★商標法26条、自他商品識別力、地名の要部性

H11.10.29 東京高裁 H10(ネ)3707 筑後の国寒梅・筑後の寒梅商標

平成一〇年()第三七〇七号商標権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成七年()第二〇〇九五号)

          判       決

        控訴人(原審原告)   寒梅酒造株式会社

        被控訴人(原審被告)  鷹正宗株式会社

          主       文

      本件控訴を棄却する。

      控訴費用は控訴人の負担とする。

(争点)

 日本酒の名称においては地名の部分も自他商品識別機能を有するか。

(判旨)

 日本酒の名称に地名が含まれている場合には、取引者・需要者は、その地名に着目するのであるから、その地名部分は取引者・需要者の注意を惹く部分として要部となり得るものであり、かつ、他の部分(地名部分が要部となるからといって、他の部分が要部とならないものではないことはいうまでもない。)と相俟って自他商品識別機能を果たし得るものと認めることができる。

(判決文の抜粋)

          事       実

(前略)

 二 控訴人の主張

  1 原判決は、日本酒の銘柄名には、地名が含まれているものが多くあり、その場合、それを販売している蔵元の多くは、その地に所在しているものと認められるとしたうえで、日本酒については、一般に産地により味や品質が異なるものと認識されているため、その名称に地名を付して産地名を表わすことが行われているものと認められ、そうすると、日本酒の名称に地名が含まれている場合には、取引者・需要者は、その地名は産地名を表わしていると認識し、その地名に着目するものと考えられるから、その地名の部分も自他商品の識別機能を果たしているものと認められる旨認定した(原判決三九頁四行目から四〇頁一行まで)。

          理       由

一 当裁判所も、控訴人の本件請求(但し、当審で維持する部分)のうち、原判決において認容した部分を超える部分は理由がないものと判断する。

  その理由は、控訴人の当審における主張に対し後記二のとおり判断するほかは、原判決理由欄と同じであるから、これを引用する。但し、原判決四〇頁二行目の「この点について、」から同三行目の「主張する。」までを削り、四三頁三行目の「第八六号証によると、」の次に「それぞれ一店舗において、」を加え、同五八頁七行目から八行目までを削る。

二 控訴人の当審における主張について

 1 日本酒の産地が同一であってもその味や品質が異なる等の主張(控訴人の主張1項)について

   日本酒については、その取引者・需要者の間において、例えば、「秋田の酒」、「新潟の酒」、「土佐の酒」というような、その産地と結び付けた表現が日常頻繁に用いられていることが公知の事実であり、この事実に照らして、取引者・需要者が、一般にその産地によって日本酒の味や品質に相違があるものと認識していることが推認される。仮に、控訴人主張のとおり、現実には、日本酒の味や品質が、産地と直接関係のない要因によって決定される度合いが大きいとしても、そのことと、取引者・需要者が一般に右のような認識を有していることとは別異の事柄であり、かつ、前者の事実が後者の事実を覆すに足りるものともいえない。

   また、日本酒の銘柄名に地名を含むものが多くあり、その場合、その蔵元の多くはその地に所在しているものと認められることは前示(原判決三九頁四行目から六行目まで)のとおりである。

   そして、これらの事実によれば、日本酒の名称に地名が含まれている場合には、その取引者・需要者は、通常、その地名が当該日本酒の産地名を表示しているものと認識し、かつ、その地名に着目するものと推認できる。控訴人は、取引者・需要者が、商標(銘柄名)の地名部分によるのではなく、容器やラベル、外箱等に掲記されている製造者の住所・名称により、真実の産地を確認していると主張するところ、日本酒の銘柄名に含まれる地名がその産地と一致しない一部の例があることは前示(原判決四〇頁三行目から八行目まで)のとおりであるが、日本酒の銘柄名に地名を含む場合、その蔵元の多くはその地に所在しているとの事実に鑑みれば、右のような一部の例があるからといって、日本酒の銘柄名に地名を含む場合であっても、取引者・需要者が、当該日本酒の産地に関して、名称に含まれる地名に着目せずに、専ら容器やラベル、外箱等の記載によって判断しているとの事実を推認することはできず、また、他にこの点を認めるに足りる証拠もない。

   そうすると、日本酒の名称に地名が含まれている場合には、取引者・需要者は、その地名に着目するのであるから、その地名部分は取引者・需要者の注意を惹く部分として要部となり得るものであり、かつ、他の部分(地名部分が要部となるからといって、他の部分が要部とならないものではないことはいうまでもない。)と相俟って自他商品識別機能を果たし得るものと認めることができる

   したがって、この点についても控訴人の主張は理由がない。

   なお、控訴人は、同一の地名が複数の蔵元に使用されていることからして、地名部分から製造元・販売元を察知するのは難しいので、地名部分の自他商品識別力は弱いものであり、商標の類否判断で用いられる要部観察による比較における要部とはなり得ないとも主張するが、右主張が、地名部分からのみ製造元・販売元を察知する(すなわち、自他商品の識別をする)ことを前提とする点において失当であることは明らかである。

 2 地名部分を含み全体が外観上まとまりのよい標章であっても、その地名部分を除いた部分よりなる商標と同一又は類似するとの主張(控訴人の主張2項)について

   被控訴人標章5、同6、同8、同10が、等しい大きさの活字(又は毛筆による行書体)により一行に横書き(又は縦書き)されたものであって、全体が一つのまとまりのある標章として認識されること、被控訴人標章7が、二行に分けて記載されているものの、文字は同一の大きさの毛筆による行書体で、「筑後の」の文字と「寒梅」の文字が近接して書かれているから、全体が一つのまとまりのある標章として認識されること、被控訴人標章4及び同9が、全体がほぼ正方形の枠に囲まれており、「筑後の」(又は「筑後の国」)という文字と「寒梅」という文字が、文字の大きさは違うものの、いずれも篆書の小篆風の同一書体により記載されていることから、全体が一つのまとまりのある標章として認識されることは、前示(原判決四五頁八行目から一一行目まで、四七頁九行目から一一行目まで、五一頁一〇行目から五二頁一行目まで、五六頁一行目から三行目まで、四九頁一〇行目から五〇頁二行目まで、三八頁九行目から三九頁二行目まで、五三頁一一行目から五四頁四行目まで)のとおりである。

   このことと、被控訴人標章4については前示(右1項及び原判決三九頁四行目から四四頁一行目まで)のとおり、また、被控訴人標章5ないし10についてはこれと同様の理由により、これらの被控訴人標章が、「筑後の国」(又は「筑後の」)の文字部分を含んでその全体が自他商品識別機能を果たしているものと認められることとによれば、これらの被控訴人標章については、その全体によって外観の観察を行うべきであり、また、その全体の構成に応じて「ちくごのくにかんばい」(又は「ちくごのかんばい」)との称呼を生じ、さらにその全体の構成に応じて、筑後において寒中に咲く梅(又は筑後の国において寒中に咲く梅)との観念を生じるものと認められる。

   そして、これらの外観、称呼、観念に基づき、被控訴人標章4ないし10につき、控訴人商標一ないし三と、外観、称呼、観念を総合した対比をすれば、両者が類似するものと認めることはできない。

   控訴人は、地名部分を含み全体が同一の書体、大きさ、間隔をもって外観上まとまりよく一連に横書き(又は縦書き)した標章が、その地名部分を除いた部分よりなる商標と同一又は類似すると判示した裁判例があると主張するが、事案(例えば、地名部分とその余の部分との結びつきの緊密性や取引者・需要者の地名部分に対する着目の度合、地名部分の有無による観念の変化の有無程度等)や、審理の経過を異にする他の裁判例が直ちに本件に適切であるということはできない。

   また、控訴人は、被控訴人標章5につき「筑後の国」の部分と「寒梅」の部分の間に一文字分の間隔がある構成であることを、被控訴人標章7、同4及び同9につき地名部分とその余の部分とを二行に分けた構成であることを、それぞれ取り上げ、従前の裁判例、審決例は、そのような場合には、前部と後部とに(又は各行ごとに)分けて解釈してきたと主張するが、標章の構成を全体として観察するか否かは、右に見たように、その構成態様の各要素及び取引者・需要者の着目箇所等を総合して判断すべきであり、一文字分の間隔がある構成であること、あるいは二行に分けた構成であることから、常に必ず前部と後部とに(又は各行ごとに)分けて観察しなければならないというものではなく、従前の裁判例、審決例においても、そのように解しているものではない。

   したがって、この点についても控訴人の主張は理由がない。

(後略)

    東京高等裁判所第一三民事部

      裁判長裁判官     田

         裁判官     石

         裁判官     清  節