★ 商標法4条1項7号、公序良俗、便乗登録

H11.11.29 東京高裁 H10(行ケ)18 母衣旗商標

平成10年(行ケ)第18号 審決取消請求事件

(争点)

町おこしに当該標章が使用されることを知りつつ取得した商標権設定登録の公序良俗性

(判旨)

被告による本件商標の取得は、仮に、その主張するとおり、本件商標を自ら使用する意思をもってその出願に及んだものであるとしても、原告による、町の経済の振興を図るという地方公共団体としての政策目的に基づく公益的な施策に便乗して、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、指定商品が限定されるとはいえ、該施策の中心に位置付けられている「母衣旗」名称による利益の独占を図る意図でしたものといわざるを得ず、本件商標は、公正な競業秩序を害するものであって、公序良俗に反するものではないとして本件商標が同法4条1項7号に該当しないとした審決は違法である。

          判     決

     原      告   福島県石川郡石川町

     被      告   株式会社ダン・ホーム

          主     文

      特許庁が、平成6年審判第14941号事件について、平成9年11月28日にした審決を取り消す。

      訴訟費用は被告の負担とする。

          事実及び理由

第1 当事者の求めた判決

 1 原告

   主文と同旨

 2 被告

   原告の請求を棄却する。

   訴訟費用は原告の負担とする。

第2 当事者間に争いのない事実

 1 被告は、「母衣旗」の漢字を横書きし、その上に「ほろはた」の平仮名文字を横書きした構成よりなり、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表による第32類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品」を指定商品とする登録第2434423号商標(平成元年7月3日登録出願、平成4年7月31日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。

   原告は、平成6年8月31日、本件商標につき登録無効の審判請求をした。

   特許庁は、同請求を平成6年審判第14941号事件として審理したうえ、平成9年11月28日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月17日、原告に送達された。

 2 審決の理由の要旨

   審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人(原告)が、本件商標登録無効審判を請求するについて法律上の利益を有する者であるとしたうえ、本件商標が、商標法3条1項3号及び6号並びに4条1項7号及び15号に該当するとの請求人の主張に対し、本件商標は、これをその指定商品について使用しても、商品の産地、販売地を表示するものではなく、需要者が何人かの業務に係る商品であるかを認識することができない商標ということもできないから、同法3条1項3号又は6号に該当せず、また、本件商標を構成する「母衣旗」の文字が、それ自体公の秩序又は善良の風俗を害する文字よりなるものではなく、社会公共の利益に反する事実も認められないから、本件商標は同法4条1項7号に該当せず、さらに、本件商標が、これを食肉等の指定商品に使用しても、請求人の生産販売に係る商品であるかのようにその出所につき混同を生じるおそれはないから、同項15号に該当せず、請求人の主張は理由がないから、同法46条1項の規定により、その登録を無効とすべき限りでないとした。

第3 原告主張の審決取消事由の要点

   審決は、本件商標を構成する「母衣旗」の文字が、旧地名を表示するものであることを看過し、本件商標が、これをその指定商品について使用しても、商品の産地、販売地を表示するものではないと誤認して、本件商標が商標法3条1項3号、6号に該当しないとし(取消事由1)、本件商標が公共の利益に反する事実を看過して、本件商標が同法4条1項7号に該当しないとし(取消事由2)、さらに、本件商標を指定商品に使用したときに、その商品が原告と関係するものであるかのように出所の混同を来すことを看過して、本件商標が同項15号に該当しないとした(取消事由3)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

(中略)

原告の主張

 2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)

   審決は、本件商標が、その登録により地名を独占することにならず、かつ、本件商標の存在により、「母衣旗まつり」の開催自体ができなくなることもないから、本件商標を構成する「母衣旗」の文字が、社会公共の利益に反する事実も認められないとして、本件商標が、商標法4条1項7号に該当するものではないと判断したが、それは誤りである。

   すなわち、歴史的事実として、現在は石川町の大字名である「母畑」の地名が「母衣旗」の旧地名の転訛したものであることは、上記のとおりであるが、このような史実を基に、「母衣旗」は単に母畑地区のみならず石川町全体の貴重な歴史的財産とされ、例えば、母畑地区の公民館だよりの名称として用いられていた。しかるところ、原告は、従来より生産に力を入れていた牛肉(石川牛)の宣伝と町内における消費拡大を企図して、昭和60年10月に「石川牛焼き肉試食会」、昭和61年10月に「石川牛肉まつり」を開催したが、昭和62年10月からは、町興し政策の一環として、町の歴史的財産としての「母衣旗」を用いて、これを「母衣旗まつり」と称することとし、同時に、石川牛のみならず、石川町の特産品等全般についても全国的な知名度を高めるべく、これら特産品等に共通した「母衣旗」の標章を付することを町内の各業者に奨励した。したがって、「母衣旗」は、石川町の各業者に対し開放された標章であり、かつ、石川町において極めて公共性の高い標章である。また、「母衣旗まつり」は年々盛大となり、入場者が1万人を超えるまでになった。

   ところが、被告は、その代表者が石川町の住民であって、上記のように「母衣旗まつり」が盛んになり、町内の各業者に「母衣旗」の標章の使用が奨励されていることを当然承知しているにもかかわらず、その主たる業務である土木建築工事の設計、請負施工と全く関係のない「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品」を指定商品とした本件商標について、平成元年7月3日に登録出願に及び、平成4年7月31日に設定登録を受けたものである。そして、被告は、出願後も、本件商標を実質的に使用していなかったが、平成9年11月、石川町内の製麺業者であり、「母衣旗うどん」、「母衣旗細めん」との標章を付した商品を製造販売していた有限会社松山製麺所に対し、内容証明郵便により、該標章の使用中止と3600万円の損害賠償を要求し、さらに、同月、石川町内の菓子業者であり、「母衣旗まんじゅう」との標章を付した饅頭を製造販売していた有限会社よしだやに対し、饅頭が本件商標の指定商品に含まれないにもかかわらず、内容証明郵便により、該標章の使用中止と2400万円の損害賠償を要求したため、上記両業者は、トラブルに巻き込まれることを恐れ、それぞれの標章の使用を中止しただけでなく、既に卸販売した商品の回収や包装紙の廃棄等をしたために損害を被った。また、このことにより、石川町内では、「母衣旗」の商標が使用されなくなり、原告の町興し政策は、大きな打撃を受けた。

   以上のような経緯に照らし、被告は、原告が「母衣旗」を「母衣旗まつり」の名称として使用し、かつ、開放された標章として石川町内の各業者に使用を奨励していることを承知していながら、商標登録出願がされていないことを奇貨とし、これを使用する意思もないのに、本件商標を取得し、一定の指定商品の範囲とはいえ「母衣旗」の標章を独占して、これを使用している業者に高額な金員の支払を要求し、かつ、原告の町興し政策の遂行を妨害して、不当な利益を得ようとしたことは明らかである。すなわち、被告による本件商標の取得は、不当な利益を得ようとする不正の目的によるものであるから、商標法秩序を害し、公序良俗に反するものというべきである。

   したがって、単に、「母衣旗まつり」の開催自体が不可能ではないことを理由として、本件商標が商標法4条1項7号に該当しないとした審決の判断は誤りである。

(中略)

被告の反論

(中略)

 2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)について

   原告は、「母衣旗」が石川町において極めて公共性の高い標章であり、被告は、これらの事実を承知していながら、使用する意思もないのに、本件商標を取得し、不当な利益を得ようとしたと主張するが、悉く誤りである。

   「母衣旗」は、石川町母畑地区の伝承的名称であるが、母畑は石川町のごく一部で、町を代表する地域でもない。また、石川町内には、「猫啼」との伝承的な名称も存在し、「母衣旗」のみが伝承的な名称であるというわけでもない。そして、現実の「母衣旗」の使用に関しては、原告によるものとしては、年1回開催される「母衣旗まつり」があるのみであるが、本件商標の存在により「母衣旗まつり」自体が開催できなくなるわけではない。本件商標と抵触する使用例としては、「母衣旗まつり」に出店した山菜そば店が「母衣旗」との名称を使い、また、有限会社松山製麺所が「母衣旗うどん」との標章を付した商品を販売した例があるのみである。公民館だよりの名称としての使用は、本件商標と全く関係するものではない。このような状況の下で、「母衣旗」が石川町において極めて公共性の高い標章であるといえないことは明らかである。

   また、被告は、本件商標を、平成4年12月から約2年間は被告自ら、また、平成6年12月から平成9年1月までは実施権者に実施許諾をして、指定商品中の寿司に使用し、さらに、平成10年からは実施権者(被告代表者が理事を務める社団法人勤労者福祉事業団が経営するホテル)に実施許諾をして、指定商品中のラーメンに使用しており、使用する意思がないのに本件商標を取得したものではない。

   さらに、原告が有限会社松山製麺所に対して、「母衣旗うどん」等の標章の使用中止と損害賠償を請求したのは、商標権者として当然の権利防御行為であり、賠償請求額も当業者の一般的な利益の傾向から、同会社の利益額を推し量ったことによるものである。また、有限会社よしだやに対する請求は、被告代理人において、饅頭が指定商品に含まれるものと誤解したことによるものであって、これらの行為により、不当な利益を得ようとしたとすることはできない。

   したがって、被告には、原告の主張するような、不当な利益を得ようとする不正の目的はなく、原告の主張は何ら理由がない。

(中略) 

第5 当裁判所の判断

(中略)

 2 取消事由2(商標法4条1項7号該当性の判断の誤り)について

  (1) 平成4年4月1日発行の「NHKふるさとデータブック2[東北]−青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島−」(甲第7号証)、原告の広報紙と認められる「広報いしかわ」の綴りである甲第10号証のうちの「広報いしかわ」第334号(昭和62年11月発行)、同346号(昭和63年11月発行)、同358号(平成元年11月発行)、同370号(平成2年11月発行)、同382号(平成3年11月発行)、昭和62年の「母衣旗まつり」の出店予定状況を記載したものと認められる「母衣旗まつり(ふるさと特産品直売)参加関係」と題する書面(甲第33号証)、昭和63年の「母衣旗まつり」についての同旨の書面と認められる「母衣旗まつり88出店申込状況」と題する書面(甲第34号証)、平成元年の「母衣旗まつり」についての同旨の書面と認められる「母衣旗まつり89出店状況」と題する書面(甲第35号証)、平成2年の「母衣旗まつり」についての同旨の書面と認められる「出店申し込み一覧表」と題する書面(甲第36号証)、平成3年の「母衣旗まつり」についての同旨の書面と認められる「出店申込み一覧表」と題する書面(甲第37号証)、母畑地区公民館の公民館だより「母衣旗」の綴り(甲第44号証)、原告代表者の報告書(甲第45号証)、有限会社松山製麺所代表者の陳述書(甲第46号証)、有限会社よしだや代表者の陳述書(甲第47号証)、被告代理人弁護士の有限会社松山製麺所宛て「警告書」(乙第20号証の1)、同有限会社よしだや宛て「警告書」(同号証の2)、有限会社よしだや代理人弁理士の被告代理人宛て「回答書」(乙第21号証の1)、有限会社松山製麺所代理人弁理士の被告代理人宛て「回答書」(同号証の2)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

   @ 石川町においては、既に昭和47年4月から、母畑地区公民館が、その公民館だよりに、「母衣旗」の名称を付して地区住民に配布し現在に至っていること、

   A 石川町は、人口約2万1000人余りの地方自治体であるところ、原告は、同町で生産される牛肉(石川牛)の消費拡大を企図して、昭和61年10月に「石川牛肉まつり」なるイベントを催したが、翌昭和62年には、牛肉のみならず同町の産品の開発宣伝により、同町の経済の振興を図る、いわゆる町興しのための施策として、同イベントの名称を「母衣旗まつり」と改め、町内の業者に出店を呼びかけるとともに、同町の産品の知名度を向上させるため、町内の業者に対し、その商品に「母衣旗」との共通した標章を付することを奨励することとしたこと、

   B そして、昭和62年10月10日、石川町内の業者等約20店舗が出店し、約5000人の入場者を集めて第1回の「母衣旗まつり」が開催され、その後、「母衣旗まつり」は毎年1回10月に開催されて、本件商標の登録出願(平成元年7月3日)ないし登録査定(平成4年2月7日)当時に至っており、毎年数千人ないし1万人を超える程度の入場者を集めていたこと、

   C また、「母衣旗まつり」に出店した業者等で、その販売に係る産品等に「母衣旗」の標章を付したものがあったほか、石川町の製麺業者である有限会社松山製麺所が平成2年ころから、菓子業者である有限会社よしだやが、平成7年ころから、それぞれその製造販売する商品の標章として「母衣旗」を採択したこと、

   D 被告代表者は、石川町出身であり、同町内に住所を有していること、

   E 被告は、本件商標の設定登録を受けた後の平成9年11月、有限会社松山製麺所及び有限会社よしだやに対し、それぞれ内容証明郵便をもって、「母衣旗」の標章を付した商品を販売することが本件商標に係る商標権を侵害するとして、該標章の使用の中止と、有限会社松山製麺所に対しては3600万円、有限会社よしだやに対しては2400万円の損害賠償を請求し、これに対して、有限会社松山製麺所は該標章の使用を中止し、また、有限会社よしだやは、被告に対し、該標章を付した商品である饅頭が指定商品に含まれないことを指摘して、請求を拒否する回答をしたものの、トラブルを回避すべく、結局、その使用を中止したこと、

    以上の事実を認めることができる。

  (2) 石川町の母畑地区(大字母畑)が、源義家の母衣と旗に因んで、かつて「母衣旗」と称されており、これが転訛して「母畑」の地名になったとの伝承が存在することは前示のとおりである。

    しかるところ、(1)で認定した事実及び前示第2の1の争いのない事実によれば、原告においては、同伝承に係る「母衣旗」の名称を、既に昭和47年から、同伝承に直接関係する母畑地区に限ってとはいえ、公共的な刊行物に使用してきたところ、昭和62年に、いわゆる町興しの施策の一つとして、石川町の産品の開発宣伝により町の経済の振興を図る目的で、そのためのイベントを開催し、あるいは町の産品に共通の標章を付すことを業者に奨励してその知名度を向上させる方策を策定して、これを実行し始めたが、その際に、前示のような伝承を有する「母衣旗」を、イベントの名称や町の産品に付することを奨励する共通の標章にふさわしいものとして、選定採択し、いわば該施策の中心に位置付け、これにより地域周辺の業者等において、誰もが自己の商品に「母衣旗」の標章を使用できるとの認識を有する状態となっていたことが認められ、他方、被告は、その代表者が石川町に居住するから、原告のこのような施策や、「母衣旗」の名称が該施策の中心に据えられ、町内の各業者に対し使用が奨励されていることを十分承知しているものと推認されるところ、それにもかかわらず、平成元年に本件商標の登録出願をし、平成4年にその設定登録を受けて、指定商品の範囲とはいえ、「母衣旗」の標章の独占的使用権限を取得して、他業者の使用を不可能又は困難とし、現に、原告の奨励に応じて、これをその製造販売する商品に付して使用していた業者に対し、その使用を断念させたことが認められる。そして、これによると、被告は、本件商標出願が、原告の行っている施策を阻害するに至ることを認識し、少なくともその結果の招来を是認していたものと認められる。

    そうすると、被告による本件商標の取得は、仮に、その主張するとおり、本件商標を自ら使用する意思をもってその出願に及んだものであるとしても、原告による、町の経済の振興を図るという地方公共団体としての政策目的に基づく公益的な施策に便乗して、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、指定商品が限定されるとはいえ、該施策の中心に位置付けられている「母衣旗」名称による利益の独占を図る意図でしたものといわざるを得ず、本件商標は、公正な競業秩序を害するものであって、公序良俗に反するものというべきである。

    被告は、本件商標と抵触するものとして、「母衣旗まつり」に出店した店舗及び有限会社松山製麺所の使用例があるのみであると主張するが、本件商標が登録され、これと同一又は類似する標章をその指定商品に属する商品に使用した場合に民事上、刑事上の責任を問われるおそれのある状態で、その使用例が少ないことが、前示判断を左右するものではない。

    したがって、本件商標が、これをその指定商標に使用しても、公序良俗を害するおそれがないとした審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。

 3 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、審決は違法であって、原告の本件請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

 

東京高等裁判所第13民事部

裁判長裁判官   田  中  康  久

裁判官    石  原  直  樹

裁判官    清  水