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★特許法131条、審判請求書、請求の理由、補正命令、手続の違法

H11.11. 9 東京高裁 H10(行ケ)312 パチンコ遊技機実用新案

平成10年(行ケ)第312号 審決取消請求事件

(争点)

 審判請求書の「請求の理由」中の[3]本願考案が登録されるべき理由の欄に「詳細な理由は、追って補充する。」とのみ記載されていた場合に審判請求の理由の補充を命ずることなく、約2年7箇月後にされた拒絶審決に手続の違法があるか。

(判旨)

審判請求書の「請求の趣旨」、「請求の理由」欄の記載全体及び拒絶理由通知に対する意見書からすれば、4つの引用例に基づく進歩性欠如を理由とする拒絶査定に対し、本願考案が進歩性を有するから、登録されるべきものであると主張しており、その具体的な理由も審査段階における拒絶理由通知に対する意見書に詳細に記載されていることが明らかであるところ、審査においてした手続は拒絶査定に対する審判においてもその効力を有する旨規定する実用新案法41条、特許法158条の規定の趣旨からしても、また、請求人の審判を受ける権利の保護という観点からしても、請求の理由の記載がないとはいえず、同法131条1項3号の規定に違反しているとは認められない。

判    決

原      告   株式会社三洋物産

代表者代表取締役      金  沢  要  求

 被      告   特許庁長官 近藤隆彦

主    文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事    実

第1 請求

特許庁が平成7年審判第26765号事件について平成10年7月29日にした審決を取り消す。

(中略)

原告の主張

  (2) 取消事由2(手続上の違法)

 本件の審判手続は、実用新案法41条、特許法133条1項に違反するものであり、違法である。

   ア 審判請求人である原告は、本願考案につき平成7年12月14日拒絶査定不服の審判を請求したが、審判請求書(甲第8号証)の「請求の理由」中の[3]本願考案が登録されるべき理由の欄には、「詳細な理由は、追って補充する。」と記載されていた。

 審決は、審判請求書(甲第8号証)の上記記載にもかからわず、原告に審判請求の理由の補充を命ずることなく、されたものである。

   イ 特許法133条1項に規定するように、審判請求書に請求の理由の記載がない場合は、審判長は請求人に対し相当の期間を指定して補正を命じなければならない。この規定に反してされた審決は、原則として違法であり、取り消されるべきである。

 被告は、審判請求から審決までに約2年半の期間があり、審判請求人は、自発的に補正書を提出する時間が十分にあったにもかかわらず自ら補正をしなかった旨主張する。

 しかしながら、そのことは、約2年半の間、補正命令も出されなかったことを意味するものである。手続を解怠したという意味では被告にも原告にも責められるべき点はあるが、補正を命ずるべきであるとの明文の規定が存することに加え、国家権力と一私人との力関係を考慮すれば、例外の適用は極めて厳格に行うのが相当である。

   ウ 被告は、東京高等裁判所昭和63年10月11日判決に基づく主張をするが、この判決は、意見書の内容と後に提出された理由補充書の内容がほぼ完全に同一であり、審決の実体上の判断に影響を与えておらず、その実体上の判断も違法でなかったという特段の事情があったことから、審決の取消事由としなかったものであり、本件とは事案を異にする。

(中略)

 

理  由

2 取消事由2(手続上の違法)について

 (1) 審判請求人である原告は、本願考案につき平成7年12月14日拒絶査定不服の審判を請求したが、審判請求書(甲第8号証)の「請求の理由」中の[3]本願考案が登録されるべき理由の欄には、「詳細な理由は、追って補充する。」と記載されていたこと、及び審決は原告に審判請求の理由の補充を命ずることなく、審判請求から約2年7箇月後の平成10年7月29日にされたものであることは、当事者間に争いがない。

 そして、甲第8号証によれば、本件の審判請求書には、「5 請求の趣旨」として「原査定を取り消す、本願の考案は登録すべきものである、との審決を求める。」と記載され、「6 請求の理由」の欄には、「[1]手続の経緯」として、出願、拒絶理由の通知、意見書・手続補正書の提出、拒絶査定の謄本送達の各日時が記載され、「[2]拒絶査定の理由の要点」として拒絶理由通知書及び拒絶査定の謄本の内容が詳細に記載されていることが認められる。

 さらに、甲第8、第9号証によれば、特許庁審査官は、平成7年7月18日発送の拒絶理由通知書において、引用例(甲第4号証)を主引用例とし、甲第5ないし第7号証を副引用例とする拒絶理由を通知したところ、原告は、平成7年9月14日付け意見書(甲第9号証)において、引用例には本願考案の「効果音発生手段からの音声信号によって遊技者(のみ)に向けて効果音を発する指向性スピーカ」についての記載は勿論、示唆すら」されてないこと(4頁下から4行ないし2行)、甲第5、第6号証には「超指向性スピーカ」を設けた「テーブル装置」が開示されているが、パチンコ遊技機とは無関係であること(4頁末行ないし5頁末行)、甲第7号証には「指向性スピーカを用いることにより、対象となる当事者のみに音が聞こえる構成とする点」が記載されているが、これをパチンコ遊技機にどのように適用するかは記載されていないこと(6頁1行ないし5行)、本願考案と各引用文献の考案との比較においては、各引用文献中の考案では他人とは全く異なる音楽を聞くことが重要であり、本願考案におけるような「隣合うパチンコ遊技機が全く同じ「効果音」を使用しているにもかかわらず、効果音によってパチンコ球の入賞を確実に知らせることができ、近くのパチンコ遊技機で遊技している他の遊技者の遊技意欲を減退させることなく、遊技者の遊技意欲をそそることが可能なパチンコ遊技機を提供する」という明確な目的意識がないこと(7頁3行ないし7行)、及び引用例の考案が、本願考案と同様な目的意識がない以上、この引用例の考案に甲第5ないし第7号証に記載された構成を適用することができないこと(7頁11行ないし13行)を主張したことが認められる。

 (2) ところで、実用新案法41条により準用される特許法133条によれば、審判請求書が同法131条1項1号ないし3号(請求の趣旨及びその理由)の規定に違反しているときは、審判長は、請求人に対し、補正を命じなければならないものとされ(同法133条1項)、補正命令を受けた者が指定期間内にその補正をしないときは、決定をもって請求書を却下しなければならないとされている(同条3項。平成8年法律68号により改正されるまでは、同条2項として、「審判長は、請求人が前項の規定により指定した期間内にその補正をしないときは、決定をもってその請求書を却下しなければならない。」とされていた。改正後は、2項が挿入されて3項に繰り下がり、その規定振りは「決定をもってその手続を却下することができる。」となっているが、これは、1項に基づく補正命令に対する旧2項の「請求書を却下しなければならない」という処分と、新2項に基づく補正命令に対する「手続を無効とすることができる」という処分の両者を併せて規定したために、「することができる」となったものであり、1項に基づく補正命令に対応する関係では、従前と同様に「却下しなければならない」ものと解されている。)。

 (3) 原告は、審判請求書に請求の理由の記載がない場合であるから、審判長は請求人に対し相当の期間を指定して補正を命じなければならなかったのに、これを命じなかった違法がある旨主張するので、本件における審判請求書の請求の理由の記載が特許法131条1項3号に規定するものとして審判長が補正を命じなければならず、もし補正がされないときは却下しなければならない場合に該当するか否かを検討する。

 本件は、前記(1) において認定したとおり、原告のした実用新案登録出願について、特許庁が引用例を示して進歩性の欠如を理由とする拒絶理由通知書を原告に送付し、これに対し、原告は、意見書を提出して詳細に反論したが、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服の審判を請求したものである。その審判請求書の「請求の理由」欄のうち、「本願考案が登録されるべき理由」としては「詳細な理由は、追って補充する。」とのみ記載され、具体的な理由は記載されていなかったが、「請求の理由」を全体としてみれば、「手続の経緯」及び「拒絶査定の理由の要点」が詳しく記載されている。そして、本件審判請求が実用新案登録出願の拒絶査定に対する不服審判請求であり、審判請求書の「請求の趣旨」、「請求の理由」欄の記載全体及び拒絶理由通知に対する意見書からすれば、4つの引用例に基づく進歩性欠如を理由とする拒絶査定に対し、本願考案が進歩性を有するから、登録されるべきものであると主張しており、その具体的な理由も審査段階における拒絶理由通知に対する意見書に詳細に記載されていることが明らかである。このような場合には、審査においてした手続は拒絶査定に対する審判においてもその効力を有する旨規定する実用新案法41条、特許法158条の規定の趣旨からしても、また、請求人の審判を受ける権利の保護という観点からしても、請求の理由の記載がないとはいえず、同法131条1項3号の規定に違反しているとは認められないから、同法133条1項にいう補正を命じなければならない場合には当たらないというべきである(なお、本件のように特許法131条1項3号違反とはいえない場合においても、詳細な理由の補充を促す意味での補正を命ずることは何ら差し支えない。しかし、それは、特許法131条1項に基づく補正命令ではないから、それに応じないことに基づいて同法133条3項により却下することはできないものと解すべきである。)。

 これに反する原告の主張は採用することができない。

 (4) よって、原告主張の取消事由2は理由がない。

東京高等裁判所第18民事部

      裁判長裁判官   永  井  紀  昭

         裁判官   塩  月  秀  平

         裁判官  市  川  正  巳