★著作権法27条、翻案権、写真の著作物

H11.12.15 東京地裁 H11(ワ)8996 写真著作権侵害差止等請求事件

(争点)

写真の著作物において翻案というための要件

(判旨)

 一般に、特定の作品が先行著作物を翻案したものであるというためには、先行著作物に依拠して制作されたものであり、かつ、先行著作物の表現形式上の本質的特徴部分を当該作品から直接感得できる程度に類似しているものであることが必要であるところ、写真に創作性が付与されるゆえんは、被写体の独自性によってではなく、撮影や現像等における独自の工夫によって創作的な表現が生じ得ることによるものであるから、写真の著作物である二つの作品が類似するかどうかを検討するに当たっては、特段の事情のない限り、被写体の選択、組合せ及び配置が共通するか否かではなく、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分(本質的特徴部分)が共通するか否かを考慮して判断する必要があるというべきである。

 本件において、原告と被告の写真間にみられる共通点は、いずれも、被写体の選択、配置上の工夫にすぎず、原告が撮影するに当たりさまざまな工夫を凝らした撮影時刻の決定、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等によって生じた創作的な表現部分について両者が異なることは明らかであるから、被告写真は、原告写真を翻案したものではない。

         判         決

          原       告   黄 建勲こと黄田建勲

          右訴訟代理人弁護士   三戸岡

          被       告   有限会社さっぽろフォトライブ

          右代表者代表取締役   磯 恵美子

          右訴訟代理人弁護士   堀

          被       告   湯  昇

          右訴訟代理人弁護士   古  茂

         主         文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

         事 実 及 び 理 由

第一 請求

一 被告らは、原告に対し、連帯して金五○○万円及びこれに対する平成一〇年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 被告らは、日本広告写真家協会発行のΛPΛNEWSに、別紙謝罪広告目録一記載の謝罪広告文を同目録二記載の掲載条件で掲載せよ。

三 被告有限会社さっぽろフォトライブは、同被告発行に係るカタログ「シルエットin北海道」を既発行分については回収して廃棄し、今後は発行及び頒布してはならない。

第二 事案の概要

 本件は、被告湯野昇(以下「被告湯野」という。)が後記写真を撮影し、被告有限会社さっぽろフォトライブ(以下「被告会社」という。)が同写真をカタログに掲載した行為が、原告が撮影した写真に係る著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害すると主張して、原告が被告らに対し、右カタログの発行等の差止め及び廃棄、損害賠償の支払並びに謝罪広告の掲載を請求した事案である。

一 前提となる事実(証拠を示した事実以外は、当事者間に争いがない。)

1 原告の著作物

 原告は、昭和六一年七月、すいか等を被写体にした写真(題名「みずみずしいすいか」、別紙写真一のとおり、以下「原告写真」という。)を撮影して、著作権(翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を取得した(甲一、四、五、一一)。

2 被告らの行為

 被告湯野は、平成五年八月、すいか等を被写体にした写真(別紙写真二のとおり。以下「被告写真」という。)を撮影した(被告会社との関係では、弁論の全趣旨。)。被告会社は、カタログ「シルエットin北海道」(以下「被告カタログ」という。)に被告写真を掲載して発行し、これを頒布した。

二 争点

1 被告らの行為は、原告の原告写真に係る翻案権を侵害するか。

(原告の主張)

 原告写真は、真丸のミヤコスイカと楕円球のチャールストングレースイカとラグビーボール型のスイカを組み合わせて用いている点、中央に半分に切ったスイカを配置し、その上に、扇型に切ったスイカを六個並べ、その真後ろに真丸のスイカを、その横に藤で編んだ籠に入れられた楕円球のスイカをそれぞれ置き、真丸のスイカの上方に、スイカの花をつけた蔓を配置している点に特徴があり、緑色をした丸いスイカと扇形に切った赤いスイカとを対比し、縦長に半分に切った楕円球のスイカを横にして大皿に見立て、その上に扇形に切った赤いスイカを並べた点に、アイデア上の独創性がある。

 他方、被告写真は、真丸のスイカと楕円球のスイカを組み合わせて用いている点、中央に半分に切ったスイカを配置し、その上に、扇型のスイカを六個並べ、その真後ろに真丸のスイカを配置している点の特徴、緑色をした丸いスイカと扇型に切った赤いスイカとを対比し、縦長に半分に切った楕円球のスイカを横にして大皿に見立て、その上に扇型に切った赤いスイカを並べた点に、アイデアにおいて原告写真と共通する。

 被告写真は、原告写真を翻案した物である。したがって、被告らの行為は、原告の原告写真に係る翻案権を侵害する。

(被告らの反論)

 被告らは、次のとおり、原告の翻案権を侵害していない。

() 被告湯野は、スタジオではなく現地において、新鮮なままの果物や野菜の写真を撮ることを基本的撮影態度としている。平成五年八月一八日、知人と一緒に北海道に果物写真の撮影に赴き、付近のスイカ畑にあったスイカを、被告湯野独自の発想(インスピレーション)によって、被告写真のとおりに配置し、撮影した。被告湯野は、それまでに原告写真を見たことはない。

 被告写真は、被告湯野の独創による著作物であり、原告写真に依拠して制作されたものではない。

() 写真の著作物は、被写体の選択、構図の選択だけではなく、被写体のアレンジ、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッタースピード、現像の手法等によって、創造的な表現が生まれるために、創作性が付与される。したがって、このような写真の創作的な表現が再製されない限り、写真著作物の複製ないし翻案であると判断する余地はない。

 ところで、原告写真の創作性は、食材を厳選し、水と氷により潤いを与え、遠近感を強調し、光のあて方に工夫をして、そのみずみずしさを表現している点にあると理解されるところ、被告写真に原告写真の右創作的表現が再製されているとはいえない。

 原告が、原告写真の特徴として挙げる点は、いずれもスイカの組み合わせ方及び構図に関するものであり、被写体の選択及び構図の選択に関するアイデアの域を出ない。原告写真においては、扇型に切ったスイカの台となっているスイカはチャールストングレイスイカということであり、その表面は縞模様であるのに対し、被告写真においては、台となっているスイカは俗にフットボールスイカなどと呼ばれるスイカであり、その表面が無地であるなど、原告写真と被告写真とは表現が異なり、両者の間に同一性は認められない。

2 被告らの行為は、原告の原告写真に係る同一性保持権を侵害するか。

(原告の主張)

 被告らは、原告の意に反して、原告写真と酷似した、しかも原告写真より劣る被告写真を公表したのであり、右被告らの行為は、原告の原告写真に係る同一性保持権を侵害する。

(被告らの反論)

 被告写真は、原告写真に何ら変更、切除、その他の改変を加えるものではなく、原告の同一性保持権を侵害するものではない。

3 被告らに、原告の翻案権及び同一性保持権侵害につき、故意又は過失があったか。

(原告の主張)

() 被告湯野には、次のとおり、原告の翻案権等を侵害するにつき、故意又は過失があった。

(1) 原告写真は、昭和六一年七月に撮影され、同月発行の「きょうの料理」(日本放送出版協会発行)に掲載され、さらに、平成四年一一月発行の「黄建勲の旬菜果」(誠文堂新光社発行)に掲載された。

 被告湯野は、原告から、被告写真の掲載が原告の著作権侵害である旨の抗議を受けると、平成一〇年一一月二〇日、原告に対し、模倣を自認し、謝罪している。

(2) 原告写真と被告写真が酷似していることからも、被告湯野が原告写真を模倣して被告写真を撮影したことは明らかである。

(3) 被告湯野には、被告写真の撮影に当たり、被告写真のイメージが他人の作品のイメージの盗用にならないように、スイカを素材にした類似の写真がないかを調査する義務がある。被告湯野は、右注意義務を尽くさなかった。

() 被告会社は、被告カタログを発行するに当たり、他人の著作権を侵害するものを掲載することのないように調査すべき注意義務があるのにこれを怠り、被告写真を掲載した。よって、被告会社には、原告の翻案権等を侵害するにつき、過失があった。

() 被告らは、権原なくして権利の目的物を利用し、他人の権利を侵害したのであるから、無過失責任を負う。

(被告らの反論)

 原告の主張は否認する。

4 損害はいくらか。謝罪広告の必要性はあるか。

(原告の主張)

 原告は、被告らの行為により、写真家としての名誉声望を傷つけられる等の精神的損害を被った。右精神的損害を金銭に評価すると、五〇〇万円を下らない。

 また、被告らの行為により毀損された原告の名誉を回復するためには、日本広告写真家協会発行のΛPΛNEWSに別紙謝罪広告目録一記載の謝罪広告文を同目録二記載の掲載条件で掲載することが必要である。

(被告らの反論)

 原告の主張は争う。

第三 争点に対する判断

一 争点1(翻案権の侵害)について

 被告写真が原告写真を翻案したものであるか否かについて判断する。

1 一般に、特定の作品が先行著作物を翻案したものであるというためには、先行著作物に依拠して制作されたものであり、かつ、先行著作物の表現形式上の本質的特徴部分を当該作品から直接感得できる程度に類似しているものであることが必要である。

 ところで、写真技術を応用して制作した作品については、被写体の選択、組合せ及び配置等が共通するときには、写真の性質上、同一ないし類似する印象を与える作品が生ずることになる。しかし、写真に創作性が付与されるゆえんは、被写体の独自性によってではなく、撮影や現像等における独自の工夫によって創作的な表現が生じ得ることによるものであるから、いずれもが写真の著作物である二つの作品が、類似するかどうかを検討するに当たっては、特段の事情のない限り、被写体の選択、組合せ及び配置が共通するか否かではなく、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分、すなわち本質的特徴部分が共通するか否かを考慮して、判断する必要があるというべきである。

 そこで、右の観点から、原告写真の本質的特徴部分はどの点にあるか、さらに被告写真から、その本質的特徴部分を直接感得できるか否かについて検討する。

2 証拠(甲一ないし五、一一、乙一)によると、次の各事実が認められる。

 原告写真は、@中央前面に氷を敷き、Aその後方に、縞模様のある楕円球の大型のスイカを横長に置き、右スイカを半分に切った上、さらに小さくV字型の切り欠きを六か所設け、B右切欠部分のそれぞれに、扇型に薄く切った赤いスイカを六切れ、右側に傾かせて一列に並べ、C後方左側には大小二つの丸いスイカを、後方右側には藤の籠に入った楕円球の二つのスイカを横長に、それぞれ配置し、D後方のスイカの上には、蔓をからませ、E背景を青くしたり、後方のスイカの表面に光が当てられるよう工夫を凝らして撮影された写真である。

 これに対し、被告写真は、@中央前面に、表面が無地の、楕円球のスイカを横長に置き、水平方向に半球状(ボウル状)に切り、A右半球の上に、扇型に薄く切った赤いスイカを六切れ、左側に傾かせて一列に並べ、B後方及び右側には大小三つの丸いスイカを、後方右側には表面が無地の楕円球のスイカ一つを、それぞれ配置し、C丸いスイカの上には、蔓をからませ、D背景を青くして撮影した写真である。被告写真は、青果物を被写体とした他の八枚の写真作品とともに、被告カタログの一二五頁に掲載されている。

3 原告写真と被告写真を対比すると、以下の点で相違する。すなわち、@原告写真においては、中央前面に、V字型に切り欠かれ、縞模様のあるスイカが配置されているのに対し、被告写真においては、水平方向に半球状に切られ、無地のスイカが配置されていること、A原告写真においては、扇型に薄く切られたスイカは、右側に傾かせて配置されているのに対し、被告写真においては、左側に傾かせて配置されていること、B原告写真においては、中央前面に氷が敷かれたり、藤の籠を配置しているのに対し、被告写真においては、氷や藤の籠は配置されていないこと、C原告写真においては、光の当て方その他において様々な工夫が凝らされているのに対し、被告写真においては、格別の工夫はされていないこと、D原告写真においては、中央に配置されたスイカ及び薄く切られたスイカは、やや下方から撮影されているのに対し、被告写真においては、やや上方から撮影されていること等、様々な点で大きく相違する。

 そうすると、原告写真と被告写真とは、そもそも、異なる素材を被写体とするものであり、その細部の特徴も様々な点で相違するから、類似しないものというべきである。

 確かに、原告写真と被告写真とは、中央前面に、大型のスイカを横長に配置し、その上に薄く切ったスイカを六切れ並べたこと、その後方に楕円球及び真球状のスイカを配置したこと、緑色をした丸いスイカと扇型に切った赤いスイカとの対比を強調していること等において、アイデアの点で共通する。しかし、右共通点は、いずれも、被写体の選択、配置上の工夫にすぎず(しかも、前記のとおり、細部において大きく相違する。)、右の素材の選択、配置上の工夫は、写真の著作物である原告写真の創作性を基礎付けるに足りる本質的特徴部分とはいえない(原告が撮影するに当たりさまざまな工夫を凝らした撮影時刻の決定、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等によって生じた創作的な表現部分こそが、原告写真の特徴的部分であるということができ、この点で、両者が異なることは、前記C、Dで指摘するまでもなく明らかである。)。

 以上のとおり、被告写真は、原告写真の表現形式上の本質的特徴部分を直接感得できる程度に類似したものということはできない。したがって、被告写真は、その余の点を判断するまでもなく、原告写真を翻案したものではない。

二 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない(なお、原告の原告写真に係る同一性保持権の侵害も理由がない。)。

   東京地方裁判所民事第二九部

       裁 判 長 裁 判 官    飯 村 敏 明

 

             裁 判 官    八 木 貴 美 子

 

             裁 判 官    石 村   智