★不正競争防止法2条1項1号、普通名称、営業との混同

H11.10.28 東京高裁 H9(ネ)2081 不正競争

平成九年ネ第二〇八一号 不正競争行為差止請求控訴事件

         判    決

  控訴人    京王自動車株式会社

   (原判決における表示 多摩京王自動車株式会社)

  被控訴人    京王交通八王子株式会社

  引受参加人    京王交通第三株式会社

(事案)

タクシー運送などを業としている被控訴人らが営業用自動車に「京王」及び「京王交通グループ」と表示することは、控訴人(電鉄業)に対する不正競争行為となるか。

(判旨)

 被控訴人らがその旅客自動車運送事業のための営業用自動車に使用している表示のうち、「京王」はいうまでもなく本件表示と同一であり、また、「交通」及び「グループ」が極めて卑近な普通名称にすぎないことからすれば、「京王交通グループ」は本件表示に類似するというべきである。そして、平成五年五月から同七年一月にかけて、控訴人の旅客自動車運送事業との間に営業の混同を生じた事例が複数回あったことや、被控訴人らの営業内容および事業区域が、控訴人の営業内容及び事業区域と完全に重複することに鑑みれば、被控訴人らがその旅客自動車運送事業について本件表示を使用すると、控訴人の旅客自動車運送事業との間に営業の混同を生ずるおそれがあると認めるのが相当である。

(判決文の抜粋)

         主    文

  原判決を次のとおりに変更する。

 一 被控訴人及び引受参加人は、いずれも、東京都の三多摩地区(東京都のうち特別区、島嶼、武蔵野市及び三鷹市を除く区域をいう。以下同じ。)に所在する一般乗用旅客自動車運送事業のための施設(営業所を含む。)に属する営業用自動車(タクシー、ハイヤーを含む。)、同地区において一般乗用旅客自動車運送事業のために使用する営業用表示物件(看板、パンフレット、広告物を含む。)及び営業用帳票類(タクシー・ハイヤーチケット、請求書を含む。)から、「京王」の文字を抹消せよ。

 二 被控訴人及び引受参加人は、いずれも、東京都の三多摩地区において行う一般乗用旅客自動車運送事業に関する営業上の施設及び営業活動(宣伝広告を含む。)について、「京王」の文字を使用してはならない(ただし、引受参加人が行う一般乗用旅客自動車運送事業に関する営業活動のうち、発地又は着地のいずれかが三多摩地区外であるものを除く。)。

 三 控訴人の被控訴人に対するその余の請求を棄却する。

(中略)

         事   実

第一 控訴人が求める裁判

 一 原判決を取り消す。

 二 本判決の主文一、二の項と同旨。

 三 被控訴人は、東京法務局八王子支局における被控訴人の株式会社の登記のうち、平成五年四月一日受付けでなされた被控訴人の商号「京王交通八王子株式会社」の登記の抹消登記申請手続をせよ。

 四 本判決の主文一、二の項と同旨の項につき仮執行の宣言

第二 当事者の主張

(略)

         理   由

(中略)

第二 本件表示の周知性について

京王電鉄株式会社が国内においても有数の私鉄の一つであって、その経営に係る鉄道事業が東京都心部と三多摩地区とを結ぶ重要な交通機関の一つであることは、当裁判所に顕著な事実である(ちなみに、甲第一一一号証によれば、梅棹忠夫ほか監修「日本語大辞典」(株式会社講談社平成元年一一月六日発行)の五八六頁五段には、「けいおうていと|でんてつ」の項において京王電鉄株式会社に関する記載があることが認められる。)。また、京王電鉄株式会社を中核とする京王電鉄グループが東京都内において多角的な営業活動及び広告活動を行っていること(いわゆる京王デパートは東京都内においても有数の百貨店の一つであり、京王プラザホテルは東京都内においても有数のホテルの一つである。また、京王バスは東京都内においても有数の路線バスの一つである。)も、当裁判所に顕著な事実である。これらの事実の下では、京王電鉄グループによって使用されている本件表示は、少なくとも京王電鉄株式会社の鉄道路線が走る地域を中心とする三多摩地区においてはよく知られていることが明らかというべきであり、法二条一項一号の要件である周知性を有していると解するのが相当である。

この点について、原判決は、三多摩地区において京王電鉄グループと系列関係を持たずに「京王」の名を冠して営業をしている企業等も少なからずある旨を説示し、これらの企業の存在をもって、本件表示の周知性を弱くみる論拠としている。しかしながら、本件表示が後記のように京王電鉄株式会社の前身である京王電気軌道株式会社の鉄道路線の始発地として予定された東京都心部(新宿)と終着地として予定された八王子の地名の組合わせから着想された造語であって、それ以外に由来の考えにくい用語であることに鑑みれば、「京王」の文字を含む商号を使用する企業が三多摩地区に少なからず存在する事実は、同地区における本件表示の周知性の強さを裏付けるものではあっても、これを弱めるものではないというべきである(本件表示が「みやこの王様」という観念からも着想され得る造語であるという被控訴人らの主張は、簡単には採用することができない。仮に本件表示から「みやこの王様」という観念が生じ得るとしても、同表示が京王電鉄グループと無関係に容易に着想され得るとは思われない。)。

第三 営業の混同及び営業上の利益の侵害について

乙第一号証の四各証によれば、被控訴人らがその旅客自動車運送事業のための営業用自動車に使用している表示は、「京王」及び「京王交通グループ」であることが認められる。前者はいうまでもなく本件表示と同一であり、また、「交通」及び「グループ」が極めて卑近な普通名称にすぎないことからすれば、「京王」の文字を含む後者は本件表示に類似するというべきである。

そして、被控訴人らがその旅客自動車運送事業に本件表示あるいはこれを含む表示を使用したことによって、平成五年五月から同七年一月にかけて、控訴人の旅客自動車運送事業との間に営業の混同を生じた事例が複数回あったことは、原判決三七頁五行ないし三九頁一〇行に説示されているとおりであると認められる。さらに、甲第七〇、第一〇九号証によれば、平成八年二月から同一〇年一〇月にかけても、ほぼ同様の営業の混同を生じた事例が複数回あったことが認められる。

以上の事実に加えて、被控訴人らの営業内容および事業区域が、控訴人の営業内容及び事業区域と完全に重複することに鑑みれば、被控訴人らがその旅客自動車運送事業について本件表示あるいはこれを含む表示を使用すると、控訴人の旅客自動車運送事業との間に営業の混同を生ずるおそれがあると認めるのが相当である。

右のとおりであるから、被控訴人らがその旅客自動車運送事業について本件表示あるいはこれを含む表示を使用することは、控訴人に対する法二条一項一号の定める不正競争に該当する。

そして、右認定のとおり被控訴人らの行為によって営業の混同が生ずると認められる以上、特段の事情がない限り、控訴人は営業上の利益を侵害されるおそれがあると解するのが相当である(最高裁昭和五四年オ第一四五号同五六年一〇月一三日第三小法廷判決・民集三五巻七号一一二九頁参照)。しかし、本件においては、そのような特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人らに対する請求のうち本判決の主文一、二の項に相当する部分は、法三条一項及び二項の規定により、正当として認容すべきものである。

しかしながら、被控訴人が現商号を称すること自体が控訴人に対する不正競争に当たらないことは明らかであるし、控訴人の営業上の利益に対する侵害を停止又は予防するために被控訴人の商号の抹消登記をすることが必要であると解することもできないから、控訴人の被控訴人に対する商号の抹消登記申請手続請求は、認容することができない

第四 被控訴人らの先使用の抗弁について

被控訴人らは、京王交通株式会社は昭和三〇年からその旅客自動車運送事業に本件表示を不正の目的でなく使用しており、本件表示が著名あるいは周知となったのは昭和三〇年より後のことであるから、京王交通株式会社は本件表示を使用することについて先使用の利益を有するとして、これを前提に、被控訴人らは京王交通株式会社を中核とする京王交通グループに属する者として右利益を援用できる旨主張する。

しかしながら、甲第七、第九、第一八号証によれば、京王電鉄株式会社の前身である京王電気軌道株式会社は大正二年四月に笹塚と調布との間の鉄道事業を開始し、大正一五年一二月には新宿と八王子との間の鉄道路線を完成したこと(京王電気軌道株式会社の商号は、同社の鉄道路線の始発地として予定された東京都心部(新宿)と終着地として予定された八王子の地名の組合わせから着想されたことが明らかであって、同社は当初からその鉄道路線に「京王」の文字を含む名称を使用していたものと推認される。)、京王電鉄株式会社は昭和二三年六月に京王帝都電鉄株式会社の商号で設立されたことが認められ、これらの事実を前提にしてなお、本件表示が少なくとも三多摩地区において法二条一項一号の要件である周知性を有するに至ったのが昭和三〇年より後であると認めさせる証拠は、本件全証拠を検討しても見出すことができない。

のみならず、本件表示が前記のように東京都心部(新宿)と八王子の地名の組合わせから着想された造語であり、それ以外に由来の考えにくい用語である以上、その事業区域に八王子が含まれていない京王交通株式会社が「京王」の文字を含む商号を採用するについて、本件表示が有する信用力を利用する不正の目的がなかったと認めることもできない。

右のとおりであるから、その余の点を検討するまでもなく、被控訴人らの先使用の抗弁は採用できないことが明らかである。

(後略)

    東京高等裁判所第六民事部

             裁判長裁判官   山  下  和  明

                裁判官   春  日  民  雄

                裁判官   宍  戸     充