くるみ割り人形(モスクワ音楽劇場バレエ)

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07年12月23日(ソワレ)

東京国際フォーラム ホールC

 

音楽: ピョートル・チャイコフスキー

脚本: マリウス・プティパ     原作: E.T.ホフマン     振付・台本: ワシーリー・イワノヴィッチ・ワイノーネン

演出監督: ドミトリー・プリャンツェフ     復元: ミハイル・クラピーヴィン

美術: ウラジーミル・アレフィエフ

指揮: ウラジーミル・バシラーゼ     演奏: 国立モスクワ音楽劇場管弦楽団

マーシャ: ナターリヤ・クラピーヴィナ     王子: ゲオルギー・スミレフスキ

ドロッセルマイヤー: アントン・ドマショーフ     ねすみの王様: セルゲイ・ゴリューノフ

人形: アンナ・アルナウートワ     ムーア人: デニス・アキンファーエフ     道化: ウラジーミル・ドミートリエフ

フリッツ/くるみ割り人形: キーラ・ブリニュシナ

パ・ド・トロワ: アンナ・アルナウートワ, ユリア・ゴリュノーワ, ボリス・ミャスニコフ

スペインの踊り: イリーナ・ベラヴィナ, ドミトリー・ハムジン

東洋の踊り: マリーヤ・セメニャーチェンコ

ロシアの踊り: インナ・ブルガコーワ, クセーナ・シラジャン, ドミトリー・ロマネンコ

中国の踊り: ガリーナ・イスマカーエワ, アレクセイ・ポポーフ

 

たぶんよい公演だったのだろうとは思うのですが,「なんだかんだ言ってクリスマスは『くるみ』よね〜」という気分が全く訪れてこなくて・・・「これなら新国に行ったほうがよかった」とか「せっかくダンチェンコを見るなら,日程的に非常識&迷惑きわまりないとはいえ『白鳥』にしておくべきであった」と後悔ばかりで終わってしまいました。
それは主としてこちらの責任でバレエ団のせいではないのですが・・・でも,大失敗であったよなぁ。(嘆息)

見にいく前から知っていたのですが,ワイノーネン版による上演で・・・ワイノーネン版というのは,キーロフ(現マリインスキー)とそれを直輸入した新国立劇場のレパートリーですから,最初はファルフ・ルジマトフ目当てで,後には小嶋直也を見るために,山ほど見てきたわけです。
その結果,私にとって基本の『くるみ割り人形』は,シモン・ヴィルサラーゼの古めかしくも夢々しい桃色の美術を伴うワイノーネン版になってしまいました。「キレイだけれど盛り上がりに欠ける」とは思いますので,そんなに優れた版だと思っているわけではないのですが,とにかく,刷り込みは抜きがたい・・・状態。

そして,今回の上演は,振付と演出についてはキーロフ=新国立と概ね同じなのですが,美術が全然違いました。それも知っていて,だからこそ興味をひかれて見にいったのですが,実際に見てみたら違和感がかなーり強くて・・・。

 

というわけで,美術の話から行きます。
写実的な趣を廃した,現代的な美術でした。そして,白・白・白・・・の世界。

クリスマスパーティーの装置は,白い折り紙の切り絵で雪の結晶を切り抜いて残った大きな枠が壁一面に立ち並んでいる・・・という感じでしたし,衣裳も白っぽいものが多かったです。
女性のドレスは,あれはいつころのデザインなのでしょうかね? ふんわりとした半袖,首の周りは大きく開き,胸の下から切り替えて下に流れる長いスカートは白や淡い色で小さな花が散りばめられている。「ジュリエットのよう」と形容すれば穏当な表現ですが,私は「大切な夜のために準備したネグリジェ」を連想しました。(すみません) それに長い白手袋,頭には白系の大きな羽飾り。
マーシャを始めとする子どもたちはそのミニチュアで,少しネグリジェの下からパジャマ様のズボンが・・・。(こちらは,ヴィルサラーゼの基本デザインと似ているかも)
男性は,大人も子どもも同じ感じ。上着は茶色などでしたが,白いシャツに膝下までの白いズボン,その下から白いタイツが覗いているという姿。

ねずみたちは,もちろん白くはありませんでしたが,あまりねずみらしくもなかったです。顔はねずみですが,甲冑軍団というか,宇宙服軍団というか・・・で恐ろしげ。
クリスマスツリーは大きくならず,床下に消えていき,上方からクリスマスツリーを逆さにしたような尖った三角形が4本下がってきて・・・2つの赤い目玉があって,不気味なネズミの世界を表していました。

雪の場面は当然白。
パーティーの切り紙細工の真ん中のほうを水平にして,間隔を置いて紐で連ねて,その紐を舞台背景に10本以上吊り下げて・・・と描写すれば伝わるでしょうか? いや,「レンコンの輪切りを干し柿のようにつないで何本も下げた」と書いたほうがわかりやすいかも。(すみません)
雪のコール・ドの衣裳は,チュチュに切り紙細工の雪の結晶がついていて,髪も白い装飾で豪華に結い上げてあって,たいへん美しかったです。

ここまでは,(パーティーでの女性たちの衣裳に寒そうな感じを受けましたが)「ほー,現代的」とそれなりに楽しんだのですが,2幕も白・白・白・・・で,これには参りました。
ディベルティスマンの衣裳は,白地にボンボンが散りばめられちて,その色でお国ぶりを表していたのでしょうが,うーん,かなーり無理があったような。
花のワルツは男女とも真っ白な衣裳でした。女性はロマンチックチュチュでスカートに白いボンボン。男性はパーティーの参加者が上着を白に替えて登場したという趣。
そしてですねー,グラン・パ・ド・ドゥでのマーシャの衣裳も白で・・・装飾は白いボンボンのみで地味な印象。
うーん・・・お菓子の国にも王子の本来の宮廷にも行かず,ずっと雪の国にいたのでしょうかねえ? とにかく,寒々しい印象で,私のイメージする「少女の夢」の世界とは遠かったです。

あ,パ・ド・トロワの衣裳は,淡いけれど色がついていましたし,パステルカラーの色とりどりのボンボンでかわいらしかったです。(この3人だけは,なぜかカツラ姿)
それから,王子はくるみ割り人形と同じく,袖口,襟,モールが赤の白い上着と赤いタイツでした。(これも実は抵抗がありました。雪の場面はともかく,グラン・パ・ド・ドゥくらいは王子衣裳に着替えてほしかったなぁ)

そうそう,2幕の装置も白ではありませんでした。あれは正八面体と言えばよいのかしらん? 金属の棒で幾何学的な立体が形作られて,これも干し柿のように・・・。(すみません)

 

さて,「振付と演出についてはキーロフ=新国立と概ね同じ」と書きましたが,細部までほんっとにそっくりでびっくりしてしまいました。
1幕で祖父母夫妻がよぼよぼ〜と踊るところとか,ドロッセルマイヤーがなぜかくしゃみをするところとか,ネズミの王様が部下のしっぽで剣を砥ぐところとか・・・そんなに気に留めていた場面ではないのに,見たとたん,「あ,こういうのあったよね」が随所に。
いや,当たり前なのでしょうね,同じ演出なわけだから。

とはいえ,違うところもありました。
一番大きな違いはキーロフ=新国立だとパーティーのあとマーシャが眠りについたところで幕が下りる3幕仕立てなのですが(最近新国立劇場は2幕に改めて上演しているそうですが,見ていない),2幕になっていました。(そのせいなのか,パーティーの終わりにはマーシャは既に寝巻き姿になっていて,まあ「子どもはもうお寝みの時間」だと考えればいいのかもしれませんが,いささか妙な印象)

ワタクシ的にけっこう重要だと思ったのは,マーシャがクッションを武器にねずみと戦わないこと。
あのシーンはバレリーナの個性の違いが出て,けっこう楽しいんですよね〜。「いや。いや。来ないで。お願いだから,こっちへ来ないでぇぇ」と顔を逸らしてパニクるマーシャもいれば,水を得た魚のような大活躍で「くるみ割り人形なんか要らないんじゃないのぉ?」と言いたくなる勇猛果敢な方もいる。全幕では初めて見るクラピーィナはどんなかなー? と期待していたところ,あらまー,椅子の上にクッションがないではないの。
ねずみたちが寄ってくると大きく跳躍して椅子の上に跳び乗り,自分に近づいてこないときは思わず身を乗り出して,またねずみが・・・という跳躍力を生かした上手なマーシャでしたが,やはり少々残念なような。

雪の場面の最後で,コール・ドが背後の坂を低いアラベスク? を見せながら上っていくのがなかったのはよかったです。なんだかケンケンみたいに見えて好きではないんですよ,あれ。(あ,でも,もしかすると,舞台が狭いから装置が持ち込めなかったから省略した・・・などという事情かな?)

2幕でもドロッセルマイヤーの存在感が大きかったのも見慣れた版と異なりました。
マーシャと王子は冒頭で寸詰まりの球形の籠(長身のスミレフスキが窮屈そう)でディベルティスマンのカップル2組といっしょに登場するのですが,それを導くのはドロッセルマイヤー。最後に夢が醒めるときも,幕前に登場して,王子を含む夢の世界の住人たちが去っていくのを司っておりました。
「マーシャに夢を見せたのはドッロセルマイヤー」ということがわかりやすく,よい演出だとは思います。目覚めるとき「ひっそりと背後にいる」程度のほうが,私の好みではありますが・・・まあ,結局は刷り込みの問題かもしれません。

パ・ド・トロワの振付は,「大人が踊るから」ということでしょうね,より難しい振付になっていました。

一番がっかりした相違点は,グラン・パ・ド・ドゥにカヴァリエ4人が登場せず,普通のパ・ド・ドゥだったことです。
パ・ド・シス状態のほうが舞台上の空間を(広さだけでなく高さも含めて)大きく使えるし,アクロバティックな技のヴァリエーションも広がって,ゴージャスですよね。それに,すてきな王子さまだけでなく,その配下? のカヴァリエたちも加わって,みんなで大切に(←ちやほやとも)奉仕してくれるなんて,まさに「少女の夢」の究極。「少女の憧れの世界」の象徴。
あのアダージオこそが,ワイノーネン版の最大の魅力だと思っていただけに,そして,それを教えてくれたのが小嶋直也率いる新国立劇場バレエ団の舞台だっただけに(ルジマトフで見たいたころは,雪のパ・ド・ドゥが白眉だと思っていたのよ),なんと言いましょうか,もう・・・なんつーか,もー・・・ひたすら盛り下がってしまいましたよ。(とほほほ)

 

クラピーヴィナは,ほっそりと小柄なので,1幕から通して踊るマーシャに無理なくはまっていましたし,演技も踊りもスミレフスキとのパートナーシップもすべてが上手で,なんの不安もなく見ていられました。
グラン・パ・ド・ドゥは「華が足りないかなぁ」とは思いましたが,(前述したとおり)衣裳が豪華さに欠けていたせいかもしれません。滑らか〜でありながらダイナミックさもあり,優れたバレリーナだな〜,と思いました。

スミレフスキについては,プロポーション美男なのを再確認。長身に小さな頭,長い腕と脚。
ソロもサポートも安定していて,所作もエレガント。跳躍で「きれいだわ〜」と思わせてくれなかったのが珠に瑕でしたが,すっきりとした王子ぶり。甘やかさはありませんが,その代わり,長身ダンサーにありがちな「ぼー」とした感じもないのもよかったです。

周りのダンサーは,そうですねー,繊細とか丁寧よりもダイナミックが勝る感じ?
雪のソリスト2人はそれぞれ上手できれいですが全然動きが揃わず,1幕の人形や2幕のディベルティスマンの男性ダンサーたちは,音楽はそっちのほうに置いといてテクニックを派手に見せる。コール・ドも揃っていたとは言い難く・・・でも,踊りが大きいから見応えはありました。
容姿は,女性はみな美しかったですが,男性は「ガタイがよく顔が濃く髪が黒い」方がむやみに多く,「ロシアのバレエ団」に対する期待水準を少々下回っておりました。

 

客席はガラガラ・・・は明らかに言い過ぎでしょうが,そこかしこに空席が目立ちました。
雰囲気も普段東京で『くるみ割り人形』を見るときとは違っていて・・・お子さんをほとんど見かけませんでしたし,バレエを見慣れていない? 雰囲気の中年の男性も多くて・・・(そういうシステムがあるのかどうか知りませんが)主催のキョードー東京の会員さんが「せっかくの機会だからバレエというものを見てみようか」みたいな感じで来ているのかなー? なんて思いました。
それはそれで結構なことだと思いますが,そういう周りの雰囲気が「なんだかんだ言ってクリスマスは『くるみ』よね〜」気分になり損ねた一因だったかもしれません。

というわけで,この年最後のバレエ鑑賞は,イマイチ・・・いや,イマサンくらいかも・・・の気分で終わってしまったのでした。
繰り返して書きますが,それは私の責任であって,バレエ団の問題ではありません。でも,でも・・・この選択は,大失敗であったよなぁ。(嘆息)

(2007.12.31)

 

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私の「刷り込み」,ヴィルサラーゼ美術によるキーロフの映像

4776401509 くるみ割り人形
E.T.A. ホフマン ズザンネ コッペ E.T.A. Hoffmann
BL出版 2005-12

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高名な絵本作家による『くるみ割り人形』の絵本

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