2002.7.24 掲載

川村 英司

曲について一言(リサイタルより)

印刷楽譜について少しばかり書きましたので、HPに掲載致します。このような編集者による思い違いのほかに、校訂、校正の際の見落としなど、我々にとっては有り難くないミスプリントが色々存在致します。

勿論有ってはならないのですが、私の編集した楽譜にも見落とし等があります。刷を重ねる毎にミスが少なくなっておりますが、皆無とは言えないでしょう。それが人間の限界かもしれません。

願わくは皆様のご援助で一つでもミスの少ない楽譜にしたいと願っております。

幸いMozart歌曲集は間もなく重版される第2版第5刷で殆どのミスはなくなったと思います。

又8月出版のWolf歌曲選集中声用第2巻はかなりミスの少ない楽譜になると期待していますが。

どうぞミスを見つけられましたら、私か出版社にご連絡下さい。よろしくお願い致します。

 (2002.7.10 開催リサイタルのプログラムに掲載されたものです。)  

曲について私の感じている事を述べたいと思います。

 

山田耕筰さんについては今更述べる必要はないでしょう。私はシンプルな彼の作品の方が好きです。楽譜の中に所狭しとばかりにcresc.decresc. , p , f 等書きこんでいることはBach等と比較して我々演奏家をもっと信頼してくれても良かったのではないかと言いたくなります。Bachが速度標語すら書かなかったのは書く暇さえなかったとも言えるのでしょうが。演奏家に対する信頼もあったのではないでしょうか。信頼にたる訓練された演奏家が日の目を見たのでしょう。ヴィーンでの勉強中に「3,40代の下積み時代を如何に確実な勉強を重ねるかで、50代で花が咲くのだ!」と歌手について話しているのを聞いた事があります。こつこつ積み重ねる勉強の必要性を特に感じたのでした。

 

 信時 潔さんは若い頃何処かでお見受けしたことがありました。実直そうなお人柄になんとなく惹かれるものがありました。確か坊主頭でした。彼のあまり多くの曲は知りませんが、学生などにも歌わせて居りましたので、歌曲集「沙羅」の中から三曲選びました。 「烏」 のユーモアが表現できれば良いのですが。結構難しいです。

 

 雁部一浩さんは先輩の息子さんでした。随分昔のことですが、自費出版をした歌曲の楽譜を送ってくださいました。それを今回選びましたが、先輩の曲だと思いこんでいました。楽譜の疑問点を尋ねる為に電話で話している内に作曲したのが息子さんであることが分かりました。しかも18、9歳の時の作品であることも分かりました。本人は気に入ってない曲もあるようですが、私はこの6曲は気に入りました。若さが素直に出て、個性となっているのではないでしょうか。

 

 Hugo Wolf は私の最も好きな作曲家の一人です。彼の若い頃の作品を彼の没後に友人がそれまでに発表していなかった曲をまとめて「若き日の歌曲集」と題して出版しました。勿論それに含まれていない未発表の歌曲も多くあり、その中にも優れた曲はありますので、2月22日の没後百年を記念しての会で歌います。シューベルトもそうですが、若い頃から名曲の数々を作曲しています。Wolfは曲数がシューベルトより少ないだけ、シューベルトの約半分の300曲余、比率として名曲が多いのが特徴でしょう。総てが完成度の高い曲と言えると思います。

 

 Franz Schubert は600余のリートを作曲しました。

ヴォルフ同様にオーストリアが生んだ作曲家です。今回は大変ポピュラーな曲を選びましたが、最初に二曲は19世紀の終わりにペーター版のシューベルト歌曲集を監修したフリードレンダー博士が資料の少ない時代に、恐らく思い違いで、それ以前は正しかった楽譜を改悪してしまった曲です。それが不幸なことに全世界に行き渡り歌われてきました。リズム、メロディーに違いがありますので書き記します。勿論新、旧シューベルト全集は今日の私の歌うものと同様です。

 シューベルトはDie Forelleを5回書き直していますが、4回目に書いた第4稿を公にしました。第4稿まではいわゆる前奏はありません。第5稿で5小節の前奏を付けましたが、それは皆さんが知っている6小節の前奏とは違います。リズムは2箇所、メロディーは1箇所、音符の長さ1箇所の違いがあります。フリードレンダー博士が見たシューベルトの自筆楽譜は第3稿で、その第3稿にはシューベルトが寝ぼけてインキのシミを付けたことで有名な自筆楽譜です。フリードレンダー博士がインキのしみの付いた自筆楽譜にはこうなっていた、と彼の編集報告書に書いていますので、違う楽譜を見て直したことが明白です。

 シューベルトの没後数年たってディアベリ社が今まで出版していた前奏無しの楽譜の変わりに、後奏の6小節を前奏としてつけた楽譜を「新版」として出版しました。

 

 

 Frühlingsglaubeもフリードレンダー博士が見間違えて改悪した曲です。

 

Blumenbriefは初版で違っていた為に、旧全集、ペーター版もその違いを踏襲しましたが、自筆楽譜、シュパウン-ヴィチェックの清書楽譜、新全集は自筆楽譜のとおりで、今夜私が歌う楽譜です。初版の際にフランツの兄フェルディナンドが校正して直したのかもしれません。1ページの可愛い歌です。