★著作権21条、権利濫用、著作権侵害者の実施料請求

H11.11.17 東京地裁 H10(ワ)13236 キューピー著作権等

平成一〇年()第一三二三六号 著作権侵害差止等請求事件

(争点)

長年の間、著作権を侵害している事実を隠して著作権者であると称して被告から実施料を受け取ってきた原告の被告に対する使用差止請求の可否

(判旨)

原告は、本件著作権を平成一〇年五月一日に譲り受けたと主張しているにもかかわらず、@これよりはるか前である昭和五四年ころから、キューピーの図柄等のデザイン制作、商品の販売等を行い、自らが本件著作権の侵害となる行為をして、利益を得ていたこと、Aキューピーに関する原告の商品には原告が著作権を有するかのような表示を付したりしていたこと、B原告は、自己がデザインしたキューピーに関する商品を販売していた取引相手に対して、キューピー商品一般(原告の制作したキューピー商品以外のもの)について、使用許諾料の請求をするなどしている等の事実に照らすならば、原告が、本訴において、被告に対し、本件著作権を侵害したと主張して、差止め及び損害賠償を請求することは、権利の濫用に該当する。

(なお、日本興業事件を被告とするほぼ同一争点の別事件(H11.11.17 東京地裁 H10(ワ)16389)については以下のように判示している)

A 参加人(上記事件の原告のこと)は、一方において、本件著作権を平成一〇年五月一日に譲り受けたと主張しているにもかかわらず、@はるか前である昭和五四年ころから、キューピーの図柄等のデザインを業として開始して、キューピー商品の販売等により利益を得ていたこと、A被告との関係では、平成三年一一月、平成四年二月、三月、参加人の所蔵するキューピーコレクションを用いたロビー展の開催を促し、その対価の支払を受けたり、平成五年から七年に掛けて、被告に顧客配布用の商品を販売し、約一億二〇〇〇万円の支払を受けたりしたが、被告と取引が継続していた時期に、被告に対し、キューピーについて第三者が著作権を有していると示唆したことはなく、キューピーに関する参加人の商品には参加人が著作権を有するかのような表示を付したりしていたこと等の事実に照らすならば、参加人は、その主張を前提とすれば、自らが、本件著作権の侵害となる行為を多年にわたって継続し、多額の利益を得ていたばかりか、被告に対して、積極的な著作権侵害行為を誘発していたことになる。このような事実経緯に照らすならば、参加人の行為は、正に権利の濫用に該当すると解すべきである

判      決

原       告      北  川  和  夫

右訴訟代理人弁護士      山  本  隆  司

同              足  立  佳  丈

被       告      キューピー株式会社

右代表者代表取締役      樽  井  史  朗

右訴訟代理人弁護士       升  永  英  俊

同               重  田  樹  男

同               池  田  知  美

同               中  原     徹

同               松  添  聖  史

右補佐人弁理士        藤  野  清  規

       主      文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

            事実及び理由

第一 請求

一 被告は、別紙物件目録一記載のイラストを商標、商品包装、商品容器、テレビ番組及びインターネット・ホームページにおいて複製してはならない。

二 被告は、別紙物件目録一記載のイラストを複製した商標、商品包装又は商品容器を使用する商品を頒布してはならない。

三 被告は、別紙物件目録一記載のイラストを複製した商標、商品包装又は商品容器を使用する商品を廃棄せよ。

四 被告は、別紙物件目録一記載のイラストを複製したテレビ番組を放送してはならない。

五 被告は、別紙物件目録一記載のイラストを複製したインターネット・ホームページをインターネット・サーバーにアップロードしてはならない。

六 被告は、別紙物件目録二記載の人形を複製し、又は複製した人形を頒布してはならない。

七 被告は、別紙物件目録二記載の人形の複製物を廃棄せよ。

八 被告は、商号に「キューピー」の表示を使用してはならない。

九 被告は、昭和三二年九月一一日東京法務局中野出張所において商号変更登記した商号「キューピー株式会社」のうち「キューピー」部分の抹消登記手続をせよ。

一〇 被告は、商標に「キューピー」又は「kewpie」の表示を使用してはならない。

一一 被告は、その製造又は販売に係る商品に「キューピー」もしくは「kewpie」の表示を使用し、又は右表示を使用した商品を販売してはならない。

一二 被告は、「キューピー」又は「kewpie」の表示を使用した商品を廃棄せよ。

一三 被告は、インターネット・サーバーのドメインネームに「kewpie.co.jp」を使用してはならない。

一四 被告は、原告に対して金一〇億円及びこれに対する平成一〇年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

 本件は、原告が、@キューピー人形について著作権を有するので、被告によるキューピーの図柄等の複製行為等が著作権(複製権、翻案権)の侵害に当たる旨、及びA「キューピー」との商品等表示が原告の著名な商品等表示に当たり、被告による右使用行為が不正競争を構成する旨を主張して、被告に対し、右各行為の差止め、損害賠償及び不当利得返還を求めた事案である

一 前提となる事実(証拠を示した事実以外は争いがない。)

 被告は、マヨネーズソースその他一般ソース類の製造販売等を目的とする株式会社である。

 被告は、別紙物件目録一記載のイラスト(以下「被告イラスト」という。)を、被告商品の商標、商品包装、商品容器、テレビ番組及びインターネット・ホームページにおいて、複製して使用している。被告は、背中に「キューピーマヨネーズ」との被告商標を付した別紙物件目録二記載の人形(以下「被告人形」という。)を、自己の製造したマヨネーズ商品と共に配付している(甲一一、一六)。被告は、その商品に、「キューピー」(kewpie)の商品等表示(以下「本件商品等表示」という。)を付して製造・販売している。

 被告は、昭和三二年九月一二日、その商号を「食品工業株式会社」から「キューピー株式会社」に変更し、以来その商号に「キューピー」の文字を使用している。

 被告は、現在、「kewpie.co.jp」というインターネット・ドメインネームを有しており、インターネットにホームページを開設し、自社及び自社製品の宣伝広告を行っている。

二 争点

1 本件人形の創作・発行

(原告の主張)

 米国人ローズ・オニールは、一八七四年六月二五日米国ペンシルバニア州ウイルケス・バレ市で生まれ、一九一三年一一月二〇日、その創作した別紙著作物目録記載の「キューピー」(Kewpie)人形(以下「本件人形」という。)を米国にて発行するとともに、我が国においてもこれを製造販売し、これについて、我が国における著作権(以下、著作権の成否が争点とされている場合を含めて「本件著作権」という。)を取得した。

(被告の反論)

 米国著作権局著作権追加登録証(甲一号証)は、キューピーの小彫像の絵(ただし、絵が紛失したため、どのような絵かは不明である。)が米国著作権局に登録番号H一〇四〇として登録されたという事実を示すのみである。右絵と本件人形が同一である根拠は全く示されていない。

 本件人形は、ローズ・オニールの許諾を得ずに製作された人形であって、ローズ・オニールの著作物ではない。本件人形に付されたマークは、ローズ・オニールの許諾を得ていないキューピー人形に付されたとされるものと同一である。ローズ・オニール自身、無許諾の日本製キューピー人形について警告を発している。

 本件人形は、アメリカ輸出用のものであり、日本において販売されたことはない。原告自らも、アメリカ輸出用の「キューピー」人形が日本で作られたと主張している。日本で販売される人形に、わざわざ英語で「made in Japan」と記すということは、一九一三年当時には考えられない。また、長年のキューピー人形のコレクターである原告が、右日本製のキューピー人形を日本で発見することができず、一九九二年ころになって米国でこれを発見することができたということは、本件人形が日本で販売されていないことを示す。日本において、一九一三年当時、本件人形が存在していたという根拠はない。

2 本件人形の創作性の有無

<筆者注:この争点は深く読む必要なし>

(原告の主張)

() 本件人形の特徴は、以下のとおりである。すなわち、@裸で立っている、A全身が三頭身である、B掌を広げている、C頭は丸い、D髪の毛は中央部でとんがりをつくり、さらに額にまで細く流れる、E耳のそばにカールした髪がある、F顔は頬がふっくらと丸い、G目は丸くパッチリしている、H眉毛は小さく目との間隔が広い、I鼻は小さく丸い、J口は微笑んでいる、K背中に小さな翼がある、Lお腹が膨れている、M性別は判別できない。

 本件人形における特徴は、単に、子供、天使、キューピッドないしキューピッド(プット)の表現として不可避ないし一般的なものに止まるものではない。本件人形が創作される以前の作品から明らかなとおり、子供、天使、キューピッドないしキューピッド(プット)という同一の題材を扱った作品であっても、その表現形態は相互に異なる。同じ題材について美術的作品を作るとしても、その表現形態は作者の個性・才能・技法によって異なり、個性的表現の幅は大きい。

() 本件人形は、ローズ・オニールの創作した先行著作物(被告主張に係るもの)の複製物ないし二次的著作物には当たらない。本件人形について創作性を欠くことはない。

 なお、キューピーは、一九〇九年以降にローズ・オニールが創作した著作物群である。これらすべての著作物について、二〇〇五年(平成一七年)まで著作権が存続している。原告は、後記のとおり、これらすべての著作権について譲渡を受けているので、被告が本件人形は先行著作物の二次的著作物であることを主張することは意味がない。

(1) 一九〇三年作品@(甲四四)

 甲四四号証記載のイラストは、ローズ・オニールによって創作され、一九〇三年一一月に発行された作品(以下「一九〇三年作品@」という。)である。これは、日米著作権条約の発効前に発行されたため公有に帰している。

 しかし、この作品を見て「子供」、「プット」を感得することはあっても、「キューピー」と感得されることはないから、本件人形は同作品の二次的著作物ではない。すなわち、一九〇三年作品@は本件人形と異なり、@髪の毛が豊かであり、A目の形も横に長いなど顔も写実的に描かれており、B背中についた羽根も本件人形のように生えかけの芽のような目立たないものではなく、C頭の突起が、後頭部から後ろに向けて伸びており、横向きの図柄においては、正面から突起が目立たない。本件人形のように頭頂部から上に向けて伸びているのとは異なる。むしろ、従来の「プット」を描いた作品と共通の特徴を備えている。

(2) 一九〇三年作品A(乙一四)

 乙一四号証記載のイラストは、ローズ・オニールによって創作され、一九〇三年一二月に発行された作品(以下「一九〇三年作品A」という。)である。一九〇三年作品Aは、ローズ・オニールが「プット」のイラストを描いている期間に創作されたものであり、他の「プット」イラストと同様の特徴を備えている。

 しかし、一九〇三年作品Aを見て、「子供」、「プット」と感得されることはあっても、「キューピー」を感得することはない。すなわち、一九〇三年作品Aは、本件人形と異なり、@生え際が描かれている等髪の毛が豊かであり、A目は黒目が点で描かれ、B眉毛は描かれていないか、眉毛に相当するものが描かれているとしても、つり上がり、目に接触している。本件人形において、眉毛が目からかなり離れて描かれているのと大きく異なる。C口は点で描かれている。本件人形において、左右に伸びた曲線で微笑みを表現しているのと異なる。D怒ったような表情ないし暗い表情である。E背後に描かれている双翼状のものは、不明確である。F頭部の突起は、後頭部から後ろに向かって伸びており、うつむいた状態ではじめて見える位置に描かれている。本件人形において、頭頂部から上に向かって伸びているのと異なる。G頭部の突起は、角であるのか、髪の毛であるのかが明らかでない。本件人形において、頭部の突起は、髪の毛が突起の頂点に向けて渦を巻くように描かれているのと異なる。H頭部の突起は、一か所だけ描かれている。本件人形において、突起は頭頂部、左右の耳の上及び後頭部の首の付け根の四か所に描かれているのと異なる。I人物の姿勢は、ひざまずいて手を胸の前で合わせ祈りを捧げており、既存の天使を描いた図柄と同様に宗教的色彩が強い。本件人形において、宗教的色彩がないのと異なる。

(3) 一九〇五年作品(乙一七)との対比

 乙一七号証記載のイラストは、ローズ・オニールによって創作され、一九〇五年一二月に発行された作品(以下「一九〇五年作品」という。)である。これも、日米著作権条約が発効される前に発行されたため公有に帰している。

 しかし、この作品を見て「子供」、「プット」と感得されることはあっても、「キューピー」と感得されることはないから、本件人形は同作品の二次的著作物ではない。すなわち、一九〇五年作品は本件人形と異なり、@髪の毛が豊かであり、A目は横に長く描かれ、顔は写実的に描かれており、B頭部の突起は、後頭部から後ろに向けて伸びており、横向きの図柄においては、正面からは突起が目立たない。本件人形において、頭頂部から上に向けて伸びているのとは異なる。むしろ、従来の「プット」を描いた作品と共通の特徴を備えている。

(4) 一九〇六年作品(乙一八)

 乙一八号証記載のイラストは、ローズ・オニールによって創作され、一九〇六年七月に発行された作品(以下「一九〇六年作品」という。)である。これは、日米著作権条約が発効された後に発行されたため公有には帰していない。

 しかし、この作品を見て「子供」、「プット」と感得されることはあっても、「キューピー」と感得されることはないから、本件人形は同作品の二次的著作物ではない。すなわち、一九〇六年作品は本件人形と異なり、@髪の毛が豊かであり、A頭の突起部分が、本件人形のように頭頂部から上に向けて伸びているのではなく、後頭部から後ろに向けて伸びており、正面方向の図柄においては、正面から突起が目立たない。本件人形において、頭頂部から上に向けて伸びているのとは異なる。むしろ、従来の「プット」ないし子供の「キューピッド」を描いた作品と共通の特徴を備えている。

(被告の反論)

() 原告の挙げる本件人形の特徴は、@裸で立っている、掌を広げている等の「姿勢」、A耳の上の髪の毛の有無等の「髪の毛の有無、量」、B口の大きさ、眉毛の位置等の「表情」、C頭頂部の「突起の存在」、D三等身の体型、頭の形等の「幼児体型」、E「背中の双翼の存在」である。

 しかし、右の要素は、いずれも「かわいらしい幼児の天使の立像」の一般的特徴に他ならないのであって、創作的な表現形態とはいえない。右Cの突起についても、同様の突起は他の著作物にも多く認められ、一般的な表現にすぎない。

() 本件人形は、一九〇三年作品A等の複製物にすぎず、右作品と別個独立の新たな創作的な表現はない。

 日米間での最初の著作権保護に関する条約である日米著作権条約の批准交換の日である一九〇六年四月二八日以前に発行された著作物が日本において保護される根拠はない。本件人形は、既にパブリック・ドメインとなった一九〇三年作品A等の複製物にすぎないのであるから、被告イラスト及び被告人形は、本件人形の複製物とはいえない。

() ローズ・オニールが、イラストレーターとして本格的に仕事を開始したのは、一八九六年である。その後、人気イラストレーターとして活躍した時期に、一九〇三年作品Aが、雑誌「コスモポリタン」(Cosmopolitan)の「クリスマス・コートシップ(Christmas Courtship)」という短編小説の挿絵として描かれた。同作品は、本件人形の特徴である@先の尖った頭髪、A背に付された小さな双翼、Bふっくらした幼児の体型のすべてを備え、いわゆる「キューピー」の姿が描き尽くされており、本件人形の原著作物に当たるといえる。

 ローズ・オニールは、右作品に登場する人物をキューピーと呼んで、その後も一九〇九年までの長年の間、たびたびキューピーの図柄を描いて雑誌に発表した。ローズ・オニールは、一九〇五年一一月、「American Illustrated Magazine」に掲載された「The Expansion of Alphonse」中で、一九〇五年作品を発表した。右作品も、本件人形の創作的特徴をすべて備えている。さらに、ローズ・オニールは、一九〇六年七月、「HAPER'S BAZAR」に「A NIGHT WITH LITTLE SISTER」中で、一九〇六年作品を発表した。

 右の三つの作品から明らかなとおり、本件人形は、一九〇九年以前の長期間にわたって、ローズ・オニールがたびたび描き、キューピーと呼んでいたものの複製物にすぎない。

 その後、ローズ・オニールは、キューピーのイラストを挿絵として利用した物語を発表した。これが、原告が「キューピー」誕生と主張している「レディース・ホーム・ジャーナル(Ladies' Home Journal)」誌一九〇九年一二月号の「クリスマスのキューピー達の戯れ(The Kewpies' Christmas Frolic)」(乙一五)である。

 右イラストが発行される直前、ローズ・オニールは、雑誌の編集者に対して手紙(乙一六)を送っている。その中で、ローズ・オニールは、後頭部上に先の尖った頭髪を持ち、背に小さな双翼を付けた、ふっくらした幼児の体型の人物のイラスト(そのイラストの人物は容易にキューピットを連想させる。)を描いて、そのイラストの人物を「これらの人物」(these persons)と指し示し、一九〇九年のかなり前(for a long time)から、「この人達」をキューピットの愛称である「キューピー」と呼んできたことを明らかにしている。このことからも、本件人形が従前からローズ・オニールが描いていたものの複製物であることが明らかである。

(中略)

13 権利濫用の有無

(被告の主張)

 原告が本訴において、本件著作権に基づいて請求することは、以下の経緯に照らすならば、権利の濫用に当たり許されない。

() 原告は、昭和五四年ころから、キューピーのデザインに関する事業を開始し、今日まで、自らデザインしたキューピー人形等を、製造、販売して生計を立てている。すなわち、原告は、自ら、本件訴えにおいて著作権侵害及び不正競争防止法違反であると主張している行為を、業として行い、生計を立てていた者である。

() 原告は、遺産財団から、本件著作権を含めた権利を譲り受けたとしているが、右譲渡は、弁護士法に違反するか、又は訴訟信託に該当する可能性の高いものである。遺産財団の管財人として、デビッド・オニールが新たに任命される以前であり、原告の主張によっても権原を取得できない時期に、原告は、本件著作権を有することを前提として、被告その他の第三者に対して、本件著作権に基づく権利行使をしている。原告は、一方で、第三者に対して、著作権使用料の支払いを求め、他方で、自らの事業のために、(原告の主張によれば)正当な著作権者に対して、著作権使用料を支払うことなく、営業活動を継続していた。

(原告の反論)

 著作権侵害を行った者であっても、後に適法に著作権の譲渡や許諾を受けて権利行使をすることができるのは当然である。原告は、現在では本件著作権を適法に譲り受けた上で本件人形を複製しているのであり、正当な活動ということができる。

 本件人形及びキューピーという表示を著名にしたのは、被告ではなく、ローズ・オニールである。被告は既に著名になっていた本件人形及びキューピーという表示の顧客吸引力にただ乗りしたにすぎない。被告は、本件著作権がいずれは行使されるかもしれないことを予想すべきであったのであり、本件著作権がパブリックドメインに帰したとの信頼には正当な理由がない。

 以上のとおり、原告が本件著作権に基づいて、権利行使をすることは、権利の濫用には該当しない。

(中略)

第三 争点に対する判断

(中略)

<筆者注:裁判所は争点2についても判断の上、被告の使用している図柄と原告主張の著作権に関わる図柄は非類似であると判断し、その上で、下記判断を行った。>

三 争点13(権利濫用)について

 以上のとおり、原告の本件請求は、その余の点を判断するまでもなく失当であるが、権利濫用の点についても、付加して検討する。

1 証拠(甲二〇ないし二二、五一、乙一、八ないし一〇、五六、五七、一〇一ないし一〇四)、当裁判所に職務上顕著な事実及び弁論の全趣旨をあわせれば、以下の事実が認められる。

() 原告は、昭和五四年ころから、キューピーの図柄等のデザインに関連する業務を行い、また、自己がデザインしたキューピーに関連する商品を販売している。

 原告は、ハマナカ株式会社、キクチ株式会社及び株式会社オビツ製作所等とキューピーに関連する商品等の取引を行った。ハマナカ株式会社が昭和五四年から五六年に掛けて発行した手芸作品集には、原告がデザインしたキューピーの図柄が掲載されている。平成七年に原告がデザインし、同社が発売したキューピー商品には、原告の指示により、「designed by Kewpie Club」、「OMOIDE KOUBOU コ」という表示が付されている。原告は、右商品の取引に関連して、同社から、少なくとも六〇万円の支払を受けている。原告は、キクチ株式会社とも取引を行い、同社は、平成三年ころ、原告がデザインしたキューピー人形を製造した。原告は、株式会社オビツ製作所とも取引を行い、同社は、平成五年ころから、原告がデザインしたキューピー人形を製造した。

 また、原告は、昭和六三年、京都市に「想い出博物館」を開設し、自ら収集したキューピー人形を含む古いおもちゃ類等を展示し、土産品の販売を行うなどしたり、平成六年、神戸市にキューピー専門の博物館兼販売店である「キューピークラブ イン 神戸」を開設したりした。原告は、平成六年ころから、「インターナショナルローズオニール協会(I.R.O.C.)」日本支部を自称する「日本キューピークラブ」を主宰し、「Japan Kewpie Club News」なる機関紙を発行した。この機関紙には、ローズ・オニールが作成したとされるキューピーのイラストが多数掲載されたり、キューピーの関連商品、Tシャツ等を有償で販売する案内が紹介されたりしている。

 ところが、原告は、平成一〇年ころに至って、ハマナカ株式会社及び株式会社オビツ製作所に対し、原告がキューピーの著作権について独占的使用権を取得したとして、キューピーに関する商品(原告の制作するキューピーに関する商品に限らない。)について、使用許諾料の請求をするなどした。

() 原告は、平成五年五月ころ、株式会社日本興業銀行(以下「日本興業銀行」という。)との間で、原告の製造・販売するキューピーの図柄を付した商品を販売促進用品として、販売したりした。その取引は、平成七年三月ころまで継続した。日本興業銀行は、原告に対し、一億円を超える各種商品の購入代金を支払った。

 ところが、原告は、平成八年一一月二〇日、日本興業銀行に対し、「ローズ・オニールの財産を管理しているローズ・オニール・エステートという米国の団体と日本におけるローズ・オニールの著作権に関して総代理店契約を締結した」として、被告に対し「ローズ・オニールのキューピー」の使用・購入を求めた。

() 牛乳石鹸共進社株式会社は、自社の石鹸、シャンプー等の商品に「キューピー」の文字及び図形からなる商標を付していた。原告は、平成一一年一月ころ、同社に対して、原告がキューピーに関する著作権を取得したこと、同社が「キューピー」の商標を付した商品を製造、販売することは原告の有する著作権を侵害することを理由として、使用許諾料の支払をするように求めた。

2 以上認定した事実、すなわち、原告は、一方において、本件著作権を平成一〇年五月一日に譲り受けたと主張しているにもかかわらず、@正当な権原を取得したとする時期よりはるか前である昭和五四年ころから、キューピーの図柄等のデザイン制作、及びキューピーに関する商品の販売等を行い、自らが本件著作権の侵害となる行為をして、利益を得ていたこと、A自らが主催するキューピーに関する団体の活動においても、ローズ・オニールが作成したキューピーの複製品(原告の主張を前提とする。)を製造、販売したこと、Bさらに、キューピーに関する原告の商品には原告が著作権を有するかのような表示を付したりしていたこと、C原告は、自己がデザインしたキューピーに関する商品を販売していた取引相手に対して、キューピー商品一般(原告の制作したキューピー商品以外のもの)について、使用許諾料の請求をするなどしている等の事実に照らすならば、自らが本件著作権の侵害行為を行って利益を得ていた原告が、本訴において、被告に対し、本件著作権を侵害したと主張して、差止め及び損害賠償を請求することは、権利の濫用に該当すると解するのが相当である。したがって、この点からも、原告の請求は失当である。

四 よって、主文のとおり判決する。

  東京地方裁判所民事第二九部

    裁 判 長 裁 判 官      飯   村   敏   明

          裁 判 官      沖   中   康   人

          裁 判 官      石   村       智