★著作権法21条、書の著作権、複製権

H11.10.27 東京地裁 H10(ワ)14675 書著作権

平成一〇年()第一四六七五号 損害賠償請求事件

       原         告    時  光太郎

       被         告    オーデリック株式会社

       被         告    株式会社ディー・エヌ・ピー・メディアクリエイト

(事案)

 原告の著作に係る書を撮影した写真を照明器具の宣伝広告用カタログに掲載した被告らの行為が、原告の有する複製権を侵害するか。

(判旨)

 書は、文字の選択、文字の形、大きさ、墨の濃淡、筆の運びないし筆勢、文字相互の組合せによる構成等により、思想、感情を表現した美的要素を備えるものであれば、筆者の個性的な表現が発揮されている美術の著作物として、著作権の保護の対象となり得るものであるが、書について、その複製がされたか否かを判断するに当たっては、右の趣旨に照らして、書の創作的な表現部分が再現されているかを基準とすべきである。本件被告カタログは、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、書かれた文字を識別することはできるものの、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等、原告各作品の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得することは到底できず、上記基準に照らせば原告各作品の複製物であるということはできない。

(判決文の抜粋)

         主         文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

         事 実 及 び 理 由

第二 事案の概要

 本件は、原告の著作に係る書を撮影した写真を照明器具の宣伝広告用カタログに掲載した被告らの行為が、原告の有する複製権、氏名表示権及び同一性保持権を侵害したと主張して、原告が被告らに対し、損害賠償を請求した事案である。

一 前提となる事実(証拠を示した事実以外は、当事者間に争いはない。)

1 原告の著作物

 別紙目録一ないし三は、いずれも、後記被告各カタログ中の写真を拡大複写したものである。

2 被告らの行為

 被告オーデリック株式会社(以下「被告オーデリック」という。)は、各種照明器具の製造、販売等を行う会社であるが、自己商品の宣伝、広告用として、平成七年に「OHYAMA HOME&SHOP LIGHTING住宅・店舗用照明カタログ95〜96」と題する照明器具カタログ(以下「七年カタログ」という。)を、平成八年六月に「あかり物語Lighting Stories House Lighting Catalogue 1996〜1997」と題する照明器具カタログ(以下「八年カタログ」という。)を、平成九年六月に「あかり物語Lighting Stories House Lighting Catalogue 1997〜1998」と題する照明器具カタログ(以下「九年カタログ」といい、以上のカタログをあわせて「被告各カタログ」という。)を発行し、被告各カタログを電気工事店等に配布している。

(中略)

第三 争点に対する判断

一 争点1(複製権侵害の成否)について

1 証拠(甲二、三、六、一〇、乙一、二八、二九)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。

() 原告は、時光華と称し、昭和五八年日本書道美術館展推薦賞、昭和五九年汲五書展朝日新聞社賞、昭和六一年墨東書展日本美術協会賞等の各賞を受賞し、平成三年ころから、錦糸町西武百貨店において個展を開催して、活動している書家である。

 原告は、平成四、五年ころまでに、原告各作品を創作、完成した。

 原告作品一は、「雪月花」を縦書き二行に、縦約七〇ないし八〇センチメートル、横約六〇センチメートル程の大きさの紙面に、柔らかな崩し字で、原告作品二は、「吉祥」を右から左へ横書きに、縦約五〇ないし六〇センチメートル、横約五〇センチメートル程の大きさの紙面に、肉太で直線的に、原告作品三は、「遊」を中央に、縦約四〇センチメートル、横約四〇センチメートル程の大きさの紙面に、流麗な崩し字で、いずれも毛筆で書した作品である。

() 被告各カタログは、被告オーデリックの販売に係る照明器具の宣伝、広告用に作成され、八年カタログ及び九年カタログは、縦約三一センチメートル、横約二五・五センチメートルの大きさで、五、六〇〇頁の大部のカタログである。八年カタログ及び九年カタログには、照明器具を設置した和室を撮影した以下のとおりの各写真が掲載されている。右各写真は、いずれも、@天井面に被告オーデリックの室内照明器具が設置されている、A和室の中央に座卓が置かれている、B後方の床の間に生花が装飾的に配されている、C床の間の壁面に原告各作品(表装され、掛け軸とされたもの)が配されている、D原告各作品部分における一文字の大きさは、三ミリメートルないし八ミリメートルである点で共通し、これらを含む和室全体が被写体として撮影されたものである。なお、被告各カタログに原告各作品が撮影された経緯は、右カタログにおいて、被告オーデリックの販売する照明器具を室内に配置した状況を写真により紹介するため、住宅会社が展示していたモデルハウスの和室を利用して撮影をしたが、右モデルハウス内に、住宅会社が原告各作品を配置していたことによる。

() 八年カタログ及び九年カタログ中の原告各作品部分の内容は以下のとおりである。後記(1)@に関する写真の具体的状況は、別紙カタログ写真目録のとおりである(他は省略する。)。なお、七年カタログに掲載されている原告各作品については、掲載数及び掲載の態様、特徴を認める証拠はない。

(1) 八年カタログ

@ 原告作品一が、縦約一八ミリメートル、横約一三ミリメートルの大きさ(表装部分を除く紙面の大きさ、以下同じ)で、正面よりやや右側から撮影されている(二七四頁)。

A 原告作品二が、縦約九ミリメートル、横約八ミリメートルの大きさで、右側約四五度方向から撮影されている(二七七頁)。

B 原告作品三が、縦約七ミリメートル、横約六ミリメートルの大きさで、右側約三〇度方向から撮影されている(二九三頁)。

C 原告の作品が、縦約九ミリメートル、横約七ミリメートルの大きさで、右約四五度方向から撮影されている(二九八頁)。(なお、右作品は、「遊」の字を書した原告の作品と推認されるが、原告作品三とは異なる。)

(2) 九年カタログ

@ 原告の作品が、縦約九ミリメートル、横約七ミリメートルの大きさで、右約四五度方向から撮影されている(六六頁及び三六〇頁、いずれも、前記(1)Cと同一の写真と推認される。)。

A 原告作品二が、縦約一〇ミリメートル、横約九ミリメートルの大きさで、右側約四五度方向から撮影されている(三六一頁)。

B 原告作品一が、縦約二〇ミリメートル、横約一五ミリメートルの大きさで、正面よりやや右側から撮影されている(三六三頁)。

2 以上認定した事実を基礎として、原告各作品を撮影した写真を、八年及び九年カタログに掲載した被告らの行為が、原告各作品の複製行為に当たるか否かについて検討する。

 著作権法は、複製について、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」をいうと規定する(著作権法二条一項一五号)。右複製というためには、原著作物に依拠して作成されたものが、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を、一般人に覚知させるに足りるものであることを要するのはいうまでもなく、この点は、写真技術を用いて再製された場合であっても何ら変わることはない。

 ところで、書は、本来情報伝達という実用的機能を有し、特定人の独占使用が許されない文字を素材とするものであるが、他方、文字の選択、文字の形、大きさ、墨の濃淡、筆の運びないし筆勢、文字相互の組合せによる構成等により、思想、感情を表現した美的要素を備えるものであれば、筆者の個性的な表現が発揮されている美術の著作物として、著作権の保護の対象となり得るものと考えられる。そこで、書について、その複製がされたか否かを判断するに当たっては、右の趣旨に照らして、書の創作的な表現部分が再現されているかを基準としてすべきである。

 この観点から、原告各作品と被告各カタログ中の原告各作品部分を対比する。

 原告各作品は、前記のとおり、原告作品一については、「雪月花」の各文字を柔らかな崩し字で、原告作品二については、「吉祥」の文字を肉太で直線的に、原告作品三については、「遊」の文字を流麗な崩し字で、原告が、四〇センチメートルないし七、八〇センチメートルの紙面上に、毛筆で書したものである。なお、本件において、原告各作品そのものは提出されていないので、細部の筆跡は必ずしも明らかでない(原告作品一及び二は、被告各カタログ中の原告作品一及び二部分を拡大複写したものによって推認した。)。他方、被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品が、紙面の大きさ六ミリメートルないし二〇ミリメートル、文字の大きさ三ミリメートルないし八ミリメートルで撮影されているが、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、書かれた文字を識別することはできるものの、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等、原告各作品の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得することは到底できないものと解される。

 してみれば、被告各カタログ中の原告各作品部分は、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の原告各作品における特徴的部分が実質的に同一であると覚知し得る程度に再現されているということはできないから、原告各作品の複製物であるということはできない。

 以上のとおり、原告の複製権が侵害されたことを理由とする原告の請求は理由がない。

(後略)

   東京地方裁判所民事第二九部

       裁 判 長 裁 判 官   飯 村 敏 明

             裁 判 官   八 木 貴 美 子

             裁 判 官   石 村   智