オルフェオとエウリディーチェ(新国立劇場バレエ団)

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07年3月24日(土)・25日(日)

新国立劇場 中劇場

 

振付:演出: ドミニク・ウオルシュ

音楽: クリストフ・ヴィリハルト・グルック     編曲: デヴィッド・ガルフォース

舞台装置: 島次郎     衣裳: ルイザ・スピナテッリ     照明: 沢田祐二

指揮: デヴィッド・ガルフォース     管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団

合唱指揮: 三澤洋史     合唱: 新国立劇場合唱団

  

 3月24日

 3月25日

エウリディーチェ 酒井はな 寺島ひろみ
オルフェオ 山本隆之 江本拓
アムール 湯川麻美子  市川透  貝川鐡夫 丸尾孝子  グリゴリー・バリノフ  冨川祐樹
エウリディーチェ(歌手)オ 國光ともこ 安藤赴美子
オルフェオ(歌手) 石崎秀和 吉川健一
アムール(歌手) 九嶋香奈枝 田上知穂
弔問客 (交替出演)
さいとう美帆  西川貴子  西山裕子  楠本郁子  丸尾孝子  寺田亜沙子  市川透  陳秀介  マイレン・トレウバエフ  グリゴリー・バリノフ  井口裕之  末松大輔
エウリディーチェの幻影 遠藤睦子  真忠久美子  神部ゆみ子  楠本郁子 遠藤睦子  真忠久美子  厚木三杏  神部ゆみ子
精霊(プリンシパル) 吉本泰久  西川貴子  丸尾孝子 八幡顕光  楠本郁子 丸尾孝子
精霊(ソリスト) (交代出演)
西山裕子  川村真樹  寺田亜沙子  市川透  陳秀介  マイレン・トレウバエフ  グリゴリー・バリノフ  貝川鐡夫  冨川祐樹  
極楽のヒーローとヒロインたち 真忠久美子  遠藤睦子  さいとう美帆  西川貴子  西山裕子  神部ゆみ子  楠本郁子  丸尾孝子  寺田亜沙子
市川透  陳秀介  マイレン・トレウバエフ  グリゴリー・バリノフ  貝川鐡夫  井口裕之  小笠原一真  末松大輔  アンダーシュ・ハンマル
真忠久美子  遠藤睦子  さいとう美帆  西川貴子  西山裕子  川村真樹  神部ゆみ子  楠本郁子  丸尾孝子  寺田亜沙子
市川透  陳秀介  マイレン・トレウバエフ  グリゴリー・バリノフ  貝川鐡夫  井口裕之  小笠原一真  末松大輔  アンダーシュ・ハンマル

 

新国立劇場バレエ団の「エメラルド・プロジェクト」第2作。
グルックのオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』にのせて踊られました。(編曲はされているようですが)

ストーリーは,普通のギリシャ神話の「オルフェウスの竪琴」の話とはちょっと違っておりましたが,要するにグルックのオペラに忠実だったようです。
ちょっと違うのは,オペラのほうはエウリディーチェが死んだところから始まるのに,このバレエでは序曲を使って,生前のエウリディーチェが夫に「自分より仕事を大事にしている」という不満を持っていたのを見せているところ。これは,冥界からの帰途に,エウリディーチェが自分を見ようとしない夫に疑いを募らせる伏線になっているわけで,よいアイディアだなー,と感心しました。

以下,ストーリーに沿って,だらだらと書いていきます。

 

【1幕1場 オルフェオとエウリディーチェの家】
朝のベッドの中。オルフェオは仕事に熱中しており,エウリディーチェは自分を顧みない夫に不安を抱いている。
オルフェオは外出するが,帽子をとりに戻ると,妻はバスタブの中で死んでいた。


幕が開くと,両手を上げたオルフェオ@歌手が立っており,どうやらこの人が「幕を上げた」という設定のようでした。あとから考えると,この作品全体がオルフェオの悪夢? 白昼夢? 的な解釈もできるので,その辺を狙っての演出だったのかも。
さらに,この歌手は,あとからオルフェオ@ダンサーが持って出かける書類箱? と同じ箱を片手にしており,(プログラムによると)その中に入っているのは詩人オルフェオの「夢の迷路」の推敲中の原稿ということになりますから,これも「すべてはオルフェオの想像の中」的解釈につながるのでしょうか。

セットは,ギリシャやトルコの白い古代遺跡のようでもあり,現代のアパルトマン風でもあり。
ベッドの上に起き上がったオルフェは煙草を片手に書類をチェック中。(私には詩の草稿には見えませんでしたー) 傍らのエウリディーチェはまだ眠りの中。
話の本筋とは全然関係ないですが,「へー,米国人の振付家が新しく作る作品でも煙草をダンサーに吸わせたりするんだー」と感心しました。

目覚めたエウリディーチェは「書類なんか見てないで私を見てよぉ」と要求。旦那が仕事をしているのに朝っぱらからこういう態度とはとんでもない女房だ・・・というのが私の感覚ですが,もしかすると,前の晩もいつまで経ってもベッドに入らず書類と取り組んでいる夫を待ちきれず先に眠ってしまって欲求不満とかですかね?
次いで,オルフェオが出かける準備をするのを甲斐甲斐しく世話をするが,いざ家を出ようとするとゴロニャン状態で邪魔をします。これも,私にはさっぱり理解できない行動でした。そんなにかまってほしいなら,着替えも邪魔するべきではないですかねえ??

で,旦那が出かけてしまうと,ソッコー気分が変わったらしく「さ,バスタイムをエンジョイしましょ♪」という感じでさっさとバスルームに向かいます。ますます理解できない行動をとる奥さんであることだ・・・と思ううちに,いきなり心臓発作? くも膜下出血? で倒れました。
その瞬間を,戻ってみたオルフェオが目撃,あわてて妻を抱き上げるが・・・というところで1場は終わり。

 

【1幕2場 葬式】

舞台中央に立ち尽くすオルフェオの周りに黒い衣裳の弔問客たち。エウリディーチェの死体が運び込まれると,オルフェオは妻に取りすがる。弔問客たちに引き剥がされると棺の周りで妻の死を嘆き悲しみ,弔問客たちもともに嘆きの踊りを踊る。エウリディーチェを捧げ持つ男性たちを先頭に,葬列は去り,オルフェオは一人残る。
悲しむオルフェオの目には,エウリディーチェの幻影が見える。幻影は消えたかと思うとまた現れ,その数を増し,彼を苦しめる。ついにオルフェオは,バスルームで手首を切って自殺を図る。


弔問客たちは5組のカップル(女性はバレエシューズ)で,「目の周りに黒痣」系メイクのため判別が困難でした。4組や6組,8組でなく奇数というのは現代作品ならでは,という気がします。
エウリディーチェの上のオルフェオがその姿勢のままリフトされて舞台上に下ろされていたし,その後も,リフトがあったような気がします。身体を丸めた女性をリフトする動きもあったし,「リフトの多い振付だなー」と思いました。(そして,実際には,ここは序の口であったわけです)

エウリディーチェの幻影は,エウリディーチェと同様の衣裳で登場しました。白っぽいスカートで上半身も白。バレエシューズなのですが,脚にリボン? を巻いて,編み上げ靴風というかなんというか。
幻影役の中心は遠藤さんでした。たしか最初はバスルームから現れたと思います。で,オルフェオが近づこうとすると,舞台袖に消えてしまう。で,「幻か・・・」と思うと,反対側の袖から現れたりする。
最後には,4人に増殖しました。なぜ人数が増えたのかはわかりませんが,影の王国の32人のコール・ドは阿片でラリったソロルの幻影だ・・・という話と同じで,幻影を見ている側の錯乱度が高まったことを表しているとかでしょうか? なんにせよ,数が増えたことにより迫力が増し,オルフェオが追いつめられていく(という表現はヘンだが,そういう感じだった)のに説得力が出ていたと思います。

手首を切るシーンに先立ち,なぜかオルフェオは服を脱ぎ,ショーツだけになってバスタブに入りました。
これは,ほんとに謎でした。自殺する段取りとして裸になる必然性って? 
現実の話としては,どうもバスタブに水が入っていたみたいで,ダンサーが濡れるのを最小限にするために脱いだのかもしれませんが,そうだとしたら本末転倒ですよねえ。実際に水を入れる必要があるとは思えないわけで・・・いったいなぜ?(悩)

さて,手首を切るとバスルーム内が照明で真っ赤になって,おお,わかりやすいですー。でもって,オルフェオは「感電した」かのように身体を震わせて,瀕死を現しておりました。なにしろ「パンツ一丁になって」という段取りのこともあり,私はこの場面で笑ってしまったのですが・・・たぶん,そういうことを意図した演出ではないのでしょうねえ?(困)

 

【1幕3場 家】

アムールが現れ,オルフェオの生命を救い,エウリディーチェを取り戻す方法を伝授して去る。
彼は黄泉の国の精霊たちの試練を経て冥界を訪れ,決して妻を見ることなく,見ない理由を告げることなく,彼女を連れ帰らなければならない。


オルフェオがバスルームで自殺を図ったので,当然アムールもバスルームに降臨しました。
衣裳はブルー系ユニタード。リフト担当の男性2人とともに,空中も使って踊るのは現代のバレエ作品ならではで,面白いと思いました。(飛行機が飛ぶ時代のリラの精ですから〜)

なのですが,動きが意味不明。見ていて【黄泉の国の精霊たちの試練を経て冥界を訪れ,決して彼女を見ることなく,見ない理由を告げることなく】といった,この作品の肝心要のモチーフが伝わってこないのは,振付が悪かったではないかなー?(2日目にようやく,オルフェオの目をおおって「見てはならぬ」と告げているのだけは理解しましたが,あとは2回見てもさっぱりで・・・)

 

【1幕4場 ハデス(黄泉の国)への入り口】

アムールが去ると,オルフェオはベッドごと黄泉の国の入り口にいた。不気味な精霊たちが跋扈する中,上手からエウリディーチェが登場し,静かに舞台奥へと歩み去っていく。なすすべもなくそれを見送るオルフェオ。
精霊たちは,エウリディーチェの死のシーンを執拗に再現してオルフェオを苦しめるが,彼はその試練に耐え,彼女への愛を踊り,精霊たちは次第に力を失う。ついに,オルフェオはエウリディーチェの後を追い,舞台の奥深く,闇の中へと進んでいく。


アムールはリフトされながら下手に去り,同時に,ベッドの下から,精霊の男性プリンシパルがひょいと顔を出しました。
・・・と土曜日は思ったのですが,日曜に見ていたら,アムールがオルフェオにいろいろ言い聞かせている間にも,ちょっと顔を出したりしてたみたい。

女性の精霊たちは,シンプルなラインのワンピース(という説明が適切かどうかわかりませんが,レオタード系ではなくスカート系)とトウシューズの役でした。この場合,ポアントも怖さの表現になっていたような気がします。
男性は・・・ええと,原人系いでたち? かな?? とにかくメイクがすごかった。顔に網をかぶったような人もいて,あれは描いていたのでしょうかね? それともほんとにネットでもかぶっていたのかしらん??
なんにせよ,男女とも誰が誰だかさっぱり・・・というメイクでした。

精霊たちの登場に当たっては,舞台上方から照明装置一式が舞台に下りてきました。その上を渡って脇から登場する精霊たちも。
「ありがち」な演出のような気はしましたが,「お,こうきたか」程度にはびっくりするので,迫力を感じさせるよい工夫だと思いました。

ただ,せっかく下りてきたのに,すぐに上がって行っちゃうのはいかがなものか? とも思いました。
どうせなら,オルフェオが試練を乗り越えるごとに,障害となっていた装置が少しずつ上に戻っていき,最後には完全に上がってついにエウリディーチェの後を追えるようになる・・・というほうが,より上手な使い方なのでは? と。

でも,しかたないのですよね。
照明装置が下りたままでは,精霊たちの踊るスペースがなくなってしまう。(笑)
それに,装置を下ろした目的は主として舞台転換のためだったようです。装置が上がると,古代遺跡風装置は取り去られ,奥舞台との仕切りがなくなって,暗い空間が舞台奥にどこまでも広がっている。舞台奥の中央には炎。(地獄の業火? にしては小規模だが)

そう。
この辺りの場面転換が自然なのは,すばらしいと思いました。振付的にはともかく,演出構成的には良質な新作バレエだと思いますよ,この作品は。ここに限らずですが,「幕を閉めて次の場面」みたいな段取りを踏まないで,次の場面に進んでいくから,流れが途切れることがない。

さて,「振付的にはともかく」の件ですが,振付家としてウォルシュさんが優れているのかどうかは「?」でした。ヘンテコで困りもしないけれど,「こういうふうにきれいだった」とか「この場面のこういうのがかっこよかった」とか,そういうものがない。
特に,この場面に関しては,「同じようなことが続いている」感じが強かったです。舞台が暗かったせいもあるのかもしれないけれど,「長いなー」と思いました。
本来は,「最初のうちは精霊たちが優勢で,オルフェオは力をふりしぼって対抗している。場面が進むうち,その愛の力に気圧されて精霊たちは弱っていき,ついには彼を通すことにする」みたいな場面だと思います。それなのに,振付からその力関係の変化みたいなものが見えないから,「同じようなことが続いている」に見えて,ドラマチックでなかったのではないかなー?

最後,(精霊たちが去り)オルフェオが妻のもとへ歩む後姿を見ながら幕になったのですが,音楽が終わったあとも歩き続ける演出が余韻があってすてき。そんなに変わったことをやっているわけではないですが,やはりよい演出家なのだと思います。

 

【2幕1場 エリュシオンの園】

幕が開くと,そこは涅槃の世界。人々は穏やかに満ち足りて踊っている。オルフェオは,その世界の美しさに陶然とする。
エウリディーチェが現れ,オルフェオは彼女を見てはならないことを思い出す。エウリディーチェが幸福そうに踊ったのち,オルフェオは彼女の手をとって地上へと歩みだす。


幕が開いたら,スモークが豪勢に舞台を覆い尽くしておりました。
その中で,9組の男女が踊ります。(お,また奇数だ) 衣裳はブルーの総タイツ系で裸足。衣裳に古代の壺に描かれた絵みたいな柄がついていたような記憶が。
まったり〜,ゆったり〜,としたきれいな踊りでした。

「エリュシオンの園」というのは,「祝福された魂の住む場所」だそうで,「善人が行く」という天国みたいな場所でしょうかね? スモークが「天国は雲の上」的でもあるし。

彼らが踊っている途中で,オルフェオが客席から登場します。中劇場は左右に1本ずつ前後の通路があって,そこを後ろから歩いてくる。上手はダンサーで下手が歌手。(もちろん歌いながら)
そんなに効果的とも思いませんが,いろいろケレンがあるのはよいことですよね〜。

ではあるのですが,なんか・・・オルフェオは「妻を取り戻しにきた」というよりは「桃源郷に迷い込んだ」感じの足取りに見えました。舞台の上の「浄化された世界」を見たあとだからそう感じたのかもしれないけれど,1幕の幕切れの決然とした感じが,この登場シーンでは失われていました。(山本さんも江本さんもそうだったから,演出の問題だと思います。あとは,音楽の雰囲気もあるかな?)

オルフェオが舞台に乗ったところで,エウリディーチェ登場。歌手のオルフェオがダンサーのオルフェオに目隠しをする動きをして,「そうだった,見てはいけないのだった」とオルフェオが思い出して(?),歌手は本来の位置(オケピットの脇)に戻りました。
そして,オルフェオは舞台前方に腰を下ろして,エウリディーチェは舞台中央で踊りまくる。・・・は大げさにしても,盛大に跳躍などして幸せそうに踊ります。

ふーむ,エウリディーチェは暗い死の世界で悲しくすごしているわけではなくて,夫のことなど忘れて呑気に楽しく暮らしているらしい。必死になって助けに来たのがアホみたいですよねえ。それどころか,地上にいるよりよっぽど幸福そうで,連れて帰るのがかえって気の毒なような。
・・・とは思いましたが,エウリディーチェが「死後の世界で安寧のうちに暮らしていた」というのは,現世への道行きがついに失敗に終わる伏線になっていたのでありましょう。もし死後の世界が暗くて恐ろしい場所であったなら,救い出しにきてくれた夫が多少愛想が悪くたって,文句を言わずについていきそうな気がしますもんね。「満足して暮らしていたが夫が迎えに来てくれたから帰る」という事情なら,「イヤ! 帰んない!!」と言い出すのはもっともです。

さて,オルフェオはエウリディーチェの手をとって(手首を掴んで)出発します。
このあとどのように次の場面に進んだか明確な記憶がないのですが・・・主役2人が去ったあと,再びエリュシオンの住人たちが踊ったのだろうと思います。

 

【2幕2場 曲がりくねった迷路となっている暗い洞窟】

地上へ戻る道は迷路であり,オルフェオは妻を伴って,長い道のりを歩き始める。
自分を見ようともしない夫の態度にエウリディーチェは疑問を抱くが,夫は何も答えない。彼女が生前から抱いていた疑い「夫は自分を愛していないのでは?」は次第に増幅されていく。
オルフェオは,妻を宥めようとし,次には,無言のままに彼女を地上まで運ぼうとするが,抵抗されて果たせない。
言い募る妻の声に耐え切れず,ついにオルフェオは彼女を見つめ,笑顔で手を差し伸べる。2人は抱き合うが,エウリディーチェは息を引き取り,オルフェオは絶望の中に取り残される。


「迷路」が照明の投影で舞台上に描かれており,2人はそれに沿って歩いていきます。
その光景が同時に背景にも映し出されるのはひっじょーに親切。2日目に前方席で見ていてわかったのですが,あれがなければ迷路の上だとわからない観客が出る可能性がありますもん。
しかも,背景に映し出される映像は少し歪めてあるので,雰囲気があって,とてもよいなー,と思いました。

最初のうちは,迷路の線に沿って穏当に歩いている2人ですが,段々とエウリディーチェが素直でなくなって,迷路からはみ出したり,戻ったり,迷路の線と関係なく動いたりするようになります。
オルフェオは,しかたなく,担ぎ上げるようにリフトして進むとか,ひきずって進むとかして,なんとか迷路から抜け出そうと必死の努力。でも,全然言うことを聞いてくれないし,ついには,旦那に蹴りを入れたり,踏みつけたり・・・までいってしまう。

この間,「見てはいけない」から妻を抱きとめつつ顔は逸らすとか,正面から向き合いそうになってあわてて目を覆うとか,そいういう動きがくどいくらい繰り返されるわけです。
そういう動きを目の当たりにすると,確かに「妻を嫌っている」に見えるのですよね。なるほどー,こりゃ女房がぎゃんぎゃん言い出して,ついにはストライキになっちゃうのも無理ないなー,といたく感心しました。(ものすごくバレエ向きの題材だったんだなー,と感心した,とも言える)

一方で,最大の見せ場であるべき「ついに妻のほうを向いて・・・」のくだりの演出振付は,今一つだったと思います。「ついに」のきっかけが何だったのか,私には見えませんでした。今までの「責める妻と耐える夫」と何が変わったのかわからないままに,突如オルフェオが満面笑顔になった印象。

エウリディーチェ死後のオルフェオの嘆きは,「振り回す」系リフトなどあって激しいといえば激しかったですが,どちらかというと「いとおしそうに抱きしめる」が印象に残ります。そして,そういうオルフェオを見ながら,この話は要するに「突然の妻の死を夫が受け入れるための段取り」だったのかな? と思いました。

 

【2幕3場 オルフェオとエウリディーチェの家】

アムールが再び現れ,オルフェオの愛の強さに免じてエウリディーチェを蘇らせると告げる。
ふと気付けば,2人は家におり,愛を確かめ合い,仲良く眠りにつく。


このシーンでは,歌手が舞台に乗りました。効果的かどうかはわかりませんが,「ほお」と思う程度の印象度はありました。
記憶が薄れてしまったのですが・・・たしか最初は,アムール役の歌手が舞台に登場してダンサーのオルフェオに語りかけるのと同時に,オルフェオ役の歌手も登場してダンサーのアムールと絡む・・・という演出で,舞台の左右で,同じ意味の場面を二重に見せていました。

続いてエウリディーチェの歌手も登場して,ダンサー3人それぞれの後ろに歌手が立って歌うという普通の(?)演出に変わり,歌手のアムールはダンサーのアムールとともに袖に去り(←ちょっと自信なし),歌手のオルフェオとエウリディーチェは手をつないで舞台奥に消え,ダンサーのオルフェオとエウリディーチェだけが舞台に残りました。
そして,2人は仲直りして(妙な表現ですが,そういう形容をしたいくらいだったのよね,迷路での成り行きは)ベッドに入って,暗転。ほのぼの〜。

 

【2幕4場 再びオルフェオとエウリディーチェの家】

朝が訪れオルフェオが目覚めると隣で眠っているはずのエウリディーチェがいない。必死に家中探し回るが彼女はいない。
ベッドの上の書類(ではなくて書きかけの草稿,ですね)が目に止まる。あんなに夢中だった仕事だが妻とは比べものにはならない。自分への怒りとともに原稿を床の上に投げ散らかすと,その音に驚いたエウリディーチェが浴室から顔を出す。


「おお,最後まで凝ってますなー」と感心しました。(原作(?)のグルックのオペラはハッピーエンドのようです)
音楽が1幕1場と同じ? 似ていた? で「話が最初に戻る」感もあり,結局,どこまでが現実でどこからが夢や空想なのかさっぱりわからなくなりました。頭ぐるぐる〜。

もちろん,ごく単純なハッピーエンドとして「最後に洒落たオチ」みたいに理解することも可能だし,実は1幕1場でオルフェオが帰ってきたところにつながる(=エウリディーチェは死んでない)と考えることも可能。オルフェオがエウリディーチェの死を受け止められずに苦しんでいる過程,という解釈もできるかな?
「オルフェオが妻を疎ましく思い,いなくなってほしいと思っていたから,こんな妄想になった」説なんかも立てられそうですよね。(ちょっと無理?)

それにしても,「バスルーム」のズームアップの意味はなんだったのでしょうねえ?

 

24日の主演は酒井さんと山本さん。

酒井さんは,「烈しいエウリディーチェ」という感じ。
幕開きは濃厚なる妖艶さで,びっくりしました。「妻というより愛人?」風で,ちょっと『マノン』寝室のパ・ド・ドゥみたい。そっかー,マノンを踊ったときは「踊りはよいが表現はなんとも・・・」だったのに成長したのだな〜,と非常に感心しましたし,新国立劇場は今こそ『マノン』を再演すべきではないか,と考えたりもしました。

迷路のシーンも激しくて烈しい。
最初から「私を見て! なぜ見ないの?!?」と詰問する感じ。正面から烈しく夫の愛を求めて,応じてくれない夫にどんどん激していって,ついには憤怒までいってしまうような。
「情熱的」を通り越して見えたので,私は全然感情移入できませんでした。というより,「なんつー要求がましい女だ。連れて帰ってもこのあと苦労するんじゃないか?」なんて思ってしまいましたが,たいへんな熱演でしたし,全身が語っているのが見事でした。
そして,彼女が若いころに予想した「日本が誇るドラマチック・バレリーナになるであろう」が現実のものとなったのかも? とも思いました。

山本さんについては,「現代モノはすてきなのよね〜」と大きな期待を持って臨んだのですが,その期待ほどではなかったです。
踊っているときはいいのですが,ただ立っていたり舞台に腰を下ろしていたり・・・のときに,なにも伝わってこなくて・・・。それが難しいことなのはもちろんわかりますが,そういう点に優れたダンサーだと思っていたので,「???」という気分になってしまいました。

演技に関しては,このペアのほうがより的確で上手だったと思います。
例えば,エウリディーチェの死のシーンで,浴室で発作を起こした瞬間にオルフェオが部屋に入ってきて,あわてて妻のもとに駆けつけるのが,ちゃんとわかりました。
その日はなんとも思わなかったのですが,翌日見ていたら,寺島さんのほうは普通にバスタブに身を沈めたようにしか見えないし,江本さんが舞台に入ってくるのは遅いし・・・で意味不明の場面になってしまったので,「ふーむ,キャリアの違いとはこういうものか」あるいは「昨日はさすがファーストキャストだったのだなー」と遅まきながら感心しました。

 

25日の寺島さんは,1幕ではコケティシュで甘えん坊のかわいい奥さんでした。一方の江本さんは,ちょっとヤクザな(不良っぽい)夫・・・というより若いツバメ風。
その結果,夢はあるが稼ぎが悪く,だからこそ魅力的な年下の夫と,それにぞっこんの「心は少女」の年上の妻,みたいな感じに見えました。こういうカップルって多いですよね。ミュージシャンや漫才師を目指す若者とOLをして支える妻とか,司法試験に挑戦する夫と看護士として稼ぐ妻とか・・・。

葬儀のシーンで立ち尽くす江本さんはとても印象的。
意識的にしていたのか癖なのかわかりませんが,立っているときの左右の肩の高さがちょっと違う。そういう姿勢を含めて全身から孤独感が漂ってきて,とってもかわいそうでした。

2幕でエウリディーチェがソロを踊っている間床にすわっているときのスイートな雰囲気もとてもよかった。
「見てはいけない」から妻に背を向けているわけですが,うっすらと浮かべた笑顔が魅力的で・・・もしかしたら,この場面でのエウリディーチェはオルフェオの想像の中の存在なのかも? なんて思いました。「もうすぐエウリディーチェに会える」と期待しながら,理想化された彼女の姿を想像して陶然としているように見えるなー,なんて。

迷路のシーンでの寺島さんは,(細いというより)薄い身体と薄倖そうなお顔立ちの効果もあって,実に儚げで切なげ。「なぜ私を見てくれないの?」の惑乱の中にいる「哀切なエウリディーチェ」だったと思います。
酒井さんの迫力に比べると伝わってくるものが弱かったとは思うのですが,その分上品に見えて,「そうだよねえ。これじゃ不安になるよねえ」と共感できました。
江本さんもよかったです。先日青い鳥パ・ド・ドゥを見て「リフトが弱い?」と懸念していたのですが,そんなことはなく,身長差の少ないパートナーとの間で難しそうなリフトを次々決めておりました。

個人的には,今回の舞台の最大の収穫は,江本さんの魅力に気付けたことです。普通に上手だとは思っていましたが,それだけではなく,「きれいに踊る」ダンサーだったのですね〜。お顔立ちもきれいなほうだし,華もあるし,なにより甘さ♪ がよかったわ〜。
身長不足が惜しまれますが,小柄な方がパートナーならクラシックの主役だっていけるのではないかしらん?

 

アムールの湯川麻美子さんは,期待ほどではなかったというか「普通によかった」というか。
美しくて包容力ある雰囲気で,神の使いというより,彼女自身が神様みたいでした。

丸尾さんは,「? これが神様の使い???」という感じ。メイクの効果もあってかかなり邪悪そうなのが,実にすばらしいです〜。
そうですねー,角がはえていてもよさそうな気がしました。ギリシャ神話で言えば半獣半神の神の手下っぽい。あるいは『夏の夜の夢』のパックのお行儀の悪さに通じる感じ?

おつき? の男性については,市川・貝川組が断然よかったです。2人とも細くて背が高いから総タイツがそれなりに似合っていたし,色気も感じられました。
バリノフ・冨川組は「この衣裳では気の毒」な感じ。しかたないことですが「2人の体格が不揃い」感も残念でした。

黄泉の国の精霊たちですが,男性プリンシパルは吉本・八幡の日替わり。(彼らのような小さなテクニシャンに適材適所の役があるのはオーダーメイドの作品ならではですよね〜)
どちらも,あんまり怖くなかったです。メイクは凄みがあるのですが,「小鬼ちゃん」と呼びたいような愛嬌がありました。(それがいいのか悪いのかはわかりませんー)

それに対して,女性プリンシパルの2人は,メイクの怖さも手伝ってすっげー怖い。
特に全日出演の西川さんはとてもよかったです。きれいに踊りながら不気味な雰囲気を醸しだしておりました。

あとは,遠藤睦子さんが印象的。
「エウリディーチェの幻影」は切なげな感じがよく出ていたし,エリュシオンの園では,「おお,コンテンポラリー」という感じの踊り方に見えました。

歌手ですが・・・24日は,エウリディーチェ役の國光さんの歌がドラマチック。酒井さんのドラマチックな表現との相性もよかったのではないでしょうか?
一方でオルフェオ役の石崎さんは,音程が不安定なように聞こえて「???」でした。上演中もそう思ったのですが,翌日の吉川さんの(もちろん音程を外すことなく)朗々たる歌声を聞いて,その差にびっくり。私は,バレエの音楽をBGMとして取り扱うけしからん観客なわけですが,石崎さんはBGM失格だったと思いますです。

 

長々と書いてきましたが,全体としては,きちんとまとまった,悪くない現代作品なのではないでしょうか。

振付はあまり誉める気はしませんが,裸足もバレエシューズもトウシューズもあって,コンテンポラリー的な動きもバレエもあって賑やか。演出も,↑でいろいろ書いたように「あの手この手」ですし,ストーリーも最後の最後まで引っ張ってひっくり返して・・・ですし,サービス精神いっぱいで親切。
「男性が主役の物語バレエ」だというのも,現代のバレエ団にとって魅力的だと思いますしね。

まあ,何回も見たいか? と聞かれると少々悩みますが・・・うん,ほかのキャストでも見たいし,江本さんが踊るのもまた見たいかな。

(2007.05.06)

 

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オペラには疎いので,適当に選んでみました。よかったらこちらもどうぞ。→『オルフェオとエウリディーチェ』CD一覧

 

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