★特許法70条、作用効果の認定、均等論、技術的範囲

H11.10.14 大阪地裁 H8(ワ)13483 混合材の塗布方法特許等

平成八年()第一三四八三号 特許権に基づく差止請求権不存在確認請求事件

平成九年()第一九五九号  特許権侵害行為差止等請求事件(甲事件反訴)

平成九年()第五八四七号  損害賠償等請求事件(乙事件)

甲事件本訴原告(甲事件反訴被告)・乙事件原告    菊水化学工業株式会社

甲事件本訴被告(甲事件反訴原告)・乙事件被告   株式会社ハマキャスト

(事案)

@ 特許請求の範囲の文言を明細書の記載、公知技術により導き出した作用効果により限定して非侵害を導いた事案

  1. 審査段階において「単なる均等物の置換」と認定した審判官の判断を採用せずに、@の作用効果が認められるから作用効果が異なゆえに均等物ではないと認定した事案

(判旨)

@ 明細書の記載によれば、本件発明について、第1に非混合多色状の塗装面を得ることとした点に特色があるといえるが、さらに公知技術を参酌すれば、本件発明は、第2に、混合材の骨材として粉砕した自然石を使用したため、塗布面の外観に自然石の色合いがそのまま表れることから、塗布面がより自然石らしくなるという点にも特色があり、これら2つの特色が相まって、自然石とほとんど同様の外観を有する塗布面を得ることができるものであると解される。

A 被告による別件出願は、拒絶査定を経た後、別件発明は本件発明と同一であるという拒絶理由通知を受け、その理由は、別件発明の構成要件Aの「顔料とともに焼成し、且つ適度に粉砕したセラミックス」と本件発明の構成要件Aの「適度に粉砕した自然石」とは、いずれも塗装用骨材として、別件発明の特許出願前に周知であり、本件発明と別件発明との構成上の相違は単なる均等物の置換にすぎないとの点が挙げられているが、出願当時の技術状況を踏まえて本件明細書の記載を見れば、本件発明の作用効果は前記のように解されるので、このような事実経過があるとしても、作用効果が直ちに同一であるとは認められない。

第1 請求

(甲事件本訴)

 被告は、原告に対し、原告が別紙イ号方法目録記載の塗装方法を実施することにつき、特許第2119087号に係る特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。

(中略)

(2) 被告の特許権

 被告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

ア 発明の名称 混合材の塗布方法

イ 出願日   昭和58年5月11日

         (特願昭58ー83098号)

ウ 公告日   平成5年2月5日

         (特公平5ー9587号)

エ 登録日   平成8年12月6日

オ 特許番号  第2119087号

カ 特許請求の範囲

   本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報の該当欄記載のとおりである(以下、本件特許権に係る特許発明を「本件発明」という。)。

(3) 本件発明の構成要件の分説

 本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。なお、本件特許権の請求項2及び3は、請求項1の実施態様項であるから、後記本件各請求の当否を判断するに当たっては、請求項1のみを検討すれば足りる。

A 適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材の

B 異なる色のもの複数種を1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し、

C 該複数種の混合材を複数の吹き付け口を有する多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口から

D 同時に吹き付けることによって、

E 非混合多色状に塗布すること

F を特徴とする混合材の塗布方法。

(4) 原告の行為

 原告は、@異なる色の混合材を多頭式ガンを使用して吹き付ける塗装工事を行い(その塗装壁面見本が検乙1〔商品名チャイナトーン〕)、A異なる色の混合材を使用して吹き付け塗装した自然石材調シートを製造、販売している(その製品見本が検乙2〔商品名モダンアートストーン〕)。

2 本件各事件における請求の内容

(1) 甲事件本訴

 甲事件本訴は、原告が、被告に対し、チャイナトーン用塗装方法はいずれも本件発明の技術的範囲に属しないとして、原告が同方法を実施することに対して本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を請求した事件である。

(中略)

(裁判所の認定)

1 まず争点(1)イ(チャイナトーン用塗装方法の「自然石」の要件の充足・均等)について検討する。

(1) 本件発明は、「混合材の塗布方法」に関する発明であるが、その塗材となる「混合材」についての特許請求の範囲の記載は、「適度に粉砕した自然石を、合成樹脂中に混入してなる混合材」とのみあり、骨材としては「適度に粉砕した自然石」との記載があるものの、これが自然石に対する人工的な着色を含む趣旨か否かはその記載だけでは両様に解する余地がある。

  1. そこで、本件発明の構成要件Aの「自然石」の意義について、本件明細書の記載を参酌して検討する。

(中略)

イ これらの明細書の記載からすれば、本件発明は、自然石と同様の外観を有する塗布面を得るために、まず、異なる色の混合材を1機のスプレーガンの別個のタンクに用意し、それらを多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口から同時に吹き付けることによって、非混合多色状の塗布面を得た点に第1の特色があるが(前記ア()(a))、前記ア()(b)()及び()(c)(d)の本件明細書の記載からすれば、本件発明は、それに加えて、混合材の骨材として粉砕した自然石を使用したため、塗布面の外観に自然石の色合いがそのまま表れることから、塗布面がより自然石らしくなるという点にも特色があり、両者が相俟って、自然石とほとんど同様の外観を有する塗布面を得ることができるものであると解するのが素直である。

(3) 次に、本件発明の特許出願当時における本件技術分野の状況を踏まえて、上記明細書の記載を検討する。

ア 後掲各証拠によれば、本件発明の特許出願当時、本件技術分野の状況は次のようなものであっ たと認められる。

(中略)

イ 以上のとおり、本件発明の特許出願当時においては、自然石調の塗装面を得るべく種々の技術開発が行われており、その中には、塗装材に工夫をしたもの(前記ア())、塗装方法に工夫をしたもの(前記ア()())、塗装材と塗装方法の両者に工夫をしたもの(前記ア())が存在したものと認められる。このような技術状況からすれば、本件発明は、第1に、塗装材として複数の色の異なる適度に粉砕された自然石を骨材とする混合材を使うという公知技術(ア())と、塗装方法として多頭式スプレーガンを使って別個の吹き付け口から別個の色の塗料を吹き付けるという公知技術(ア())を組み合わせて、非混合多色状の塗装面を得ることとした点に特色があるといえ、これは、前記の明細書の記載に基づく検討とも符合するところである。

 しかしながら、本件発明の特許出願当時、混合材の骨材として、単なる自然石のほか、着色珪砂、有色陶磁器粉、セラミックス粉等種々のものが知られていたことは、前記ア()のとおりであるところ、このような状況の中で、本件明細書において前記(2)()(b)()及び()(c)(d)のような記載がなされ、特に()(c)(d)の記載のように、自然石そのままの色が表面に表れる点でより自然石に近い塗面となることが明確に指摘されている。また、本件発明の特許出願当時、同じ塗装方法でも仕上材に工夫をすることによって、より自然石らしい塗面を得るべく技術開発の努力が行われていたことは、前記のとおりである。これらからすれば、本件発明は、第2に、混合材の骨材として粉砕した自然石を使用したため、塗布面の外観に自然石の色合いがそのまま表れることから、塗布面がより自然石らしくなるという点にも特色があり、これら2つの特色が相まって、自然石とほとんど同様の外観を有する塗布面を得ることができるものであると解される

(4) 以上によれば、本件発明の構成要件Aにおける「自然石」とは、自然石そのままの色が塗装面に表れるものをいい、顔料等で人工的に着色を加えたものは含まれないと解するのが相当である。

(5) これに対し、被告は、次のとおり主張するが、いずれも採用できない。

ア まず被告は、本件発明の特許請求の範囲における「自然石」との語は意味の明確な語であって、着色された自然石もこれに含まれることは明白であると主張する。

 しかし、「自然石」という語が、非人造石という意味で一般的には語義の明確な語であるとしても、本件発明におけるその性質としては「適度に粉砕された」とのみ記載があり、人工着色等の他の工程を加えられたものまで含まれるのか否か(逆にいえば、それらの工程を排除する趣旨か否か)は一義的には明らかでないというべきである。

イ また被告は、本件明細書における記載について、@前記(2)()(b)の記載は単に骨材の製造方法として自然石を粉砕するだけで足りることを述べているにすぎない上、同記載は本件発明の典型的な実施例に関する記載であり、他に着色等の工程を加えることについては何ら排除していないし、ア()(c)の記載はその証左である、A前記(2)()の記載は実施例の記載にすぎない、B前記(2)()(c)(d)の記載は、典型的な実施例についての記載であるから、いずれも構成要件Aの「自然石」を限定的に解釈する根拠にはならないと主張する。

 しかし、前記(2)()(c)の記載は、作業性をよくするため、又は貯蔵時の容器を保護するための添加物について言及されているところ、自然石に着色をするのは、作業性をよくするため、又は貯蔵時の容器を保護するためとは認められないから、前記記載により、自然石に着色することが含まれるとは解されない。

 また、前記(2)()(c)(d)の記載は、本件明細書中の「発明の効果」の欄に記載されているところ、特許法施行規則(平成2年通商産業省令第41号による改正前のもの)24条、様式第16の備考14には、「『発明の詳細な説明』の欄には、特許法第36条第3項に規定するところに従い、次の要領で記載する。」とした上で、ハとして、「『発明の効果』には、当該発明によって生じた特有の効果をなるべく具体的に記載する。この場合において、当該記載事項の前には、原則として『発明の効果』の見出しを付す。」とされているから、特段の記載のない限り、同欄に記載されている効果は、実施例の効果ではなく、当該発明自体の効果と解すべきである。確かに、明細書の「発明の効果」の欄において、実施例についての効果を記載すること自体は違法ではないが、前記のような特許法施行規則がある以上、明細書を読む第三者は「発明の効果」の欄に記載された内容を実施例の効果としてではなく、当該発明自体の効果として理解するのが通常であるから、そこに何らの特段の記載がないにもかかわらず、そこに記載された内容を実施例の効果にすぎないと解することは、第三者の予測可能性を著しく害するものであって、相当でないといわねばならない。そして、本件明細書中には、前記記載が実施例に関するものであることを示唆する特段の記載は認められない。したがって、前記記載は、本件発明自体の効果を記載したものと解するのが相当である。

 そして、このように、前記(2)()(c)(d)の記載が、本件発明自体の効果として記載されていると解される以上、前記(2)()(c)及び()の記載をも併せ考慮すれば、構成要件Aの「自然石」の意義は、前記のとおり解するのが相当である。

(6) そこで次に、原告のチャイナトーン用塗装方法が、構成要件Aの「自然石」の要件を充足するかについて検討する。

(中略)

 したがって、原告のチャイナトーン用塗装方法は、その構成につて両当事者のいずれの主張によるにせよ、構成要件Aの「自然石」の要件を充足しない。

(中略)

(7) 次に被告は、構成要件Aの「自然石」の要件に関し、原告のチャイナトーン用塗装方法は、本件発明の均等方法であると主張する。

ア いわゆる均等論が成立するためには、対象製品等に特許請求の範囲に記載された構成と異なる部分が存する場合であっても、その部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること(いわゆる置換可能性)が要件の1つとされている(最高裁判所平成10年2月24日判決・民集52巻1号113頁)。しかし、前記((2)イ)のとおり、本件発明の作用効果は、異なる色の混合材を1機のスプレーガンの別個のタンクに用意し、それらを多頭式スプレーガンの別個のタンクから同時に吹き付けることによって、非混合多色状の塗装面を得ることに加え、混合材の骨材として粉砕した自然石を使用したため、塗布面の外観に自然石の色合いがそのまま表れることから、塗装面がより自然石らしくなるという点にも特色があり、両者が相まって、自然石とほとんど同様の外観を有する塗装面を得ることができるものであると解されるから、原告のチャイナトーン用塗装方法における骨材は、少なくとも珪砂に人工着色を施したものを相当程度含有するものである以上、塗装面の外観に自然石の色合いがそのまま表れる場合と同視することはできない。したがって、原告のチャイナトーン用塗装方法が本件発明と同一の作用効果を奏するとはいえない。

 この点について、被告は、本件発明も原告のチャイナトーン用塗装方法も共に天然石調の塗装面を得ることができる点で同一の作用効果を有すると主張するが、本件発明の作用効果は前記のとおり解するのが相当であり、それを単に「天然石調の塗装面が得られる」と一括りに把握することはできない。

イ また、被告は、特許庁の審判官も、本件発明の「自然石」を「セラミックス」に置換することは均等方法であるとしているから、まして着色自然石との間には均等が成立すると主張する。

 この主張についての事実関係を見るに、3637及び弁論の全趣旨によれば、@被告は、本件発明の特許出願と同日の昭和58年5月11日、特許請求の範囲を「A顔料とともに焼成し、且つ適度に粉砕したセラミックスを、合成樹脂中に混入してなる混合材のB異なる色のもの複数種を1機のスプレーガン内の別個のタンクにそれぞれ用意し、C該複数種の混合材を複数の吹き付け口を有する多頭式スプレーガンの別個の吹き付け口からD同時に吹き付けることによって、E非混合多色状に塗布するFことを特徴とする混合材の塗布方法。」(請求項1。なお欧文字の符号は当裁判所が付した。)とする発明を特許出願したこと(特願昭58ー83097、以下「別件発明」という。)、Aこの出願に対しては、拒絶査定を経た後、不服審判が申し立てられ、その最中の平成8年6月11日に、特許庁審判官から拒絶理由通知が出されたこと、Bこの拒絶理由通知の趣旨は、別件発明は本件発明と同一であるという点にあり、その理由としては、別件発明の構成要件Aの「顔料とともに焼成し、且つ適度に粉砕したセラミックス」と本件発明の構成要件Aの「適度に粉砕した自然石」とは、いずれも塗装用骨材として、別件発明の特許出願前に周知のものであり、両者は均等物と認められ、本件発明と別件発明との構成上の相違は単なる均等物の置換にすぎないとの点が挙げられたこと、Cその後、被告は別件発明の特許出願を取り下げたことが認められる。

 しかしながら、出願当時の技術状況を踏まえて本件明細書の記載を見れば、本件発明の作用効果は前記のように解されるのであって、このような事実経過があるとしても、前記認定を左右するものではない。

ウ したがって、原告のチャイナトーン用塗装方法が本件発明の均等方法であるとも認められない。

(下略)