★特許法70条、手段クレーム、明細書の記載要件、

H11.10.20 東京高裁 H10(行ケ)71 印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置特許

平成10年(行ケ)第71号審決取消請求事件(平成11年9月27日口頭弁論終結)

原      告    ニッカ株式会社

被      告    ボールドウィン グラフォテック ゲーエムベーハー

(争点)

 ある目的とする機能や作用をなす「〜手段」として記載された構成要素は、極めて抽象的な表現であり、具体的にいかなる装置構成を有すればその手段たり得るか判然としないから、複数の具体的開示がない限り上位概念的に請求項を解釈できないのか。

(判旨)

 当業者が、当該発明の特許請求の範囲における機能的記載によって、それを実現する具体的構成を想定し、容易にその発明を実施できる場合には、課題解決の手段として常に具体的構成を記載すべき必要はなく、技術思想として把握できる機能又は作用を用いて発明を表現することも許されるものというべきである。本件発明においては、当初明細書の実施例に、洗浄液を正確に計量してノズルビームに導入する手段として、ピストンポンプが例示されており、当業者は、これらについて、機能を実現する具体的手段の1つとして認識するだけでなく、他の洗浄液計量手段をも適宜選択できると理解するものと認められる。

(判決文の抜粋)

第2 当事者間に争いのない事実

2 本件発明の要旨(本件訂正後の特許請求の範囲の記載)

 洗浄用布と、該洗浄用布をブランケットシリンダに押し付け又は引き離す機構と、洗浄用布を移送する機構と、洗浄液を供給する給液手段と、洗浄用布に対向して配置され、洗浄用布のほぼ全幅に向けて洗浄液を押し出す孔が設けられた管状部材と、前記給液手段からの洗浄液を管状部材に送る液体ラインと、洗浄液を管状部材に押し出すための圧縮空気を送る圧縮空気ラインと、から構成された印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置において、前記管状部材11と前記両ライン15,17とを接続する共通の入口用連結部材14と、前記液体ラインに配置され、前記入口用連結部材と管状部材内に形成される空間より少ない一定量の洗浄液を前記入口用連結部材に導入させる洗浄液計量手段16,27と、前記圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された前記一定量の洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段25と、前記一定量の洗浄液を入口用連結部材に導入した後、圧縮空気を送って前記一定量の洗浄液が洗浄動作ごとに管状部材から洗浄用布に向けて押し出されるように、前記洗浄液計量手段および圧縮空気供給手段を制御する手段28と、を具備する印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置。

(中略)

第5 当裁判所の判断

 1 要旨変更の判断の誤り(取消事由)について

1 洗浄液計量手段について

 本件発明の当初明細書(甲第1号証)には、その特許請求の範囲に「少なくとも一つのポンプにより洗浄液が供給され・・・各洗浄動作毎に正確に量が調整された洗浄液が上記ノズルビーム(11)に導入される」(同号証1頁左下欄3〜8行)と記載され、さらに、「この装置はノズルビームを有し、該ノズルは上記布を濡らすために少なくとも1つのポンプにより洗浄液が供給されるよう構成されている。従来の一般的傾向における技術方法では、ノズルを備えたビームは高圧ポンプにより洗浄液を供給されるので、ノズルは常に洗浄液で満たされた状態にあり、ポンプを作動させると同時に液体が押し出されるのである。・・・また通常の印刷状態において、ノズルから噴射される液体の量を正確に制御できない欠点がある。」(同2頁左上欄7〜25行)、「各洗浄動作毎に少なくとも一度は正確に量を調整された洗浄液がノズルビームに導入されると共に、ノズルビームには一定量の洗浄液を吹き出すために圧縮空気ラインが連結されるのである。」(同頁右上欄9〜12行)、「本発明の更に有益な発展の一部としては、洗浄液のポンプとして調整可能なストロークを有するピストンポンプが採用されていることであり、そのため極めて正確に計量された液体が、しかも印刷機の作動のための要請に適合せしめられて供給されるのである。」(同頁左下欄17〜21行)、「各場合においてポンプ(16)は最適のピストンポンプが採用されている。」(同3頁左上欄24〜25行)、「入口用連結部材(14)とこれに接続されたノズルビーム(11)は一定量の洗浄液を吸収することができ」(同3頁右上欄8〜9行)と記載されている。

 これらの記載によれば、当初明細書では、従来、ノズルを備えたビームは高圧ポンプにより洗浄液を供給されるため、ノズルから噴射される液体の量を正確に制御できないという課題が認識され、この課題解決のために、各洗浄動作毎に正確に量を調整された洗浄液がノズルビーム及び入口用連結部材に導入されるようにする技術手段を採用することと、その具体的手段として、調整可能なストロークを有するピストンポンプが最適であることが示されているものと認められる。そして、一定量の洗浄液を正確に計量して供給するための計量手段は、上記のピストンポンプに限定されるものでなく、これ以外の技術手段も存することは、当然の技術常識といわなければならない。

 そうすると、当業者は、洗浄液を正確に計量してノズルビーム及び入口用連結部材に導入するという技術的課題を把握するとともに、当該課題を解決するための洗浄液計量手段として、例示されたピストンポンプを認識するだけでなく、他の洗浄液計量手段をも適宜選択できると理解するものと認められる。したがって、当初明細書には、上記技術課題の解決手段として、ノズルビームに接続された「入口用連結部材に一定量の洗浄液を導入させる洗浄液計量手段」の技術思想が、ピストンポンプという具体的実現手段とともに開示されているものといわなければならない。

一方、本件発明の公告決定時の明細書(特公平2−33306号公報、甲第10号証、以下「公告明細書」という。)には、その発明の構成要件である「洗浄液計量手段」について、〔発明が解決しようとする課題〕として、「ノズルを備えた管状部材には、高圧ポンプにより洗浄液を供給されるので、ノズルは常に洗浄液で満たされた状態にあり、・・・通常の印刷状態において、ノズルから押し出される洗浄液の量を正確に制御できない欠点がある。この発明の目的は、・・・入口用連結部材に導入される洗浄液を、管状部材の内部に残さずに押し出しして洗浄用布に与えることができる印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置を提供することである。」(同号証2頁3欄1〜22行)と記載され、〔実施例〕として、「管状部材11に導入される洗浄液の量の正確な制御を行うため、各ポンプ16はピストンポンプとして設計されるのが最適である。」(同3頁5欄35〜37行)、「入口用連結部材14とこれに接続された管状部材11は、計量された洗浄液を収容することができ、洗浄液を収容する空間は、図において符号24で示されている。・・・各ポンプ16は、・・・一定の量を調整された洗浄液を管状部材11に送り込むために作動する。この目的のため、本実施例においては、ポンプ16は夫々一ストローク移動する。特別な場合に必要とされる液体の量にポンプのストロークを正確に適合させることを可能とするため、ポンプストロークの寸法は調整可能とするのが最適である。」(同3頁6欄3〜15行)、「洗浄液のポンプに調整可能なストロークを有するピストンポンプを採用することができ、こうすると、極めて正確に計量された洗浄液が、印刷機の作動のための要請に適合せしめられて供給される。」(同4頁7欄44〜8欄4行)と記載され、〔発明の効果〕として、「洗浄動作に必要な量の洗浄液を入口用連結部材に導入するための洗浄液計量手段が設けられ、計量された洗浄液が圧縮空気によって全部洗浄用布に向けて押し出されるので、ブランケットシリンダの汚れの状況に応じた最適な洗浄液量を洗浄用布に与えることができ、洗浄液の節減が図れる。・・・洗浄用布の濡れが一様となり、洗浄むらが防止できる。」(同4頁8欄22〜33行)と記載されている。

 これらの記載によれば、公告明細書では、適切な洗浄液量を洗浄用布に与えるために、ノズルを備えた管状部材(ノズルビームと同義である。)に導入する洗浄液の量を正確に制御することを技術課題として、ノズルを備えた管状部材に接続された「入口用連結部材に一定量の洗浄液を導入させる洗浄液計量手段」を発明の構成要件としており、その具体的実現手段としてピストンポンプを採用することが開示されているものと認められる。

 そうすると、公告明細書に規定された「入口用連結部材に一定量の洗浄液を導入させる洗浄液計量手段」の構成要件については、当初明細書に記載された技術事項と同一内容が記載されているものと認められるから、上記構成要件は、当初明細書に、各洗浄動作毎に正確に量を調整された洗浄液をノズルビームに導入させる技術思想が機能として示され、かつ、機能実現の具体的手段としてピストンポンプの裏付けがなされている技術事項に基づいて規定されたものといわなければならない。

 原告は、単に「機能」が示されているだけで、その機能を実現するものとして認識され当初明細書に開示された技術的手段を超えて、あらゆる技術的手段を含む広義の「洗浄液計量手段」として構成要件を記載することは許されないし、実施例として開示されるピストンポンプの範囲を超えて、あらゆるポンプ手段を包含する「洗浄液計量手段」とすることが、当初明細書の開示の範囲を逸脱していると主張する。

 しかし、前示のとおり、当初明細書には、洗浄液の量を正確に制御できないという課題の解決手段として、各洗浄動作毎に正確に量を調整された洗浄液がノズルビームに導入されるという機能を備える洗浄液計量手段が開示され、かつ、この課題解決の洗浄液計量手段の実施例としてピストンポンプの裏付けがなされており、当業者は、これを上記機能を実現する具体的手段の1つとして認識するだけでなく、他の洗浄液計量手段をも適宜選択できると理解するものと認められるから、当初明細書には、本件発明でいう「入口用連結部材に、定量の洗浄液を導入させる洗浄液計量手段」が、実質的に記載されていたものということができ、原告の主張を採用する余地はない。

(中略)

3 さらに、原告は、本件発明が装置発明であり、ある目的とする機能や作用をなす「〜手段」として記載された構成要素が、装置発明の構成要件となるものでなく、上記洗浄液計量手段や圧縮空気供給手段の語も、極めて抽象的な表現であって、具体的にいかなる装置構成を有すればその手段たり得るか特許請求の範囲の記載のみによっては判然としないから、このような上位概念を認識するためには複数の具体的開示を必要とすると主張する。 しかし、当業者が、当該発明の特許請求の範囲における機能的記載によって、それを実現する具体的構成を想定し、容易にその発明を実施できる場合には、課題解決の手段として常に具体的構成を記載すべき必要はなく、技術思想として把握できる機能又は作用を用いて発明を表現することも許されるものというべきである。そして、本件発明においては、前示のとおり、当初明細書の実施例に、洗浄液を正確に計量してノズルビーム(管状部材)に導入する手段として、ピストンポンプが例示され、洗浄液をノズルビームから押し出すための圧縮空気の供給手段として、バルブが圧縮空気ラインに配置されることが例示されており、当業者は、これらを機能を実現する具体的手段の1つとして認識するだけでなく、他の洗浄液計量手段や圧縮空気供給手段をも適宜選択できると理解するものと認められる。

 したがって、原告の上記主張もこれを採用する余地はない。

2 以上のとおり、本件補正及び公告直前補正は、いずれも要旨変更に相当するものではなく、本件発明の出願日は昭和54年9月25日であるから、引用例1は本件発明の出願前に公開されたものでなく、本件発明は、その出願前に公開された引用例2及び3に記載された発明に基づいて容易に発明できたものではないとする審決の判断(審決書28頁11行〜30頁8行)に誤りはない。