コッペリア(新国立劇場バレエ団)

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2007年5月19日(土)・20日(日)

新国立劇場 オペラ劇場

 

音楽: レオ・ドリーブ

振付: ローラン・プティ     振付指導: ルイジ・ボニーノ     振付指導補佐: ジャン・フィリップ・アルノ

舞台美術・衣裳: エツィオ・フリジェーリオ     照明: ジャン=ミシェル・デジレ

指揮: デヴィッド・ガルフォース     管弦楽: 東京フィルハーモニー管弦楽団

    5月19日   5月20日
スワニルダ 寺島ひろみ 本島美和
フランツ 山本隆之 レオニード・サラファーノフ
コッペリウス ルイジ・ボニーノ
スワニルダの友人 湯川麻美子  真忠久美子  厚木三杏  西川貴子  川村真樹  堀口純
衛兵 市川透  陳秀介  マイレン・トレウバエフ  グリゴリー・バリノフ  吉本泰久  貝川徹夫  冨川祐樹  江本拓  中村誠  八幡顕光  佐々木淳史  高木裕次  井口裕之  小笠原一真  澤田展生  末松大輔  福田圭吾  アンダーシュ・ハンマル
娘たち 高橋有里  安井紫  神部ゆみ子  楠元郁子  大和雅美   内富陽子  千歳美香子  難波美保  堀岡美香  岸川章子  北原亜希  下拂桃子  田中若子  伊東真央  酒井麻子  細田千晶

 

プティ版の『コッペリア』は,10年以上前に1回見たことがあります。当時プティが率いていたマルセイユ・バレエの日本公演の舞台で,主演はアルティナイ・アスイルムラートワ/シリル・ピエール。事実上の主役と言うべきコッぺリウスはローラン・プティ自身が踊りました。

この版では,老紳士コッペリウスが街娘スワニルダに恋をしていて,その姿に似せた人形コッペリアを作ったという設定になっていて,コッペリアはバレリーナではなく正真正銘の人形。フランツは村の好青年ではなく裏街の伊達な浮気男になっていますし,スワニルダもかなりコケティッシュに描かれています。
スワニルダとフランツが別々にコッペリウスの家に忍び込んで大騒ぎを起こす・・・という話の運びは通常の演出と同じですが,秘かに恋していたスワニルダにコッペリウスが欺かれることにより,牧歌的なストーリーは人生の残酷を伝えるものに転換され,最後に登場したコッペリウスの腕の中で人形が崩れ落ちるラストシーンにより,通常「めでたし,めでたし」で終わる物語は生の悲痛を描いた作品になった・・・と私は思っていました。

実のところ,それは極めて後味の悪いバレエでして・・・当時の私は「こんなの好きじゃない! こんなの見たくない!」と思ったものでした。

でも,今回見た2回の舞台は,それとは全然違う印象で・・・そうですねー,軽くておしゃれなエンタティンメント? 人生の悲惨さなんてカケラもなく,単純に楽しめて,ちょっとだけほろっとさせる作品になっていました。で,見た後の気分は,普通の『コッペリア』を見た後と同じ。

なぜマルセイユ・バレエの上演と違う印象になったかというと,要するに,コッペリウスを演じたダンサーの違い(または,ダンサーの解釈の違い?)によるものなのですが・・・こういう風に普通の『コッペリア』みたいな感じになるのなら,新国立劇場があえてこの版を上演する必要はあったのだろうか? それならば普通の『コッペリア』を上演したほうが,ソリストの出番が多い分有意義だったのではないだろうか? などと思ってしまいました。

 

さて,19日の舞台の話から。

この日の最大の感想は「寺島ひろみはよいバレリーナだな〜」ということでした。
「キュート」という形容詞を使いたい愛らしさで,主役にふさわしい華があって,演技がきちんとできて(=タイミングよく笑いがとれて),踊りはとても上手。
プティ特有の肩の使い方は「もうちょっと」でしたが,ステップのほうは「うん,プティだね」になっていたと思いますし,ソロがたくさんあるのに「ん?」が全然ない。
この方のお顔立ちは,私には「家のために苦界に身を沈めた女」風に見えて好みではないのですが,この点はオペラグラスを使わなければ大丈夫。プロポーションもよいし,たいそう魅力的なスワニルダでした。

山本隆之も,とてもよかったです。
彼は色気のあるダンサーですが,その色気は「生死を賭けた大恋愛」よりは「軽薄な恋愛沙汰」や「暢気で幸せなカップル」向きだと,私は思っています。そういう個性は,プティ版のフランツにはぴったり。冒頭の煙草をくわえた伊達男シーンは説得力ありすぎですし,相思相愛の恋人をほっぽって人形にちょっかいを出す様子はかっこいいだけにコミカルに見え,ラストの結婚式の幸福感も申し分なく。
踊りについては,例によって「私には物足りない」と思ったのですが・・・翌日のサラファーノフを見た結果「やるべきことは皆やっていた=振付どおり踊っていた」ことがわかり,「そうだったか,立派であった」と評価を改めました。

ボニーノのコッペリウスについては,この日は「予想していたよりは似合っている」と思いました。薄いとはいえ白塗りにして髭まで描いていたのはどうかと思いましたが,ちゃんと「ダンディなおじさま」に見えましたから。
ただ,「なんか違うなぁ」感はやはりありました。イタリアンな個性が災いするのか,「いい人そう」に見えすぎて,健全なコミカルさんが前面に出すぎる感じ。「若い娘に恋をして,そっくりの人形を作って,一緒に踊る」などという所為に及ぶのは,かなーりアブナイ人ですよね。ところが,そういう感じがありませんでしたし,最後のシーンも「可哀そう」程度。

まあ,プティの刷り込みにこだわってもしかたがない。亜流や二番煎じを見せられるよりはいいかもしれない。ダンサーの個性による違いを楽しめばいいのよね。「ユーモアとペーソス」のコッペリウスだったのよね〜。
・・・と,考えることにしました。この日は。

プティ版はソリスト役がないので,「主役を踊ることもある」女性ソリストたちが,2組に分かれてスワニルダの友人役で登場しました。身長で分けた感じのキャスティングで,今回見た2日間は「すらっと」組が踊りましたが,踊りも演技もよかったです。
プティ特有の動きもなかなか上手だし,(個人差はありますが)皆さんそれなりに脚線美に見えました。「お尻を突き出す」だけは「ありゃりゃ」でしたが(日本人のプロポーションにはちょっとキツイものがあるのかしら〜?),「両手を頭に腰をふりふり」なんか堂々たるもの。
コッペリウスの屋敷に忍び込むときの演技には笑いました。特に,西川貴子の「顔は引き攣り,顔は脚はガクブル」状態で十字を切るシーンがうまかったな〜。

あとは,12組の衛兵と娘たち。
「場面によって交替出演」だったようですが,男性は,トレウバエフをはじめとする「主役を踊ることもある」ソリストたちが通して出演。女性のほうはソリスト陣はほとんど参加していませんから,実力が拮抗していたということでしょうか? いつもより男性陣が充実して感じられました。機械仕掛けの人形めいた動きや腕を大きく横に振っての行進ぶりなど,「普通のバレエとちょっと違う」を上手に見せてくれました。
女性のほうは「おてもやん」メイクなのですが・・・「美人が台無し」の方もあれば,「普通のメイクよりかわいいわ」の方もあり,興味深く見ました。

 

というわけで,この日の舞台には「うん,楽しかったわ〜」と感じ,概ね満足したのですが・・・翌日は全然違う気分で劇場を後にすることになりました。
どういう気分かというと・・・「サラファーノフの踊りは柔らかくてきれいだったけれど,あとは全部昨日のほうがよかった。ボニーノもあれじゃなんか・・・」ということになります。

主役2人の演技・表現にはかなり問題があったと思います。

まずですねー,冒頭の「煙草を銜えた伊達男・フランツ」シーンですが・・・サラファーノフは壊滅的に似合わなかった。「中学生がいきがってタバコをふかす」になってしまっておりました。

次に,1幕の「スワニルダはフランツにモーションかけまくり。フランツは窓の外のコッペリアにモーションかけまくり」シーン。前日はちゃんと痴話喧嘩に見えて「わははは」と笑い飛ばせる楽しさだったのですが,今日は一転して「こんな男になぜすがる?」になっていて,全然楽しめませんでした。
本島美和は舞台メイクに問題あり? 素顔(というかマスコミに登場するときのメイク)だと美人さんなのに,この日の舞台ではアイメイクがキツすぎて,スワニルダっぽくない(=かわいらしくない)感じがしました。そのせいもあってか,フランツに対する態度が「懸命・必死・演歌入ってる」に見えてしまう
一方のサラファーノフのほうは,演技力不足なのかリハーサル不足なのかわかりませんが,「心からスワニルダを嫌っている」ようにしか見えませんでした。
いくら通常と違う演出とはいえ,そういうスワニルダとフランツって,あり得るでしょーか???

本島については,踊りもよくなかったと思います。何が悪いのかはわかりませんが,全然プティの振付作品に見えないのですよね。1幕は,友人たちと同じ振りで踊るシーンがけっこうあるのですが,周りで踊っているダンサーのほうは「それなりにプティ風」になっていただけに,残念なことでした。
2幕は,悪くなかったです。元気がよいスワニルダで,無茶苦茶やってコッペリウスを困らせるところは,けっこう笑えました。
とはいえ,今回の舞台を見た限りでは,演技も踊りも寺島ひろみのほうが明らかに上だったと思います。それなのに,彼女が2回主演し,寺島のほうは1回・・・。パートナーがゲストだったという事情もあるのでしょうが,首を捻ってしまうキャスティングでありました。

サラファーノフは,踊りのほうはすばらしい。跳躍の高さと軽やかさ。トゥール・ザン・レールの着地の完璧な5番。しかもそれを連続で見せてしまう見事さ。
・・・でも,それだけでした。
笑うべきシーンでほとんど笑いの起きないフランツで,伊達男にも見えない。プティ版のフランツとしては,あれでは失格でしょう。伊達男に見えないほうはキャスティングの問題で彼のせいではないでしょうが,演技のほうは・・・かなーりがっかり。

 

「ボニーノもあれじゃなんか・・・」の話ですが・・・主役二人が笑いがとれないので「自分が何とかしなくちゃ」とでも思ったのでしょうかね? 観客を笑わせることに専念しているコッペリウスになっておりました。
で,その結果,「なんか違う」が「違ーーーーうっっっ」になっていて・・・。

この作品で一番有名なのは,コッペリウスが人形と踊るシーンです。有名になったのは,コッペリアを人形が演じる(?)というアイデアの勝利とも言えるでしょうが,事実上の主役コッペリウスが踊る愛のパ・ド・ドゥだから・・・という要素も大きいと,私は思います。
このシーンで,プティは,人形を大切なパートナーとして扱って踊りました。スワニルダと踊っているつもりになって,正面から笑いかけたり,耳元で囁いたり,肩に頬をうずめてみたりする。(だから,アブナイおじさんに見える) もちろん,パートナーを転ばせるようなことはしない。
ところがボニーノは,振付にアレンジ(アドリブ?)を加え・・・極端な言い方をすれば,この踊りをドタバタ喜劇に仕立てました。踊りの途中で人形を転ばせたりどついたり・・・で笑いをとる。まともに踊っているときも,人形に語りかけるのではなく,客席に向かって顔の演技を見せている。
あのー,スワニルダといっしょに踊っているつもり・・・という設定はどこにいったのでしょーか???

スワニルダに恋をして,でも分別のある大人だからその恋が受け入れられないことは知っていて,その想いを紛らわすために作った彼女そっくりの人形を相手に虚構の幸せに耽る日々。
その人形に魂を与える魔法に成功したと思い込んでの喜び。嬉しさ。有頂天。そして,すべてが,よりによって当のスワニルダの悪戯だったと知ったときの絶望。
そういうこの物語のハイライトが,人形とのワルツなわけです。あのワルツで人形を(スワニルダを)愛さないって?? あんなふうに粗末に扱うって???

この日印象的だったのは,臨席の方の反応です。
それはもう楽しそうに大笑いする方でして・・・1幕からノリがよくてボニーノが何かする度にくすくすと笑いがこぼれて,コッペリウスと人形の踊りでは大笑いして・・・フィナーレでも笑いが止まらない感じでした。
コッペリウスが人形を抱えて出てきて,人形を歩かせようとするのを見て笑う。傷心のコッペリウスの姿に同情を(あるいは申し訳なさを?)感じたスワニルダがそっと手を彼の肩に置くが彼はいっそう深く俯くだけ・・・というシーンで笑う。最後にコッペリウスの腕の中で人形が壊れてしまう(壊してしまう?)シーンでも楽しそうに笑う。

その方は舞台を楽しまれたわけで,そのこと自体を脇からどうこう言うのは余計なことだし,失礼な行為だとも思います。
でも・・・この作品を創作したプティは,そういう反応を期待していたのでしょうか? そういう楽しい作品として受け取られるのを望むのでしょうか? 最後まで大笑いされるコッペリウスを観客に提示してもよしとするのでしょうか?
もちろん,ダンサーによって,役の解釈はさまざまでしょう。でも,ボニーノは,プティが全幅の信頼を置く存在で,今回の舞台も,彼の振付指導により上演されたわけです。そういう人がなぜああいうふうに・・・とは思ってしまいました。

今回は,小嶋直也もコッペリウスを踊る予定でしたが,諸般の事情により降板しました。(公表された理由は「体調不良」)
私としては,当然ながら,彼が踊ったらどうだったか・・・と考えるわけです。端正な身ごなしと決して陽性とは言いかねる個性でもって,ボニーノよりはプティ版らしいコッペリウスを見せてくれたような気もしますが,指導者の路線に忠実な演技で「・・・この人もダメか」になってしまったかもしれませんねえ。
彼が近い将来この役で舞台に登場することはなさそうだとは思うのですが・・・できれば,プティ自身が健在のうちに,その指導のもとで踊るのを見てみたいものです。

(2008.05.05)

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