「木下ハン、いっぺん五島列島の久賀島に行かへんヶ?」
伝説の釣り師こと西岡映吏氏に誘われたのが事の始まりだった。
「えっ、ひさかじま?なんやそれ。なにを釣りに行くんや?五島やったら奈留島とちゃうんか?」これまでにも奈留島や若松島、そして中通島のウワサはいろんなところで聞いていたが久賀島のことは皆目聞いた記憶がない。半信半疑でインターネットを使って久賀島の情報を集めようとしたがめぼしいものは見つからない。
「おい、大丈夫か?そやけどなんで久賀島やねん。」「大半のキャスターの関心は奈留島や。しやけどな、ここはノーマークや。ほとんど人が入ってへん。尺ギスは絶対におるデ。間違いないワ」もう釣ったも同然というかのような…妙に自信たっぷりの話しぶりだ。一体何を根拠に言うのかわからないが奴の言うことにも一理あるかもしれないな…「人の行く裏に道あり花の山」(株式相場の格言)。うーん…どうしようかな…まっええワ。ほな行こか。
9月23日(金)、午前7時30分発のANA161便に乗りこみ約1時間のフライトで長崎空港に到着。そして2時間半の待ち時間の後、今度は小型のジェット機に乗り換え昼過ぎには五島福江空港に到着した。空港からタクシーを拾いまずは福江港へ向かう。途中運転手さんにスーパーと氷屋に寄ってもらい、食料と氷をたっぷりと買いこみ午後1時過ぎの木口汽船のフェリーに乗りこむ。フェリーは島々の間を縫うように航行していく。デッキから見える海の色がなんとも美しい。潮が轟々と白波を立てて流れている。「これだけ潮が早かったらこら絶対超大型のマダイがおるデ」そんなことを二人で言い合いながら約40分で田ノ浦港へ入港した。
島に1台しかないというワゴンタイプのタクシーに乗りこみ、約15分で宿に到着。(島には定期バスがないためこのタクシーが定期船の入出港に合わせて巡回している)予め送付しておいた荷物を受け取り、宿の主人への挨拶もそこそこにさっそく渡船に乗りこみ釣り場へと向かう。航行しながら船長が釣り場についていろいろと解説してくださるが、残念ながら方言でよく聞き取れない。「あそこでキスがつれちょる」位しかわからなかった。
約10分で釣り場に到着、さっそく二人で12本の竿を扇形に遠近投げ分ける。遠投するとずいぶんと深い、20メートルはあるだろうか。底は砂底であるが伝説の釣り師が投げている外海側は時々根がかりするようだ。いかにも大物が出そうな雰囲気がプンプンする。
さっそく私の竿にアタリがある。リールを巻くと心地よい重量感、28センチのチャリコが青イソメをくわえて上がってくる。続いて隣の竿にも同型のチャリコ。伝説の男も良型のカワハギを釣り上げる。時計はまだ4時なのに入れ食いだ。これは日が暮れてからが楽しみである。
「ジイーッ」私のパワーエアロがひときわ激しいドラグ音を鳴らす。どんどん糸が出ていく。これは大物に違いない。頃合を見計らって大きく合わせる。よし、乗った、ものすごい重量感と締め込みが一気に手元に響くが次の瞬間、シモリの潜りこまれてしまいジ・エンド…油断大敵である。既に各自10匹以上の魚を釣り上げただろうか。だんだん日が暮れてきた。
ところがさあ、これから時合…という頃になって北風が吹きはじめた。風はどんどん強くなり、ついには台風のような暴風と化してきた。池のように静まりかえっていた海面も白波を立てている。驚いて携帯で天気予報を聞くが注意報・警報何にも出ていない。四方を海に囲まれた離島がゆえに大気が不安定になりやすく局地的にこのような天気になるのだろう。隠岐遠征時にも何度かこのような状況に遭遇している。経験上、こうなってしまったらほとんどの場合、まず夜明けまで吹き止むことはない…マダイはこういう天気こそ一発超大物の可能性があるのだが今回のメインターゲットであるキスには最悪だ。「こりゃ今日はあかんワ。勝負は明日やで」私はテントに潜り込み、前日までの仕事の疲れを癒すことにした。しかしその後、とんでもないどんでん返しが待っていたのだった…
どの位眠っただろうか。
「尺ギスや〜」
伝説の釣り師のキンキン声があたり一面に響いた。「な・な・なんやてーっ」鼓膜が破れそうになる耳を押さえながらテントから飛び出すと奴が一目で尺ギスをわかる大きな太いキスをぶら下げていた。さっそくメジャーで計ると実寸で31.5センチもある。「どこへ投げとったんや」「オマエが寝る前に投げていたそこや、青イソメの房掛けにして50メートル程投げといたんや。ドラグがジイーッ、ジイーツと節をつけるように鳴りよったでー」奴が興奮気味に説明してくれる。
「ガーン」なんということだ…私が竿出ししていたところから投げて釣ったという。投点50メートルといえばちょうど深場へと続くカケアガリの周辺である。もし、寝ずに釣っていたら…あの尺ギスは…取り返しのつかない大失態をおかしてしまった…後悔先に立たずである。
風は相変わらず吹きつづけているがこうなったら寝ているわけにはいかない。さっそく戦闘開始である。以前にも増して気合を入れて打ち返しを続けるが針にかかってくるのはチャリコ・ムギメシそしてウミヘビばかり…しかし、夜が明け切った頃、ようやく海の神様が私にも微笑んでくれた。遠投した竿にひときわ大きなアタリ。100メートル先からの頭を振って抵抗する引きを楽しみながらリールを巻くと42センチのマダイがついていた。ようやく大物が1匹釣れてくれ、ホッとする。タイムシの付いたビッグサーフをしっかりと飲みこんでいた。
朝8時に納竿とし、迎えの船に乗りこみ、宿へ引き揚げ、ひと風呂浴びた後、朝食を食べて布団に潜りこむと二人ともバタンキューで深い眠りに落ちていった。
2日目は午後2時に起床。宿で早めの食事を済ませ、再度昨日のポイントへと向かう。昨夜とうってかわって快晴・無風・ベタナギだ。よし!今日はつれるデ!ベストコンディションに竿をセットする手にも気合が入る。エサをたっぷりとハリに刺し、遠近に打ち返す。ところが今日は昨日とうってかえってアタリがない。時折ウミヘビとムギメシが針がかりしてくるだけである。
伝説の釣り師は「今日は潮が悪いんや。こういう時は寝るに限るデ」、昨日尺ギスを釣った余裕からか、早々とあきらめテントに潜りこんでしまった。「テントの中は気持ちエエで」「今日は潮が悪いんやーこんな日はなんぼがんばっても釣れへんデー。やめとき」「頑張ってもムダやデー」テントの中から奴の声がブツブツと聞こえてくるがそんなものは当然無視だ。
「やかましいわい。しまいにタオル丸めて口の中にぶちこんで物言われへんようにしたるぞー」と心の中でつぶやいて投げつづける。アタリがなくても今日は意地でも眠るわけにはいかない。必ずチャンスがあるはずだ。しかし、夜を徹して打ち返しを続けた努力もむなしく22センチほどのキスがアタリもないまま1匹釣れただけであった…
宿に帰って伝説の釣り師と作戦会議。どうも釣果が思わしくない。今日はどこでやろうか…いろいろと考えた末にお互いの口から同時に出た言葉は「奈留島や…」。
さっそく奈留島行きの段取りを整える。船長がイシダイ狙いの釣り人を奈留島まで送るついでにタダで乗せていってあげると言ってくださる。これは渡りに船とお言葉に甘えさせていただくことにした。(海上タクシーだと奈留島まで15000円もかかるのです。)渡船に乗りこみ一路奈留島へ向かう。よっしゃツキが回ってきた!伝説の釣り師は満面の笑みを浮かべ船首でご自慢の長髪を振り乱しての大はしゃぎ、ご機嫌モードに突入している。
船は30分ほどで奈留島へ到着した。船長にお礼を申し上げてお別れし、さっそくレンタカーを借りてまずは島を1周することにする。久賀島とは比べ物にならないほど都会だ。食堂・スーパー・薬局・銀行、あげくのはてには一本釣り師さんの大好きなパチンコ屋まである。船廻湾・相ノ浦湾と順番に見て回る。「ああ、これか」「ふむふむ、ここがポイントか」各ポイントは二人とも雑誌等で十分な事前知識がある。どのポイントも大物が出そうな雰囲気満点だ。
カワハギとマダイを狙うという伝説の釣り師を夏井で降ろした後、私は白這に向かう。どうしてもキスにこだわりたいのだ。ヘリポート対岸の草むら脇に車を止め、30分ほど草刈りを行ない釣りスペースを確保した後、しばし仮眠。夕暮れより戦闘開始である。4本の竿を対岸のヘリポートに向け遠近投げ分ける。潮の当たり具合も最高だ。これまでに数々の尺ギスが仕留められた超A級ポイントだ。ところがである。またまた第一投目からチャリコの入れ食いだ。サイズも25〜28センチと久賀島といっしょ。それにフエフキの赤ちゃんにムギメシ…(久賀島・奈留島ともムギメシがやたら多かった)やれやれ困ったもんだ。隠岐でもそうだがこのチャリコが入れ食いになる時には大型はまず期待できないのがパターンだ。
しかし、午後9時頃、遠投している竿のドラグが激しく鳴る。糸ふけを取って大合せするとズシリと重量感、巻き上げ途中に横走りする。案の定チヌである。久々のマチヌだわいと大事に取りこむ。しかし、タモに入ったチヌのヒレを見ると…キビレである。計測すると44センチ。なんで五島まできてキビレやねん…(実は私、マチヌとの相性が最悪なんです。とにかく釣れたら100%と言っていいほどキビレなんですわ。煙樹OLMで釣ったのもやっぱりキビレでした。そんなもんですからマチヌが釣れるとサイズは二の次、メチャクチャ嬉しいんです。マダイとは相性バツグンなんですけどね…。逆に伝説の釣り師は年なしの大マチヌはたくさん釣ってますけどマダイについては釣り歴20年以上にして未だ40センチの壁が超えられんで苦しんでます。隠岐へ行っても一人ボーズ…雑誌でもテレビに出ても実によく釣る男なのですがねえ。やっぱ相性ってあるのでしょうかネ?。)
干潮が近づくにつれ、根がかりが多くなってきたので場所を変わることにする。伝説の釣り師を迎えに夏井へ行く。「釣れたか?」「あかん、爆死や…」「松山漁港へマダイ狙いに行かへんか」と提案するが「もうエエワ。ここで寝とくわ…」完全に戦意喪失のようだ。わけのわからないことをブツブツ言いながらテントに潜りこんでしまった。「しゃーない奴やな。だからオマエはマダイが釣れヘンのや」ひとり言をつぶやきながら夜道を一人で運転する。
さあて、どこでやるか…昼間気になっていたところがあった。田岸の入り江の出口にある小波止だ。ここで静かにやってみよう。EXの竿をセレクトし、15号の軽いオモリで投げてみる。しばらくして大きなアタリ、よしっ乗った!猛烈な引きが手元に響いてくるが上がってきたのはオキエソ、それも40センチ級の大物だ。夜中にエソを釣ったのは初めてである。それからはまたもチャリコのオンパレード。キスはどこへ行ったのだろうか?後ろの山でカラスが鳴き出した。もうすぐ夜明けである。うっすらと明かるくなった頃、内向きに投入した竿に目の覚めるような大きなアタリ!よっしゃ大ギスや!大きく合わせてリールを巻くのだが、どうもキスではなさそう。引きからしてマダイの40センチ前後か…ギラリと姿を現したのは赤いタイではなく黒いタイ。今度こそマチヌやろな…。大事にタモにすくって取りこむ。が…良く見るとなんとヘダイだった。(38センチ)私はよくよくマチヌと相性が悪いようだ。
夜が完全に明けきるとチャリコに代わってエソが入れ食いとなった。オキエソにトカゲエソ。大きいものにメジャーを当てると50センチもある。巻き上げ途中の空バリにも食いついてくる始末。こうなったらもうキスは期待できないだろう。いさぎよく納竿し爆死状態の伝説の迷人を迎えに行く。奴はとうとう一匹の魚も釣ることができなかったようだ。伝説の釣り師の道具を車に積み込んだ後、帰り支度にかかる。宅急便で荷物を送る手配・漁協で氷の買い込み、レンタカーの返却、そうこうしているうちにもう定期船の出航時刻となり、ずっしりと重くなったトランク大将と共に定期船に乗りこみ、奈留島を後にした。