2007年10月13日(土)
五反田ゆうぽうとホール
振付: 小林恭 演出: 小林寛太
指揮: 磯部省吾 演奏: 東京ニューシティ管弦楽団
ギレイ汗: 小林貫太
マリヤ: 宮内真理子 ザレマ: 下村由理恵
ワズラフ: 黄凱 ヌラリ(タタール隊長): 大嶋正樹 褐色の女(第二夫人): 山本みさ
【1幕】
ポトツキー: 田名部正治 執事: 小林恭 警備隊長: 松岡進一 神父: 持田弘
クラコヴィヤク:
山田佳子 鈴木利絵子 成舞香織 大神田正美 川島春生 春野雅彦剣の踊り:
安藤明代 岩城明美 津下香織 金子優 壺山順世 大浦妙子 田中英幸 窪田央 登坂太顕 持田耕史 小濱孝夫 内藤悠太マズルカ:
津田康子 田村さゆり 浜口咲子 酒巻玲子 森田みどり 石田玲 久保田澄佳 河合かや野 山本江里子 井上浩二 放強 秋月新也 山内健司 川口裕也 笠原崇弘 清野邦宏 山崎健吾 堀内慎太郎【2幕・3幕】
鈴の踊り: 中野亜矢子 金子優 壺山順世 市村香利
壺の踊り:
津田康子 浜口咲子 森田みどり 久保田澄香 石田玲 大島夏希 北川香 金子未弥果物の踊り:
相賀由衣 青木幸子 朝比奈舞 大島ジュン 加藤理恵 蟹江あずさ 川津未央 駒和美 小室茜 佐藤亮子 鈴木富美子 高木奈緒 高倉智子 隆まりあ 星川舞 村田佳子マリヤの侍女: 坂田亜紀 ザレマの侍女: 徳江弥 藤本豊 宦官長: 坂本憲志 宦官: 秋月新也 清野邦宏
【4幕】
美しい女たち: 大徳隆子 佐藤友香 佐々木美緒 廣瀬駒香
略奪された女たち: 山田佳子 岩城明美 津下香織 大浦妙子
副隊長: 大神田正美 沼口賢一 田中英幸
タタール兵たち:
放強 秋月新也 大前雅信 笠原崇弘 川口裕也 川島春生 窪田央 小濱孝夫 小林正直 齋藤吉樹 清野邦宏 高野史郎 徳江弥 登坂太顕 内藤悠太 布目真一郎 春野雅彦 藤本豊 堀内慎太郎 持田耕史 山内健司 山崎健吾 森昌平 米山武彦
ずーーーーっと見たかった作品ですが,日本では滅多に上演されないのでなかなか実現せず,今回やっと見ることができました。わ〜〜〜い♪
・・・なのですが,見た結果としては,「あまり上演されないのも無理ないかなぁ」という感想になっていまいました。
「振付:小林恭 演出:小林寛太」ということなので,ロシアで上演されている同作品とどの程度同じなのか違うのかわからないのですが・・・少なくとも今回の上演に関する限りは「誰にも感情移入できなくて困っちゃたわよ。あはは」という感じでした。
いや,面白く見ることはできたのですけれどね。
マリヤは3幕で死を迎え,ザレマが登場するのは2幕からで4幕は死に赴くだけ,ワズラフは完全に1幕だけ,隊長ヌラリは(1幕と2幕冒頭にも出てきますが)踊るのは4幕だけ・・・ということで,この作品はギレイ汗の物語なのですよね。プロローグとエピローグは彼一人の場面ですし。
その肝心のギレイさんがですねー,私には全然魅力的でなかったのですわ。
小林寛太さんの演技力や存在感の問題もあったと思いますが,それ以上に演出というか台本というか・・・話の運びに説得力が足りないのでは? 感が強くて・・・。
勇猛で情け知らずだった王が略奪しようとした美しい娘に魂を抜かれて今までの愛妾をぽいと捨てるのは,大いに理解できる設定です。寝室を訪れ,拒絶し抜いて失神した娘になにもしないで立ち去るという顛末も結構だと思います。
でも,愛しい娘を殺した愛妾に刃を向けられないのはなぜなのでしょうね? 2幕でのザレマへの逡巡のかけらもない冷たさからすると,なぜに成敗を躊躇するのかさっぱりわかりません。毅然として刃の前に身を差し出す姿の威に打たれたとか? いや,まさか。やはり一時は寵愛した女を殺すには忍びなかったのであろうなぁ。
と解釈することにしたのですが,うーむ,4幕では,ザレマは結局処刑されてしまうのですよね。しかも,ギレイはそれについて無関心もいいところ。それならあのまま殺してしまえばよかったのではあるまいか?
そう思いながら見ていると,エピローグで泉のほとりの石碑で苦悩するときには脳裏にザレマも登場する。偲ぶくらいなら,殺さなければよいのではないでしょーか? 処刑を止めることなど自由自在の権力者に見えましたし,被害者は略奪の一環でさらってきた異教徒の娘にすぎないわけですし,助命するのは簡単なことだったはず。
・・・不思議な人です。
プログラムによると,制作者はこの作品は「暴力によって人を従わせても,心までも従わせることはできない」ことを描いていると考えているようです。だとすると,プロローグとエピローグでのギレイ汗の姿は「それを知ったときには遅かった・・・」という無常感なのかもしれません。あるいは,暴力に明け暮れた日々を悔いている姿なのかも・・・。
と頭では思いますが,実際の舞台では,4幕からエピローグにかけてのギレイ汗は,「マリヤを失って腑抜けになっている」ようにしか見えませんでした。
そういう姿に心を動かされるのはひっじょーに難しいわけです。小林さんは(坊主頭に「いかにもチンギスハン」な帽子を着け,髭もありましたが)長身で風采がよいので,ギレイの気持ちの動きが理解できるものであれば,それなりにこの人に感情移入することはできただろうと思うのですが・・・。
私にとって,比較的感情移入しやすかったのはマリヤです。
宮内さんは実に久々に見たのですが,華奢で可憐な「姫」そのものの容姿と大人の色気の両立は,ほんとにすばらしいよな〜,と再確認しました。踊りも変わらず安定していますし,それに加えて,プリマの存在感。
そういう彼女にマリヤ役はぴったり。
父親の庇護のもとで伸び伸びとした「姫」姿から感じられる満ち足りた幸福感,婚約者との甘やかな雰囲気,タタール兵に恐れおののく様子,言葉の通じない者たちに囲まれての寄る辺のなさ,虜囚の哀歓と望郷の念,そして,その中でも見せる貴族の娘としての矜持。
それぞれの場面に説得力があり,引き込まれました。
ワズラフについては,話の都合上さっさと死んでしまうので,感情移入のしようがありませんでしたが,黄さんも役にぴったりでありました。
彼も久々に見ましたが,そもそも見た目の「立っているだけで王子」度が高いのに加え,立居振舞がよりエレガントになりましたね〜。踊りも普通には上手でしたし,うるわしい貴公子ぶりでありました。
大嶋さんのヌラリは,見事でした。
日本人にしては彫りの深いお顔立ちのダンサーですが,そのおかげで,髭をつけて(描いて?)目を剥くとすっげー悪相になるのですね〜♪
テクニックに不足はなく,ダイナミックな踊り。武人らしい雰囲気は十分ですし,彼にとって「???」な主人の気持ちを浮上させようと懸命かつ的外れな努力をする演技からは,純朴で熱い忠誠心が感じられました。
第二夫人役の山本みささんも印象的。
これは,彼女の力だけでなく演出もよかったのかと思いますが・・・ザレマが汗の寵を失ったと知ったとき,周りの女たちは思い切り彼女を馬鹿にし,暴力までふるうのですよね。そして,その先陣をきるのは,(当然というべきか)第二夫人なわけです。ところが,その途中で,突然身を翻してその場から消える。「明日は我が身」と思った・・・というより「自分も同じ身の上だ」ということを悟ったのでしょうね。
この辺りの演技もうまかったですし,(ギレイがザレマを無視しているのを見て)中央に進み出ての踊りも「(ナンバー2とはいえ)抜きん出た存在」感がありました。長身でプロポーションがよく,押し出しのよいバレリーナですね〜。
ザレマについては,少なからずつらい面がありました。
凱旋するギレイ汗を迎えるために登場するシーンでは得意の絶頂という感じだったのが,戻ってきたギレイは彼女を見向きもせず,その失墜を知った後宮の女たちには嘲られ,夜間マリヤの部屋を訪れて「愛しい人を返して」と訴えるが,部屋に落ちていたギレイの帽子を見つけて逆上しマリヤを刺し殺す・・・という顛末になるのですが,一連の行動が,私には「なんつー頭の悪い女だ」としか見えなかったのですよね。
まず,汗の変心を悟るまでの「空気読めない」ぶりには,こういうことでよくまあ寵姫になれたもんだ,と。
汗の寵愛を恣にできたからには,単に美貌や床上手なだけでなくて,権力者の気分を察してこの場はそっとしておくくらいの気配りなども持ち合わせていそうなものですがねえ。
で,汗の心を失ったとわかると,いきなり弱々しくくず折れてしまう。これじゃあ周りの女たちに馬鹿にされるのも道理。第1夫人の誇りを見せるとかマリヤへの敵愾心を燃やすとかもできないような人が,よくまあ寵姫になれたもんだ,と。
後宮でのし上がったからには,政治力というかほかの女たちとの駆け引きなんかにも優れていそうなものですがねえ。
そして,マリヤの部屋での顛末になるわけですが・・・バレエというのは困ったことに「言葉が通じない」という情景を表わすには向かない舞台芸術なのですよね。ザレマが「あの方を返して」と頼んでいるのも,マリヤが「私をここから出して」と訴えているのも,見ている私たちには如実にわかる。あれだけわかりやすく互いに語っているのに,なぜに意見一致してマリヤが逃げ出す手引きをする等の方策が編み出せなかったのか・・・と余計なことを考えてしまいました。
もちろん,マリヤを逃亡させたりしたら,そのことを以って処罰されてしまいそうですが,そういう意味では,今では奴隷同然の身の上の姫に「愛しい人を返してくれ」と頼むこと自体が空しいわけで・・・やっぱり頭悪いんじゃないのぉ?
いや,バレエのストーリーについてこういうことを言い出すのは不毛ですよね。そうは思うのですが・・・私にとってザレマというのは,マイヤ・プリセツカヤが踊る映像の断片で知るイメージの役で,もっと誇り高いというか,もっと情熱的というか・・・。
ところが,今回見たザレマは,マリヤを殺したあと剣を振り上げたギレイに対して毅然と胸をさらす場面以外は単に「愚かな女」にしか見えず,「・・・こんなんだったのか。がっかりだ」な人物像だったのでした。
あ,下村さんはよかったと思いますよ。「演歌入ってる」感はありましたが,日本人バレリーナが踊ればそうなるという特性の問題かもしれませんし,踊りも演技も上手でしたし,存在感はもちろんのこと。
というわけで,物語として感動させてもらうことはできませんでしたが,いろいろなシーンを楽しむという意味では魅力的な作品でありました。
1幕は舞踏会から始まり,主役のクラシックのソロもあれば,ポーランド系のキャクター・ダンスもあって賑やか。庭園での主役二人だけのシーンもあるし,舞踏会の最中にタタール兵が密かに様子を窺うのを見せる。最後には戦闘シーンになりますが,多勢に無勢で殺されてはしまうものの,ワズラフもマリヤをかばいながらしっかり戦うのが好印象でした。そして,最後はお約束? 剥ぎ取ったベールの下から現れたマリヤの美しさにギレイ汗が衝撃を受けてこの幕は終わりました。
続く2幕は後宮のシーン。
凱旋を待つ間も,汗が戻ってからも,似たような感じの女性の踊りが続くのでちょっと飽きましたが,同じキャラクター・ダンスでも1幕の東欧風とこの幕のアラビア風との違いがあって悪くないですし,ザレマはもちろん第2夫人のソロもありました。そうそう,鏡を捧げ持つザレマの二人の侍女は男性が演じていました。宦官なのかとも思いましたが・・・侍女という役名だし,ほかに宦官がいる以上は女性という設定なのでしょうかね?(謎)
この幕でけっこう「目から鱗」だったのは,衣裳の力の大きさ。
ハーレムパンツの女たちの世界に現れたマリヤは,シンプルで純白のドレス姿のままなわけです。その衣裳だけで,ハーレムの女たちとは異質の存在であることが伝わってくるのですよね〜。
3幕では,マリヤに与えられた部屋を舞台に,リフトを多用してギレイが愛を訴えるパ・ド・ドゥあり,竪琴をワズラフに見立ててのマリヤのソロもあり,女性二人が対峙してのシーンあり,刃傷沙汰もあり・・・そして,最後の4幕ではヌラリ率いる勇壮なる男性群舞があるわけです。
女性コール・ドによるバレエ・ブランこそないものの,「いかにもバレエ」もあればエキゾチックな踊りもあり,ソロもたくさんあるし,舞踏会から戦闘シーンまで用意されており,清純派バレリーナも妖艶なバレリーナも必要,優男も蛮族も登場し・・・ほんとに「いろいろなシーン」が見られました。
ただ,まあ・・・今回の上演において,これらの「いろいろなシーン」が「よかった」かというと,これも難しい。
1幕には「クラシック・バレエの品格」的な雰囲気が足りなかったと思いますし,ハーレムは衣裳の色彩感覚が幼稚に見えたせいもあるのか「発表会」風な感じを受けましたし,最後の兵士たちの踊りでは,(人数を揃えたことは立派だと思いますが,その結果)容姿や踊りが「バレエではないんでは?」のダンサーが多数登場し・・・正直言って「このバレエ団の次の公演も見よう♪」とは思えませんでした。
とはいえ,『バフチサライの泉』という作品を見られたことは,私にとってまことにめでたいことでした。
文句はいろいろ書きましたが,こういう貴重な作品をレパトリーにしているバレエ団があるのは,ほんとにありがたいことです。
・・・というのを,今回の感想のまとめとさせていただきましょー。
(2008.04.20)
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『バフチサライの泉』の一部が収録されています。 |
ソ連崩壊後のロシアバレエ界についてのドキュメンタリー |