日々是好日・身辺雑記の一部
     


4月某日「斜め桜」
〈さまざまの事おもひ出す桜かな〉 芭蕉
いつのまにか、いろんなことが澱のように積っているもんです。
毎年というわけではありませんが、桜を見るのがしんどい年があります。
    
それでも桜という花は、否が応でも人の目に飛び込んでくるように出来ているのですね。
花びらの表面のキメの細かさが映画のスクリーン(銀幕)にとても近くて、たとえわずかな月明
かりでも白く輝いて闇の中に浮かび上がって見えるんだそうです。
なるほど「夜桜」という言葉はあっても「夜菊」とか「夜牡丹」とかはないもんなあ・・・・。
去年は十日と長かった桜の盛りも、今年は暖かさの影響で短いらしいです。
お花見派には気ぜわしいことですが、出来れば今年は見ないで過ごしたい私は内心ホッとしてい
ます。 ただこの後に「八重桜」もあるのよねえ・・・・(笑)
川のほとりにすんで3年、毎年ソメイヨシノの散る1〜2日間、流れがぱあっと桜一色に染まり
ます。 流れても流れても、まだ川面を覆い尽くし押し寄せてくる花びらは、樹上に咲いている
ときとはまた別の生々しさ。 この川の上流には、いったい何百本の桜があるのやら。
    
養母のアトリエの北側、高くて広い採光窓の外を、桜の幹が斜めに横切っています。
描きたい植物を庭に片っ端から植えまくって、桜の苗木を植える番が回ってきたときには、もう
日陰の隅っこしか残っていなかった、と(笑)。
しかしこの桜は、二階の屋根にも隣の森にもめげず、陽の当たる空間を求めてひたすら斜め上に
その体をのばし続けて数十年、ついに恐ろしく長い斜め幹の上にこんもりと花を咲かせるように
なったのでした。
台風が来る度に
「こんな無茶な樹勢じゃ、今度こそボッキリ折れるんじゃないかしらん。」
と心配するのですが、さすがに年期の入った根性の持ち主だけあって毎回しっかり耐えています。
      
「きのうアトリエでねえ、知らない人たちが沢山集まってお花見してたんだよ。」
数年前、秋も終わりのある日突然養母が言いだしました。
「夢でも見たの?」
と最初は思っていたのですが、冬が来ても、夏になっても、
「きのうアトリエでねえ・・・・」
を繰り返して、彼女は現実の世界から遠ざかっていきました。
   
そこでは毎日桜が咲いていて、たくさんの誰かがお花見をしていたんでしょうか。
斜めに舞い散る花吹雪を、今年は見る主がいません。