バヤデルカ(レニングラード国立バレエ)

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07年2月3日(土)

オーチャードホール

 

作曲: L・ミンクス

振付: M・プティパ  改訂:V・ポノマリョフ,V・チャプキアーニほか  演出・改訂振付:N・ボヤルチコフ

美術: V・オクネフ

指揮: セルゲイ・ホリコフ     演奏: レニングラード国立歌劇場管弦楽団

ニキヤ(バヤデルカ):  イリーナ・ペレン     

ソロル(戦士):  ファルフ・ルジマトフ     

ガムザッティ(藩主の娘):  オクサーナ・シェスタコワ

大僧正: アンドレイ・ブレグバーゼ     ドゥグマンタ(インドの藩主): アレクセイ・マラーホフ      

マグダヴィア(苦行僧):  ラシッド・マミン      アイヤ: ナタリア・オシポワ     奴隷: イーゴリ・フィリモーノフ

ジャンペー: アリョーナ・ヴィジェニナ  ユリア・カミロワ

黄金の偶像: デニス・トルマチョフ  

インドの踊り: オリガ・ポリョフコ  アンドレイ・マスロボエフ     太鼓の踊り: アレクセイ・クズネツォフ

マヌー(壷の踊り): ヴィクトリア・シシコワ

グラン・パ:
イリーナ・コシェレワ  タチアナ・ミリツェワ  ユリア・アヴェロチキナ  ユリア・カミロワ
アリア・レズニチェンコ  アナスタシア・ガブリレンコワ  マリーナ・バルエワ  ナタリア・エゴロワ
(たぶん)パヴェル・ノヴォショーロフ  (たぶん)アレクサンドル・オマール

幻影の場 ヴァリエーション: タチアナ・ミリツェワ, オリガ・ステパノワ, イリーナ・コシェレワ

 

ペレンのニキヤは何回も見ています。最初のうちは「踊りはともかく表現力が?」感がひっじょーに強かったのですが,昨年は艶やかな「恋する乙女」のニキヤになっていてたいへん説得力があり,「よいなー,成長したなー」と感心しました。
そして,今年は「恋する乙女」度がさらにアップ。彼女の個性を生かした,すてきなニキヤになっていたと思います。(派手なメイクと明るく染めた髪の色については,神職らしくなくて困るなー,とは思いましたけれど)

例えば,去年は登場後最初のソロをにっこり〜笑顔で踊っていて「なんじゃこりゃ?」と途方に暮れたのですが,今年はおとなしやかに踊っておりました。しかも,なんだか切なげな雰囲気があって・・・本来は巫女らしく厳かに踊るべきなのかもしれませんが,むしろ「許されぬ恋をしている身のつらさ」の踊りという解釈なのかしらん? こういうのもありかも〜。

もちろん巫女を忘れているわけではなく,奴隷のパ・ド・ドゥは「有り難い」雰囲気でした。神が憑依する巫女ではないでしょうが,神を嘉する巫女としては十分だと思いますし,婚約式での踊りも単に悲嘆に暮れているのではなく舞姫としての矜持が感じられるものでした。

そして,「恋する乙女」になる場面は,それはもう愛らしい。最初の逢引シーンは「花のような笑顔」とでも言えばいいのかしらん,まったく陰のない幸福の中にいるように見えましたし,ガムザッティに対してソロルの自分への愛を宣言する様子は,健気と形容したい感じ。
花籠の踊りには,1幕でソロルと踊っているときと全く同じ純粋な幸福感があって・・・この期に及んでもソロルを信じているニキヤに見えて・・・とてもかわいそうでした。花籠を贈られたからといって婚約の事実が覆るわけではないのに,それには思い及ばないんだろうな〜,愚かしいからこそ真実の恋なのかも〜,なんて思って同情してしまいましたよ。(そういうことを感じたニキヤは初めてです)

 

一方,ルジマトフのソロルは,このニキヤと対照的に,まったく幸福感がありませんでした。

最初の,部下を去らせて一人神殿の中のニキヤに想いを送るシーンからして,恋の甘さが感じられない。えらくシリアスに思い悩みながら神殿の石段を何段か上っておりまして・・・それは,よく言えば「この恋の不幸な結末を予感しているかのよう」ですが,悪く言えば「別れを切り出すにはどうしたものか,と考えあぐねているかのよう」と見えなくもない。
ニキヤとの逢引も全然嬉しそうに見えない。これも,よく言えば「思い詰めた顔をしている」になりますが,悪く言えば「ニキヤへの熱がない」かのようでした。

ガムザッティとの婚約については,最初は渋っていたものの,早期に納得した雰囲気。奴隷のパ・ド・ドゥのときにニキヤが近づいてくる度に顔を背けて,既に後ろめたそうにしておりました。(後ろめたいのは当たり前かもしれませんが,もっと愛しげにニキヤを見ていた舞台もあったのですよね)
もちろんガムザッティに愛を移したわけではないのですよね,婚約式のパ・ド・ドゥ中も「務めを果たしている」ようにしか見えませんでした。
(ところで今年もソロルのヴァリアシオンはありませんでした。ルジマトフの体力的問題による省略なのかもしれませんが,こういう表現のソロルの場合,あの踊りはないほうが落ち着きはよいですね。ダイナミックにソロを踊ったりすると,「やっぱ嬉しいんだわね」に見えてしまいますもん)

ニキヤが登場したときも切なげに踊っているときも,動揺はしていませんでした。この点は,最近はいつもそうだと思いますが,今年は,ニキヤに向ける視線が「痛ましげに見る」だったのが特徴でしょうか?
なんというか・・・ソロルの中では既に彼女とのことはすべて終わっていて,気持ちの整理がついていて,そして,「不憫なことをしてしまった」と哀れに思っている感じ? それは,完全に上に立っての態度だから,現代の感覚で見ると「ヒドイ男」だと思いますが,戦士(というより将軍様?)と舞姫にはそういう身分差があったのかもしれませんねー。

 

シェスタコワのガムザッティは,「役を自家薬籠中の物にしている」という印象。「お嬢さま風容姿を最大限に生かす」という基本を保ちつつ,毎年見る度に少しずつ違ったヴァージョンになっていて感心します。

今年は世間知らずのお嬢さまの感じ。ソロルを慕っていて,結婚できるのを喜んでいて,そしてちょっと思慮が浅い。 
ソロルは婚約を承知したのだから,わざわざ恋敵を呼び出さなくてもよかろうに,知った瞬間脊髄反射で呼びつけてしまって,意外な反応に泣き崩れたり懇願したりナイフで切りかかられて恐怖に凍りついたり・・・してしまう。

そんな思いをする破目に陥ったし,恥も外聞もなく取り乱すのを目撃されたし,お嬢様としては,もちろんニキヤは許せないわけです。
婚約式では,ニキヤが近づいてくるところでソロルに手に接吻させて見せつける演技のタイミングがとっても巧み。「どう? これでわかったでしょ?」と上品かつ邪気無さげに微笑むのが,とっても効果的でした。
ニキヤが蛇に噛まれたあとの演技はかなり珍しいもの。ソロルの手をとって彼の目を見つめて,「行かないで」と懇願している風情でありました。

 

・・・というような主役3人だったので,ストーリーとしては,「最初から無理な恋であった。若く可憐な舞姫に魅かれて手を出したものの,あまりに夢中になられて戦士としては困惑していた。それでも会えば愛しく思うが,藩主と姻戚になることとは比べようもない。比べる気もしない。藩主の娘は他愛なさすぎるが,愛らしいには間違いなく,結婚に否やは無い。しかしこの期に及んでも,舞姫は彼を慕う」というふうに見えて,たいへんニキヤに同情できました。(ちょっと『ジゼル』っぽいストーリーになっていたと思う)

2幕の最後,ニキヤは,身体に回る毒に苦しみながら,婚約者の手をとったままのソロルをひたすら見つめ,彼の視線を求めます。手にある解毒剤のことなど考えてはいない。ひたすら目で訴える。「ソロルさま,私を見て」と。
しかし,ソロルはなにも答えず,目を逸らします。そして,絶望したニキヤの手から解毒剤が落ち,身体が崩れ落ちる瞬間,ソロルはついに駆け寄り彼女を抱き止める・・・。ここは,ペレンの「身体の力が抜ける」演技も上手だったし,ルジマトフのタイミングも見事。さらに,無用に天を仰いだりしないで,ただ抱きしめていたのが私の好み。

かなり久しぶりにこのシーンで感動しました。いや,いつもは「今さら遅いっっ」とソロルに(というより,ルジマトフに)怒りたくなることのほうが多いのですが・・・今回は,ニキヤに向けて「最後の最後に間に合ってよかったね。恋人の腕の中で死んでいけてよかったね」と言いたくなりました。(どうやら,ルジマトフよりペレンに感情移入して見ていたらしいです。ペレンがそれだけよかったとも言えますが,ううむ,私はもはやルジマトフのファンではなくなったのでしょうねえ・・・)

 

そこまでに比べると,影の王国は今ひとつだったような気がします。
ペレンもルジマトフも美しかったし,パートナーシップも問題なかったとは思うのですが,残念ながら,ルジマトフがプログラムのインタビューで語っている「ソロルとニキヤの魂が完全に一つになる」場面とは見えませんでした。
そうですねー,ペレンのニキヤはソロルの夢の中にだけ存在していて,実際にはソロルの手が届かないところで踊っているように見えましたし,ソロルへの愛はなかったと思います。ルジマトフのほうは悔恨を踊っていましたが,こちらも愛はなかったと思います。

最後,ソロルは許しを乞いますが,ニキヤはそれに対して頷かない。許さないまま場面は終わり,4幕に続きます。
このペレンの演技に関しては,この版の結婚式以降での話の運びを考えると実にもっともな正統派の表現だと思います。ですから,それを前提に影の王国を見れば,愛のない2人であってもよいのですが・・・やはり「少々物足りない」感は残りました。

2人が表現したかったのがそういう世界だったという可能性もありますが,前記のルジマトフの発言からすると,たぶんそうではないでしょう。
また,ペレンが現世向きのバレリーナで「幻影(あるいは精霊)」的な存在になるのが苦手だという要素もあるとは思うのですが,うーん・・・どうもそれだけではないような気がします。要するに,ペレン/ルジマトフという組み合わせは,互いに相乗効果を生むことができるパートナー同士ではない,ということではないか,と。

以前は,ペレンが(冒頭に書いたとおり)「踊りはともかく表現力が?」であるために,(舞台上で)ルジマトフが向ける想いに対して応えることができないのだと思っていたのですが,その問題が解決した今回も駄目だったわけです。というか・・・今回の2幕までを見ると,「こんなに愛してくれる」パートナーに対して応えていないのはルジマトフのほうです。この3幕においても,彼の表現はきわめて内向きの印象。ひたすら自分を責めているかのようで,パートナーに想いを向けているようには見えませんでした。

まあ,実際には,「ソロルとニキヤの魂が完全に一つになる」舞台はそうそうあるわけではなく,ルジマトフに関しても,数年前にザハロワとの間で見せてもらっただけのような気はするので,別にいいのですが・・・この2人のパートナーシップには今後もさほど期待はできそうにない気がしました。
ペレンのニキヤには,きっと,もっと合うソロルがいるのでしょう。それがプハチョフなのかシヴァコフなのかほかの誰かなのかはわかりませんが・・・もっといいパートナー(と言ったのでは大いに語弊があるな。彼女と合うパートナー ですね)とともに,この作品を見せてくれる機会があるよう願います。

 

最後の結婚式の場は,いつもどおり(特にルジマトフが)魅力的で,いつもどおりかなり不可解。
大僧正だけ生き残るラストシーンのワケわからなさはもちろんですが,目の前にニキヤが降らせた花を見たソロルが,ニキヤ殺害の真犯人がガムザッティだと悟るという展開にもかなーり無理があると思いますです。

さて,ここまでは,踊りの話をすっとばしておりましたね。
ペレンは,伸びやかさで大きな踊りはいつもどおりですし,安定感が増していて,とてもよかったと思います。(どうやら一番難しいように思われる)3幕のベールを持っての踊りもきれいでしたし,最後のシェネとアラベスクでの後退のスピードも見事。
シェスタコワもよかったですが,去年のほうが完成度が高かったかな?

ルジマトフは実に美しかったですし,『白鳥の湖』のときと違って「伝統芸能」ではなく,現役ばりばりの踊りに見えました。まあ,リフトはかなり省略していましたし,2幕のヴァリアシオンも踊りませんでしたから,「ばりばり」はいささか不適な形容かもしれませんが・・・美しい跳躍や回転を多々見せてくれたので満足です。
そして,立ち姿やちょっとした所作の美しさは例えようもない。なんて美しい人なのだろう・・・と,今回も改めて感じました。うん,そう・・・この人以上に美しいダンサーに私が出会うことは,未来永劫ないだろうと思います。

 

ブレグバーゼの大僧正は,昨年同様「おっさんの純愛」の趣。僧職の方ですから,中年に至っての初恋だったのかもしれませんねー。
藩主のマラーホフは,いつもどおりかっこよかったですが,今年はメイクを描き過ぎだったような?
マグダウィアはマミン。演技はよかったですが,少々肉がついたのか年齢的な問題か,踊りのキレが落ちたように思います。

ジャンペーはヴィジェニナとカミロワ。先日の『眠れる森の美女』のときも思ったのですが,ヴィジェニナはコントロール不足の踊りですね。よく言えば「元気がいい」になりますが・・・カミロワに一日の長があると思いました。
黄金の偶像は可もなく不可もなく。
インドの踊りはマスロボエフにブラヴォーを。力強さも動きのキレも昨年以上。キャラクター専業ダンサー並みの迫力だったと思います。ポリョフコは,少々お疲れ? のように見えました。太鼓のクズネツォフは,迫力はマスロボエフに及ばないものの,身軽な感じでよかったです。

影のソリスト3人は,いつもどおりよかったです。
今回は,ステパノワの脚の長さに感心してしまいました。お顔が小さくないせいか今までプロポ−ションがよいとは認識していなかったのですが,ほかの2人より腰高なのですね〜。

コール・ドは,普通によかった,と思います。
1幕では舞姫たちの上げる腕の角度が違いすぎるのでは? とか,オウムをぶん回すなよ(呆)などと言いたくなりましたが,影の王国はさすがのでき。もちろん,去年見たボリショイの厳粛なるすばらしさには及びませんが,きれいでしたし,幻想的な雰囲気も醸しておりました。

 

全体としては,ドラマが感じられ,とてもよい舞台だったと思いますし,大いに満足しました。
翌日のシェスタコワがニキヤを務める舞台ももちろん見たかったのですが,所要のため断念しました。それが残念でないわけではないですが,今日の舞台くらい充実していれば1回でもいいのよね〜,なんて思いながら帰ってきた舞台でありました。

(2007.02.12)

 

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