ルイはラップの元祖でもあるんですばい、ばい。(ぼきっ!)

「なんだよ、博多弁かえ?ははは。だって、ルイ・ジョーダンなんて名前なんか聞いたこと無いよぉ」(くぃ)

 〜(豚足の骨を分解しながら)ジャズの歴史からあえて無視されてるんですよねぇ、ルイは。彼はアルト奏者としてチック・ウェッブ楽団から独立、1939年頃に自己のコンボ“Timpany Five”を結成して活動をはじめるんですけど・・・そう、ちょうど日本とアメリカが戦争をやっている頃に全米の大スター、それこそ黒人白人両方の人気を集めた大スターになるんすわ。

「ま、どっちかっちゅーと、ポップスの人な訳ね」(親っさん、ししゃも3本!)

 〜(意に介さず)デューク・エリントンの1940年代初頭のフィルム「Hot Chocolate」では、バックにWhity Rindy Hoppersの壮絶なリンディホップ・ダンスが展開されますけど、ルイの同時期のフィルムにもDance Maniacsのこれまた派手なダンスが見られますよ。ルイはどっちかというとジャズ小唄的なポップフィールドに近い人だったけど。聴く、または踊る大衆からすれば、デュークもルイも“等価”であった・・・ということではないかなぁ〜。

あ、豚足の筋が歯に詰まったぁ(しーしー)

「デュークと比べちゃ、ねぇ〜。デュークは巨匠ですよ!」(もぐもぐ)

 〜評論家の中村とうようせんせが、マックス・ローチが来日したときに聞いたそうです。「多くのジャズファンは、あなたがルイ・ジョーダンのバックでドラムを叩いていたことを、“金の為”だと考えていますが。ほんとはどうなんでしょう?」って。そしたら彼はこう答えたそうっす。「ルイは偉大なミュージシャンだ。彼から多くを学んだ。彼との演奏は楽しかったよ」と。

「ま、マックス・ローチの社交辞令じゃないのぉ〜?」(ぐびっ!)

(SE:ガラガラガラ・・・)

 お!う、うう、ウッシーしゃん!ひひっひひ、ひさしぶしぃ!(*(∞)*)

 〜な、ナッシー!
「な、ナッシー!」

   ・・・・・・・2時間後・・・・・・・

 〜さ、さて、今日は割り勘にしますかぁ〜(T_T)

「そうしましょ・・・ではまた・・・(T_T)」

(SE:ガラガラガラ・・・。とぼとぼ)


おジャズとの対決。今回は、大食漢・珍獣ナッシーの乱入で強引におごらされて1勝1敗1分。雌雄を決するのは次回飲み会で!。チャンチャン!


第3回   第5回   お品書き